学位論文要旨



No 121061
著者(漢字) 伊澤,大介
著者(英字)
著者(カナ) イザワ,ダイスケ
標題(和) 分裂酵母の減数第二分裂移行期における細胞周期制御機構の解析
標題(洋) Analysis of cell cycle regulation for the transition to meiosis II in fission yeast
報告番号 121061
報告番号 甲21061
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4861号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,嘉典
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 前田,達哉
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

細胞は、体細胞分裂を繰り返すことによって増殖する。数を増すだけなら体細胞分裂で十分であるが、異なった遺伝情報の組み合わせをもつ子孫を残すために、生物はより複雑な分裂様式である減数分裂を生み出した。減数分裂によって生殖細胞が作られ、父方由来の精子と母方由来の卵が出会い新しい個体、つまり子孫が形成される。減数分裂に異常があると配偶子の染色体の倍数性が異数化し、その結果、子孫は死に至るか重大な疾患を引き起こしてしまう。減数分裂は種を維持するために重要な過程である。

体細胞分裂周期では、DNA合成期であるS期と核分裂期であるM期が繰り返し行われ、この順序は様々な機構によって厳密に制御されている。一方、減数分裂周期では、一回のDNA複製の後に二回の連続した核分裂(減数第一分裂、減数第二分裂)が行われ、染色体の倍数性が半減する(図1A)。さらに、体細胞分裂では常に姉妹染色体が異なる細胞に分配されるが、減数第一分裂では相同染色体が同極に分配し、減数第二分裂で姉妹染色体が異なった極に分配される。これら減数分裂周期と体細胞分裂周期の相違は、減数分裂周期に特異的に発現する因子によって生じている。減数分裂周期の進行には体細胞分裂周期と同じ因子が基軸となっているが、減数分裂特異的因子が体細胞分裂周期に働く因子に働きかけ、または、入れ替ることによって、特徴ある減数分裂を可能にしている。

M期の進行にもっとも重要な役割を果たすMPF(M-phase Promoting Factor)は、キナーゼであるCDK(分裂酵母ではCdc2)と制御サブユニットであるCyclin B(分裂酵母ではCdc13)からなり、様々な因子をリン酸化することによりM期を促進する。M期の最も大規模な現象は、M期中期(metaphase)からM期後期(anaphase)にかけて起こる姉妹染色体の分離であり、その過程にはAPC/C(Anaphase Promoting Complex/Cyclosome)とその活性化因子であるCdc20(分裂酵母ではSlp1)が重要な役割を果たす。染色体の分離は、染色体間の接着を解消するセパリンとその阻害因子であるセキュリンによって制御され、APC/CがCdc20によって活性化されるとセキュリンの分解が促進されセパリンが活性化し染色体の分離が誘導される。この時、Cyclin Bの分解もAPC/Cによって促進され、体細胞分裂ではMPFが完全に不活性化される(図2A)。このMPFの完全な不活性化は、次の細胞周期に移行するために必要不可欠である。このようにM期の開始から染色体の分離にかけて大規模な制御が行われ、この機構は酵母からヒトまでに見られる共通の機構である。

分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)は、栄養源が豊富な環境では体細胞分裂を繰り返すが、栄養源が不足すると他の接合型の細胞と接合し減数分裂過程に進行する。分裂酵母において、1960年代に減数分裂のできない変異体が取得されており、その中の一つであるmes1変異体は減数第二分裂が完全に不能である(図1B)。その表現型からmes1遺伝子は減数第二分裂への移行に非常に重要な役割を果たしていることが示唆されるが、その機能はまったく未知であった。本研究では、分裂酵母のmes1遺伝子の機能解析を通じて、減数第一分裂から減数第二分裂への移行期における細胞周期制御機構を解析した。

mes1変異株における減数第二分裂の不能の原因を探るため、MFPの活性化状に着目した。野生株とmes1変異株において、MPFの制御サブユニットであるCyclin B/Cdc13の発現解析とMPF活性(Cdc2キナーゼ活性)の測定を行い比較した。Cdc13の発現解析は、蛍光タンパク質GFPでCdc13を標識し生細胞でその極在の観察を観察した。野生株では、体細胞分裂と異なり、第一分裂後期に紡錘体上のCdc13は分解され消失するが、核内のCdc13は分解されず残存していた。第二分裂後期では、体細胞分裂と同様に核内のCdc13も分解され消失した。Cdc2キナーゼ活性は、減数第一分裂の開始から減数第二分裂の終了直前まで高活性状態に保たれ、MPF活性が維持されていることが示唆された。しかし、mes1欠損株では、第一分裂後期にCdc13は核内から急速に消失し、Cdc2キナーゼ活性も野生株に比べて早く低下した。mes1欠損による第二分裂不能は、Cdc13を第一分裂後特異的に発現させることによって抑圧された。したがって、Mes1はCdc13を安定化することによってMPF活性を維持し、第二分裂への移行を可能にすると考えられる。

