学位論文要旨



No 121515
著者(漢字) 篠﨑,淳一
著者(英字)
著者(カナ) シノザキ,ジュンイチ
標題(和) シダ類植物における二次代謝産物の生合成研究
標題(洋)
報告番号 121515
報告番号 甲21515
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1158号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 哲原,裕
内容要旨 要旨を表示する

維管束隠花植物であるシダ類植物は胞子で繁殖し、地上で最も古い植物の一つである。これまでのシダ類植物の二次代謝産物の研究から、シダ類植物は顕花(高等)植物にはみられない特徴的な構造をもつ化合物を生産することが明らかになっている。そのような構造の違いが何に起因するのかは興味深く、また、それらの構造多様性の起源の解明は、生合成工学による非天然型天然物の創出へ応用可能であると考えられる。私は、シダ類植物が生産するトリテルペンとセスタテルペン(Fig.1)に注目して研究を行った。シダ類植物は高等植物と同一の骨格をもつトリテルペンに加え、シダ類植物固有の骨格のトリテルペンも生産し、一部の例外を除いてほぼ全てのトリテルペンが3位に酸素官能基を欠くことが大きな特徴である。また、高等植物においては稀少であるセスタテルペンが、ある特定のシダ類植物においては比較的多く含まれている。以上の点に注目し、トリテルペンおよびセスタテルペンの生合成の解析を行った。本研究では、トリテルペン成分が詳細に検討されている3種のシダ類植物、ホウライシダ(Adiantum capillus-veneris L.)、アオネカズラ(Polypodipdes niponica(Mett.))Ching)、オシダ(Dryopteris crassirhizoma Nakai)を用いた。

トリテルペン合成酵素のクローニングと機能解析

トリテルペンは鎖状のsqualeneあるいは(3S)-2,3-oxidosqualeneを共通の前駆体として,複数の不斉中心をもつ多様なトリテルペン骨格を構築する反応により生合成される。このトリテルペン骨格の多様性を生み出しているのがトリテルペン合成酵素である。トリテルペン合成酵素は基質の違いにより,以下の2種類に大別することができる。一つは、(3S)-2,3-oxidosqualeneを基質として主に4環性あるいは5環性化合物を与えるオキシドスクアレン閉環酵素(oxidosqualene cyclase,OSC)であり、高等植物、哺乳類、菌類、酵母などに存在している。他方は、squaleneを基質として5環性化合物を与えるスクアレン閉環酵素(squalene cyclase,SC)であり、微生物や一部の原生動物に存在している。

OSCのクローニングと機能解析

高等植物の生産するトリテルペンは3位に酸素官能基を有しており、2,3-oxidosqualeneを共通の前駆体として生合成される。この反応を触媒するトリテルペン合成酵素をコードするcDNAについては、これまでに当研究室で数多くクローニング、機能解析されている。シダ類植物が生産する3位に酸素官能基のないトリテルペンもこれら高等植物の酵素とタンパクの一次構造が類似していると想定し、ホウライシダから相同性を利用したPCRによるクローニングを行い、一種のクローン(ACXと命名)を得た。ラノステロール合成酵素欠損酵母(Saccharomyces cerevisiae)GIL77株を用いた機能解析により、ACXはサイクロアルテロール合成酵素をコードしていることが明らかとなった(Fig.2)。ACXは高等植物由来サイクロアルテノール合成酵素と68-72%と比較的高い相同性を示した。サイクロアルテノールは植物ステロールの前駆体であり、この結果から、シダ類植物においてもステロール生合成は高等植物と類似した進化をたどったものと推測された。しかしながら、得られたクローンはこの一種のみであり、目的のトリテルペン合成酵素は得られなかった。このことから、シダ類植物のトリテルペン合成酵素は高等植物のものとは異なった一次構造をもつものと示唆された。

SCの一次構造に類似した酵素

数種の微生物からsqualeneを基質として5環性トリテルペンhop-22(29)-eneを主生成物として与えるホペン合成酵素(squalene-hopene cyclase;SHC)をコードする遺伝子のクローニングが報告されている。

そこで、シダ類植物のトリテルペン合成酵素はこの微生物型のトリテルペン合成酵素と一次構造が類似していると仮定してクローニングを行った。これら酵素間でよく保存されている領域を基に縮重入りプライマーをデザインし、cDNAを鋳型としたPCRによりDNA断片の増幅を行った。得られたcDNA断片の塩基配列を解析したところ、ホウライシダから1種(ACH)、アオネカズラから3種(PNT,PnSC2,3)、オシダから2種(DCD,DcSC2)のクローンが得られた。それらの配列に特異的なプライマーをデザインし、3'-および5'-RACE法によりACH,PNT,DCDの全長塩基配列を決定した。これらは微生物由来のトリテルペン合成酵素とアミノ酸配列において34-40%の相同性をもつ一方、シダ類植物由来サイクロアルテノール合成酵素ACXとは19%の相同性しか示さなかった。

