学位論文要旨



No 121137
著者(漢字) 森本,賢一
著者(英字)
著者(カナ) モリモト,ケンイチ
標題(和) 高性能コンパクト熱交換器の形状最適設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 121137
報告番号 甲21137
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6227号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 鹿園,直毅
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

近年,マイクロガスタービンを中核とする小型発電装置が環境低負荷を実現する高効率分散エネルギーシステムとして注目を集めている.種々のサイクル解析を通じて早期実用化のための技術課題が検討され,高性能なコンパクト再生熱交換器の開発の重要性が指摘されている[1].様々なタイプのコンパクト熱交換器のなかで,ガスタービン用の再生熱交換器としては,プライマリー・サーフェス型熱交換器が有望視される[2, 3].しかし,熱交換器内部の熱流動は,層流域においても流線曲率や2次流れにより極めて複雑な様相を呈するため,伝熱・圧力損失特性を考慮した最適な熱と流れの構造に対する基本的な知見は乏しい.高性能熱交換器を開発するためには,伝熱・圧力損失特性に優れた新たな伝熱促進技術を確立することが必要である.

本論文では,隔壁により高温・低温流体を千鳥状に配置する対向流型熱交換器を対象とし,流路内の熱流動特性に対する詳細な熱流動解析を行った.特に,伝熱・圧力損失特性を向上させる観点から,2次流れによる伝熱促進効果を低圧力損失で発現させる新たな熱交換器形状を提案することを目的とした.従来,複雑形状流路内において等温加熱条件や等熱流束条件などの非現実的な温度境界条件が課されることが多いのに対し,本熱流動解析では,高温・低温場の温度連成を考慮した温度境界条件を適用し,隣接する流路間の伝熱特性を定量的に評価した.次に,近年の計算機性能の向上とともに急速に進展している随伴解析を用いた流体機器の形状最適化法 [4, 5] を拡張し,局所の熱流動に基づいた熱交換器流路の形状最適設計手法を新たに構築した.斜め波状壁熱交換器への適用を通じて本形状最適化の有効性を検証するとともに,流路形状・熱流動構造の最適化過程を明らかにし,伝熱・圧力損失特性向上のための有効な指針を得ることを目的とした.

図1に本研究で対象とする熱交換器流路モデルの最小単位 (計算領域),および座標系 (境界適合格子) を示す.上下壁の変位は次式により与えられる.

ここで,A, Lx ,γはそれぞれ波状壁の振幅,流れ方向周期,z 軸に対する傾き角を表す.図2に高温・低温流体をスタガード状に配置した対向流型熱交換器の流路配置を示す.各流路は上下の斜め波状壁と左右の平滑面により囲まれ,全ての隔壁を通して熱交換が行われる. Case 1 では,左右に隣接する流路の波状壁の傾き角が同一であるのに対し,Case 2 では,左右の流路における傾き角の符号が反転している.高温・低温側各流路の作動流体は,空気を仮定し,それぞれ流入バルク温度を一定とした.再生熱交換器として実際に用いられるレイノルズ数域を想定し,本計算では流れ方向バルク平均流速Ubと平均ダクト幅 2δで定義されるレイノルズ数 Reδ を 100 ~ 400 とし,バルク流量一定のもとで計算を行った.波状壁の傾き角,振幅,および流路配置が対向流型熱交換器の伝熱・圧力損失特性に及ぼす影響を系統的に評価し,以下の知見を得た.

傾き角に対し熱流動特性は顕著に変化し,上下の斜め波状壁と左右の側壁により生じる逆回転の渦構造対が流れ場を支配する(図3).剥離が抑制されつつ,強い2次流れの伝熱促進効果が現われる γ~ 60〓において伝熱・圧力損失特性が最適となる.

振幅の増加により,熱伝達が大幅に促進されると同時に剥離領域が増大するため,j/f 因子(圧力損失に対する熱伝達の比を表す)を最大にする適切な振幅が存在する.

対向する高温・低温流体の流路配置により伝熱特性は有意に変化する.伝熱特性の悪い領域の周囲に伝熱特性の高い流体が隔壁を介して対向する配置(Case 2)により熱と流れの非相似性が増し,熱伝達は増大する(図4).従って,定量的な性能評価を行うには温度連成を考慮することが必要である.

本流路形状における熱流動特性は,レイノルズ数の違いにより大きく変化する.しかし,本熱交換器では圧力損失の増加が抑えられるため,既存のコンパクト再生熱交換器に比べ,j/f 因子が極めて大きい.さらに,伝熱特性が従来と同等程度に向上することから,極めてコンパクト性に優れている.

さらに,随伴方程式を用いた熱流動系の形状最適化手法を構築し,斜め波状壁熱交換器への適用を行った(図5).以下の拘束条件の下で解析を行った.なお,本最適化では温度境界条件として等温加熱条件を課し,単管流路としての性能を評価した.

上下壁のみ変形し,左右の平滑な側壁は変形しない.

流れ方向周期 Lx は固定する.

