No | 121051 | |
著者(漢字) | 宮寺,哲彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤデラ,テツヒコ | |
標題(和) | 有機電界効果トランジスタの動的輸送特性に関する研究 | |
標題(洋) | Study of The Dynamic Transport Properties of Organic Field Effect Transistors | |
報告番号 | 121051 | |
報告番号 | 甲21051 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4851号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 有機半導体は近年、基礎物性、デバイス応用の両観点から盛んに研究されている。有機半導体においては、無機半導体で従来用いられていた法則が成り立たないということが知られており、そのメカニズム解明のためにさまざまな試みがなされている。しかしながら、電荷蓄積や電気伝導のメカニズムなどの基礎的な点に関してはいまだ不明な点が多く未開拓の研究領域である。現在最も注目されている有機電界効果トランジスタ(OFET)は、金属−絶縁体基板上に有機薄膜を成長させるMetal-Insulator-Semiconductor(MIS)構造をとり、基板金属−有機半導体間にかけるゲート電界により界面のバンドを変化させて伝導度をコントロールするものである。本研究では、このゲート電界としてステップ電圧や交流をかけて動的な変化を測定することにより、有機半導体のメカニズム解明につながるパラメータを抽出することを目的としている。このようなOFET の動的な挙動の解析は伝導のメカニズム解明のために非常に有効な測定手段と考えられるが、これまでほとんど研究例はなく新しい試みである。また、メチル終端Si(111)表面を用いて、ナノデバイス実現に重要な有機−無機複合界面に関する基礎的な研究を行った。 OFETの動的特性の測定 実験 有機半導体薄膜の成長と電気伝導測定は真空チャンバー中で同時に行うことができ、薄膜の膜厚をパラメータとして電流変化を測定することが可能となっている。有機半導体材料としては、それぞれn 型とp 型の代表的な有機半導体であるC60とペンタセンを用いた。以下のデータはすべてC60の結果を示している。基板には高ドープのSi(100)基板(ゲート電極)上に、厚さ300nmのSiO2層を熱酸化処理により作製した物を用いた。伝導度測定用のソース、ドレイン電極は、AuをSiO2上にマスク蒸着したボトムコンタクト構造のものを用いている。 過渡現象解析 ドレイン電圧を5 Vに固定し、ゲート電圧として図1に示すようなステップ状の電圧を加えて、時間分解能1 msec で電流の時間変化(過渡応答)を測定した。測定は薄膜を成長させながらin-situで行っており、図1のプロセスを、膜厚を連続的に変化させながら繰り返し測定している。以上のように測定した過渡応答のうち、電流の最も多く流れている、ゲート電圧を75Vから100Vに上昇させたときのものを膜厚に対してプロットしたものを図2に示す。指数関数を用いてフィッティングを行うと、減衰曲線は複数の成分を含んでおり、電流変化は複数の過程により生じることが分かった。時定数が数msecの速い成分はRC分布定数回路を仮定することにより説明できることが分かった。遅い成分はトラップ準位への電荷蓄積と考えられる。 ドレイン電流、しきい値電圧、遅い成分の時定数の膜厚依存性を図3に示す。しきい値電圧は変化しないが、時定数は興味深い変化を示し、膜厚0.5nm以上で0.13secに飽和することが分かった。電流値および時定数が急激に増大する膜厚3.5nm付近では、2層目のグレインが成長する領域であることが原子間力顕微鏡(AFM)による形態観察により分かった。このときに形成される結晶粒界に多くのトラップ準位が生じ、蓄積電荷が急激に増大する効果を示すと考えられる。 以上のように過渡応答の膜厚依存性を解析し、複数の指数関数成分を観測した。時定数の短い成分はCR 分布定数回路で説明された。長い成分はトラップへの電荷蓄積と考えられ、AFMによる形態観察との比較から2層目の粒界が生成する領域で多くの蓄積電荷が寄与することが分かった。 周波数応答解析 図4挿入図のような回路構成で薄膜とゲート電極の間の複素インピーダンスを測定した。