学位論文要旨



No 121301
著者(漢字) 川合,理恵
著者(英字)
著者(カナ) カワイ,リエ
標題(和) 担子菌Phanerochaete chrysosporiumが生産する菌体外β-1,3-グルカン分解酸素の機能解析
標題(洋) Functions of extracellular β-1,3-glucanases from the basidiomycete Phanerochaete chrysosporium
報告番号 121301
報告番号 甲21301
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3014号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鮫島,正浩
 森林総合研究所 樹木生化学研究室長 石井,忠
 食品総合研究所 酵素機能研究室長 北岡,本光
 東京大学 助教授 松本,雄二
 東京大学 助教授 和田,昌久
内容要旨 要旨を表示する

担子菌の細胞壁は、分岐構造を有するβ-1,3/1,6-グルカンを主要構成成分とし、菌糸の形態維持や貯蔵糖としての役割に加えて、他の生物や環境との相互作用や菌体外酵素の局在性にも深く関与していることが知られている。このため、β-1,3-グルカン分解酵素は、担子菌が生産する他の多くの糖質加水分解酵素(GH)と同様に炭素源としてのβ-1,3-グルカンを代謝するためだけでなく、菌糸の成長過程や外環境の変化に伴う菌体壁β-1,3/1,6-グルカンの構造変換にも関与していると考えられる。担子菌Phanerochaete chrysosporiumは、GHファミリー3に属する菌体外β-グルコシダーゼ(Bgl3A)を生産するが、その加水分解特性から、β-1,3-グルカン分解に関与していることが示唆されている。本研究では、β-1,3-グルカン分解酵素による菌体外β-1,3/1,6-グルカンの構造制御機構を明らかにすることを目的として、本菌が生産する他のβ-1,3-グルカン分解酵素を新たに獲得し、得られた酵素およびBgl3Aの機能解析を行った。

担子菌P. chrysosporiumが生産する菌体外β-1,3-グルカン分解酵素の獲得

近年において公開された担子菌P. chrysosporiumのゲノムデータベースによると、本菌は少なくとも166のGH遺伝子を保有し、そのうちおよそ30 遺伝子がβ-1,3-グルカン分解酵素をコードすることが推測されている。これは、菌にとってβ-1,3-グルカンの代謝が重要なプロセスであることを示唆しているが、これらの酵素機能に関しての情報は非常に限られている。そこで、新たにβ-1,3-グルカン分解酵素を獲得するために、担子菌細胞壁β-1,3/1,6-グルカンと類似した構造を有するラミナリンを炭素源とする培地でP. chrysosporiumを3日間培養した。回収した菌体外液をSDS-PAGEに供したところ、Bgl3Aと考えられる分子量116 kDaのタンパク質に加えて、β-1,3-グルカン分解活性を示す分子量36kDaと83kDa のタンパク質が確認された(Fig. 1)。36kDaのタンパク質は、クローニングの結果からGHファミリー16に属する酵素であることが推定され(Lam16A)、一方、分子量83kDaの酵素はGHファミリー55に属していた(Lam55A)。また、得られたアミノ酸配列は、GHファミリー16および55に属する糸状菌由来のβ-1,3-グルカン分解酵素と高い相同性を示していた。

酵母菌Pichia pastorisを用いたβ-1,3-グルカン分解酵素の大量発現系の構築

一般に異宿主発現系を用いてタンパク質を生産することは、精製された目的タンパク質を迅速にかつ大量に調整することを可能にし、また、部位特異的変異などを導入した変異体の生産にも有効である。本研究においては、酵母菌P. pastorisを用いてP. chrysosporium由来の菌体外Bgl3A、および新たに得られた2種のβ-1,3-グルカン分解酵素(Lam16AおよびLam55A)の大量発現系の構築を試みた。その結果、いずれの発現系においても得られた培養液中に分泌されるタンパク質の大部分を組換え体が占めていた。特に組換えBgl3Aの生産量は、P. chrysosporium培養系で生産された野性Bgl3Aと比較しておよそ40倍であった。さらに、組換え体は、野性型の酵素的性質を保持していることが示唆されたことから、以後の酵素機能の解析には、本研究において得られた組換え体を用いることとした。

GH ファミリー3に属するBgl3Aの糖転移反応

立体保持機構を有する多くのGHが、加水分解反応に加えて糖転移反応を触媒することは一般に広く知られている。その触媒機構より、糖転移反応の速度は基質濃度の増加に伴って上昇し、加水分解反応速度を低下させる(基質阻害)ことが考えられるが、速度論的な解析はほとんど為されていない。P. chrysosporiumのBgl3Aは、加水分解反応において基質阻害が認められていることから、本研究では糖転移反応の解析を行った。ラミナリビオースを基質としてBgl3Aを作用させたころ、糖転移反応物として6-O-グルコシル-ラミナリビオースが得られたことから(Fig. 2)、Bgl3Aは糖転移反応により新たに・-1,6-グルコシド結合を形成することが明らかとなった。また、様々な基質濃度において生産されるグルコースと糖転移反応物を定量的に測定した結果、これまで基質阻害として考えられてきた現象が糖転移反応に因るものであることが速度論的に示された(Fig. 3)。

