学位論文要旨



No 121266
著者(漢字) 丸,幸弘
著者(英字)
著者(カナ) マル,ユキヒロ
標題(和) 根粒菌 Azorhizobium caulinodans ORS571−熱帯性マメ科植物 Sesbania rostrata 共生系における根粒成熟過程に関する研究
標題(洋)
報告番号 121266
報告番号 甲21266
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2979号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 藤原,徹
内容要旨 要旨を表示する

マメ科植物が栄養不足の土壌でも生育でき、輪作などによって土壌を肥沃にすることができることは、昔から経験的に知られており、農業にも大いに利用されてきた。また、遺伝子組換えによって根粒形成能をマメ科植物以外の作物に付与することで効率的に窒素源を作物に供給することも、環境負荷を与えずに持続可能な生産を行う上で大きく貢献すると期待されている。

Azorhizobium caulinodans ORS571は熱帯性マメ科植物に共生することで、根粒のみならず茎粒を形成することが知られている。この茎粒は成長が早く接種後約10日で成熟し、また茎粒は地上の不定根の部分にでき、あらかじめ部位を特定できるので観察するのが容易である。現在、根粒形成に関する研究は、根粒菌が宿主となる植物体へ感染するまでの根粒形成初期過程の研究が主流であり、根粒原基が形成されて根粒菌が侵入した後、根粒が成熟し窒素固定を開始するまでの間(成熟過程)にどのようなシグナル交換が起こり、遺伝子が発現しているかはほとんど解明されていない。

そこで本研究ではA. caulinodans - S. rostrata共生系の利点を利用し、Tn5挿入変異株を接種試験により簡便にスクリーニングする系を確立し、未だ研究の進んでいない根粒成熟過程に関与する根粒菌の遺伝子の機能解明を試みた。

A. caulinodans ORS571のTn5挿入による茎粒未成熟変異株の取得

A. caulinodans へのTn5トランスポゾンの挿入は、プロモーターレスのgusA遺伝子、恒常発現のnptII遺伝子、gfp遺伝子のカセットを持もつTn5を含むプラスミドベクターpFAJ1819を保持したE.coli S17-1による接合伝達法を用いた。その結果、1000のKm耐性菌株のコロニーを取得した。得られた1000株のA. caulinodansのTn5挿入変異株を接種試験により選別し、茎粒が成熟しない変異型株を7株(ORS571-C1, ORS571-C12, ORS571-C30, ORS571-C33, ORS571-C38, ORS571-C49)単離した。本研究では感染糸を伸ばし細胞内部に進入するが、その後成熟がとまり、茎粒が成熟するにいたることができなくなっているORS571-C12, ORS571-C24の2株に焦点を絞り研究を進めた。

変異型株ORS571-C12とORS571-C24のTn5挿入部位の同定と遺伝子解析

サザンハイブリダイゼイションによってTn5トランスポゾンの挿入の確認を行った結果、Tn5はゲノム上の1箇所に挿入されていることを確認することができた。次に挿入部位の同定をするため、それぞれの変異株のゲノムをXhoIで消化し、Tn5上にあるKm遺伝子断片と根粒菌のゲノム未知領域遺伝子断片を保有する領域を、ショットガンクローニングにより単離した。その結果、ORS571-C12, ORS571-C24のそれぞれ645bp、1541bpの未知領域を含む遺伝子断片クローンが得られた。シークエンスの結果、ORS571-C12は、Bradyrhizobium japonicumのblr2921(Hypothetical protein)と76%、ORS571-C24は、B. japonicumのblr4322 (TetR family transcriptional regulatory protein)と47%の相同性を示し、この推定ORF(open reading frame)上にTn5が挿入されていることがわかった。次に挿入部位の遺伝子の全長と周辺部位の解析をするために、野生株のゲノムコスミドライブラリーを作成し、遺伝子の全長を含むシャロミドベクターのスクリーニングを行なった。それぞれのシャロミドベクターをprimer walking シークエンスを行なうことでTn5挿入周辺部位6813bp (XhoI~EcoRI), 6921bp (BamHI~HindIII)を得た。FASTA検索を行った結果、ORS571-C12は挿入部位も含めて6つの推定ORFが、ORS571-C24は挿入部位も含めて4つの推定ORFを見出した。ORS571-C12は、B. japonicumの推定ORFであるbll2920, blr2921, blr2922, blr2923, blr2924, blr2925, blr2926とそれぞれアミノ酸レベルで72%, 81%, 82%, 74%, 79%, 87%, 85%の高い相同性を示した。ORS571-C24は、B. japonicum の推定ORFであるblr4322, bll4321, bll4320, bll4319とそれぞれアミノ酸レベルで47%, 56%, 55%, 71%の高い相同性を示した。この情報から、ORS571-C12の挿入部位の周辺部位の一連の構造はABC transporterを構成する一連のタンパク質であることが推測され、ORS571-C24はresistance/nodulation/cell division (RND) familyに属するMulti-drug efflux systemを形成することが推測された。

