学位論文要旨



No 120956
著者(漢字) 田代,徹
著者(英字)
著者(カナ) タシロ,トオル
標題(和) 周期的刺激に誘起される古典揺らぎ萎縮
標題(洋)
報告番号 120956
報告番号 甲20956
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第659号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森田,昭雄
 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 金子,邦彦
 東京大学 助教授 佐々,真一
 東京大学 教授 岡崎,進
内容要旨 要旨を表示する

パラメトリック振動子とは,調和振動子ポテンシャルの曲率が周期的に変化するもので,振動子を特徴付けるいくつかのパラメータの値により,振幅が時間とともに増大(不安定),または有限の値(安定)に落ち着く.この現象は物理の様々な分野で見受けられるが,中でも最近最も注目されているのがPaul trapである.これはパラメトリック振動子の特徴を利用し,交流電圧を使ってある特定の比電荷をもつイオンのみを捕獲する手法である.比電荷がパラメトリック振動子の安定条件を満たすならば有限の振幅で振動を続けるが,条件を満たさない場合は振幅が増幅し続け,最終的には電極に衝突する.

Paul trapをそのまま用いた場合,イオンは熱(運動エネルギー)を有するので,仮に安定条件を満たしていたとしても長い時間捕獲し続けるのは難しい.その解決策としてイオンを冷却する方法が開発されている.冷却の結果,イオンは装置の中心付近でほぼ静止するので長時間安定して捕獲することが出来,分光分析の実験装置や原子時計,量子コンピュータの実現の場としての応用範囲が広がる.

イオンの冷却法の一つとして,装置内部に中性気体を緩衝ガスとして入れることがある.ガスが標準状態程度のとき,イオンは大きい摩擦抵抗を受けると同時に,ガスから揺動力を受け,位置や速度が揺らぐ,つまりブラウン運動する.例えば分光実験を行う場合,この位置揺らぎが観測装置の光学的分解能よりも大きくなれば,大きな障害となる.

1993年Arnold達によって,標準状態のN2を緩衝ガスとして込めたPaul trapの実験に関して,興味深い結果が発表された.彼らは帯電した球状のポリスチレンを捕獲した.十分時間が経った後で位置の揺らぎを測定してみると,それは交流電圧の振幅が増加するにつれて減少し,極小値を持つことが解った(我々はこの現象を古典揺らぎ萎縮と名付けた).この極小値を観測装置の光学的分解能よりも小さくすることは可能なので,標準状態の緩衝ガスによる冷却法が分光実験をする上で有用であることが明らかになった.それに加え外場(今の場合調和振動子ポテンシャル)の曲率の時間変化によってブラウン粒子の位置の揺らぎが減少するという興味深い事実が,実験的に示されたことになる.

これはあくまで経験的に得られた事実であり,この現象の一般的な性質を理論的に解明する研究の必要性は言うまでもない.しかし現在に至るまで,理論的なアプローチで取り組んだ研究は数が少なく,それらの研究にしてもパラメトリック振動子の周期関数として三角関数のみを扱っているに過ぎない.

こういった背景を踏まえ,より一般的な拡張に向けて,本研究に於いて以下のような問題を設定した.

一般の周期関数でもこの現象は起こるのか?

起こるための条件とは?

揺らぎ萎縮をより顕著にする周期関数とは?

これらの問題の答えを見つけるべく,この現象を,曲率が時間で周期変化する調和振動子ポテンシャルの影響下にあるブラウン粒子の統計的挙動とてモデル化した.

ここでx(t)は荷電粒子の位置,βは粒子が受ける速度に比例した摩擦抵抗の係数を表す.またφ(t)はπの周期関数で,f(t)はガウシアン白色ノイズ,即ち

である.また位置,速度の揺らぎはそれぞれの分散〓によって表す.本論分では特に長時間に於ける挙動に注目するが,それは初期条件の時刻t0を十分過去にさかのぼることによって表現する:

φ(t)が矩形波の場合

著者らは先ず周期関数φ(t)として矩形波:

を採用し,揺らぎの挙動を詳細に調べた.矩形波は区分的に値が定数なので,長時間極限に於ける分散の厳密解を得ることに成功した.この結果から〓はπの周期性を有することが解った.更に速度の揺らぎ萎縮は起こらず,また位置の揺らぎ萎縮は矩形波の非対称さ,つまりγ≡(π-T1)/T1の1からのずれに強く影響を受けることが明らかになった.より詳しく説明すると,γ〓1では揺らぎ萎縮が起こるが,γ>1では起こらなくなる.具体例としてβ=1,ω=0.4のときの,長時間極限に於ける位置の揺らぎの時間平均

の挙動をqの関数としてFigure 1に示した.γ=1.2の場合は揺らぎは単調に増加しているが,γ=1,0.8の場合は揺らぎは減少し,q=0での揺らぎの値よりも小さくなることが解る.