上下壁の平均間隔 Ly を修正することで,流路の体積を一定に保つ.また,バルク平均流量は常に一定である.

局所の壁面変形量分布 は,〓abuk & Modi [5] とほぼ同様の手続きによって決定される.ただし,本計算では圧力損失特性と伝熱特性を同時に考慮するため,最適化に用いる評価関数を次式で定義した.添字0は正方形断面直管ダクトにおける値を示す.

ここで,〓I , 〓O はそれぞれ流路の入口・出口部を表し, はそれぞれ圧力,速度,温度を表す物理変数である.このとき,式 (2) の右辺第一項は入口・出口部での圧力差の面積積分を表し,圧力損失に相当する.一方,右辺第二項は全壁面上における総伝熱量を表している.圧力損失の上昇を抑制しつつ伝熱促進を図ることは,評価関数 J を増加させることに対応しており,Jの最大化(極大化)が目標となる.壁面形状の微小変形 に伴う摂動場 を定義し,摂動変数に対する随伴場 を導入することにより,評価関数 J の ε に関する第一変分 δ J が得られる.δJ〓Oを満足する条件として,変形量の分布は以下のように求められる.

つまり,物理変数と随伴変数を用いて式 (3) により定まる変形則に従い,壁面形状を更新する操作を繰り返すことにより,評価関数は極大化されることになる.なお,本計算では ε を一定とし,変形量の最大値が約 0.05δ 以下になるよう定めた.また,格子生成の容易性を考慮し,各格子点の x, z 座標を固定し,y 座標のみ変化させた.数値不安定を回避するため,壁面形状にスムージング操作を施した.

初期形状の傾き角を γ = 60〓 に固定し,異なる初期振幅の斜め波状壁流路に本最適化手法を適用した(図6). j/f 因子の変化は評価関数の変化に付随し,繰り返しとともに増加する.このことから,j/f 因子の近似表現として式 (2) で定義される評価関数が妥当であることがわかる.また,異なる初期振幅に対してj/f 因子は初期値から増加し,本最適化が初期振幅によらず有効に機能している様子がわかる.初期振幅が A = 0.30δ, 0.25δ, 0.20δ の場合,f Re,Nu はそれぞれ最適化開始後に一旦上昇してから下降に転じ,最終的には同一の値に収束する.このとき,流路形状は初期振幅に依らず同一形状へと収束する.一方,初期振幅が A = 0.15δ, 0.10δ の場合,f Re,Nu は初期値から単調に増加し,異なる値,異なる形状へと収束する.したがって,異なる初期振幅に対して形状変化の過程には複数の経路が存在することがわかる.初期振幅を A = 0.25δとして得られる下壁面上のせん断応力ベクトルのx-z平面への投影図を図7に示す.本形状最適化により波状壁の山の形状は初期形状のなだらかな正弦波形より急峻な形状となる.初期形状と同様に,x 方向の流れがスパン方向に曲げられ,ダクト内には上下に逆回転の渦構造対が形成されている.さらに,初期には,図中丸印で示す領域に若干の剥離域が存在するのに対し,本形状では剥離域が消滅する.このように,本最適化では,圧力損失に占める壁面せん断応力の寄与を増加させるように形状変化が進行する.したがって,j/f 因子を最適化する観点からは,剥離による伝熱促進効果は小さく,2次流れの強度を維持しながら剥離を完全に抑制する流路形状が適していると考えられる.

Fig. 1 Surface geometry of the passage with oblique wavy walls and computational grids with boundary fitted coordinate system.

Fig. 2 Configurations of modeled counter-flow recuperators: (a) Case 1, (b) Case 2.

Fig. 3 Isosurfaces of the second invariant of the deformation tensor (Q < -2.0) with A = 0.25〓,〓 = 60〓 at Re〓 = 200: Black, streamwise vorticity 〓x < 0; Gray, 〓x > 0.

Fig. 4 Velocity vectors with iso-contours of temperature under the thermal coupling condition in the y-z plane at x/〓 = 3.0.

Fig. 5 Schematic diagram of the present shape optimization.

Fig. 6 Evolution process of the j/f factor with different initial amplitudes.

Fig. 7 Wall shear stress vectors on the bottom wall, projected onto the x-z plane at the 28th step in the case of A0/〓 = 0.25.

H. Uechi, S. Kimijima, and N. Kasagi, ASME J. Eng. Gas Turbines Power, 126-4 (2004), 755-762.C. F. McDonald, Appl. Therm. Eng., 20-5 (2000), 471-497.E. Utriainen, and B. Sunden, ASME J. Eng. Gas Turbines Power, 124-3 (2002), 550-560.O. Pironneau, Opimal Shape Design for Elliptic Systems, Springer-Verlag (1984).H. Cabuk, and V. Modi, J. Fluid Mech., 237 (1992), 373-393.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「高性能コンパクト熱交換器の形状最適設計に関する研究」と題し,4章より成っている.近年,省エネルギー・環境低負荷を実現する高効率エネルギーシステムへの期待が高まり,重要な要素機器である熱交換器の高性能化に対する要請が増している.本論文では,マイクロガスタービンを中核とする小型分散エネルギーシステムへの適用を想定し,コンパクト再生熱交換器の形状最適設計が行われている.従来,様々なタイプのコンパクト熱交換器が提案されているが,ガスタービン用の再生熱交換器として,波状に折り曲げた隔壁を重ねることで流路を構成するプライマリー・サーフェス型熱交換器が有望視される.しかし,熱交換器内部の熱流動は流線曲率や2次流れにより極めて複雑な様相を呈するため,伝熱・圧力損失特性の向上に寄与する熱と流れの構造に対する基本的な知見は乏しい.本論文では,コンパクト熱交換器の高性能化・小型化に向けた有効かつ一般性の高い設計指針を得ることを目的としている.

