学位論文要旨



No 121214
著者(漢字) 宮川,淳
著者(英字)
著者(カナ) ミヤガワ,アツシ
標題(和) 新規な多価リガンドとしての糖鎖高分子の開発とセルロース材料への固定化による医療分野への応用
標題(洋) Development of novel glycopolymers which can be immobilized on the cellulose materials as multivalent ligands for medical use
報告番号 121214
報告番号 甲21214
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6304号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 畑中,研一
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 工藤,一秋
 東京大学 助教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

概要

細胞表面の糖鎖は、様々な生理的、病理的な過程において、重要な役割を果たしている。生理活性糖鎖を有する糖鎖高分子は、新しい生体模倣やバイオメディカル材料であり、細胞培養や癌診断、ウィルスや毒素の捕捉など、多くの新規な手法を生み出している。この幅広い利用方法は、細胞や細菌、ウィルス表面で起こる糖鎖とタンパク質の相互作用によるものである。しかし、糖鎖リガンドとタンパク質の間の相互作用は、通常、mM程度の解離定数の弱い結合親和性である。一方、多価の相互作用は、mM〜nMの解離定数を有する高い親和性を持ち、細胞表面で起こっている糖鎖リガンドの認識などで見られる。この効果は、"糖鎖クラスター効果"と呼ばれており、天然を模倣するためには、非常に重要である。本論文では、糖鎖高分子を利用した2種類の応用を報告する (Fig. 1)。

ラクトース、またはマンノースを有する2種類の糖鎖高分子を合成し、固定化して、アフィニティーメンブランを作製した。高分子の構成要素は、新しい機能性モノマーを加えて、共重合する事で容易に変えることができ、新しい機能を高分子に導入できる。本研究では、この方法を用いて、アミノ基と蛍光ラベルを導入した糖鎖高分子を合成した。この固定化点と蛍光標識を有する糖鎖高分子は、セルロースメンブランに固定化し、糖鎖高分子の固定化を確認した。最後に、作製したアフィニティーメンブランのレクチン吸着能を評価した。

病原性大腸菌O157: E7 (STEC)に感染すると、出血性大腸炎や溶血性尿毒症症候群、さらに神経障害まで引き起こす。STECによって産生される志賀毒素(Stxs: Stx1, Stx2)は、腎臓の内皮細胞や赤血球細胞の細胞表面にあるグロボトリオシルセラミド(Gb3)に結合する。STECに感染した患者は、抗菌剤または、透析によって治療されている。しかし、患者に対する抗菌剤の投与は、毒素を放出する可能性がある細菌には、必ずしも有効ではない。

そこで、本研究では、糖鎖高分子に基づく治療装置を開発した。最初にグロボ3糖構造を構築し、続いてアクリルアミド基を導入した。グロボ3糖、アミノ基を有する糖鎖高分子を合成し、ダイアライザー中のセルロース中空糸に固定化された。この糖鎖高分子を固定化したダイアライザーは、様々な条件において、志賀毒素の吸着能を評価された。

糖鎖高分子の合成

ガラクトースとラクトースを原料とし、1段階のグリコシデーションにより、グロボ3糖構造を構築した。ラクトースを6段階の反応によりグリコシルアクセプターとし、ガラクトースを4段階の反応によりグリコシルドナーとした。得られたアクセプターとドナーを用いて、グリコシル化し、a−グリコシド結合を形成した。その後、7段階の反応を経て、Gb3モノマーを得た (Fig. 2)。このGb3モノマーとアクリルアミドを異なった比率で共重合することにより、糖鎖高分子を合成した。さらに糖鎖高分子をセルロース材料へ固定化を行うために、アミノ基を有するモノマーとダンシル基を有する蛍光モノマーを合成した (Fig. 3)。これらのモノマー3種とアクリルアミドを種々の比率で共重合することで、固定化でき、さらに蛍光を持つ糖鎖高分子を得た。

