学位論文要旨



No 121491
著者(漢字) 天野,由紀
著者(英字)
著者(カナ) アマノ,ユキ
標題(和) Glycemic indexを用いた栄養教育が2型糖尿病および境界型の血糖コントロールに及ぼす影響 : ランダム化比較試験による検討
標題(洋)
報告番号 121491
報告番号 甲21491
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2739号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 梅,昌裕
 東京大学 助教授 松山,裕
内容要旨 要旨を表示する

緒言

これまで、糖尿病患者に対する栄養教育は、エネルギーや栄養素摂取の「量」に主に着目した形で実践されてきた。一方で、糖質性食品の食後血糖上昇の度合いに基づいた質的な評価指標であるglycemic index(以下GI)を栄養教育に取り入れることの血糖コントロールへの有効性が、近年複数のメタアナリシスによって報告されている。しかしながら、GIに関する介入研究は欧米が中心であり、しかもこれらの地域の糖質性食品はじゃがいもおよび小麦となっている。つまり、GIに関する先行研究のほとんどが、欧米人の欧米型食生活に基づいた検証である。したがって、食習慣や食文化が欧米とは異なるわが国において、GIを栄養教育で活用するには、血糖コントロールへの有効性のみならず、教育手法として活用可能か、低GI食を実際の食習慣に取り入れられるか、という有用性の問題も明らかにする必要がある。そこで、日本の食習慣を考慮したGI教育手法を開発し、その有用性および血糖コントロールへの有効性を明らかにすることを目的とし、3か月間のランダム化比較試験によってこれを検証した。本研究の仮説は、GIを用いた栄養教育は、エネルギー等の制限を行う通常の栄養教育と比較して、2型糖尿病および境界型における血糖コントロールを改善することとした。

方法

対象者およびスクリーニング方法

対象者は、神奈川県横須賀市のボランティア団体、横須賀市等を通じてチラシ、ポスター等により、地域在住の2型糖尿病および境界型を募集した。対象者の適格条件は、(1)空腹時血糖あるいはHbA1c高値者(空腹時血糖、110mg/dl以上かつ140mg/dl未満あるいはHbA1c、5.8%以上かつ8.0%未満)、(2)非薬物療法下とした。

研究デザイン

本研究の有効性の判定はHbA1cの改善とし、3か月間のランダム化比較試験を実施した。ベースライン時に問診票、食事記録用紙を回収すると共に血液検査、身体計測、食事関連QOL質問紙記入、集団栄養教育を行った。問診票、血液検査結果から対象者を確定した後、通常のエネルギー等の制限を行う通常教育群、あるいは通常教育にGIの教育を組み合わせたGI教育群の2群に無作為割付を行った。その後、両群共に4回にわたる個人栄養教育(2週間目、1か月目、2か月目、3か月目)、2回の血液検査・身体計測・食事関連QOL質問紙記入(2か月目、3か月目)を行った。

栄養教育

栄養教育プログラムは、対象者全員に共通で行われる初回集団栄養教育(1回)と、各群の教育方針に基づいた、管理栄養士による個人栄養教育(4回)が、2群に同じ頻度、同じ時間で提供された。集団栄養教育においては、日本糖尿病学会による糖尿病診療ガイドラインに基づく、エネルギー制限などの量的な内容(通常教育に該当)を、本研究者らが作成したパンフレットを用いて教育した。通常教育群には、初回集団栄養教育における内容を、個人栄養教育においても継続した。

GI教育群においては、「1日の糖質摂取量のうち、45%以上を低GI食品から摂取すること」をGI教育の目標とし、本研究者らが作成した教材に沿ったGI教育を行った。本研究では、特に主食の摂り方に焦点を当て、毎食主食に低GI食品を選択すること、あるいは高GI食品を主食とする場合には、食後の血糖上昇を抑制する効果のある食品を同時に摂取することを最優先の目標として教育した。

評価項目および測定方法

採取した血液から、主要項目としてHbA1c、副次項目として糖代謝指標(血糖、フルクトサミン、インスリン)、脂質代謝指標(総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪)を測定した。身体計測では、体重、体脂肪率、身長を測定した。食事調査は、3日間の食事記録法とし、食事評価指標(栄養素等摂取量、GIに関連する指標、食品群別摂取量)を算出した。健康関連QOLの評価には、糖尿病用食事関連QOLを使用した。

