No | 120957 | |
著者(漢字) | 相阪,有理 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アイサカ,ユウリ | |
標題(和) | 超弦理論のピュアスピノル形式 | |
標題(洋) | Pure Spinor Formalism for Superstring | |
報告番号 | 120957 | |
報告番号 | 甲20957 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第660号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本博士論文では、近年Berkovitsにより提唱された超弦理論の新しい定式化である、ピュアスピノル(PS)形式について論ずる。この定式化を用いると時空の超ポアンカレ対称性が明白な形で超弦理論のスペクトルや散乱振幅を計算することができる。そのため、Ramond-Ramond場中で超弦理論を定式化したり、高次のループ計算を行って摂動的超弦理論の有限性を検証したりするための手段として非常に有望視されている。 PS形式は、全中心電荷がゼロであるような共形場理論として定義される。世界面上の場は、弦の位置を表す自己共役ボソンxμとその時空の超対称パートナーである共役ペア(pα,θα)、及び“ピュアスピノル・セクター”のペア(ωα,λα)からなり、それらの間の演算子積展開(OPE)は自由場の形を取る。ピュアスピノル場はPS条件と呼ばれる非線型の関係式〓を満たし、理論のスペクトルを定義するBRST演算子は、 という形に書かれる。ここにdαはGreen-Schwarz(GS)形式の古典作用が持つ位相空間の拘束の形をしている。PS条件のためQPSは羃零となるが、そのコホモロジーは超弦理論の摂動的スペクトルを完全に再現する。弦の第一励起状態(ゼロ質量)の頂点演算子Uは簡単に構成でき、その運動方程式はQPSU=0という条件から出てくる。 λαは非線型の関係式に従うため真に自由場であるのはその独立成分のみであるが、その共役運動量ωαがPS条件と無矛盾であるような「ゲージ不変」な形でのみ現れるならば、λαをどのようにパラメトライズしても計算結果は変わらない。PS条件と無矛盾であるようなωαの現れ方としては 等がある。λαの独立な成分を適当に定めこれらの演算子の間のOPEを計算すると結果は共変的な形にまとまることが分かる。従って、ωαが上記の組み合わせ以外の形で現れない限りOPE等の計算は共変的に行うことができる。散乱振幅等が全てこれらの量だけを用いて計算できる必然性はないが、Berkovitsはこれらの量のみを用いてPSセクタの経路積分測度をローレンツ共変な形に構成することに成功した。散乱振幅を計算するためには、PSセクタの場のゼロ・モードを吸収するための演算子を経路積分に挿入する必要があるが、これらも上記の「ゲージ不変」な演算子のみから構成されている。そのためスペクトルや散乱振幅の計算は共変的に行うことができ、この意味でPS形式は超弦理論を共変的に量子化する方法と呼べる。 このようにPS形式は非常に魅力的な定式化であるが、上に述べた規則は全て発見法的に構成されたものであり基本的な原理から導出されたものではなかった。PS形式において中心的役割を果たすBRST演算子さえも、それがどのようなBRST対称性に基づいて構成されたものか理解されていなかった。この問題を解決するためにはPS形式の背後にある古典作用を発見しなくてはならないが、PS条件のような非線型関係式が通常の量子化手続きの中で自然に現れてくるとは考えにくい。そこで私は風間洋一氏と共同で、PS形式との等価性を保ちつつPS条件を除去した拡張形式(EPS形式)を構成した。この形式ではPS条件を除去する際に増える自由度を打ち消すのに必要最小限である5組のゴースト・ペアを導入して理論を構成する。EPS形式が元のPS形式と等価であることは“homological perturbation理論”と呼ばれる数学理論によって保証されており、EPS形式の頂点作用素もこの理論を使って系統的に構成することができる。 このように拘束を除去した「広い空間」で理論を定義したメリットをまとめておく。まず、PS形式の「狭い空間」では構成されていなかった「座標変換bゴースト」を簡単な複合場として具体的に構成することができた。さらに、Ramond-Neveu-Schwarz(RNS)形式、GS形式といった慣習的な定式化と、EPS形式の間の演算子対応を見ることが可能になった。我々はRNS形式とGS形式それぞれのBRST演算子をEPS形式のBRST演算子と繋ぐような相似変換を具体的に構成し、これらの定式化の等価性を証明した。さらに、これらの研究で得られた知見は次に述べるPS形式の古典的作用を構成する際に非常に有効であった。(実際、我々が発見したPS形式の古典作用を量子化すると、このような「広い」空間上で定義されたものが得られる。) さらに続く研究で、我々はPS形式の背後にある古典作用を構成することに成功した。その作用は良く知られたGS作用のスピノル場の自由度を倍に増やし、同時にその自由度を打ち消すような「隠れた局所対称性」を導入して得られる。この新しい局所対称性を用いて増えたスピノル場をゼロにゲージ固定すると我々の作用はGS作用そのものとなる。従ってGS形式との等価性は明白である。一方、この局所対称性を保ったまま量子化することもでき、そうするとこの局所対称性からPS形式のBRST対称性が導出される。作用を自然に量子化して得られる理論はPS条件が課されていない「広い空間」で定義されているが、この理論とPS形式の等価性は、先にEPS形式とPS形式の等価性を論じた時と同じ論理で示すことができる。 | |