アフィニティーメンブラン

糖鎖高分子を固定化するために、セルロースメンブランにカルボキシル基を導入することとした。セルロースを修飾する方法は、これまで多く開発されており、特にカルボキシルメチル化は、工業的にも利用されている方法である。セルロースメンブランをNaOH水溶液中、ブロモ酢酸を用いて、カルボキシメチル化を行った。滴定により定量を行った結果、1枚当たり25 mmol(1.32 nmol/mm2, 反応効率3.5 %)のカルボキシル基が導入されていることが分かった。このカルボキシメチル化されたメンブランを用いて、糖鎖高分子の固定化を行った。Gb3モノマーと同様の方法により、ラクトースモノマーとマンノースモノマーを合成した。続いて、アミンモノマーと蛍光モノマーを用いて共重合を行った。ラクトースとアミノ基、ダンシル基を持った糖鎖高分子を用いて、固定化の確認を行った。カルボキシメチル化メンブラン中のカルボキシル基と糖鎖高分子中のアミノ基を縮合剤を用いて、反応し、固定化を行った。反応後、そのメンブランにUVを照射すると、蛍光ラベル由来の発光を確認することができ、糖鎖高分子が固定化されていることが分かった (Fig. 4)。この反応条件を用いて、ラクトースとアミノ基を有する糖鎖高分子とマンノースとアミノ基を有する糖鎖高分子をそれぞれセルロースメンブランに固定化を行った。その結果、ラクトース、またはマンノースを有する糖鎖高分子は、それぞれメンブラン1枚当たり2.5 mg (130 ng/mm2、収率100%)、1.9 mg (100 ng/mm2、収率76%) 固定化された。この糖鎖高分子が固定化されたセルロースメンブランのレクチン吸着能評価を行った。レクチンは、ラクトースを認識するRCA120、マンノースを認識するConAを用いて行った。5枚のメンブランをフィルターホルダーにセットし、そこへレクチンを含む溶液 (200 mg/ml×2 ml) を流して吸着させた。その後、PBS(-)で洗浄して、溶出液 (0.2 M sugar solution) を流し、吸着したレクチンを溶出した。それぞれの溶液中のレクチン量を定量することで、アフィニティーメンブランとしての吸着能を評価した。その結果、ラクトースを有する糖鎖高分子を固定化したメンブランは、使用したレクチン中、約80%吸着し、また、マンノースを有する糖鎖高分子を固定化したメンブランは、使用したレクチン中、約50%吸着したことが分かった (Fig. 5)。ラクトースを有する糖鎖高分子を固定化したメンブラン、マンノース有する糖鎖高分子を固定化したメンブラン、未修飾のメンブランを重ねて、レクチン吸着の選択性を評価した結果、認識される糖鎖が固定化されたメンブランにのみ、レクチンは吸着していることが分かった。故に、固定化しても特異性は維持され、選択的に吸着できることが分かった。

糖鎖高分子固定化ダイアライザー

アフィニティーメンブラン同様、ダイアライザー中の中空糸もセルロースからできている。そのため、中空糸に対しても、セルロースメンブランで用いたカルボキシメチル化を行い、カルボキシル基の導入を行った。また、ダイアライザーは、プラスチック覆われているため、有機溶媒は用いることができず、このカルボキシメチル化は最適な方法であると考えられる。1 M NaOH水溶液と飽和食塩水の1:1混合用液を透析器に流し、循環して、そこにブロモ酢酸を加えた。その後、十分に水で洗浄を行った。Gb3モノマー、アミンモノマー、アクリルアミドを種々の比率で共重合を行い、得られた糖鎖高分子をダイアライザーのセルロース中空糸に固定化を試みると、20〜30 mg (収率 50〜75%)の糖鎖高分子が固定化された。これら糖鎖高分子が固定化されたダイアライザーの志賀毒素除去能を評価した。初めに、1% BSA-PBS (-)溶液中での除去能を評価した。毒素濃度は、4 mg/ml、循環速度は、10 ml/minで行い、循環して10分、30分、1時間、2時間、4時間ごとにサンプリングを行った。これらサンプリングした溶液を希釈し、前培養したベロ細胞に加え、3日間インキュベートした後、細胞の生存率を求めた。コントロールとして、未修飾のダイアライザーを用いた。その結果、Gb3モノマーとアミンモノマーだけで共重合を行った糖鎖高分子を固定化しているダイアライザーは、10分循環させるだけで、ほぼ100%の毒素を吸着した。そこで、循環速度を人工透析の初期患者に用いられている速度である120 ml/minにして行った結果、4時間循環することで100万分の1程度まで毒素を除去できた。また、毒素の濃度を薄めた40 ng/mlにおいても、同様の結果が得られ、毒素を特異的に糖鎖高分子が吸着し、除去していることがわかった。さらに、仔ウシ血清中においても、同様に毒素濃度を4 mg/ml及び40 ng/mlで行ったが、効果的に毒素を吸着し、除去していることが分かった。ゆえに、多くのタンパク質が存在している中でも、毒素を効果的に吸着し、除去できることが分かった。以上の結果から、この糖鎖高分子を中空糸の内側に固定化したダイアライザーは、効果的に毒素を吸着し、除去する能力を有することが示された。