この変異株のコンプリメンテーションテストを上記の遺伝子破壊部分を含むシャロミドベクターを用いて行なった結果、茎粒成熟能は回復した。さらに、Tn5に組み込まれるプロモーターレスのgusA遺伝子が根粒中で発現していることを確認し、Tn5が破壊した推定ORFは根粒中で発現するORF上に挿入されたことを確かめた。

変異型株ORS571-C12とORS571-C24の表現型の解析

根粒着生数を比較したところ、ORS571-C12は野生株と同数の着生数を示したが、ORS571-C24は野生株に比べ2倍の無効根粒が形成された。アセチレン還元活性を用いて窒素固定活性を確認した結果、それぞれの変異株を接種した茎粒では窒素固定能がないことが明らかとなった。共焦点レーザー顕微鏡による観察からは、ORS571-C12とORS571-C24は内部への侵入および細胞への進入は見られるものの、感染細胞の数は非常に少ないことがわかった。さらに、電子顕微鏡により茎粒内部を詳細に観察したところ、野生株を接種した茎粒では感染細胞と非感染細胞が明確に別れ、感染細胞において数個の根粒菌がバクテロイド膜の中に存在し、活動を行っている様子が観察された。一方、ORS571-C12では、バクテロイド膜の内部に1個しか存在せず、それぞればらばらに存在している様子が観察され、ORS571-C24では、バクテロイドの形成が起こってはいるものの、感染細胞の細胞膜が細胞壁と解離し、細胞が縮小している感染細胞が見受けられ、感染細胞数も減少していた。さらに、過去にこのような表現形がLPSやEPSの構造の変化により起こるという報告があるため、それぞれの変異型株のLPSを抽出しSDS-PAGEを行い銀染色によりLPSの比較を行なった。その結果、LPSに異常は見られなかった。

以上の結果、少なくともTn5の挿入部分の遺伝子の変異により根粒の成熟が変化し、詳細な表現型の解析により、今までに報告されている変異株とは違い、新規の根粒形成関与遺伝子であることが分かった。

TetR familyにTn5が挿入された変異型株ORS571-C24の遺伝子解析

TetR familyの転写因子が根粒形成にどのように関与してかを検討するため、ORS571-C24に着目し、さらに研究を行った。ORS571-C24のそれぞれの遺伝子を, sreRABC (sre stands for symbiosis related RND efflux transporter) とし、これらの遺伝子をRT-PCRと遺伝子破壊(ホモロガスリコンビネーション)を用いて解析した。

一般的に、TetR familyの制御因子は、上流もしくは下流にある遺伝子やオペロンのオペレーター領域に結合し、発現を抑制している場合が多い。シークエンス解析の結果から、sreA の上流に回文構造をとるコンセンサス配列AAC-N6-GTTの存在が明らかになった。したがって、SreRがこのコンセンサス配列に結合し、上流にあるsreA以下の遺伝子の発現を制御している可能性がある。そこで、野生型株とORS571-C24のFree-living(非共生状態)のRNAの抽出を行い、RT-PCR法によって野生型株とORS571-C24のsreAの発現を比較した。その結果、野生型株ではFree-livingでの発現が確認されたが、ORS571-C24では発現が低下していた。このことから、sreRは何らかの形でsreAの発現を制御しており、sreRの変異によってsreAの発現が低下した可能性が示唆された。さらに、野生型株のFree-livingと茎粒中のバクテロイドにおいて発現を比較することで、sreAの発現と茎粒形成との関連性を検討した。その結果、茎粒中のバクテロイドではsreAの発現がFree-living時よりも上昇していることが分かった。

次にsreA遺伝子のGmカセットによる破壊を行ない、茎粒への接種試験を行なった。その結果、成熟茎粒を形成しないことが観察できた。これらの結果から、sreAは根粒中で発現して機能を果たしており、ORS571-C24ではsreRの機能が不完全になることによってsreAの根粒中のバクテロイド内での発現が低下し、その発現低下によって茎粒形成に異常が生じている可能性が示唆された。

本研究では根粒菌側の成熟に関与する新規の遺伝子を単離、解析する方法を確立し、1000株の変異型株から2つの新規遺伝子の単離に成功した。また、TetR familyと相同性のある転写制御遺伝子であるsreRの遺伝子の制御関係を明らかにした。本研究の規模をさらに拡大することで、数多くの変異型株の取得と新規遺伝子の単離が可能であり、また、さらなる詳細な遺伝子の解析を進めることで、根粒形成の成熟過程のメカニズムの解明に貢献することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

マメ科植物の根粒は内在する細菌が窒素固定反応を行うことによって、植物に窒素を供給している。熱帯性マメ科植物(Sesbania rostrata)は根粒菌Azorhizobium caulinodans ORS571が共生し、根粒のみならず茎粒を形成する。この茎粒は成長が早く接種後約10日で成熟し、また茎粒は地上の不定根の部分にでき、あらかじめ部位を特定できるので観察するのが容易である。現在、根粒形成に関する研究は、根粒菌が植物体へ感染するまでの根粒形成初期過程の研究が中心であり、根粒原基が形成されて根粒菌が侵入した後、根粒が成熟し窒素固定を開始するまでの間にどのようなシグナル交換が起こり、遺伝子が発現しているかはほとんど解明されていない。本研究ではA. caulinodans - S. rostrata共生系の利点を利用し、未だ研究の進んでいない根粒成熟過程に関与する根粒菌の遺伝子の機能解明を試みた。