審査要旨 | 本論文は6章からなる。第1章は本論文の概説であり、第2章以降の内容を手短にまとめている。第2章と第3章はこれまでの研究のレビューであり、内容としては第2章では従来の超弦理論における共変的な量子化の難点を取り扱い、第3章では本論文の中心テーマであるピュアスピノル形式を取り扱っている。つづく第4章と第5章が本論文の中心となる論文提出者が行った研究を書いている部分である。第4章では本来のピュアスピノル形式と同等な拡張されたピュアスピノル形式(EPS定式化)について説明がなされ、第5章では従来の定式化であるGreen-Schwarz定式化からピュアスピノル形式を導くことが可能であることを示している。第6章は簡単なまとめと今後の展望および課題についてふれている。 超弦理論は重力の量子化と素粒子の統一理論に向けて最も有望視される理論であり、また長い間活発に研究され続けているが、その定式化には未だにいくつか不明な点が残っている。時空の超対称性を保つ量子化もその最も有名な未解決な問題であり、これまでに多くの試みがなされてきたが、完全に満足できる結論にはいまだに至っていなかった。超対称性は弦理論が意味のある理論であるためにはなくてはならない対称性であり、共変的な量子化は弦理論の整合性の根幹に関わる大問題である。例えばRR背景がゼロでない場合には共変的な量子化無しには系の取り扱い自体が不可能である。 これまで超対称性をあからさまに含む定式化はGreenとSchwarzが定義した作用に基づいて研究がなされてきた。この作用は超対称性に関連する重要な局所的な対称性としてカッパ対称性を含むが、それが共変な量子化を阻む主要な原因であった。つまりその対称性のうち半分は第一種拘束条件、もう半分は第二種拘束条件であり、量子化を行うためにはそれらを共変性を保ったまま分離する必要がある。しかしこれは実際には不可能であった。 この問題について大きなブレイクスルーを起こしたのは、数年前にBerkovitsにより提唱されたピュアスピノル定式化である。彼は通常のGreenとSchwarzのスピノル変数以外にピュアスピノル条件を満たすゴースト場を導入し、一種のBRST条件を課すことにより超ポアンカレ対称性を保った形で量子化が可能であることを示したのである。実際BRST条件を満たす状態は通常の超弦のスペクトルと一致することが示され、相関関数やループ振幅についても予想される答えが導かれることが示されてきた。 ただこのBerkovitsの定式化についてもいくつか不満足な点が残っていた。それは 実際にピュアスピノルのゴーストで計算を行うためには、元々の16成分からピュアスピノル条件を解いて独立な11成分に自由度を落とす必要がある。これらは自由場に帰着し実際の計算が可能となるが、一方で条件を解くときに共変性を破ってしまう。 定式化が天下りに与えられており、その物理的・数学的な起源がよくわからない。特に弦理論において本質的な役割を果たす共形対称性があからさまな形でBRST演算子の中に含まれていない。 これらの問題について考察し改良を加えたのが本論文でなされた仕事である。 まず第4章ではピュアスピノル形式にいくつかゴースト場を加え、ピュアスピノル条件を天下りに要請するのではなく、作用から導かれる自然な拘束条件として与えるような定式化(拡張されたピュアスピノル形式、あるいはEPS形式)を定義している。この定式化では余分な場を導入するものの、ホモロジー的摂動論の議論を援用することにより元々のPS形式と同じ物理的な自由度があることが示される。この定式化を行うメリットはいくつか存在しているが、その一つは上であげた共形対称性を生成するVirasoro場、あるいはそれに関連するbゴーストをあからさまに構成することが可能となった点である。またPS形式、RNS形式、Green-Schwarz形式などとEPS形式の同等性は相似変換をあからさまに与えることによって非常に直接的に示されている。 次に第5章ではPS形式がGreen-Schwarz形式からどのように「導かれるか」という点についての具体的な議論を展開し、PS形式の由来を明らかにしている。基本的なアイディアとしてはGreen-Schwarz形式におけるフェルミオンの自由度をまず2倍に増やしそれを打ち消すような隠れたゲージ対称性を導入しておく。次にカッパ対称性を光円錐ゲージをフェルミオンの自由度にだけ適応すること(semi lightcone gaugeと呼ばれる)により拘束条件を解き量子化を行う。このようにして得られるBRSTチャージはピュアスピノル形式のものと近い形になり、変形を加えるとピュアスピノル形式そのものになることが示される。本論文では議論をまず超粒子に対してBrink-Schwarz形式をPS形式に帰着する議論を行うことにより論理の骨子を示す事から始め、超弦の場合への拡張を行って粒子の場合には出てこないいくつかの問題について考察を行っている。 以上のように本論文ではピュアスピノル形式のいくつかの不満であった点を解決しており、弦理論の超対称で共変な定式化において基本的な寄与を与えている。今のところ平坦な時空における定式化のレベルであるが、今後より物理的なRR背景中の弦理論や、b場が導入された事によるより自然な相関関数の定義や高次摂動振幅の計算などで応用されることが期待できる。この意味で本論文の弦理論における価値は明らかである。 なお、本論文の内容は、風間洋一教授との共同研究であるが、論文の提出者が主体となって解析を行った点が多く、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められた。 | |
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