学位論文要旨



No 121058
著者(漢字) 髙津,信太郎
著者(英字)
著者(カナ) コウヅ,シンタロウ
標題(和) ショウジョウバエの肢分化における哺乳類のダイオキシン受容体のホモログSpinelessとARNTのホモログTangoの複合体による第5附節におけるBarホメオボックス遺伝子の発現の時間的制御
標題(洋) Temporal regulation of late expression of Bar homeobox genes in the tarsal segment 5 by the heterodimer of Spineless, a homolog of mammalian dioxin recepter, and Tango, a homolog of the aryl hydrocarbon nuclear translocator, during Prosohila leg development
報告番号 121058
報告番号 甲21058
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4858号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 特任教授 南,康文
 東京大学 助教授 能瀬,聡直
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 助教授 小嶋,哲也
内容要旨 要旨を表示する

多細胞生物の発生過程における正常な形態形成には、組織を特異的な領域に分割する転写因子をコードしている遺伝子の発現パターンが厳密に空間的・時間的に制御されていることが必要不可欠である。ショウジョウバエの成虫肢は根元側より、基節(coxa)、転節(trochanter)、腿節(femur)、脛節(tibia)、第1〜5付節(tarsal segmentl-5:tal-5)、先付節(pretarsus)と分節化されている。これらの各節は幼虫期に肢原基と呼ばれる細胞が単層に並んだ上皮組織が、同心円上の領域に区画化されることにより形成される。肢原基の中心部からは成虫肢の先端部が、肢原基のより周縁部からは成虫肢のより根元側の分節が形成されるという対応関係がある。当研究室で解析を進めている、互いに機能的に冗長なホメオボックス遺伝子対BarH1及びBarH2(Bar)は、3齢幼虫初期には肢原基の第3付節から第5付節に相当する領域で一様に発現することでこの領域を他の領域から区別している。3齢幼虫後期になると第3付節での発現は消えて第4付節で弱く、第5付節で強く発現するようになる。この発現量の違いが第3付節から第5付節の各節の形成に重要な役割を果している。このようにBarの発現パターンが厳密に空間的・時間的に制御されていることが正常な成虫肢の形成に必須である。当研究室のこれまでの解析から、3齢幼虫後期における第5付節における強いBarの発現を制御するエンハンサー活性は約6kbのSS6.0領域にある事、及びSS6.0領域の活性はBar自身により正に制御されていることがわかっていた。本研究では成虫肢形成過程におけるBarの時間的・空間的な発現制御機構を解明するために、SS6.0領域についてその制御機構を解析した。

spineless(ss)はbHLH-PASタンパク質をコードしており、その機能欠損型変異体の成虫肢では、付節は第1付節と先端の第5付節と思われる分節しか形成されないことが知られていた。従って、ssはBarの発現制御に何らかの関わりがあると考えられたため、ss機能欠損型変異体の肢原基について詳細な解析を行った。野生型の肢原基では3齢幼虫中期以降に将来の第3付節に対応している領域のBarの発現は消失することに対し、ss機能欠損型変異体の肢原基ではこのBarの発現の消失は観察されなかった。このことからss機能欠損型変異体の肢原基では、第3付節に対応する領域が形成されないと考えられる。次に、ss機能欠損型変異体のBar発現領域において第5付節と第4付節の分節化について検証するため、ss機能欠損型変異体の肢原基におけるSS6.0領域の活性を解析したところ、3齢幼虫初期から全てのBar発現細胞において活性化されていた。一方、LIM-ホメオボックス遺伝子apterous(ap)は、野生型の肢原基ではSS6.0領域の活性化と同時期に、SS6.0領域が活性化されていない第4付節で発現するようになるが、ss機能欠損型変異体の肢原基においても3齢幼虫初期にはSS6.0領域とは違いapは発現していなかった。しかし、3齢幼虫中期以降にはBarの発現領域の近位部側の半分で、SS6.0領域が活性化しているにもかかわらずapの強い発現が見られた。これらのことは、野生型の場合とは違い、ss機能欠損型変異体におけるBar発現領域の近位部側の半分は第5付節だけでなく第4付節の性質も有していることを示唆している。実際、ss機能欠損型変異体の成虫肢の最も先端側の付節はかなり変形している。従って、ss機能欠損型変異体の肢原基において、3齢幼虫初期のBarの発現細胞は最終的には第5付節と第4付節が複合した付節へと分化すると考えられる。

