学位論文要旨



No 121306
著者(漢字) 袁,恵紅
著者(英字)
著者(カナ) エン,ケイコウ
標題(和) セルロースの表面修飾及び複合材料への応用
標題(洋) Surface Modification of Cellulose and Their Application in Composite Field
報告番号 121306
報告番号 甲21306
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3019号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 助教授 和田,正久
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
 東京大学 助教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

「再生可能な資源」としてのセルロースの有効利用が注目されている。セルロースを利用した高性能を持つプラスチック、ナノコンポジットの研究と応用はその中の一つである。しかし、セルロースは親水性であるため、現在汎用されている非極性樹脂との混合、混錬が困難である。そのため、セルロースを疎水化が応用につながる第一歩となった。過去二十数年間で、セルロースの酢酸、プロピオン酸など低分子試薬によるエステル化、有機シランカプリング剤によるエーテル化、無水マレイン酸グラフトポリマーによるグラフト化などの研究が多数報告されている。しかし、それらの研究では疎水効果に注目し、有機溶媒を用いる液相中に、或は試薬を加熱することにより、蒸気化させてからの気相での処理手法であった。

本研究では、実用性に注目し、表面エステル化の手法を用い、セルロースの疎水化処理方法を検討した。処理した試料に対し、疎水効果、繊維形態の変化、有機溶媒中そして非極性ポリマー中の分散性、マトリックスとの接着状況等物理的性質を調べた。同時に、化学反応の特徴、機構そして水酸基の置換特徴を検討した。

第二章において、セルロース系繊維を連続して、簡便に疎水化する目的で、気相アセチル化について述べる。無水トリフルオロ酢酸(TFAA)と酢酸(AcOH)或は無水酢酸(Ac2O)と組み合わせ、常温下でセルロースのアセチル化が実現した。市販濾紙を使い、真空装置付きの密閉したガラス反応システムで30分間処理を行った。処理した試料は自動吸液メーターにより、吸水性の著しく低下したことと、ステキヒト試験に溶液への浸透が遅くなること、そして高い水接触角であることから紙に高い疎水効果を与えたことが確認された(Figure 2-1)。又、アルカリ加水分解による滴定とXPSによる表面分析により、表面置換度が全置換度の10倍以上であることから、アセチル化は大部分が繊維の表層に起こったことが明らかとなった。

第三章ではセルロースの重水化反応と赤外分光法を活かし、第二章で記述した処理方法におけるセルロース水酸基の置換特徴を調べた。試料は結晶性の高い、ミクロフィブリルの配列性の高いホヤセルロース(Halocynthia roretzi.)を用いた。先ず、サンプルの重水化とその後水酸基への復活処理によって、試薬にアクセスできる水酸基をFT-IRで検出し、区別した。次に、この試料のTFAA/AcOH処理物のTFA基を除いた前後のFT-IRの差スペクトルにより、気相処理中にTFAAがセルロース中の水素結合の弱い水酸基と反応したことが分かった(Figure 3-1)。

第四章では、セルロースをナノコンポジットへの応用の目的で、セルロース微結晶の疎水化について検討した。ホヤセルロース微結晶をモデル試料とし、イソ−型とノーマル型のアルケニルコハク酸無水物(ASA)がエステル化試薬を用いて、水系を経由した微結晶の表面疎水化反応を実現した。濃度10%のASAエマルジョンをホモジェナイザで調製し、硫酸加水分解で得られたナノスケールのセルロース微結晶のサスペンション中に入れ、十分に混合した後、ミクロポアのメンブレンフィルターによって水を除去し、105℃で反応させた。理想の結晶サイズから微結晶表面のOHを計算し、これに基づいて、ASAの添加量を変動させ、最低消費量を探索した結果、表面OHのモル数に2倍(セルロース絶乾量の0.57倍に相当)以上のASA添加量があれば、低極性の有機溶媒中に分散でき、十分な疎水効果を持てる微結晶が得られることが分かった。また、反応速度の議論では加熱時間は30分から1hまでが十分で、それ以上ではエステル化効果が同様であることが判明した。また、イソ型に比べ、ノーマル型の方が反応が速く、加熱時間の30分以内で飽和となった。イソ型を使う場合には1hの加熱処理によって、全試料を均一に修飾することができる。元素分析とXPSの分析により、両種試料の全置換度は約0.016で、表面置換度が0.1であった。また、反応前後微結晶の形態と結晶性をTEMとX線回折により、変化していないことが確認された (Figure 4-1,2)。