GHファミリー16に属するLam16Aの加水分解反応

GHファミリー16には数多くのエンド型のβ-1,3-グルカン分解酵素が属しているが、基質の分岐構造に対するこれらの酵素の認識についての解析は限られている。そこで、構造の異なる種々のβ-1,3-グルカンを用いて、Lam16Aによる加水分解産物の構造解析を行った。ラミナリオリゴ糖を基質とした場合、重合度6および7の基質に対して少なくとも2パターンの加水分解挙動を示したことから、Lam16Aは、多くのGH ファミリー16に属する酵素と同様にエンド型のβ-1,3-グルカン分解酵素であることが示された。また、ラミナリンを基質とした場合には、6-O-グルコシル-ラミナリトリオースを与えたことから、Lam16Aによるβ-1,3/1,6-グルカンの分解には、分岐を持たないラミナリビオース単位が必要であることが示唆された(Fig. 4)。更に、リケナン(β-1,3-1,4-グルカン)を作用させた結果、4-O-グルコシル-ラミナリビオースを最終加水分解産物として与えた。以上の結果より、Lam16Aはβ-1,3-結合以外のグルコシド結合、およびβ-1,6-グルコシド結合を有する基質の分岐構造を認識していることが明らかとなった。

GHファミリー55に属するLam55Aの加水分解反応

これまでGHファミリー55には、糸状菌由来のβ-1,3-グルカン分解酵素が分類されているが、酵素機能の知見は限られている。そこで、加水分解産物のアノマー解析によりLam55Aの反応メカニズム、およびβ-1,3/1,6-グルカンに対する加水分解挙動を明らかにした。本酵素は、β-1,3-グルカンを基質とした場合においては、加水分解産物として基質の非還元末端側からα-グルコースを生成したことから、立体反転機構を有するエキソ型の酵素であると考えられた。また、ラミナリンを基質とした場合においては、生成物として主にグルコースとゲンチオビオースを与えた。そこで6-O-グルコシル-ラミナリトリオースを作用させた結果、α-ゲンチオビオースとラミナリビオースが生成したことから、Lam55Aはβ-1,6-グルコシド結合を有する基質の分岐構造を迂回して、主鎖のβ-1,3-グルコシド結合を加水分解することが示唆された。さらに、重合度7のラミナリオリゴ糖の加水分解産物を経時的に測定した結果、グルコースに加えてラミナリトリオースの生成が顕著であったことから、本酵素は、酵素-基質複合体を形成した際に、連続的な加水分解を行う(scheme 1)プロセッシビティの高い酵素であることが示唆された(Table 1)。

総括

本研究においては、構造の異なる種々のβ-1,3-グルカンを基質として3種のβ-1,3-グルカン分解酵素Bgl3A、Lam16AおよびLam55Aの機能解析を行った。その結果、それらすべての酵素はβ-1,3/1,6-グルカンに対して高い活性を有していたが、その反応挙動はすべて異なることが明らかとなった。すなわち、Bgl3Aは、基質のβ-1,3-およびβ-1,6-グルコシド結合を加水分解するが、糖転移反応によって新たにβ-1,6-グルコシド結合を形成した。また、Lam16Aはβ-1,6-グルコシド結合を有する分岐構造を認識し、その加水分解は制御されることが示された。一方で、Lam55Aは、β-1,3/1,6-グルカンの分岐構造を迂回し、連続的に主鎖であるβ1,3-グルコシド結合を加水分解すると考えられた。以上の結果から、分岐構造に対する認識が異なるβ-1,3-グルカン分解酵素の加水分解反応および糖転移反応により、菌体外β-1,3/1,6-グルカンの構造形成は制御されていることが考えられた。

Fig. 1 SDS-PAGE of laminarin-degrading culture of P. chrysosporium. Lane 1, molecular weight standard (kDa); lane 2, a concentrated culture medium of P. chrysosporium.

Fig. 2 Chemical structure of 6-O-glucosyl-laminaribiose, a transglycosylation product.

Fig. 3 Plots of laminaribiose cencentration versus velocity of glucose (A) and 6-O-glucosyl-laminaribiose (B) production by Bgl3A. Filled squares, production rate of glucose; filled circles, production rate of 6-O-glucosyl-laminaribiose; dashed line, simulated curve for glucose from the reducing end; solid line, simulated curve for glucose from the non-reducing end; dotted line, simulated curve for transglycosylation products.

Fig. 4 Chemical structure of 6-O-glucosyl-laminaritriose (I), a product from laminarin hydrolysis, and 4-O-glucosyl-laminaribiose (II) from lichenan.

