学位論文要旨



No 120987
著者(漢字) 田中,康寛
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヤスヒロ
標題(和) 有機導体における電荷秩序と超伝導
標題(洋) Charge ordering and superconductivity in organic conductors
報告番号 120987
報告番号 甲20987
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4787号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,岳生
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 助教授 森,初果
 東京大学 教授 福山,寛
内容要旨 要旨を表示する

Charge ordering (CO) and superconductivity are found in many organic materials and the electron correlation effects are considered to have an important role for their origin. In this thesis, we have studied CO phase transition and superconductivity near CO instability with the emphasis on the effects of fluctuation.

In the first part of the thesis, we investigate the behavior of spin degrees of freedom near CO in one and two-dimensional systems. In one- dimension, we study extended Hubbard model which includes both onsite (U) and off-site (V) Coulomb interactions at T = 0. By using the spin-charge factorized wave function in U → ∞ limit and numerical exact diagonalization method, spin susceptibility χ are calculated in a strongly correlated regime. It is found that χ is enhanced by the effect of V. Furthermore, χ has no detectable anomaly at CO transition point, because of the Berezinskii-Kosterlitz-Thouless (BKT) type transition of CO. In two-dimensional systems, we investigate CO transition at finite temperature by using Quantum Monte Carlo simulation. First, we estimate Tc of CO transition and examine the universality class by using the critical exponents of two-dimensional ising model. Then, we calculate the temperature dependence of χ. It is found that χ is enhanced by V and it smoothly varies through a development of CO instability as in the onedimensional case. These results mean that the charge fluctuation play important roles around the transition point and CO has little effect on the spin degrees of freedom.

In the second part of the thesis, we study the possibility of superconductivity close to CO in organic conductors such as θ-(ET)2Х and (TMTSF)2Х. By using random phase approximation and perturbation theory, pairing symmetries are investigated under the coexistence of spin and charge fluctuations in relevant extended Hubbard models. It is found that f-wave triplet pairing is favored for both cases when charge fluctuation dominates. The stability of the pairing states are interpreted by the long range nature of Coulomb interactions and geometry of the Fermi surface.

審査要旨 要旨を表示する

低次元性の強い系として分子性導体の研究は1970年代より盛んに行われてきた。かつては低次元性に特有のさまざまな不安定性を中心に研究が行われてきたが、最近の試料作成技術の向上および測定技術の洗練によって、分子性導体は強い電子間相互作用を持つ系として新たな視点から注目を集めている。特にクーロン長距離相互作用によって生ずる電荷秩序の研究は理論・実験の両面から活発に進められており、電荷秩序相の存在によって分子性導体は多彩な有限温度相図を持つことが明らかにされつつある。この電荷秩序相およびその近傍において、電荷揺らぎがどのような役割を果たすか、という問題は未だ明らかにされていない課題の一つである。修士(理学)田中康寛の学位請求論文では、以下の二つの問題に関して、電荷揺らぎを考慮に入れた系統的理論研究が行われた。(1) 擬一次元および擬二次元分子性導体では、電荷秩序の転移温度前後で帯磁率に異常がみつからないことが多い。この実験結果を理解するために、一次元および二次元の拡張ハバード模型で起こる電荷秩序転移とそれに伴う帯磁率の変化を、強結合近似、厳密対角化および補助場モンテカルロ法を用いて考察した。(2) 一部の分子性導体では、電荷秩序相と隣接して超伝導相が見つかっている。この超伝導の起源とその対称性を明らかにするために、電荷揺らぎによる超伝導不安定性を乱雑位相近似(RPA)および摂動計算の範囲で考察した。

