学位論文要旨



No 121493
著者(漢字) 小山,明日香
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,アスカ
標題(和) 急性期治療における統合失調症患者の処方の変化
標題(洋) Schizophrenic patients' prescription change in acute psychiatric inpatient care
報告番号 121493
報告番号 甲21493
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2741号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 綱島,浩一
 東京大学 講師 土井,永史
 東京大学 講師 山崎,あけみ
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

統合失調症は、陽性症状と陰性症状を主症状とする精神疾患であり、薬物治療が有効である。従来の定型抗精神病薬に加え、1990年代に非定型抗精神病薬が開発されたことで、薬物治療はめざましく進歩した。統合失調症治療に使用される薬物の種類は多く、薬剤処方パターンは様々である。これまで、こうした処方パターンに関して様々な議論がなされてきた。もっとも大きな議論のひとつは、多剤併用処方か単剤処方かというものである。先行研究では、多剤併用が単剤処方と比較して治療効果が上回るというエビデンスはほとんどなく、副作用や患者のノンコンプライアンス、誤薬、死亡率の上昇などのリスクが高まるとされている。そのため、エビデンスに基づく最近の薬物治療ガイドラインやアルゴリズムでは単剤処方が推奨されている。しかし、実際には多剤併用処方の率は非常に高い。多剤併用が行われる理由として、急性期に症状軽減のために別の抗精神病薬を加剤し、症状がおさまったあとも加剤されたままの状態になってしまうことが指摘されている。ガイドライン等では急性期症状への対応として、抗精神病薬の追加併用ではなく、増量、炭酸リチウムやバルプロ酸の併用、無けいれん通電療法などが推奨されている。このように、急性期における抗精神病薬の追加は、処方の単純化を妨げ慢性的な多剤療法へつながるものであり、統合失調症治療におけるひとつの問題であると考えられる。

そこで、本研究では、急性期における抗精神病薬の追加に関連する要因を多面的に検討するため、1)急性期入院治療において、抗精神病薬が追加され、処方種類数が入院中に増加した統合失調症患者を特定すること、2)抗精神病薬を追加された患者とそうでない患者を比較することで、追加された患者の人口統計学的及び臨床的特徴を明らかにし、同時に、そのような患者の主治医の人口統計学的特徴及び薬物治療に対する認識を明らかにすること、を目的とした。

【方法】

本研究にあたり、全国213の急性期治療病棟を有する精神科病院、大学病院、国立病院に調査協力を依頼し、最終的に46病院の協力を得た。そのうちもっとも急性期患者を多く受け入れている1病棟を対象施設とした。対象患者は、2003年11月から12月に退院した65歳以下の統合失調症患者である。対象となった362名のうち、260名(71.8%)が調査協力に同意した。本研究では、すべてのデータに欠損のない204名を解析の対象とした。

対象患者について、各主治医及び看護師が患者の処方、機能の全体的評価尺度(GAF)、精神症状評価、年齢、性別、罹患年齢、初発か否か、入院形態(任意入院か否か)、無けいれん通電療法施行の有無、身体拘束の有無、攻撃的行動の有無をカルテから転記した。処方に関して、抗精神病薬は1日あたりのクロルプロマジン換算量を、抗パーキンソン薬はビペリデン換算量を算出した。

同時に、医師への処方全般に関する独自の質問紙を用いた意識調査を行った。質問項目は、処方の際にコストを考慮するかどうか、処方に関する他の医師からの助言の有無、患者や病棟スタッフの安全確保のためのやむを得ない追加の有無、病棟スタッフからの処方への要望の有無、非定型抗精神病薬と定型抗精神病薬の使用状況、薬物治療アルゴリズムの知識の有無、等に関する16項目である。4件法で回答を依頼し(1=ある、2=ときどきある、3=あまりない、4=ない)、1と2を「あり」、3と4を「なし」とした。

解析では、抗精神病薬を追加された患者群(追加群)を同定するために、入院時と退院時の処方を集計した。追加群とは、入院時と比較して退院時に抗精神病薬処方数が増加した患者とした。追加群と非追加群で、患者の人口統計学的及び臨床的特徴、主治医の人口統計学的特徴及び処方に関する意識を比較するためにt検定及びx 2検定を行った。そのうち統計学的に有意であった変数を独立変数とするGEEロジスティック回帰分析を行った。

【結果】

入院時の処方内容は、定型単剤処方26名、非定型単剤処方50名、定型併用43名、定型+非定型80名、非定型併用5名であった。退院時の処方は、定型単剤処方20名、非定型単剤処方60名、定型併用39名、定型+非定型77名、非定型併用8名であった。

204名中42名(20.6%)で抗精神病薬が追加されていた。追加群の内訳は、入院時単剤処方で退院までに抗精神病薬が追加された18名と、入院時多剤併用処方で退院までにさらに抗精神病薬が追加された24名であった(表1参照)。

