学位論文要旨



No 121512
著者(漢字) 小林,重太
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ジュウタ
標題(和) 微小空間を活用する高効率的多相系触媒反応の開発
標題(洋)
報告番号 121512
報告番号 甲21512
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1155号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 助教授 徳山,英利
 東京大学 助教授 浦野,泰照
 東京大学 講師 内山,真伸
内容要旨 要旨を表示する

現代有機合成においては、医薬品・農薬等有用な化学物質を迅速かつ効率よく開発することが強く求められている。そのような中、個々の有機反応においては、反応が高収率、高選択的かつ迅速に進行し、加えて目的物が容易に単離できることが望ましい。筆者はこれらを満たす高効率的反応システムの構築を目的とし、マイクロチャネルリアクターを用いる効率的な多相系触媒反応システムの開発を行った。多相系触媒反応は、研究室レベルでの実験研究から製薬、化学産業に至るまで幅広く用いられているが、単一相からなる均一系反応と比較して各相間の物質移動効率が低下するため、化学収率や選択収率、触媒回転数等で劣る場合が多い。これらの問題点を改善する方法の一つとして、各相間の接触面積を増大させることにより、物質移動を促進することが挙げられる。筆者はマイクロチャネルリアクターにおける微小空間を活用することで、有効な反応場が形成されるのではないかと考えた。マイクロチャネルリアクターとは、ミクロンサイズの深さと幅、及びセンチメートルからメートルサイズの長さのチャネルを有する反応容器であり、比界面積が極めて大きいことが特徴である。筆者は、この特徴を活用することにより、種々の多相系触媒反応の開発を試みた。

微小空間を活用する高効率的三相系水素化反応の開発

筆者ははじめに高効率的三相系反応の開発に着手した。反応の方法としては、予め固体触媒をチャネル壁に固定化し、そこへ液相と気相を構成する物質をチャネルに流すという方法を考案した。この際、各相の流速を制御することにより、液相が触媒の存在するチャネル壁に沿って流れ、気相がチャネル中心を流れるというフロー(パイプフロー)が実現できると考えた。この場合、各相間の非常に大きな接触面積と分子拡散距離が小さいことに由来する、効率的な三相系反応が期待される(Figure1)。

モデル反応として、パラジウム触媒による水素添加反応を選択した。まずチャネル壁へのパラジウム触媒の固定化を検討した。その際、当研究室で開発された高分子カルセランド型パラジウム触媒をガラス壁面に固定化することとした。アミノ基をチャネル表面に導入し、次いでマイクロカプセル化パラジウムのコロイド溶液を流し、最後に加熱架橋することによって固定化を完了した。固定化後、チャネル壁面に一様に触媒種が分布している様子が光学顕微鏡により確認された。

得られたパラジウム固定化マイクロチャネルリアクターを用いて、はじめにベンザルアセトンの水素添加反応を行った。反応は一定のフロー条件下で行い、チャネルの両入口の一方から基質のTHF溶液を、他方から水素ガスを導入した(Figure2)。その結果、流速を制御することで、液相が壁面に沿って流れ気相が中心を流れるという、効率的なパイプフローが形成された。興味深いことに、この場合反応は円滑に進行し、定量的に目的物を与えることがわかった。また基質のチャネル内の滞在時間(反応時間)はわずか約2分間と、極めて短時間で反応が進行していることも明らかになった。

本システムを用いた場合、ベンザルアセトンの他、三置換オレフィンおよびアルキン類の還元、ベンジル基やベンジルオキシカルボニル基(Cbz基)の脱保護に関しても反応は円滑に進行した(Table1)。さらには溶媒を選択することにより、ベンジルオキシ基とアルキンが共存する基質に関して、脱保護を伴うことなくアルキンのみを選択的に還元できることもわかった。比較実験として、通常実験室で用いられるフラスコを反応容器として用い、チャネル内壁に固定化された触媒量およびチャネル内に常時存在する基質量を考慮した上で本システムとの反応速度の比較を行ったところ、両者の間に非常に大きな差がみられた。本反応システムは、高い反応性を有するのみならず、反応液から溶媒を留去するだけで目的物が得られるという点、また殆どの場合マイクロチャネルリアクターからのパラジウムの流出が見られない点、本マイクロチャネルリアクターを反応後に再使用しても活性の低下は見られないという点などの利点を有し、実用性の高いシステムと言える。今後、本手法を用いることにより、種々の金属触媒や気体を用いる三相系反応への展開や、コンビナトリアルケミストリーへの発展が期待される。

超臨界二酸化炭素を用いる水素化反応への展開

次に、より効率的なシステムを指向し、筆者は有機溶媒に代わる新たな反応媒体として超臨界二酸化炭素に着目した。超臨界流体は、気体と液体両性質を兼ね備えており、気体、液体いずれの物質とも混和されやすい。そのため、先に挙げた水素添加反応において、基質と水素両者が溶解した均一相が系内において形成され、より有効な反応場が得られるといった利点が期待できる。また、超臨界二酸化炭素に関しては、安価・低毒性といった実用的な利点も挙げられる。