主要項目であるHbA1cは、GI教育群および通常教育群における介入前後の変化量を、対応のないt検定によって評価した。また、各群をベースラインの空腹時血糖によって糖尿病型、境界型のサブグループに分類し、HbA1cの変化量を対応のないt検定によって評価した。副次項目については経時的な変化パターンを評価するため、群間変動、時点間変動、群と時点の交互作用を、繰り返しのある二元配置分散分析によって検討した。さらに、群と時点の交互作用が有意であった項目について、各群内の経時的変化を繰り返しのある一元配置分散分析によって検討した。統計的有意水準は5%とした。

II結果

対象者の基準を満たしていた40名のうち、1名(対照群)が脱落し、残りの39名(男性17名、女性22名)が3か月間の介入を終了した(脱落率2.5%)。

主要項目であるHbA1cにおける介入によるエフェクトサイズは、-0.25(95%信頼区間:-0.50、-0.004)であり、通常教育群と比較してGI教育群においてHbA1cが有意に改善した。一方、糖尿病型のサブグループでは、GI教育群におけるHbA1cの減少量が0.57%、通常教育群における減少量が0.33%であり、境界型のサブグループでは、GI教育群における減少量が0.29%、通常教育群における減少量が0.07%であり、いずれもGI教育群において減少量が大きい傾向がみられた。しかしながら、2群間の変化量の差は有意ではなかった。

副次項目についてGI教育群と通常教育群の経時的変化を比較すると、糖代謝指標(空腹時血糖、フルクトサミン、インスリン、HOMA-R)、脂質代謝指標(総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪)、身体計測値(体重、体脂肪率、BMI)のいずれの項目も、両群間で経時的変化に差が見られなかった。糖代謝指標では、空腹時血糖、フルクトサミン、HOMA-R、脂質代謝指標では、総コレステロール、LDLコレステロール、身体計測値では体重、体脂肪率、BMIが、GI教育群および通常教育群で有意に改善した。

栄養素等摂取量および食品群別摂取量は、いずれの項目も経時的変化に2群間で有意な差が見られず、エネルギー摂取量、一価不飽和脂肪酸(E%)、コレステロール摂取量は両群で有意に減少し、食物繊維摂取量は両群で有意に増加した。一方、GIに関連する指標は、低GI食品による糖質摂取割合および、高GI食品を主食として食べた場合に血糖上昇を抑制する効果のある食品と組み合わせた割合が、いずれもGI教育群においてのみ有意に増加した。

食事関連QOLは、いずれの下位項目も2群間の経時的変化に差が見られず、「食事療法の負担」、「食事療法からの受益感」、「全般的食事感」、「活力」が両群で有意に改善した。

考察

本研究では、GIを教育するための教材を日本人の食習慣を考慮して開発し、エネルギー等の制限を行う通常教育と組み合わせて3か月間の栄養教育による介入を行った。その結果、通常教育群と比較して、GI教育群においてHbA1cが有意に改善した。食事評価指標の変化を見ると、各群の教育方針に基づいた栄養教育に対するアドヒアランスは良好であり、通常教育群においても糖代謝指標が改善した。しかしながら、改善が見られた対照群と比較しても、GI教育群の方がHbA1cが有意に改善したことは、栄養教育にGIを取り入れる根拠を提示するものと考える。食事評価指標のうち、経時的変化に2群間で有意差が見られたのはGIに関連する指標のみであったため、HbA1cの変化にはこれらが関連していると考えられる。さらに、対象者をサブカテゴリー(糖尿病型/境界型)に分けて分析した結果、糖尿病型、境界型のいずれにおいても、GI教育群においてHbA1cの減少量が大きい傾向が見られた。GIを用いた栄養教育は、糖尿病患者における治療目的のみならず、境界型における糖尿病発症予防の目的にも用いることが出来る可能性があるが、このことを結論付けるには、サンプルサイズを拡大した更なる検討が必要である。