結論

本研究において、生理活性糖鎖を有する糖鎖高分子の合成及び、その利用を検討した。レクチンが認識する糖鎖として、ラクトース、またはマンノースを有する糖鎖高分子を合成した。セルロースメンブランへの固定化方法として、水溶液中で行える反応のみを用いて行い、簡便に固定化した。その結果、容易に短時間で吸着・分離することができるアフィニティーメンブランを開発した。志賀毒素除去ダイアライザーは、グロボ3糖を有する糖鎖高分子をさらに機能化することで、ダイアライザー中のセルロース中空糸に固定化した。このダイアライザーは、これまでに有効な治療法がない病原性大腸菌O157感染の新しい治療方法として提案できる非常に高い志賀毒素除去能を示した。今回の評価では、in vitro での試験ではあるが、血清中でもその効果は十分なものであった。また糖鎖高分子を固定化して利用する際にも、高い選択性を維持している事が分かった。

Figure 1. (1) Affinity Membrane (2) Shiga-toxin Elimination Dialyzer

Figure 2. Synthesis of Gb3 Monomer

Figure 3. Amine Monomer Flurescence Monomer

Figure 4. Luminescence of Mebranes During Irradiation with a UV Lamp After Immobilization. (a)Glycopolyber Not Hating Amino Group (b)Glycopolyber Hating Amino Group

Figure 5. Amount of Adsorbed Lectins on the Membranes with Immobilized Glycopolybers.(Mannose for ConA and Lactose for RCA120).

Figure 6. The evaluation of the Stxl adsorption ability by dialyzers.(condition;Stx1 concentration 4μg/ml,solvet 1% BSA-PBS(-),circulation rate 10 ml/min. mean±SE,n=3)

Figure 7. The elaluation of the Stxl adsorption ability by dialyzers.(condition;Stx1 concentration 4μg/ml,solvent FCS,circulation rate 120 ml/min. mean±SE,n=3)

審査要旨 要旨を表示する

生体内における糖鎖の認識は高い特異性を有しているにもかかわらず相互作用が微弱であるが故に、診断用マーカー等としての利用が主であり、物質分画等に用いられている例は少ない。一方、病原体や毒素が糖鎖を特異的に認識することが知られており、機能性糖鎖分子の医療への応用が期待されている。本論文は、新規な多価リガンドとしての糖鎖高分子の開発とセルロース材料への固定化による医療分野への応用について述べたものであり、全7章により構成されている。

第1章は序論であり、バイオテクノロジーにおける糖鎖化学と糖鎖工学の位置付けを述べ、本研究のバックグラウンドとなるバクテリア・毒素・ウイルスによる糖鎖の認識、糖鎖高分子の合成法、バイオマテリアルの現状について紹介するとともに、糖鎖高分子を設計・合成し、それを用いて医療分野に応用可能なデバイスを構築することの重要性を述べている。