これまでの報告によれば、セルロース微結晶を試料量の4倍の表面活性剤でコーティングすることによって、低極性のシクロヘキサン(比誘電率(ε)=2.02)中に分散はできる。しかし、大きな重量増がナノコンポジットへの応用に不可能となる。化学的表面修飾法では中低極性溶媒に分散できる疎水性微結晶が得られたが、比誘電率の2.37(トルエン)より低い溶媒中には分散できなかった。本実験の手法により、修飾された微結晶が1,4−ジオキサン(ε=2.209)中に簡単に分散することができた。処理した微結晶をポリスチレンのトルエン溶液からキャストしたフィルムが均一性と透明性を示した (Figure 4-3)。

第五章では第四章で述べた実験に基づき、疎水効果が原試料の比表面積による影響を考察した。ASAで修飾した微結晶を水からオーブン乾燥しても高い比表面積を持つことが窒素吸着測定とSEM観察で判明した。比表面積の低いCF11そして比表面積の高く、粘性も高いセリッシュ微結晶においては、いずれも疎水効果そしてミクロフィブリルの保持効果がホヤ微結晶の試料より低いことがわかった(Figure 5-1)。クロロホルム溶液からキャストしたホヤ微結晶/ポリスチレンのコンポジットでは微結晶が均一にマトリックス中に分布したことと、微結晶が網状でマトリックスと絡み合っていることが判明した。また、処理後のCF11試料とポリプロピレン混錬したコンポジットにおいては繊維とマトリックスとの接着性が向上したことがSEM写真から明らかとなった(Figure 5-2)。

Figure 2-1. Hydrophobicity of filter paper treated with AcOH/TFAA or Ac2O/TFAA vapor for 30min.

Figure 3-1. OH stretching band and C=O stretching band of ester group (a, b). Difference spectrum for (a) and (b) was shown as (c).

Figure 4-1. Electron micrographs of original and ASA-modified whiskers. (a) Original whiskers dried from water. (b) n-TDSA modified whiskers dried from 1, 4-dioxane, DS=0.0165. (c) iso-ODSA modified whiskers dried from 1, 4-dioxane, DS=0.0158.

Figure 4-2. X-ray diffraction patterns of A: Original tunicin whisker, B: n-TDSA modified whisker and C: iso-ODSA modified whiskers.

Figure 4-3. Cellulose whisker/polystyrene composite films cast from toluene. (a) ASA-modified whisker (20 % (w/w)) (b) Original whisker (5 % (w/w)). (a')Transmission electron microscope showing the disordered and dispersed modified whiskers in the PS matrix.

Figure 5-1 SEM images of cellulose treated with different methods. (A): Original tunicate whiskers dried from water; (B) Original tunicate whiskers with solvents xchange drying; (C) Surface acylated tunicate whiskers dried from water, DS = 0.016. A', B' and C' are the same but for Celish cellulose.

Figure 5-2 SEM images of fracture surface of the surface modified and original CF 11 / PP composites. (A): Original CF 11 (B): Modified CF 11 (C) Modified CF 11.

審査要旨 要旨を表示する

再生可能な資源としてのセルロースの有効利用が注目されている。セルロースを利用した高性能を持つプラスチック、ナノコンポジットの研究と応用はその中の一つである。しかし、セルロースは親水性であるため、現在汎用されている非極性樹脂との混合、混錬が困難である。この問題を解決するため、セルロースを疎水化する試みが行われてきた。過去十年ほどの間に、酢酸、プロピオン酸など低分子試薬によるエステル化、有機シランカプリング剤によるエーテル化、無水マレイン酸グラフトポリマーによるグラフト化などの研究が多数報告されている。しかし、それらの研究においてはもっぱら有機溶媒中での処理が行われてきた。本研究では、実用プロセスへの応用を意図して、有機溶媒をもちいないセルロースの表面エステル化の可能性を検討した。その手法として、無水トリフルオロ酢酸の蒸気を用いる気相法、および水系での長鎖アルキル試薬(製紙用サイズ剤)の利用を検討した。そして処理試料について表面疎水化の程度、繊維形態の変化、有機溶媒中そして非極性ポリマー中の分散性、マトリックスとの接着状況等を調べた。