追加群は非追加群と比較して、入院時の処方において有意差はなかったが、退院時の処方では抗精神病薬処方種類数が有意に多く(平均;追加群3.0、非追加群1.7、p<.01)、抗精神病薬(追加群1065.2mg、非追加群695.4mg、p<.01)及び抗パーキンソン薬(追加群3.6mg、非追加群2.4mg、p<.01)の処方量が有意に多く、定型抗精神病薬の処方率が有意に高かった(追加群90.5%、非追加群60.5%、p<.01)。定型抗精神病薬のなかでも、低力価抗精神病薬の処方率が有意に高かった(追加群85.7%、非追加群44.4%、p<.01)。追加群は非追加群よりも退院時のGAFスコアが有意に低く(追加群54.5点、非追加群60.5点、p<.05)、妄想症状(追加群81.0%、非追加群63.0%、<.05)及び攻撃的行動(追加群45.2%、非追加群22.2%、p<.01)を有する患者割合が有意に高く、無けいれん通電療法を行った患者割合が有意に高かった(追加群9.5%、非追加群0.6%、p<.01)。また、身体疾患を有する患者割合が低い傾向があった(追加群9.5%、非追加群22.8%、p<.1)。追加群を受け持つ主治医は非追加群を受け持つ主治医よりも、定型抗精神病薬よりも非定型抗精神病薬をよく使用すると回答した割合が有意に低く(追加群64.3%、非追加群81.5%、p<.05)、薬物治療アルゴリズムを知っていると回答した割合が低い傾向があった(追加群38.1%、非追加群53.1%、p<.1)。GEEロジスティック回帰分析の結果、入院期間中に攻撃的行動があった患者、身体疾患を有しない患者、及び主治医が普段定型抗精神病薬をよく使用すると回答した患者は抗精神病薬が追加される可能性が有意に高かった(表2参照)。

【考察】

本研究では、入院期間中に抗精神病薬が追加され処方数が増加した患者が約20%であった。わが国では、治療抵抗性の統合失調症患者に有効とされるクロザピンが承認されていないこともあり、海外よりも抗精神病薬の追加という選択がされやすいことがひとつの原因として考えられる。

本研究の結果では、攻撃性は抗精神病薬の追加の関連要因であった。攻撃的行動のある患者が鎮静を目的として抗精神病薬を追加されやすいことは容易に想像できるが、海外の先行研究では、興奮状態の患者に対する抗精神病薬の併用の有用性は確認されていない。そのような患者に対する特別な看護ケアといった、抗精神病薬の追加以外の多方面からのアプローチや、隔離・身体拘束との関連についてのより詳細な研究が必要であると考えられる。

また、普段非定型抗精神病薬よりも定型抗精神病薬をよく使用すると回答した医師が受け持つ患者は、抗精神病薬を有意に高率で追加されていた。医師の意識や態度が実際の処方パターンに影響を及ぼすことは先行研究で示されており、本研究はそれを支持する結果となった。定型/非定型といった医師の嗜好に基づく教育的介入が、処方の単純化をより促進するものと考えられる。

本研究は、調査データが患者ベースで集計されたものである。医師ベースでの調査を行うことにより、医師の意識に関してより明確な示唆が得られるものと考えられる。施設特性や人員配置等が処方パターンに影響を及ぼすという先行研究もあり、今後そのような側面も踏まえたより詳細な研究を行うことが必要である。また、調査依頼をした施設のうち協力が得られた施設は約20%と、十分ではなかったこともひとつの限界である。

このような限界はあるが、本研究は抗精神病薬の追加という処方の単純化の障壁となる問題に焦点をあて、患者のみならず医師の特性との関連について検討した点で意義があると考えられる。

表1.入院時と退院時の処方パターン(n=204)

表2.抗精神病薬追加に関連するGEEロジスティック回帰分析

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、統合失調症患者の急性期入院治療において抗精神病薬の追加に関連する要因を多面的に検討したものである。統合失調症の薬物治療は単剤処方で行うことが国際的なガイドラインでは示されているが、我が国では多剤処方が依然として多い。そこで本研究では、慢性的な多剤療法へつながるきっかけとなる抗精神病薬の追加に着目した。抗精神病薬病薬を追加された患者を同定し、その処方の特徴を明らかにすること、および抗精神病薬の追加と関連する要因(患者要因、医師要因)を明らかにすることを目的とし、下記の結果を得ている。

入院期間中に抗精神病薬を追加されていた患者は20.6%であった。日本では難治性の統合失調症に有効とされるクロザピンが未承認であることや、医師の処方の単純化の意識がじゅうぶんでないことが影響しているものと考えられる。

追加された患者群(追加群)とそうでない患者群(非追加群)において、入院時の処方内容に両群で違いはなかったが、退院時の処方は追加群で抗精神病薬の処方種類数・処方量、抗パーキンソン薬の処方量が有意に多かった。特に処方量に関しては、追加群の平均は1日あたり1000ミリを超えており(CPZ換算)、大量処方と深い関連が示された。

追加群では退院時に定型抗精神病薬、特に低力価抗精神病薬を処方される患者の割合が有意に高かった。追加された低力価抗精神病薬が退院後まで処方され、継続的な多剤併用処方へとつながるリスクを念頭におくべきである。

抗精神病薬の追加と関連する要因として、患者の攻撃性、身体疾患を有しないこと、主治医が非定型抗精神病薬よりも定型抗精神病薬を好んで使用すること、が挙げられた。攻撃性のある患者に対しては状態により一時的な追加が必要な場合があるかもしれないが、継続的な多剤併用処方とならないよう注意が必要であり、薬物治療以外の治療ケアについて研究をすることで、必要以上の処方の追加を防げる可能性がある。また、処方の単純化には、医師の定型/非定型といった嗜好を考慮した教育的介入が効果的と考えられる。

以上、本論文は抗精神病薬の追加に関連する要因を多面的に検討したという点で独創的である。急性期における抗精神病薬の追加は、処方の単純化を妨げ慢性的な多剤療法へつながるものであり、本研究でその関連要因について大規模なサンプルで検討したという点で臨床的意義も兼ね備えており、学位の授与に値するものと考えられる。

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