第1章は,「序論」であり,従来の関連研究を概観し,本研究の目的を述べている.従来知られている伝熱促進機構が分類され,ガスタービン用のコンパクト再生熱交換器としては,複雑形状流路内に生じる2次流れの効果を用いて伝熱促進を行うプライマリー・サーフェス型熱交換器が有望視されることが述べられている.このとき,想定されるレイノルズ数範囲は500以下であり,層流域において圧力損失の増加を抑制しつつ伝熱促進を達成する新たな伝熱促進技術が必要であることが指摘されている.また,近年の計算機性能の飛躍的な向上により,計算負荷の大きな変分法を用いた形状最適化が現実的になりつつあり,特に,随伴方程式系を用いた形状最適化法が,局所の熱流動構造に基づいた理論的な最適化を可能にする設計手法として期待されることが述べられている.

第2章は,「斜め波状壁を用いた再生熱交換器」と題され,本論文で提案する斜め波状壁を用いた熱交換器の熱流動特性について詳細な熱流動解析が行われている.まず,本論文で構築された数値計算手法について述べられており,計算コードの検証が行われている.次に,隔壁により高温・低温流体を千鳥状に配置する対向流型熱交換器の計算モデルが示され,斜め波状壁熱交換器の形状パラメータが熱流動特性に及ぼす影響が系統的に評価されている.その結果,本熱交換器では,斜め波状壁により強度な2次流れ(流れ方向に軸を持つ上下逆回転の渦構造対)が形成され,変形を加えない正方形断面直管ダクトを用いた場合に比べ,層流域 (Re ~ 200) における伝熱・圧力損失特性が顕著に向上することが明らかにされている.特に,対向する高温・低温場の温度連成を考慮した伝熱解析により,流路配置により伝熱特性が有意に変化することが定量的に示されている.また,熱交換器内部の詳細な熱流動構造に基づき,伝熱・圧力損失特性向上のメカニズムが考察され,本熱交換器では熱と流れの非相似性が顕在化することに言及している.さらに,レイノルズ依存性,コンパクト性が評価され,既存のコンパクト熱交換器に比べ,本熱交換器の j/f 因子が極めて大きく,コンパクト性に優れていることが述べられている.

第3章は,「熱流動の随伴解析に基づいた熱交換器の形状最適設計」と題され,運動量・熱輸送の同時最適化を実現することを目的とし,随伴解析を用いた熱交換器の形状最適設計手法の構築が行われている.まず,本最適化計算の制約条件が示され,伝熱・圧力損失特性の重み付き線形和として評価関数が定義されている.次に,随伴解析を用いた既存の最適化手法が拡張され,連続の式,ナビエ・ストークス方程式とともにエネルギー方程式を取り入れた本形状最適化の定式化が行われている.そして,第2章で得られた斜め波状壁流路に本最適化手法が適用され,本手法の妥当性が示されている.まず,形状最適化に対する格子数依存性が評価され,本最適化で用いる格子解像度が十分妥当であることが述べられている.j/f因子は繰り返しとともに増加し,圧力損失と総伝熱量の線形和で定義される評価関数を用いて,j/f因子が初期形状に対してさらに増大されることが示されている.このとき,本最適化による流路形状変化の様子が示され,剥離を抑制しつつ圧力損失に占めるせん断応力の寄与を増加させるよう形状変形が進行する最適化過程が明らかにされている.また,本最適化の初期形状依存性,レイノルズ依存性が論じられている.

第4章は結論であり,本論文で得られた成果がまとめられている.

以上要するに,本論文では,斜め波状壁を用いた新たな熱交換器形状を提案し,層流域における伝熱・圧力損失特性を顕著に向上できることを示している.また,運動量・熱輸送の同時最適化を実現する観点から,熱流動の随伴解析に基づく形状最適化手法を新たに構築し,伝熱・圧力損失特性の更なる向上を達成している.従来,熱交換器内部の詳細な熱流動に基づいた形状最適化手法は存在しなかったが,本研究により構築された形状最適化法は,理論的に最適な熱交換器設計を可能にし,高性能熱交換器の開発に対して極めて有効な設計手法を提供するものである.従って,本論文は,熱流体機器の最適設計に関する新たな知見を加えるもので,熱流体工学における学術的価値とともに工業的な利用価値が極めて高く,機械工学の上で寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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