第二章ではセルロース系繊維の気相アセチル化について述べる。無水トリフルオロ酢酸(TFAA)と酢酸(AcOH)或は無水酢酸(Ac2O)と組み合わせにより、常温でセルロースの表面アセチル化を行った。市販濾紙を使い、真空装置付きの密閉したガラス反応システムで30分間処理を行った。処理した試料について、ステキヒト試験および自動走査吸液測定により吸水性の著しい低下、水接触角の顕著な増加を確認した。またアルカリ加水分解による滴定とX線光電子分光法(XPS)により、表面置換度が全置換度の10倍以上であることから、アセチル化は大部分が繊維の表層に起こったことを明らかにした。

第三章ではセルロースの重水化反応と赤外分光法を用いて、第二章で記述した処理方法におけるセルロース水酸基の反応の特徴を調べた。試料は結晶性の高い、ミクロフィブリルの配列性の高いホヤセルロースを用いた。セルロース試料の水酸基を完全に重水素化たのちに短時間の軽水処理を行うことで、表面水酸基と内部水酸基を区別できるようにした。この試料についてTFAA/AcOH処理を行い、TFA基を除いた前後のFT-IRの差スペクトルから、気相処理による反応はセルロース表面の水酸基のうち水素結合の弱い成分と反応したことが分かった。

第四章ではナノコンポジットへの応用を意図してセルロース微結晶の疎水化を検討した。ホヤセルロース微結晶を試料とし、イソ型とノルマル型のアルケニルコハク酸無水物(ASA)をエステル化試薬として、水系を経由した微結晶の表面疎水化反応に成功した。すなわち、濃度10%のASAエマルジョンをホモジェナイザで調製して、硫酸加水分解で得られたセルロース微結晶の懸濁液と混合した後、メンブレンフィルターによって水を除去し、室温で完全に乾燥してから105℃で反応させた。微結晶のサイズから計算した表面水酸基の割合に基づいて、ASAの添加量を変えてASAの最小必要量を探索した。その結果、表面水酸基のモル数に2倍(セルロース絶乾量の0.57倍に相当)以上のASA添加量があれば、低極性の有機溶媒中に分散でき、十分な疎水効果を持てる微結晶が得られることが分かった。反応速度については、加熱時間30分から1時間が十分であることが分かった。また、イソ型に比べ、ノーマル型の方が反応が速く、30分以内で飽和に達した。イソ型の場合には1時間の加熱が必要であった。元素分析とXPS分析から、両種試料の全体置換度は約0.016で、表面置換度は約0.1であった。またTEMとX線回折から、微結晶の形態と結晶性はエステル化処理によって変化しないことが分かった。

過去の研究において、セルロース微結晶を試料量の4倍の界面活性剤でコーティングすることにより低極性溶媒に分散可能にできることが知られている。しかしこの処理は多量の活性剤を消費し、また共有結合ではないためコンポジットへ化への応用には不利である。本研究の手法によれば、最小限のアルキル化試薬によって低極性溶媒に分散できる表面疎水化微結晶が得られた。またこの微結晶はポリスチレンのトルエン溶液と混ぜてキャストすることにより、微結晶がよく分散した均一性でほぼ透明なフィルムを与えた。

第五章では第四章で述べた実験に基づき、疎水効果に対するセルロース原料の比表面積の影響を調べた。ASAで表面エステル化した微結晶は水から直接乾燥しても大きな比表面積を維持することが窒素吸着測定とSEM観察で分かった。比表面積の低いセルロース粉末(Whatman CF11)および微細繊維化セルロース(ダイセル化学:セリッシュ)においては、いずれも疎水化効果そしてミクロフィブリル形態の維持効果がホヤ微結晶よりも低かった。 クロロホルム溶液からキャストしたホヤ微結晶/ポリスチレンのコンポジットでは微結晶が均一にマトリックス中に分布していた。エステル化処理したセルロース粉末試料は、ポリプロピレンと混錬したコンポジットにおいてマトリックスとの接着性が向上したことがSEM写真から分かった。

以上を総合して本論文は、コンポジット材料への応用を意図しつつ、簡便かつ有機溶媒不要の処理による天然セルロースの改質法を基礎的見地から検討し、多数の重要な知見を提供している。したがって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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