3齢幼虫初期には、Barが発現しているにもかかわらずSS6.0領域の活性は認められないことから、SS6.0領域の活性は3齢幼虫初期には1つ(以上)の遺伝子によって抑制されているものと予想されていた。ss機能欠損型変異体の肢原基におけるSS6.0領域の活性は、3齢幼虫初期から既に検出可能であり、また、2齢幼虫後期から3齢幼虫初期にかけて肢原基の将来の付節にあたる領域でssが一時的に発現することが知られていたため、ssは3齢幼虫初期においてBarの第5付節エンハンサーの活性の抑制に関わる遺伝子の候補の一つであると予想された。そこでssの発現領域が将来の第5付節に相当する領域を含んでいるか否かを明確にするために、in situハイブリダイゼーションを行いss mRNAの発現について詳細に調べた。予想通りssは3齢幼虫初期において一時的にBar発現領域を含む付節領域において環状に発現していたが、3齢幼虫中期にはその発現は消失していた。次にBarの第5付節特異的な強い発現を制御している最小領域を決定するためにSS6.0領域を更に数種の断片に分割し、レポーター遺伝子であるlacZに連結し、P因子形質転換法によりショウジョウバエのゲノムに導入し、抗体染色によりエンハンサー活性を調べた。その結果、SS6.0領域と同様の活性を持つ領域を約2.4KbのBB2.4領域にまで限定することができた。ss機能欠損型変異体のクローン解析により、3齢幼虫初期におけるBB2.4領域の活性化の抑制も、SS6.0領域の場合と同様にssの機能を必要とすることが確認された。Ssタンパク質は、肢原基全体で発現する別のbHLH-PASタンパク質であるTango(Tgo)とヘテロ二量体を形成することによって機能することが知られており、tgo変異体はss変異体とほぼ同じ表現型を示すこともわかっていた。そこで、tgoの機能欠損型変異体クローンを導入した肢原基の3齢幼虫初期におけるBB2.4-lacZの発現について調べたところ、ssの場合と同様に、tgo変異体クローン内のBar発現領域においてBB2.4領域は細胞自律的に活性化していた。従って、3齢幼虫初期ではBB2.4領域の活性はSs/Tgoヘテロ二量体によって直接的ないし間接的に抑制されるものと考えられた。

さらにBB2.4領域を細分化して解析したところ、第5付節におけるBarの発現に必須であるが3齢幼虫初期から活性化してしまう667bpのBBg0.6領域と、3齢幼虫初期においてこのBBg0.6領域の活性を抑制する配列という主に二つの部分により構成されることが明らかとなった。後者の配列はダイオキシン受容体(AHR)とAHR核移行因子(ARNT)のヘテロ二量体により認識されるXRE又はDRE(Xenobiotic Response Element 又はDioxin Response Element)と呼ばれるDNA配列のコア配列(GCGTG)を含んでいた。SsとTgoはショウジョウバエにおけるAHRとARNTの相同タンパク質であり、ヘテロ二量体を形成することでXRE/DREを特異的に認識することが示唆されている。また、このXRE/DREコア配列がD.virilis等のD.melanogasterの近縁種のBB2.4領域に対応する領域にも進化的に保存されていることもわかった。故にこの配列は遺伝子の発現制御に関わるタンパク質の重要な結合部位であると予想された。次にこのBB2.4領域内のXRE/DREコア配列に変異を導入したB2.4mutXRE断片をはじめとする、XRE/DREコア配列を欠くか或いはこの配列が変異している全ての断片のエンハンサー活性を調べたところ、BBg0.6断片と同様に、3齢幼虫初期から活性化されていた。これに対して、BBg0.6断片に直接XRE/DREコア配列を含む8塩基を付加させたBBg0.6+XRE断片をはじめとする、XRE/DREコア配列を保持している全ての断片はBB2.4断片同様、肢原基で正常な発現パターンを示した。以上の結果から、このXRE/DREコア配列は、BBg0.6領域の時間的発現制御に必要十分であることが明らかになった。

最後にSs/Tgoヘテロ二量体が3齢幼虫初期の肢原基においてBBg0.6断片の活性を抑えるためにBB2.4断片のXRE/DREコア配列に実際に結合するかどうかについて、ゲルモビリティシフトアッセイ(EMSA)を行うことでタンパク質・DNA相互作用について調べた。その結果、Ss或いはTgo単独ではBB2.4断片のXRE/DREコア配列に結合しないことに対し、SsとTgoの両方を用いた場合ではBB2.4断片のXRE/DREコア配列に結合することがわかった。