実際の反応システムの概略図をFigure3に示す。反応手順としては、まずセル内に基質を導入する。次にオートクレーブ内に一定圧力の下、水素を導入し、さらにそこへ液化二酸化炭素をHPLCポンプで送液し、超臨界状態を形成させた。以上の超臨界流体はセルを通じてチャネル内へと流れ、溶解した基質がチャネルを通る際に目的物へと転換される。系内の総圧力は、チャネル後方に設置した後方圧力調節弁にて調節され、ここで目的物が捕集される。また、反応中は一定流速の下、液化二酸化炭素がHPLCポンプによって常に送液されており、定常状態となっている。

検討の結果、種々のオレフィン、アルキンが高収率で還元体へと転換されることがわかった。また、アルキンとベンジルオキシ基が共存する基質において、脱保護を伴うことなくアルキンのみを選択的に還元できることも明らかにした。驚くべきことに、基質のチャネル内での平均滞在時間は1秒未満であり、極めて短時間で反応が完結していることが、流速やチャネル体積等に基づく計算により明らかになった。これは、チャネル内壁に展開された触媒の広い接触面積および水素の高い溶解性に起因する結果であると考えられる。2)

大量合成を指向した高効率的三相系水素化反応への展開

筆者はさらに、マイクロチップの代わりにより安価で省スペース化を可能にするキャピラリーカラムをマイクロチャネルリアクターとして用いることにより、大量合成への展開を図っている。すなわち、パラジウム固定化キャピラリーを複数本、並行に束ねて固定化したものを用いることによって、水素添加反応において高い空間-時間収率が達成された。3)

高効率的酵素反応の開発

そこで筆者はこれらの結果を踏まえ、次に酵素反応に着目した。酵素反応はその高選択性、安全性、生分解性から省資源、省エネルギー、低公害といったプロセスを開発しうるものとして、現在注目されている分野の一つである。筆者は酵素反応をマイクロチャネルリアクターへと展開することでより効率的な反応システムを構築できるのではないかと考え、はじめに高分子による酵素の固定化の検討を行った。その結果、これまで当研究室で開発されてきた金属触媒のマイクロカプセル化法を適用することにより固定化が可能となることを明らかにした(Scheme4)。

得られた高分子固定化酵素を用いて二級アルコールの速度論的分割を行ったところ、生酵素に比べ反応は円滑に進行し、かつ回収・再使用が可能であることがわかった(Table2)。本結果を踏まえ、次に筆者は本固定化法を用いて酵素のキャピラリーカラムの内壁への固定化の検討を行った。また得られた酵素固定化キャピラリーカラムを用いて反応を行った結果、良好な結果を得られることがわかった。

以上、マイクロチャネルリアクターの微小空間を活用することにより、気相―液相―固相三相系反応が効率的に行えることを述べた。また、超臨界流体中での反応も極めて短時間で進行することが明らかになった。さらに大量合成へ向けての展開も示された。一方で、新たに開発した酵素の固定化法を用いることで、壁面への酵素の固定化が可能となり、得られた酵素固定化マイクロチャネルリアクターを用い酵素反応の開発を行った。これらの結果は、今後の多相系反応の発展において重要な指針を与えるものと考えられる。

Figure 1. Ideal device for multiphase reactions

Figure 2. Experimental hydrogenation system using Pd-immobilized microchannel reactor

Table 1. Hydrogenation using the Pd-immobilized microchannel reactor

Figure 3. Hydrogenation in scCO2 using the Pd-immobilized microchannel reactor

Scheme 4. Immobilization of lipase using a microencapsulation method

Table 2. Kinetic resolution of phenylethyl alcohol with polymer-immobilized lipase

J. Kobayashi, Y. Mori, K. Okamoto, R. Akiyama, M. Ueno, T. Kitamori, S. Kobayashi, Science 304, 1305(2004).J. Kobayashi, Y. Mori, S. Kobayashi, Chem. Commun. 2567(2005).J. Kobayashi, Y. Mori, S. Kobayashi, Adv. Synth. Catal. 347, 1889(2005).
審査要旨 要旨を表示する

現代有機合成において、多相系触媒反応はラボスケールでの実験研究から製薬、化学産業に至るまで幅広く用いられているが、単一相からなる均一系反応と比較して各相間の物質移動効率が低下するため、化学収率や選択収率、触媒回転数等で劣る場合が多い。これらの問題点を改善する方法の一つとして、各相間の接触面積を増大させることにより、物質移動を促進することが挙げられる。本論文は、マイクロチャネルリアクターにおける微小空間を活用することで物質移動を促進し、高効率的な多相系触媒反応を実現した結果について述べたものである。

マイクロチャネルリアクターは、ミクロンサイズの深さと幅、及びセンチメートルからメートルサイズの長さのチャネルを有する反応容器であり、比界面積が極めて大きいことが特徴である。本論文では、この特徴を活用することにより種々の多相系触媒反応の開発を試みている。