第2章では、病原性大腸菌O-157が放出する志賀毒素(ベロ毒素)によって認識されるグロボ三糖(ガラクトシルα(1→4)ガラクトシルβ(1→4)グルコース)を化学合成し、スぺーサーを介してアクリルアミドに結合して重合すると、グロボ三糖を有する糖鎖高分子が得られると述べている。また、植物由来のタンパク質であるレクチンを吸着するための材料としてのマンノースやラクトースを有する糖鎖高分子の合成についても示している。さらに、機能性糖鎖を有するモノマー、糖鎖高分子を固定化する際の反応点となるアミノ基を有するモノマー、糖鎖高分子を検出するための蛍光物質を有するモノマー、水溶性ポリマー骨格を形成するためのアクリルアミドモノマーの4元共重合により官能基を有する糖鎖高分子が得られることを示している。

第3章では、ろ紙およびセルロース中空糸を活性化する際の反応条件について述べ、エポキシ基とカルボキシル基が導入可能であるとしている。また、エポキシ基を有するセルロース材料への糖鎖高分子の固定化が困難であるのに対して、カルボキシル基を有するセルロース材料へは縮合剤を用いる温和な反応で糖鎖高分子が容易に固定化できることを述べている。

第4章では、糖鎖高分子が固定化されたろ紙へのレクチンの特異的な吸着について述べている。マンノースを有する糖鎖高分子で修飾したろ紙にはコンカナバリンAが、ラクトースを有する糖鎖高分子で修飾したロ紙にはRCA120がそれぞれ特異的に吸着することを報告している。特に、異なる糖鎖高分子で修飾した複数のろ紙を重ね合わせて蛍光ラベルしたレクチンと相互作用させると、ロ紙の繊維が蛍光顕微鏡で直接観察でき、精度良くレクチンが分画されていることをモニタリングできるとしている。

第5章では、人工透析に用いる透析器内部の中空糸にグロボ三糖を有する糖鎖高分子を固定化し、様々な条件における志賀毒素の吸着について詳細に報告している。実際に大腸菌O-157に感染した際に血液中に存在する志賀毒素の量が通常のタンパク質測定法では定量できないぐらいの極微量であるため、バイオアッセイ(細胞毒性)によって志賀毒素の量を調べる必要があるが、グロボ三糖を有する糖鎖高分子を固定化した人工透析器は極微量(40 ng/ml)の志賀毒素を100万分の1以下の量に減少させるとしている。比較のために未修飾の透析器を用いると毒素量が100分の1にしか減少しないことから、毒素はグロボ三糖を有する糖鎖高分子との特異的な相互作用によって吸着除去されたと結論している。また、他のタンパク質が多量に存在する系として仔ウシ血清中での同様の吸着実験を行っても毒素の濃度が100万分の1に低下するので、志賀毒素の吸着は他のタンパク質による非特異的な吸着にはほとんど阻害されないと述べている。さらに、糖鎖含量の低い糖鎖高分子では志賀毒素の吸着能力が極端に低下することから、糖鎖高分子の形も重要であるとしている。一方、透析器本来の機能である限外ろ過能力が糖鎖高分子の修飾によって低下しないことも示している。

第6章では、グロボ三糖を有する糖鎖高分子と志賀毒素との溶液状態における相互作用を調べる一つの系として、糖鎖高分子による志賀毒素の細胞毒性阻害について報告している。細胞毒性阻害効果は、糖鎖含量の低い高分子にも存在し、溶液中での相互作用と糖鎖高分子を固体表面に固定化した場合の相互作用には違いがあり、糖鎖含量に著しく影響されることを発見している。さらに、従来はグロボ三糖のうちの還元末端側の二糖(ラクトース)は志賀毒素と相互作用しないとされてきたが、糖鎖高分子を用いた細胞毒性阻害実験という測定系を用いると相互作用しているのが観察できると述べている。

第7章では、本論文の総括と展望を述べている。

以上のように、本論文では、機能性糖鎖を有する高分子の設計・合成およびセルロース材料への固定化技術開発について述べ、新しい医療機器として志賀毒素を吸着する透析器を製作し、その優れた性能を実証した。これらの成果は、生体高分子工学および糖鎖生命工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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