薄膜成長前のAu 電極の成分を差し引いたインピーダンスから得られる容量成分を図4にドットで示す(C=-1/Im(2πf×Z)。図から、容量Cは周波数のべき乗に比例し(C∝ f-p,p〜0.3)、ゲート電圧に対して単調増加していることが分かる。FETの容量が周波数の−0.3乗に比例するような現象はこれまでに報告例がなく、本研究において初めての見出した特性である。 有機薄膜のように粒界を含む系の周波数応答は従来、Cole-Coleプロットが用いられていたが、FETでは3端子系となるため、この手法をそのまま用いることはできない。そこで図5のような3端子の等価回路モデルを新たに考案した。グレイン内はチャネル抵抗rgdxとゲート容量cgdxの分布定数回路で表し、グレイン間は粒界解析の常套手段として用いられるRC並列回路zb=(i2πf Cb +1/Rb)-1を採用し、一次元的にグレイン同士をつなぐ等価回路となっている。この等価回路をもとに、微分方程式を解くことによってインピーダンスを計算し、以下の式を得た。 ここで変数Nはチャネル内のグレイン数であり、以下のフィッティングではAFMによる形態観察から見積もられる、N=1000という値に固定した。式(1)を用いて、実験結果に対してフィッティングを行った(図4実線)。フィッティングに際しては、粒界とグレインの抵抗比α=lrg/(Rb+lrg)と容量Cb、 Cgの値を変化させ、その他のパラメータは実験的に得られたFETの静特性の値を用いている。フィッティングパラメータ数が少ないにも関わらず高周波数側でよい一致を示しており、モデルは現象を定量的によく再現しているといえる。パラメータの最適値としてα=0.31、Cb=88nF、Cg=1.2nFが得られ、物理的描像と整合性のよい値を定量的に求めることに成功した。 周波数依存性は物理的にはチャネル内への交流電場の進入長を考えると、周波数が小さいほど、ゲート電圧が大きいほど電場の侵入長は増大する。容量の周波数依存性はこの電場の侵入長によってチャネル内の実効的な面積が変化していることに起因する。このことを考えると、実験データとモデルの低周波数側での不一致を説明することができる。電場の侵入効果は、モデルでは考慮されていないS-D電極の外周にも及んでおり、電場の進入が顕著になる低周波数、高Vg側でデータとモデルの不一致が生じていると考えられる。 以上のようにOFETの周波数応答を測定することにより、これまで報告されていない容量のべき乗則を発見した。現象を定量的に説明するためにCole-Coleプロットを3端子系に拡張する等価回路モデルを新たに考案し、定式化した。このモデルにより実験結果を定量的に説明することに成功し、FET内部の粒界に関するパラメータを見積もることができた。 メチル終端Si(111)表面の構造および電子状態 Si(111)表面をメチル基で終端した表面の構造および電子状態を調べた。角度分解紫外光電子分光(ARUPS)を用いてバンド分散を決定した。反射高速電子線回折(RHEED)を用いて表面Si原子とメチル基が1:1で吸着していることが分かった。超高真空中で700℃までその構造を保ち、それ以上の温度ではSiC(111)表面に変化することがわかった。図6に加熱後のRHEED像を示す。 まとめ 従来、研究例の少ないOFETの動的伝導特性に着目し、研究を行った。過渡現象測定、周波数応答測定をそれぞれ行い、トラップ準位や粒界など、有機半導体特有の現象を観測することに成功した。Cole-Coleプロットを3端子系に拡張した新たな等価回路モデルを考案し、定式化することにより、実験データを定量的に説明することに成功した。また、メチル終端Si(111)の構造および電子状態を調べ、バンド分散を決定し、700℃までの安定性を実験的に示した。以上の成果により、有機半導体の伝導のメカニズム解明につながる、OFET 内の粒界の効果や時間応答に関するパラメータを取得する新たな方法を与えることに成功し、また、有機デバイスにおいて重要な有機-無機複合界面に関する有用な知見を得ることができた。 図1 ステップ状のゲート電圧(下)とドレイン電流の時間応答(上)。 図2 t=でVgを75Vから100Vにステップ状に変化させたときの電流変化。 連続的に変化する膜厚を奥行き方向にプロットしてある。 図3 図2のデータにおける電流、しきい値電圧、時定数の膜厚依存性。 図4 ゲート容量の周波数依存性(両対数表示)。 ドット:実験データ, 実線:モデル計算。 挿入図:測定回路。 図5 分布定数回路による等価回路。 図6 800℃加熱後のメチル終端Si(111)表面のRHEED像。 入射方向:上[111]、下[101]。 | |