まず第一章では、パラジウム触媒による水素添加反応をモデル反応として選択し、まずチャネル内壁へのパラジウム触媒の固定化を行っている。当研究室で開発された高分子カルセランド型パラジウム触媒をガラス壁面に固定化し、まずアミノ基をチャネル表面に導入、次いでマイクロカプセル化パラジウムのコロイド溶液を流し、最後に加熱架橋することによって固定化が完了することを明らかにしている。固定化後、チャネル壁面に一様に触媒種が分布している様子を光学顕微鏡により確認している。

次に、得られたパラジウム固定化マイクロチャネルリアクターを用いて、ベンザルアセトンの水素添加反応を行っている。反応は一定のフロー条件下で行い、チャネルの二つの入口の一方から基質のTHF溶液を、他方から水素ガスを導入し、流速を制御することで液相が壁面に沿って流れ気相が中心を流れるという、効率的なパイプフローが形成されることを見出している。この条件下反応は円滑に進行し、定量的に目的物を与えること、また基質のチャネル内の滞在時間(反応時間)は約2分間と、極めて短時間で反応が完結することを明らかにしている。

さらに本システムを用いることにより、ベンザルアセトンの他、三置換オレフィンおよびアルキン類の還元、ベンジル基やベンジルオキシカルボニル基(Cbz基)の脱保護も円滑に進行することを見出している。また、溶媒を選択することにより、ベンジルオキシ基とアルキンが共存する基質に関して、ベンジルオキシ基の脱保護を伴うことなくアルキンのみを選択的に還元できることも明らかにしている。さらに、通常実験室で使用されるフラスコを反応容器として用い、チャネル内壁に固定化された触媒量およびチャネル内に常時存在する基質量を考慮した上で、本システムとの反応速度の比較を行い、本システムは通常のフラスコのシステムに比べて遙かに反応効率がよいことを明らかにしている。本反応システムは、高い反応性を有するのみならず、反応液から溶媒を留去するだけで目的物が得られる点、またマイクロチャネルリアクターからのパラジウムの流出が見られない点、本マイクロチャネルリアクターを反応後に再使用しても活性の低下が見られない点など、数々の優れた利点を有する実用性の高いシステムと評価される。今後、本手法を用いることにより、種々の金属触媒や気体を用いる三相系反応への展開や、コンビナトリアルケミストリーへの発展などが期待される。

続いて第二章では、より効率的なシステムを指向し、有機溶媒に代わる新たな反応媒体として超臨界二酸化炭素を用いるマイクロチャネルリアクター反応系を開発している。超臨界流体は、気体と液体の両性質を兼ね備えており、気体、液体いずれとも混和しやすい。そのため水素添加反応においては、基質と水素両者が溶解した均一相が系内において形成され、より有効な反応場が得られるといった利点が期待できる。また、超臨界二酸化炭素に関しては、安価・低毒性といった実用的な利点も挙げられる。

本論文では、マイクロチャネルリアクターを用いる水素添加反応において、超臨界二酸化炭素を導入したシステムの構築を行っている。すなわち、まずセル内に基質を導入し、引き続きオートクレーブ内に一定圧力の下、水素を導入、さらにそこへ液化二酸化炭素をHPLCポンプで送液し、超臨界状態を形成させる。ここで作られた超臨界流体はセルを通じてチャネル内へと流れ、溶解した基質がチャネルを通る際に目的物へと転換される。系内の総圧力は、チャネル後方に設置した後方圧力調節弁によって調節され、ここで目的物が捕集される。また、反応中は一定流速の下、液化二酸化炭素がHPLCポンプによって常に送液されており、定常状態となっている。このような装置のもと、種々のオレフィン、アルキンが高収率で還元体へと転換されることを明らかにしている。流速やチャネル体積等に基づく計算により、基質のチャネル内での平均滞在時間は1秒未満であり、極めて短時間で反応が完結していることも明らかにされている。これは、チャネル内壁に展開された触媒の広い接触面積および水素の高い溶解性に起因する結果であると考えられる。

さらに第三章では、マイクロチップの代わりにより安価で省スペース化を可能にするキャピラリーカラムをマイクロチャネルリアクターとして用いることにより、大量合成への展開を図っている。すなわち、パラジウム固定化キャピラリーを複数本、並行に束ねて固定化したものを用いることによって、水素添加反応において高い空間-時間収率を達成している。

第四章では、酵素をマイクロチャネルリアクターに導入した新しい反応システムの開発を行っている。ここでは、新たな酵素の担持法を開発し、リパーゼによる高効率的還元反応を実現している。

以上、本論文はマイクロチャネルリアクターの微小空間を活用することにより、気相-液相-固相三相系還元反応をはじめ、いくつかの効率的な反応を実現している。これらはいずれも、医薬品創製のための基盤技術になるものであり、有機合成化学、医薬化学の分野に貢献するところ大である。よって、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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