学位論文要旨



No 121138
著者(漢字) 吉澤,晋
著者(英字)
著者(カナ) ヨシザワ,シン
標題(和) 超音波音場における気泡および気泡クラウドの挙動
標題(洋)
報告番号 121138
報告番号 甲21138
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6228号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 高木,周
 東京大学 助教授 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

緒言

クラウドキャビテーションが崩壊すると非常に高い圧力が発生する.この高圧は流体機械においてエロージョンや騒音,振動などを引き起こすため,大きな問題となっている.そのため,このようなクラウドキャビテーションのダイナミクスについては,多くの理論解析,数値計算が行われてきた(1-3).一方,近年では,キャビテーションエロージョンやキャビテーションの崩壊時に発生する高温を,医療や環境などの分野に応用することが研究されている.医療分野では,強力集束超音波(HIFU: High Intensity Focused Ultrasound)による音響キャビテーションの影響や治療への応用について研究がなされてきた(4-6).キャビテーションによる体組織損傷を避けてそれを有効利用するためには,気泡および気泡クラウドがどのような圧力波に対してどのような非線形挙動を示すかを明らかにすることが重要となる.また,このような微小気泡の挙動解析は医療分野だけでなく,例えば超音波洗浄などの産業応用においても必要とされており,その意義は大きい.そこで本論文では,超音波による非侵襲治療をターゲット・アプリケーションとし,超音波音場中の気泡および気泡群の体積振動について基礎的かつ応用範囲の広い知見を得ることを目的とする.

気泡および気泡クラウドモデル

気泡の挙動にはその内部の熱・物質輸送現象が大きく影響をすることがわかっている(7).したがって,これらの物理現象に関する支配方程式を直接解く手法が最も望ましく,実際にそのような数値計算も行われている(8).しかしながら,そのような直接解法では,様々な計算条件や長い時間スケールでの変化などを計算するには,未だに計算負荷が高いのが現状である.そのため,本論文では超音波音場における気泡の挙動を解析するにあたり,既存のモデルを組み合わせることで低い計算負荷と高い精度を両立する.具体的には,液の圧縮性,気泡界面における熱・物質輸送,相変化,蒸気と不凝縮ガスの相互拡散,蒸気成分からのミスト生成を考慮した松本らによる球形気泡モデル(7)を用い,そのモデルにおける気泡界面近傍の温度勾配を杉山らのモデル(9)によって評価する.また,気泡クラウドの挙動の解析に際しては,クラウド内部の衝撃波伝播について圧縮性を考慮した気泡流に対する平均化方程式を用い,個々の気泡モデルについては気泡の内部現象を考慮した解析モデル(7)を一部改良して用いたモデル(10)を採用した.

超音波音場における単一気泡の挙動

単一気泡の非線形音響特性(11)

気泡の体積振動は強い非線形性を示し,その結果として気泡から発生する音波も強い非線形性を呈す.このような気泡の非線形音響特性はマイクロバブル造影剤を用いた超音波画像診断や,キャビテーションのセンシング手段としても利用されており,この挙動を解明する意義は大きい.周囲の圧力変動に共振する気泡は,比較的ゆっくりと膨張した後に急激に収縮するというサイクルを繰り返し,気泡が収縮から膨張に転じるリバウンドの瞬間にインパルス状に高い音圧を放出する.そのために,放出音圧には非常に高い周波数成分までが含まれる.共振半径よりも小さい半径である場合,リバウンドに要する時間はより短いために放出音圧の波形はインパルスにより近くなっている.したがって,そのスペクトルは,より高周波成分の影響が大きくなる.一方,共振半径よりも大きくなると,周囲圧力の周期の整数倍の周期で振動することがある.このとき,周波数成分には周囲圧力変動周波数のn分の1の定数倍の周波数に大きなピークが見られるようになる.

rectified diffusionによる気泡の成長

気泡が振動すると,気泡内の圧力変化によって気泡内の不凝縮ガス質量は増減しつつも,時間で平均化すると気泡内への整流された拡散が生じている.これを”rectified diffusion”といい,気泡を成長させる方向にはたらく.このrectified diffusionによる気泡の成長について,単一周波数波形および2周波数重畳波形を用いて調べた.単一周波数波形では,圧力振幅を増加させるとrectified diffusionによる気泡内不凝縮ガスの質量増加は急激に増大し,特にその傾向は表面張力の影響が大きい1 μm以下の気泡で顕著である. さらに,2周波数重畳波形を用いた場合,負圧を強調する位相で波形を重畳したものを用いると,単一周波数波形と同じ圧力波のエネルギーであっても,多くのケースにおいて気泡内不凝縮ガスの質量がより増加する.したがって,適切な2周波数重畳波形を用いると低い音響エネルギーでキャビテーションの効果を増強することが可能であることがわかる.