Scheme 1 Representation of processive and non-processive hydrolysis by Lam55A.

Table 1 Sliding and dissociation ratio after hydrolysis of laminarioligosaccharides by Lam55A.

審査要旨 要旨を表示する

担子菌が保有する木材成分分解酵素に関してはこれまでに多くの研究がなされてきた。しかしながら,これらの酵素の分泌や局在性に重要な意味を持つと考えられる担子菌細胞壁の構造形成や分解などに関する知見は限られている。このような背景から,最近になって全ゲノム情報が開示された担子菌Phanerochaete chrysosporiumを題材にして,申請者は担子菌細胞壁の主要成分であるβ-1,3-,1,6-グルカンの代謝に関わる多様なグルカン加水分解酵素について,β-1,3-1,6-グルカン構造形成ならびに分解という観点を考慮に入れて,それぞれの酵素機能について研究を推進させた。

申請者の論文は5章から構成されており,第1章は序論である。ここでは,糸状菌の細胞壁の中でのβ-1,3-1,6-グルカンの位置付け,その構造,さらに生理的な機能について概説的に述べている。また,これらのグルカン代謝に関わると考えられるβ-1,3-グルカナーゼについて,既往の研究例に基づき,その分布,構造的分類ならびに酵素機能に関して解説し,その上でβ-1,3-主鎖およびβ-1,6-側鎖構造に対するβ-1,3-グルカナーゼの認識特性の解析がβ-1,3-,1,6-グルカン構造の形成や分解制御の解明にとって必要性が高い課題であることを示し,したがってこのことを本研究の目的として掲げている。

第2章から第5章までは本研究に関する本論である。第2章では,研究を進めるにあたっての実験方法について説明している。第3章と第4章では,本研究の結果ならびに考察について述べている。第5章では,以上の研究全体の総括を行っている。

申請者は,まず海藻由来のβ-1,3-1,6-グルカンであるラミナリンを基質としたP. chrysosporiumの培養系で生産される3種の主要なβ-1,3-グルカン分解酵素について,同一の培養系から取得したmRNAに基づき,それに対応する遺伝子をcDNAとしてクローニングした。さらに,それぞれのcDNAをpPIC系発現ベクターに組み込み,これらをメタノール資化性酵母Pichia pastorisで組換え体として生産した。また,それぞれをBgl3A,Lam16AおよびLam55Aと命名した。この一連の実験において,申請者が担子菌のゲノム情報を利用した簡便なcDNAクローニングとP. pastorisの発現系を利用した組換え酵素の効率的な生産を確立したことは,今後の担子菌由来の菌体外酵素の研究展開において大きく貢献するものと思われる。

また,組換え酵素を利用して申請者が得たβ-グルカナーゼの機能解析の主要な成果には以下の通りである。

Bgl3Aはラミナリオリゴ糖およびラミナリンを加水分解してβ-グルコースを生成物として与える酵素であるが,同時に6-O-グルコシルラミナリビオースを糖転移生成物として与える酵素であることを明らかにした。また,Bgl3Aのラミナリビオースに対する基質阻害は同酵素の糖転移活性に起因するものであることを定量的に示した。

Lam16Aはトリオース以上の鎖長を有するラミナリオリゴ糖を加水分解できる加水分解酵素であり,生成物としてラミナリビオースを与えることを明らかにした。また,ラミナリンに作用させるとラミナリビオースに加えて,6-O-グルコシル-ラミナリトリオースを分解生成物として定量的に与えることを示し,本酵素のβ-1,6-側鎖に対する制限特性について明らかにした。

Lam55Aはβ-1,3-グルカン鎖を非還元末端側から順次α-グルコースを切り出すエキソ型の加水分解酵素であることを明らかにした。また,ラミナリンのようにβ-1,6-側鎖を有する化合物が基質の場合はα-ゲンチビオースを生成物として定量的に与えることを示し,本酵素がβ-1,6-側鎖の影響を受けずにβ-1,3-主鎖を完全分解することを明らかにした。さらに,Lam55Aによるラミナリオリゴ糖の加水分解反応においては,各重合度別の反応生成物量を経時的に解析することにより,グルカン分子鎖に対して本酵素が連続的な加水分解反応を行うプロセシビティ高い反応特性を有することを定量的に示した。

以上のように,担子菌P. chrysosporiumが生産する多様な菌体外β-1,3-グルカナーゼの酵素機能を解析する中で,申請者はいくつかの重要な新知見を得ることに成功しており,このことは糖質関連加水分解酵素の研究分野において十分な実績を上げたとともに,本研究の成果は今後の研究展開に大きく寄与できるものと考えられる。なお,本論文に関係する学術成果については,すでに4報の英文学術誌に掲載されている。よって,審査委員一同は,本研究内容の学術的貢献は高いと評価し,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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