本論文は英文で5章からなる。第1章で簡単な要約がなされた後、第2章ではこれまでの電荷秩序および隣接する超伝導相に関する理論・実験が紹介された。特に本論文に関係の深い物質として、電荷秩序を示す一次元系である(DI-DCNQI)2Ag, 同じく電荷秩序を示す二次元系であるθ-(ET)2Xが挙げられ、これまでの実験がまとめられた。また電荷秩序相に隣接して超伝導相が現れる物質の例として、二次元系であるθ-(ET)2I3 およびθ-(DIETS)2[Au(CN)4]が取り上げられ、実験が紹介された。引き続く第3章および第4章が本論文の主要部分であり、第5章は本論文のまとめに当てられている。

第3章の前半では一次元拡張ハバード模型を取り上げられ、1/4フィリング・温度ゼロで起こる電荷秩序転移とそれに伴う帯磁率の変化が理論的に考察された。まず同一サイトの電子間クーロンエネルギーが大きい領域での電荷秩序を議論した。この時、基底状態の波動関数は電荷部分とスピン部分に分離でき、スピン部分は有効的なハイゼンベルグ模型で記述される。系の帯磁率はこの有効ハイゼンベルク模型の交換相互作用Jeffによって決まる。Jeffは電荷部分の相関関数によって決定され、ベーテ仮説による厳密計算が可能となる。その結果、電荷秩序転移で帯磁率の値およびその微分に異常が現れないことが解析的に示された。またUが有限の値の場合についても、18サイトまでの厳密対角化による数値計算が行われ、数値計算の範囲内で電荷秩序転移により帯磁率に異常が現れないことが示された。この結果は、一次元温度ゼロにおける電荷秩序転移が本質的にKT転移であることによる。現実の物質では、高次元性を無視することができないため実験との直接比較はできないが、一次元系という限られた条件の元で電荷秩序と帯磁率の関係を明確にした点が評価される。

第3章の後半では二次元ハバード模型が取り上げられ、補助場モンテカルロ法を用いた数値計算によって1/4フィリング付近の有限温度電荷秩序転移が考察された。最大10×10サイトまでの数値計算を行い、イジング模型と同じ臨界指数を持つと仮定したスケーリング解析を行うことで電荷秩序転移温度を決定した。さらにこの電荷秩序転移付近で帯磁率は連続であることを、数値計算の範囲内ではじめて示した。二次元電荷秩序系の有限温度の数値計算はこれまで例がなく、電荷圧縮率が大きく変化している状況で帯磁率がほぼ連続であることを示した本論文中で最も印象深い計算結果である。

第4章では主に擬二次元系分子性導体での電荷揺らぎを用いた超伝導発機構を明らかにするために、二次元拡張ハバード模型を考察した。RPA近似によってペアリングポテンシャルを評価し、Eliashberg方程式によって超伝導不安定性を調べた。擬二次元分子性導体のバンド構造を考慮にいれた三角格子模型の計算では、従来のように反強磁性近傍にA1g(extended-s波)対称性のシングレット超伝導層が現れることに加え、電荷秩序相近傍にも同じ対称性を持つシングレット超伝導相が現れることをはじめて示した。本研究は分子性導体の超伝導に関して引き続いて行われた理論計算の先駆けとなった仕事であり、その着眼点が評価される。また擬一次元系でも同様の計算を行い、B3u(f波)対称性が安定化するパラメータ領域があることを示した。

以上のようにこの論文では、分子性導体の電荷秩序転移および隣接する超伝導相に関して、電荷揺らぎの役割を理論的に明らかにした。特に電荷秩序転移においてスピン励起がどのように変更を受けるか、という問題は強相関電子問題の重要な問題であり、本研究が今後の理論展開に大きく寄与することが期待される。また実験家に対して、問題提起および物質設計の指針を与える仕事となっていることも評価される。このように本論文は博士(理学)の学位論文としてふさわしい内容をもつものとして審査員全員が合格と判定した。

なお本論文の主たる業績は、小形正男教授・柳瀬陽一助手らとの共著の形ですでに論文が公表されている。これらの論文では学位申請者が第一著者であり、実際の計算の遂行や解析、解釈などにおいて、学位申請者の寄与が重要であると判断された。

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