気泡振動によって発生するエネルギー

気泡が連続的に振動している状態では,気泡周囲の液体の温度は徐々に上昇していくことになる.気泡振動には様々な減衰要素があり,これらによって,気泡に与えられる圧力波の力学的エネルギーが熱エネルギーに変換されている.この現象の応用技術としてキャビテーションもしくはマイクロバブル造影剤を利用したHIFUがある.気泡に超音波を照射すると,周囲へエネルギーを放出する.それらは気泡から周囲へ輸送される熱伝導によるエネルギー,粘性散逸によるエネルギー,音響放射によるエネルギーに分けられる.これらについて厳密なモデルを用いた数値計算を行うことによって,それぞれエネルギーが気泡の振動振幅や気体の熱的物性値などに大きく影響されることがわかった.例えば,気泡の振動振幅が大きくなると,気泡はリバウンドの前後で断熱的に振動するために,熱伝導によるエネルギーは相対的に低下し,音響エネルギーが支配的になる.また,気体を比熱比の高いアルゴンにした場合,収縮過程で気泡内部が非常に高温になるため,熱伝導によるエネルギーが大きくなる.また,同じ比熱比でも移流による熱輸送と拡散による熱輸送の比の無次元数であるPe数によってもそれぞれのエネルギー放出が大きく変わることがわかった.

超音波音場における気泡クラウドの挙動(12,13)

気泡クラウドが周囲の圧力変動に共振するとき,圧力波は気泡クラウドの中心に向かって集束し,中心付近では気泡が激しく崩壊して非常に高い圧力が発生する.クラウド内の気泡内圧力の最大値を様々な周波数の圧力変動において計算した結果を図1に示す.計算条件としては,クラウド初期半径を0.5 mm,個々の気泡の初期半径を1 μm,初期ボイド率を0.1 %としている.周囲圧力変動は中心周波数5 kHzから10 MHzのパルス波形で,その圧力振幅Δpは10 kPaから125 kPaとした.グラフでは,気泡クラウド内気泡の内部圧力は,気泡クラウド内で定在波が形成され,1次モードで振動するときに最も高くなっている.しかしながら,クラウド周囲の圧力振幅を増大させると圧力波はクラウド内で衝撃波を形成する.その衝撃波はクラウド中心に集束して激しい気泡崩壊を起こし,結果として非常に高い圧力が発生することがわかった.このようなメカニズムのために,気泡クラウドの崩壊圧は圧力振幅の増大と共に飛躍的に上昇し,また1次モードの共振周波数よりも低い周波数においても,衝撃波形成に十分な圧力振幅であれば,高い崩壊圧が観測されることがわかった.さらに,中心付近では気泡が衝撃波に押しつぶされながら激しく振動するために,非常に高い周波数をもった波が液の音速に近い速度でクラウド界面に伝播していくことがわかった.

結言

気泡から放出される非線形な音波,気泡の成長,気泡振動によって発生するエネルギー,および気泡クラウドの非線形崩壊挙動について詳細なモデルを用いた数値計算によって調べた.その結果,気泡やキャビテーションを利用する際に圧力振幅,圧力波形,気体の物性値などのパラメータが与える影響についての基礎的かつ応用範囲の広い知見が得られた.

Fig. 1 Frequency response curves of the maximum pressure inside the bubbles

R. Omta, J. Acoust. Soc. Am., 82, 1018, 1987.L. d'Agostino, C. Brennen, J. Fluid Mech., 199, 155, 1989.島田, 松本, 小林, 機論B編, 65, 1934, 1999.P. A. Evan et al., J. Urol., 168, 1556, 2002.池田ら, 機論B編, 70, 904, 2004.S. D. Sokka, R. King, K. Hynynen, Phys. Med. Biol., 48, 223, 2003.(7)松本, 機論B編, 52, 1168, 1986.竹村, 松本, 機論B編, 58, 2060, 1992.杉山, 高木, 松本, 機論B編, 71, 1239, 2005.島田, 松本, 小林, 機論B編, 65, 1934 1999.吉澤, 松本, ながれ, 24, 405, 2005.Y. Matsumoto, S. Yoshizawa, Int. J. Numer. Meth. Fluids, 47, 591, 2005.吉澤, 池田, 高木, 松本, 機論B編, 印刷中.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,超音波医療で用いられる微小気泡造影剤,および強力集束超音波(HIFU: High Intensity Focused Ultrasound)によって生じる音響キャビテーションの挙動を数値解析によって明らかにし,超音波治療の発展に寄与できる知見を得ることを目的としている.

