学位論文要旨



No 121393
著者(漢字)
著者(英字) Helena Sayuri Yamada
著者(カナ) ヤマダ サユリ エレーナ
標題(和) 日本の日系ブラジル人社会における児童の精神衛生上の問題
標題(洋) Mental Health Problems of Nikkei-Brazilian Children in the Japanese Society
報告番号 121393
報告番号 甲21393
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2641号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 若井,晋
 東京大学 助教授 大嶋,巌
 東京大学 助教授 綱島,浩一
 東京大学 助教授 佐々木,司
内容要旨 要旨を表示する

目的

移住のプロセスは子供の精神衛生に重大な影響を与えると言われる。1980年代から日本における「出稼ぎ」日系ブラジル人口は増加の一途を辿り、1990年代には「家族連れ」と「定住化」の傾向が強くなった。異文化、言葉の壁、生活習慣の違いに、移住者親子とも少なからぬ戸惑いが見られる。2004年末現在公式統計で286,557人、二重国籍者も含めると約30万人のブラジル人が日本に滞在していると言われ、韓中国籍者に次ぐ第3の外国人コミュニティーを形成している。こうした中、1990年代後半から10代のブラジル人青少年の非行・犯罪が目立つようになったが、その原因を知る上で、日本における日系ブラジル人子弟の精神衛生に関する研究は僅少である。そこで本研究では、彼等の精神的問題と行動との相関について、人口統計学データ、リスク要因、心的外傷体験、親の精神衛生等の指標を用い検証を試みるものである。

方法

群馬県内私立ブラジル学校4校に通う94人の日系ブラジル人子弟(年齢11歳〜17歳)とその親たちに質問紙を用いたインタヴューを行った。質問紙は Child Behavior Check List for Parents (CBCL)、General Health Questionnaire-28(GHQ-28)、Clinician-Administered PTSD Scale for Children and Adolescent(CAPS-CA)ほか、人口統計学上の一般的質問を含んでいる。

結果

在日日系ブラジル人子弟に関する人口統計学的データ、心的外傷体験、親の精神衛生状態と、子弟の精神衛生状態や問題行動との関連性の強さを知るため、Peason相関係数を用いて分析した。結果として1)問題行動については日本に長期間滞在している子どもより、短期間(12〜60ヶ月)滞在している子の方がCBCL総得点が高かった(r=-0.242; p<0.05)。同じく外向尺度に関しては、地元の公立日本人学校に通ったことがなく(r=0.232;p<0.05)、日本滞在の短い(r=0.288;p<0.05)子供たちに有意差がみられた。

GHQ-28質問紙の分析結果からは、心的外傷体験と親の精神状態が子どもの精神的健康に影響を及ぼしていることが分かった。例えば、心的外傷体験のある子弟は一般健康状態が悪く(r=-0.302;p<0.01)、不安と不眠(r=-0.275;p<0.01)や社会的活動障害(r=-0.294;p<0.01)が認められる。心的外傷体験を国別で見ると、ブラジルおよび日本で体験のある者は、社会的活動障害との相関(r=-0.233;p<0.05)が見られた。また、心的外傷を複数受けた者はより一般健康状態が悪く(r=0.307;p<0.01)、不安と不眠(r=0.276;p<0.01)や、社会的活動障害(r=0.303;p<0.01)が重かった。重度の心的外傷を受けた者も同様に、一般健康状態がより悪しく(r=0.221;p<0.05)、不安と不眠(r=0.241;p<0.05)や社会的障害(r=0.246;p<0.05)も深刻であった(Table 1)。

さらに、階層的変数選択による4段階の回帰分析で、最後のステップで独立変数に「日本での滞在=短期」を入れると重相関係数の増加が見られた。内訳はCBCLでは総得点11.8%、外向的尺度16.7%の増加(Table 2)。GHQ-28では、一般健康状態25.6%、身体的症状16.6%、不安と不眠19.6%、社会的障害27.1%、うつ傾向20.5%の増加(Table3)であった。

結論

日本社会における日系ブラジル人子弟の精神上の問題は、「滞在期間が未だ短い」ことが、主要なリスク要因になっていると考えられる。長期間日本社会に滞在し、文化や習慣に慣れていくに従い、問題行動も少なくなると考えられる。日本政府や地元自治体には、日系の若者が速やかに日本社会へ溶け込めるよう促進する国際教育・文化施策が切に望まれる。

Table 1. Correlation of risk factors to mental health and behavioral problems of Nikkei-Brazilian children in Japan

Table 2. Hierarchical regression analysis using CBCL total,internalizing and externalizing scores as dependent variables

Table 3. Hierarchical regression analysis using GHQ-28 scores as dependent variables

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本における日系ブラジル人子弟の精神および行動上の問題の、リスク要因予測変数との相関を明らかにするため、CBCL、GHQ-28、CAPS-CAの質問紙を用いて調査を行い、下記の結果を得ている。

Child Behavior Check List(CBCL)質問紙ではまず、日本における日系ブラジル人子弟の行動プロフィールを得るために2つのコントロール群(日本の同地域に住む同年齢の日本人子弟と、ブラジルに住む同年齢の日系ブラジル人子弟)と平均スコアを比較した。結果として、日本に住む日本人子弟のスコアが全体的により低いことがわかった。

在日日系ブラジル人子弟の精神及び行動上の問題にかかるリスク要因予測変数としては、「人口統計学的データ」、「心的外傷」、「親の精神状態」で有意な相関が見られた。

口統計学的には日本に短期間(12-60ヶ月)滞在している日系ブラジル人子弟により問題行動が見られた、特にCBCLの総得点および外向的尺度に有意差が見られた。また、公立日本人学校に通っていない日系ブラジル人に外向的な行動が見られた。

心的外傷と精神的健康との相関はGHQ-28で示された。心的外傷の体験があり、それがブラジルおよび日本の両国で起こった者、また多数および重度の心的外傷を受けた日系ブラジル人子弟において、精神衛生状態に問題が見られた。

日系ブラジル人の親の健康状態が子供の精神衛生と相関があることも理解された。しばしば不安と不眠に悩む親に、社会的障害を持つ子弟が見られた。

階層的変数選択による4段階回帰分析において、最後のステップで独立変数「日本での滞在=短期」(12ヶ月-60ヶ月)を加えると、人口統計学的に日系ブラジル人子弟の重相関係数の増加が見られた。

以上、本論文は日本における日系ブラジル人子弟の精神衛生上の問題を明らかにし、人口統計学的リスク要因を確認した。在日日系ブラジル人を含む日本の外国人口は今後とも増加の勢いにある。彼ら新来移住者が親子の人間関係を円滑に保てるよう、また良好な居住労働環境にあって、来日後速やかに日本文化理解を進められるよう、きめ細かな受け入れ政策の緊要性が示唆された。

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