Mes1の下流因子を単離するスクリーニングの結果、mes1変異株の多コピー抑圧因子として、C末端領域が欠けた断片型Slp1が単離されていた。Slp1はAPCの活性化因子(Cdc20の相同因子)であり、M期後期にセキュリンとCyclin Bの分解を促進する。また、slp1の高温感受性変異slp1-362がmes1欠損を抑圧し減数第二分裂を可能にすることからも、両者の間に強い遺伝学的相互作用が示唆された。実際、免疫沈降実験から両者は物理的に相互作用することが示された。体細胞分裂時のMes1過剰発現は、APC/Cの活性を下げたときのようにM期中期の細胞周期停止を引き起こし、タンパク質間の相互作用の実験から、Mes1がSlp1の基質(Cdc13)への結合を阻害することも明らかとなった。また、Mes1は減数分裂特異的なAPC/C活性化因子Mfr1とも相互作用し、Mfr1とCdc13の結合も阻害した。これらの結果から、Mes1は減数分裂特異的なAPC/C阻害因子であることが示唆された。Mes1は第一分裂後にAPC/Cを阻害することで、Cyclin Bが安定化しMPF活性を維持され、第二分裂への移行を保証していると推測される(図2B)。

Mes1は減数第一分裂と減数第二分裂の間のごく限られた時期にしか発現しておらず、Mes1自身の発現も厳密に制御されていると考えられる。その制御機構についても解析を行った。Mes1は、APC/Cの分解シグナル配列であるD-boxとKEN-boxを持っており、Mes1のD-box、KEN-boxの変異体を作製した。Mes1 D-box変異体は、Slp1への結合能を失っていたが、減数分裂期には正常に分解され消失した。Mes1KEN-box変異体はMfr1への結合能が減少していたが、やはり分解はされていた。しかし、Mes1 D-box KEN-box二重変異体は、Slp1及びMfr1への結合能が完全に失われて、減数分裂期の分解はまったく起きず安定化されていた。ところが、体細胞分裂期に発現させると、Mes1 D-box KEN-box二重変異体は安定化されず分解された。in vitroの系で、Mes1はAPC/Cによってユビキチン化されなかった。これらの結果から、Mes1がAPC/Cの潜在的な基質である可能性を否定しきれないが、Mes1のD-box及びKEN-boxはAPC/C活性の抑圧には必要であるものの、Mes1の分解には主要な働きをしていない可能性も示唆された。

本研究から、Mes1はAPC/C阻害因子であることが明らかとなった。現在までに、複数のAPC/C阻害因子が報告されている。正常な染色体分配を保証する紡錘体チェックポイントタンパク質Mad2や動物の細胞周期においてM期への進行を制御するEmi1などがあり、どれも細胞周期において重要な役割を果たしている。それらの因子とMes1の間に一次配列上の相同性は見られず、APC/C阻害因子としての性質も異なっていることから、Mes1は新規なAPC/C阻害因子であるといえる。減数分裂周期におけるMPFの活性化状態は、卵の成熟過程の研究からその詳細が明らかにされている。減数第一分裂後、MPF活性は低下するが完全に低下することなく中間程度にしばらく保たれ、その後急激に上昇し減数第二分裂へと移行する。MPF活性の維持には、APC/Cの活性抑制によるCyclin Bの安定化が一つの要因であるが、他の生物において減数第二分裂移行期のAPC/C活性の抑圧機構は部分的にしか解明されていない。本研究では、Mes1がAPC/C活性を抑圧することによって減数第二分裂の移行に決定的な役割を果たしていることを示し、APC/C活性の抑圧機構に新しい知見をもたらした。

図1 (A)減数分裂:減数分裂周期では、一回のDNA複製(減数分裂前DNA合成)を行った後、連続した二回の核分裂減数第一分裂(meiosis I)と減数第二分裂(meiosis II)を続けて行い、倍数性が半減した生殖細胞が形成される。

(B)mes1遺伝子:野生株は、減数分裂の結果それぞれ核を持った四つの胞子を形成する。一方、mes1変異株は、減数第二分裂が起こらず、二核の状態で減数分裂周期を停止する。DAPI:核