現在,超音波治療は,患部を非侵襲かつ選択的に治療ができる手法として注目を集めており,様々な分野において研究・開発が進められている.超音波治療においては,強力な超音波を集束させるために音響キャビテーションが生じる.この音響キャビテーションは,治療の精度および効率に大きく影響するものの,その挙動は複雑で制御することが困難であるとされている.さらに,そのような医療用超音波によって生成するキャビテーション気泡は,大きさがμmオーダ,もしくはそれ以下のサイズの微小気泡であり,観測も困難となっている.また,超音波診断の分野においては,μmオーダ,もしくはそれ以下のサイズの微小気泡を造影剤として用いる造影超音波が注目されている.さらに,その微小気泡造影剤を治療にも応用しようという研究も盛んに行われてきている.したがって,現在の超音波医療においては,このような微小気泡および微小気泡群の挙動を明らかにすることが求められている.

本論文は,「超音波音場における気泡および気泡クラウドの挙動」と題し,全6章からなる.

第1章は「序論」であり,前述の研究の背景と目的について述べている.

第2章は「球形気泡モデル」であり,単一気泡の解析に用いたモデル,およびそのモデルの検証について述べている.解析に用いた単一球形気泡モデルは,研究目的に沿った,精度の高い詳細な既存のモデルを組み合わせることによって構築されている.そのモデルの検証には,既存の直接数値計算と比較することによって行っている.その結果,直接数値計算結果の気泡半径の時間履歴を,より低い計算負荷で精度良く再現することに成功している.また,本論文において重要となる気泡界面での物質・熱輸送についても,同様に直接数値計算結果を精度良く再現できている.

第3章は「気泡の非線形振動」であり,超音波医療での様々な場面を想定して,気泡の非線形音響特性,気泡の成長,気泡振動によって発生するエネルギー,気泡を覆うシェルの影響,について調べている.気泡の非線形音響特性については,連続的に超音波を照射したとき,短パルスを照射したときの結果を示し,既存の造影超音波手法の有効性について考察している.また,気泡のカオス的な挙動も扱っている.気泡の成長については,rectified diffusionを計算し,様々な超音波波形によるrectified diffusionの効果の違いについて考察している.特に,2種類の異なる周波数を重畳した波形について様々な計算を行い,2周波数を重畳した波形の有効性について考察している.気泡振動によって発生するエネルギーについては,気泡中のガスの熱的物性値に注目し,それが発生するエネルギーにどのような影響を与えるかについて考察している.

第4章は「球形気泡クラウドモデル」であり,多数の気泡からなる気泡クラウド中の圧力波伝播を解析するために採用した,気泡流の平均化方程式を用いるモデルについて述べている.

第5章は「気泡クラウドの非線形崩壊挙動」であり,気泡クラウド中の圧力波伝播について様々な周波数領域で解析している.気泡クラウドの崩壊がその内部に生じた衝撃波の集束に因ること,その衝撃波は圧力振幅の増大に伴って固有振動数から低周波数帯域へ容易に拡大することなどを明らかにしている.また,気泡クラウド周囲の液の圧力変動波形について,正弦波による波形とHIFUの焦点波形とを比較しており,気泡クラウドの崩壊には負圧からの圧力回復の時間が重要であることを明らかにしている.さらに,気泡クラウドにおける個々の気泡に関するモデルの影響について考察を行っている.

第6章は「結論」であり,以上の考察によって明らかになった,超音波音場における気泡および気泡群の挙動についてまとめている.

先に述べたような背景から,詳細な気泡モデルを用いて,超音波音場における気泡および気泡群の非線形挙動を明らかにすることの意義は大きい.さらに,実際の超音波医療の場面を想定した数値計算結果から物理的な解釈までを考察しており,非常に優れた論文となっている.

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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