φ(t)が一般の周期関数の場合

続いて著者らは一般の周期関数に於ける揺らぎの挙動を調べた.先ず長時間極限に於ける分散をqの級数によって展開し,その全てのqnの係数を解析的に求めることに成功した.この結果から一般の周期関数でも〓はπの周期性を有することが解った.それに加え,qが小さい領域で速度の揺らぎ萎縮は起こらず,位置の揺らぎ萎縮が起こるためには,φ(t)のFourier係数cnに対してc0〓0であることが必要,ただしc0=0の場合は揺らぎを萎縮するパラメータの値に制限があることが解った.

長時間極限に於ける揺らぎをqの級数で表すことが出来たが,実際に値を得るためには有限項でカットオフしなくてはならず,そのままでは値は不正確となる.そこで有限項の級数から連分数を使ってより正確な揺らぎの値を得る方法を提示した.例としてφ(t)=2cos2tの場合について,時間平均した位置の揺らぎ〓をqの関数としてFigure 2にプロットした.実線はq8までの級数から連分数に移行したものである.数値計算の結果◇とよく一致しているのが解る.

更に著者らは揺らぎ萎縮をより顕著にする周期関数を,解析的な表現を下に理論的な立場から幾つか提案した.前述の通りc0=0である周期関数の場合,揺らぎ萎縮を引き起こすことの出来るパラメータは限られる.例えばFigure 2に示したφ(t)=2cos2tもc0=0である周期関数であるが,ω=0.1,0.3の場合は揺らぎ萎縮は起きているが,ω=0.5となると揺らぎは単調増加に変わっている.著者らが提案した周期関数はこのようなパラメータの制限が緩和され,広い値で揺らぎ萎縮を引き起こすことが出来る.

Figure 1:長時間極限での位置の揺らぎのγによる変化:φ(t)が矩形波の場合(ε/β=1,β=1,ω=0.4)

Figure 2:長時間極限での位置の揺らぎの連分数により表現(実線)と数値計算(◇)の結果の比較(ε/β=1,β=1).

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文はパラメトリック振動子の熱浴からの揺らぎの長時間極限に於ける挙動を、一般の周期関数に対して扱ったものである。パラメトリック振動子は外部パラメータによって振動子の安定性が変化することが知られているが、そのパラメータの一つである周期関数の振幅が増加するにも関わらず揺らぎが減少する現象を"古典揺らぎ萎縮"と名付け、詳細が調べてある。第1章は導入部分、第2章は古典揺らぎ萎縮が実験的に観測されたポールトラップに関して、その原理としてパラメトリック振動子が使われる理由、ブラウン運動が起こる原因が解説されている。

第3章から4章にかけて具体的に揺らぎの挙動が議論されている。先ず第3章に於いて周期関数として矩形波を用いている。こうすることで解析的な議論が可能となり、実際長時間極限に於ける揺らぎの解析解を得ることに成功している。この結果から矩形波の非対称性が揺らぎ萎縮に大きな影響を与えることが解明された。

第4章から周期関数を一般のものとして揺らぎの挙動が議論されている。ここで田代氏は時間極限に於ける揺らぎを周期関数の振幅による級数による解析的な表現に成功している。ここから揺らぎ萎縮が起こるためには、周期関数のフーリエ係数cnに対してc0 ≧ 0であることが必要で、c0 = 0の場合は揺らぎを萎縮するパラメータの値に制限があることが明らかになった.更にこの解析的な結果を下に揺らぎ萎縮をより著しく引き起こす周期関数を、理論的な立場から提案している。

歴史的にはポールトラップに於いて観測された現象であるため、今までの研究は周期関数として三角関数を扱ってものが殆どで、本学位論文のように一般の周期関数にまで拡張した議論は未だ成されていない。さらに解析的な結果を下に理論的に提案された、揺らぎ萎縮をより顕著にする周期関数は今後の応用が期待される。

なお、本学位論文の第3、4章は森田昭雄助教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって理論解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって本論分は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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