図2 (A)体細胞分裂期におけるMPF活性とAPC/C活性:M期後期にAPC/CによってMPFが不活性化される。

(B)減数分裂期におけるMPF活性とAPC/C活性:減数第一分裂後、Mes1によってAPC/C活性が抑圧され、MPF活性が維持される。

審査要旨 要旨を表示する

細胞は、体細胞分裂を繰り返すことによって増殖する。数を増すための体細胞分裂に加え、異なった遺伝情報の組み合わせをもつ子孫を残すために、生物はより複雑な分裂様式である減数分裂を生み出した。減数分裂によって生殖細胞が作られ、父方由来の精子と母方由来の卵が出会い新しい個体、つまり子孫が形成される。減数分裂は種を維持するために重要な過程である。

体細胞分裂周期では、DNA合成期であるS期と核分裂期であるM期が繰り返し、この順序は様々な機構によって厳密に制御されている。一方、減数分裂周期では、一回のDNA複製の後に二回の連続した核分裂(減数第一分裂、減数第二分裂)が行われ、染色体の倍数性が半減する。減数分裂周期と体細胞分裂周期の相違は、減数分裂周期に特異的に発現する因子によって生じる。減数分裂周期の進行には体細胞分裂周期と同じ因子が基軸となっているが、減数分裂特異的因子が体細胞分裂周期に働く因子に働きかけ、または入れ替ることによって、特徴ある減数分裂を可能にしている。

分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)のmes1は、減数分裂期特異的に発現する遺伝子であり、mes1変異株は減数第二分裂が不能となる。その表現型からmes1遺伝子は減数分裂の進行に重要な役割を果たしていることが示唆されるが、その機能はまったく未知であった。本研究で申請者は、分裂酵母のmes1遺伝子の機能解析を通じて、減数第一分裂から第二分裂への移行期における細胞周期制御機構を解析した。学位論文では、「序」および「材料と方法」に続き、2章からなる「結果」、「考察と展望」、そして「結論」に分けて、得られた成果とその意義が述べられている。

mes1変異株における減数第二分裂の不能の原因を探るため、申請者はM期の進行に必須な役割を果たすMPF(M-phase Promoting Factor)の減数分裂期における活性化状態に着目した。野生株では、MPFの制御サブユニットであるCyclin B/Cdc13は減数第一分裂後に完全に分解されず核内に残存していたが、mes1変異株ではCdc13が減数第一分裂後に核内から消失し、MPF活性が維持されないことを発見した。Mes1の機能を解析した結果、Mes1はAPC/C(Anaphase Promoting Factor/Cyclosome)の活性化因子であるSlp1と相互作用することによって、Slp1とCdc13の結合を阻害し、その分解を抑制していることが示された。また、Mes1は減数分裂特異的なAPC/C活性化因子Mfr1とも相互作用し、Mfr1とCdc13の結合も阻害した。Mes1は、減数第一分裂後にAPC/C活性を抑圧することによって、第一分裂後期に半減したCyclin Bを安定化してMPF活性を維持し、その保たれたMPF活性が減数第二分裂への移行を可能とすると推測される。申請者はさらにMes1の制御機構について解析を行った。Mes1は、APC/Cの分解シグナル配列であるD-boxとKEN-boxを持っており、Mes1 D-box、KEN-box変異体の解析を行った。その結果、Mes1のD-boxおよびKEN-boxはMes1の機能であるAPC/C活性の抑圧に必要であるとともに、減数分裂期のおけるMes1の分解にも必要であることが示された。しかし、Mes1 D-box KEN-box変異体は体細胞分裂期には安定化されずに分解されることから、Mes1の分解には他の異なる機構が関与している可能性も示唆された。

本研究から、Mes1は新規なAPC/C阻害因子であることが明らかとなった。減数分裂周期におけるMPFの活性化状態は、卵の成熟過程の研究からその詳細が明らかにされている。減数第一分裂後、MPF活性は低下するが完全に低下することなく中間程度にしばらく保たれ、その後急激に上昇し減数第二分裂へと移行する。MPF活性の維持には、APC/Cの活性抑制によるCyclin Bの安定化が一つの要因であるが、他の生物において減数第二分裂移行期のAPC/C活性の抑圧機構は部分的にしか解明されていない。申請者は、Mes1がAPC/C活性を抑圧することによって減数第二分裂の移行に決定的な役割を果たしていることを示し、APC/C活性の抑圧機構に新しい知見をもたらした。

以上,伊澤大介が明らかにした研究成果は、減数分裂周期制御の分子機構の理解に対する重要な寄与であり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は後藤益生、山下朗、山野博之、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、伊澤大介に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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