以上の結果から、Barの第5付節特異的な強い発現の時間的な制御に関して、以下の機構が考えられる。3齢幼虫初期にBarの発現が肢原基の将来の第3付節から第5付節に相当する領域で始まると、BarはBBg0.6領域を活性化しようとするのだが、Bar発現領域を含む領域で発現するSsがTgoと共にヘテロ二量体を形成して第5付節エンハンサー領域内に位置するXRE/DREコア配列に結合することで、BBg0.6領域の活性化を抑制する。発生段階の進行に伴い、3齢幼虫中期にはssの発現が消失し、従ってSs/Tgoヘテロ二量体も消失することでこの抑制が解除され、BBg0.6領域が活性化される。このことによって、3齢幼虫中期以降でのみBarの第5付節特異的な強い発現が起こり、最終的に第5付節が他の領域から区別され、正常な成虫肢の形態形成が起こるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、イントロダクション、材料と方法、結果、および考察からなりたっており、全体として、ショウジョウバエの肢分化における、哺乳類のダイオキシン受容体のホモログSpinelessとARNTのホモログTangoの複合体が、第5付節におけるBarホメオボックス遺伝子の発現の時間的制御に重要な役割を果たしていることを示している。

多細胞生物の発生過程における正常な形態形成には、転写制御因子をコードしている遺伝子の発現を厳密に時間的、空間的に制御するこが必要である。ショウジョウバエの成虫肢は、幼虫期に肢原基から形成される。また、発生の途中にある幼虫期の肢原基では、様々な転写制御因子をコードする遺伝子が、時間的に変化する同心円として発現し、遠近軸形成に重要な役割を果たしている。Barは、ホメオボックスを持った転写制御遺伝子で、3齢初期に、第3付節から第5付節(ta3-ta5)の前駆細胞で一様に発現する。しかし、3齢中−後期には、ta3前駆細胞での発現は消え、ta4前駆細胞での発現は中程度に、ta5前駆細胞での発現は強くなる。また、成虫でのモザイク分析の結果、これらの発現レベルの違いは、各付節のidentity決定に重要であることが示されている。3齢後期のta5でのBarの強い発現は、ta5特異的エンハンサーにより制御されている。このエンハンサーは、3齢中−後期には、Barにより活性化されるが、3齢初期では、Barの存在にも拘わらず、活性化されない。本研究では、まず、このBarエンハンサーを様々に分子解剖し、生じたエンハンサー断片をレポーター遺伝子に結合させ、P因子法を用いて野生型ハエに戻し、トランスジェニックハエを作出し、レポーター遺伝子発現を調べた。その結果、ta5特異的エンハンサーは、基礎活性化領域と3齢初期に基礎活性化領域の活性化を抑制する領域の2つの領域からなることが分かった。実際、基礎活性化領域だけをレポーターアッセイすると、3齢幼虫の初期にもBar発現細胞全体でレポーター遺伝子発現がみられた。このレポーター遺伝子発現は、Barのモザイククローンで消失し、Barの異所発現で、細胞自律的に誘発されるので、Barにより正に制御されていると考えられる。spineless変異体では、見かけ上ta2-ta4を欠落している成虫肢ができる。このspineless変異のバックグラウンドで、全長のta5特異的エンハンサーの活性をレポーターアッセイで調べると、野生型とは異なり、3齢幼虫の初期から、Bar発現細胞の全体で、レポーター遺伝子の発現が検出された。このことは、spinelessが、直接あるいは間接にta5特異的エンハンサーの3齢幼虫の初期における発現抑制に関わっていることを示唆している。抑制領域の塩基配列を調べたところ、そこに哺乳類でダイオキシン受容体とARNT(aryl hydrocarbon nuclear translocator)の複合体が結合するコア配列GTGCG(XRE/DRE)が一つ存在することが分かった。哺乳類のダイオキシン受容体とARNTの複合体の、ショウジョウバエのカウンターパートは、Spineless/Tango複合体である。そこで、XRE/DREに注目して抑制領域を分子解剖して調べたところ、GTGCGを含む8塩基の配列だけが存在していれば、十分な抑制効果があることが分かった。更に、GTGCGの3塩基を変異させると、全長のta5特異的エンハンサーの3齢幼虫の初期での発現抑制すら解除されることが分かった。このことから、XRE/DREの存在が、抑制効果に必要十分であることが証明された。Spinelessの発現は、3齢初期では、すべてのBar発現細胞で見られたが、中−後期には全く発現が消失した。更にgel retardation実験により、Spineless/Tango複合体は、GTGCGと結合し、その結合は、野生型XRE/DREオリゴヌクレオチドで阻害されたが、変異型オリゴヌクレオチドでは、全く影響を受けなかった。以上の結果、抑制領域に結合したSpineless/Tango複合体が、3齢初期に基礎活性化領域がBarにより活性化することを抑制し、その抑制が3齢後期に、Spinelessの消失により解除されることで、活性化されることで、Bar発現の時間的制御が行われていることが強く示唆された。

なお、本論文は、田尻礼子、道上達夫、辻拓也、小嶋徹也および西郷薫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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