副次項目として測定した糖代謝指標、脂質代謝指標、身体計測値は両群で有意に改善し、2群間で有意差が見られなかった。脂質代謝の変化はインスリン分泌量と関係することから、先行研究では低GI食による脂質代謝指標の改善が報告されている。本研究においては、通常教育群におけるエネルギー摂取量、飽和脂肪酸摂取量の減少量が、GI教育群と比較して有意ではなかったものの大きかったことが、脂質代謝指標の改善に両群間で有意差がみられなかったことに関連していると考えられる。体重については、通常教育群におけるエネルギー摂取量の減少量と比較して、GI教育群のほうが減少量が少なかったにもかかわらず、同程度の体重減少が見られた。この結果から、低GI食はエネルギー減少量を上回る体重減少をもたらす可能性がある。

GI教育群においては、通常教育群に教育した基本事項に加えてGIの教育を行ったにもかかわらず、食事関連QOLは両群共に向上した。すなわち、本研究におけるGI教育は、糖尿病治療の大目標に含まれるQOLを悪化させずに血糖コントロールを改善させることが示された。

結論

食後の血糖上昇を抑えることを目的としたGIを用いた栄養教育を、通常の栄養教育と組み合わせることにより、通常教育と比較して血糖コントロールが有意に改善した。さらに、GIを用いた栄養教育へのアドヒアランスは良好であった。したがって、GIを用いた栄養教育は、比較的軽度の2型糖尿病および境界型における血糖コントロールの改善に有効であり、栄養教育としての有用性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本の食習慣を考慮したGlycemic index(GI)教育手法を開発し、その有用性および血糖コントロールへの有効性を明らかにするために、地域在住の2型糖尿病および境界型40名を対象とした3か月間のランダム化比較試験を行い、下記の結果を得ている。

教育の有効性を判定する指標として設定したHbA1cは、通常教育群(対照群)と比較してGI教育群において有意に改善した。

対象者をサブカテゴリー(糖尿病型/境界型)に分けて分析した結果、糖尿病型、境界型のいずれにおいても、GI教育群においてHbA1cの減少量が大きい傾向が見られた。

副次項目についてGI教育群と通常教育群の経時的変化を比較すると、糖代謝指標(空腹時血糖、フルクトサミン、インスリン、HOMA-R)、脂質代謝指標(総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪)、身体計測値(体重、体脂肪率、BMI)のいずれの項目も、両群間で経時的変化に差が見られなかった。糖代謝指標では、空腹時血糖、フルクトサミン、HOMA-R、脂質代謝指標では、総コレステロール、LDLコレステロール、身体計測値では体重、体脂肪率、BMIが、GI教育群および通常教育群で有意に改善した。

栄養素等摂取量および食品群別摂取量は、いずれの項目も経時的変化に2群間で有意な差が見られず、エネルギー摂取量、一価不飽和脂肪酸(E%)、コレステロール摂取量は両群で有意に減少し、食物繊維摂取量は両群で有意に増加した。一方、GIに関連する指標は、低GI食品による糖質摂取割合および、高GI食品(米飯など)を主食として食べた場合に血糖上昇を抑制する効果のある食品(酢、乳製品など)と組み合わせた割合が、いずれもGI教育群においてのみ有意に増加した。つまり、GI教育群におけるGI教育に対するアドヒアランスは良好であったことが示された。

食事関連QOLは、いずれの下位項目も2群間の経時的変化に差が見られず、「食事療法の負担」、「食事療法からの受益感」、「全般的食事感」、「活力」が両群で有意に改善した。つまり、本研究におけるGI教育は、糖尿病治療の大目標に含まれるQOLを悪化させずに血糖コントロールを改善させることが示された。

以上、GIを用いた栄養教育は、比較的軽度の2型糖尿病および境界型における血糖コントロールの改善に有効であり、栄養教育として有用であることが、本論文によって示された。本研究は国内で初めてのGIに関するランダム化比較試験であり、さらに日本人の食習慣を考慮したGI教育手法を提案した。本研究の成果は、わが国のみならず米飯を主食とするアジア諸国の人々における2型糖尿病の予防および治療に、寄与することが期待される。従って、学位の授与に値するものと考えられる。

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