第1章の序章に続く第2章では、A. caulinodans ORS571株の茎粒の成熟しないTn5変異株ライブラリーを作製し、これらの中から成熟しない菌株を選別した。約1000株のA. caulinodansのTn5挿入変異株を接種試験により選別し、茎粒が成熟しない変異型株を7株(ORS571-C1, ORS571-C12, ORS571-C30, ORS571-C33, ORS571-C38, ORS571-C49)単離した。さらに、得られた変異株によって形成される茎粒の内部形態を観察し、根粒菌が感染糸を伸ばし細胞内部に進入するが、その後成熟が止まり、茎粒が成熟するに至ることができないORS571-C12, ORS571-C24の2株に焦点を絞った。

第3章では、第2章で選抜された変異株のTn5挿入部位周辺の塩基配列を解読し、Tn5の挿入が表現型の原因であることを相補試験で確認した。ここでは、挿入部位の遺伝子の全長と周辺部位の解析をするために、野生株のゲノムコスミドライブラリーを作成し、遺伝子の全長を含むシャロミドベクターのスクリーニングを行なった。それぞれのシャロミドベクターをprimer walking シークエンスを行なうことでTn5挿入周辺部位6813bp, 6921bpを解読した。FASTA検索を行った結果、ORS571-C12は挿入部位も含めて6つの推定ORFが、ORS571-C24は挿入部位も含めて4つの推定ORFを見出した。ORS571-C12は、ダイズ根粒菌B. japonicumの推定ORFであるbll2920, blr2921, blr2922, blr2923, blr2924, blr2925, blr2926とそれぞれアミノ酸レベルで72%, 81%, 82%, 74%, 79%, 87%, 85%の高い相同性を示した。ORS571-C24は、B. japonicum の推定ORFであるblr4322, bll4321, bll4320, bll4319とそれぞれアミノ酸レベルで47%, 56%, 55%, 71%の高い相同性を示した。このことから、ORS571-C12の挿入部位の周辺部位の一連の構造はABC transporterを構成する一連のタンパク質であることが推測され、ORS571-C24はresistance/nodulation/cell division (RND) familyに属するMulti-drug efflux systemを形成することが推測された。

第4章では、得られた変異株の表現型を電子顕微鏡観察、窒素固定能、LPS組成などさまざまな角度から検討した。根粒着生数を比較したところ、ORS571-C12は野生株とほぼ同数の着生数を示したが、ORS571-C24は野生株に比べ約2倍の無効根粒が形成された。アセチレン還元活性を用いて窒素固定能を確認した結果、それぞれの変異株を接種した茎粒では窒素固定能がないことが明らかとなった。電子顕微鏡により茎粒内部を詳細に観察したところ、野生株を接種した茎粒では感染細胞と非感染細胞が明確に別れ、感染細胞において数個の根粒菌がバクテロイド膜の中に存在し、活動を行っている様子が観察された。一方、ORS571-C12では、バクテロイド膜の内部に1個しか存在せず、それぞればらばらに存在している様子が観察され、ORS571-C24では、バクテロイドの形成が起こってはいるものの、感染細胞の細胞膜が細胞壁と解離し、細胞が縮小している感染細胞が見受けられ、感染細胞数も減少していた。さらに、過去にこのような表現形がLPSやEPSの構造の変化により起こるという報告があるため、それぞれの変異型株のLPSを抽出しSDS-PAGEを行い銀染色によりLPSの比較を行なった。その結果、LPSに異常は見られなかった。

第5章では、ORS571-C24について、原因となっていると考えられる遺伝子の発現解析等を行った。ORS571-C24のそれぞれの遺伝子を, sreRABC と命名し、これらの遺伝子をRT-PCRと遺伝子破壊を用いて解析した。この結果、sreRは何らかの形でsreAの発現を制御しており、sreRの変異によってsreAの発現が低下した可能性が示唆された。さらに、野生型株のFree-livingと茎粒中のバクテロイドにおいて発現を比較することで、sreAの発現と茎粒形成との関連性を検討した。その結果、茎粒中のバクテロイドではsreAの発現がFree-living時よりも上昇していることが分かった。これらの結果から、sreAは根粒中で発現してなんらかの機能を果たし、ORS571-C24ではsreRの機能が不完全になることによってsreAの根粒中のバクテロイド内での発現が低下し、その発現低下によって茎粒形成に異常が生じている可能性が示唆された。

以上、本論文では根粒の成熟に関与する新規な遺伝子を見出し、その機能解明を試みたものであり、審査委員一同は学術上、応用上価値あるものと認め、博士(農学)の学位論文として十分な内容を含むものと認めた。

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