審査要旨 | 本論文は7章からなる.第1章は序論であり,本論文の主題である「有機電界効果トランジスタの動的輸送特性」についての研究の意義が述べられている.半導体全般に関する基礎的な事項について解説し,有機半導体と無機半導体の相違点についてまとめている.また,有機電界効果トランジスタ(OFET)の動作原理を説明し,研究の背景となる最近の研究例と問題点について述べ,本論文の目的を示している. 第2章では,本研究で用いた実験装置について述べている.システムの構成や用いた機器などについて解説している.特に,本研究で新たに開発した装置に関しては,材質や構造などについて詳細に説明している. 第3章では,有機半導体材料としてC60を用いたOFETの動的特性の一つとして,ステップ状にゲート電圧を印加したときのOFETの過渡電流解析について述べている.In-situ測定システムを用いて,薄膜を連続的に成長させながら膜厚,ゲート電圧をパラメータとしたデータを取得し,二種の時定数により過渡電流が説明できるとしている.緩和時間の短い現象については,FET構造における回路方程式を定式化し,シミュレーションにより解析した.長い緩和時間現象については,原子間力顕微鏡(AFM)による形態観察との比較から,基板上の第一層と第二層との界面に多く存在するトラップの寄与であることを明らかにした. 第4章では, C60を用いたOFETの周波数特性について述べている.従来,粒界を含む系の周波数応答は2端子系でCole-Coleプロットなどの手法を用いて解析がなされていたが,本研究ではOFETに適用するため3端子系に拡張した解析が行われている. In-situ測定システムを用いて,薄膜成長前後での周波数応答の差分をとることにより,装置や電極構造に依存しない,薄膜のみの寄与を抽出する手法を考案している.この手法を用いて複素インピーダンス測定を行い,OFETのチャネル容量が周波数の-0.3乗に比例するというこれまでに報告例のない新たな現象を見出している.これを説明するために,OFETのチャネルを抵抗,容量からなる分布定数回路で近似して微分方程式を求め,それを解析的に解くことによってチャネルの複素インピーダンスを定式化した.さらに粒界の効果を取り入れるために分布定数回路とCR並列回路を組み合わせた新規モデルを考案し,測定結果を定量的に再現することに成功した.この結果から,周波数応答特性から粒界抵抗などのOFETにおいて重要なパラメータを抽出する手法を与えている. 第5章では,現在最も着目されているペンタセンについて,OFETの伝導度,および周波数特性の温度依存性の結果について述べている.室温から60Kまで温度を下げると伝導度は単調に減少し,160Kを境に,高温側ではアレニウス型,低温側では3次元Variable range hopping型の温度特性を示すことを見出した.さらに伝導度の減少に伴うチャネル容量の減少を見出し,この現象に対する定性的な説明を与えている. 第6章では,有機―無機複合系の分子デバイス実現のために重要な界面となる,メチル終端シリコン表面の熱的安定性について述べている.超高真空中での加熱に対して,750℃まで構造は変化せず,それ以上の温度ではSiC(111)とSi(111)表面が混在した表面となることを反射高速電子線回折,紫外光電子分光を用いて見出した. 第7章は本論文の結論が述べられている. 以上のように,本論文では有機電界効果トランジスタを用い,これまでに報告例の少ない動的輸送特性に着目して研究がなされ,電気伝導と薄膜構造の関係を明らかにした.これらの成果は当該分野の基礎・応用の両方面に貢献しており,物質科学,デバイス応用に重要な寄与を与えている. なお,本論文のうち第3-5章は,斉木幸一朗氏,池田進氏,中山学氏,第6章は斉木幸一朗氏,小間篤氏,島田敏宏氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験,解析,考察を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.したがって,博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める. | |
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