次にこれら3種のクローンがコードするタンパクの酵素機能を同定するため、酵母(S.cerevisiae)発現系を用いて機能発現を行った。各クローンを酵母発現ベクターpYES2のガラクトトス誘導性プロモーター制御下に配置した発現プラスミドpYES2-ACH、pYES2-PNT、pYES2-DCDを作成しS.cerevisiae INVSC2株を形質転換した。誘導培養時にスクアレンエポキシダーゼ阻害剤であるterbinafineを培地に添加し、squaleneを酵母内に蓄積させ、発現酵素タンパク質の内在基質として反応させた。ヘキサン抽出物をGC-MSにより分析した。生成物は微量であったが、標品との比較により生成物を、それぞれhydroxyhopane、tirucalla-7,21-diene、dammara-18(28),21-dieneと同定した。以上の結果から、ACHはハイドロキシホパン合成酵素、PNTはチルカラジエン合成酵素、IXDはダンマラジェン合成酵素と同定した。微生物Alicyclobacilliis acidocaldalius由来のホペン合成酵素は生成物として、hop-22(29)-eneとhydroxyhopaneを与えるが、今回得られたACHはhydroxyhopaneのみを与えた。シダ類植物からスクアレンを基質とするトリテルペン合成酵素がクローニングされたのはこれが最初の例である。以上の結果から、シダ類植物には微生物型SCと、高等植物型のサイクロアルテノール合成酵素(OSC)の存在が明らかとなった(Fig.2)。

トリテルペンよるセスタテルペン生成

セスタテルペンはイソプレン単位5個からなるC25のテルペンである。高等植物においては、単離されたものの種類が少なく、その生合成に関しては不明な点が多い。一部のAleuritopteris属シダ類はトリテルペンに加え、cheilanthaneおよびepiscalarane骨格のセスタテルペンを生産することが知られており、それらの閉環様式はトリテルペンの閉環様式に類似している(Fig3)。

そこで、Aleuritopteris属シダ類の生産する一部のセスタテルペンはトリテルペン合成酵素が生合成しているとの仮説を立て、その可能性を検証した。大腸菌において大量発現させて得た微生物(A.acidocaldarius)由来ホペン合成酵素をセスタテルペンの共通の前駆体であるgeranylfarnesolとinvitroで反応させた。酵素反応生成物をTLCで分析したところ、複数のスポットを検出した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離精製後、各種スペクトルにより構造解析を行い、生成物の一つを新規単環性セスタテルペンと構造決定した(Fig.4)。今回の実験で用いた酵素は微生物由来のトリテルペン合成酵素であるが、トリテルペン合成酵素がgeranylfarnesolとも基質として反応することが明らかとなり、シダ類植物ではトリテルペン合成酵素がトリテルペンだけでなくセスタテルペンの生合成にも関与している可能性が示された。

まとめ

シダ植物よりオキシドスアレンを基質とするトリテルペン合成酵素(ACX:サイクロアルテノール合成酵素[A.capillus-veneris])とスクアレンを基質とするトリテルペン合成酵素(ACH:ハイドロキシホパン合成酵素[A.capillus-veneris])、PNT:チルカラジエン合成酵素[P.niponica]、DCD:ダンマラジエン合成酵素[D.crassirhizoma])をクローニングし酵素機能を同定した。シダ類植物からのトリテルペン合成酵素のクローニングは初めての例であり、シダ類植物は微生物型の二次代謝産物生成能と高等植物型の一次代謝産物生成能を併せ持つことが明らかとなった。また、微生物由来トリテルペン合成酵素がgeranylfarnesolを環化させ、新規単環性セスタテルペンを与えることを明らかにした。このことは、トリテルペン合成酵素によるシダ類植物におけるセスタテルペン生成の可能性と新規化合物創出の可能性を示唆するものである。

Fig. 1. Triterpenes and sesterterpenes from ferns.

Fig. 2. Two types oftriterpene synthases in ferns

Fig. 3. Polycyclization of geranylfarnesol and squalene into cheilanthenediol and hydroxyhopane, respectively.

Fig. 4. Enzymatic cyclization of geranylfarnesol to novel monocyclic sesterterpen by bacterial SHC.

審査要旨 要旨を表示する

維管束隠花植物であるシダ類植物は胞子で繁殖し、地上で最も古い植物の一つである。これまでのシダ類植物の二次代謝産物の研究から、シダ類植物は顕花(高等)植物にはみられない特徴的な構造をもつ化合物を生産することが明らかになっている。トリテルペンを例にあげれば、シダ類植物は高等植物と同一の骨格をもつトリテルペンに加え、シダ類植物固有の骨格のトリテルペンも生産し、一部の例外を除いてほぼ全てのトリテルペンが3位に酸素官能基を欠くことなどが大きな特徴である。また、高等植物においては稀少であるセスタテルペンが、ある特定のシダ類植物においては比較的多く含まれているなどの特徴もある。このような違いが何に起因するのかは興味深く、また、それらの構造多様性の起源の解明は、生合成工学による非天然型天然物の創出へ応用可能であると考えられる。本論文の著者は、シダ類植物が生産するトリテルペンとセスタテルペン(Fig. 1)に注目してその生合成の解析を行い、(1)トリテルペン合成酵素のクローニングと機能解析(2)トリテルペン合成酵素によるセスタテルペンの生成について述べている。

トリテルペン合成酵素のクローニングと機能解析

トリテルペンは鎖状のsqualeneあるいは(3S)-2,3-oxidosqualeneを共通の前駆体として、複数の不斉中心をもつ多様なトリテルペン骨格を構築する反応により生合成される。このトリテルペン骨格の多様性を生み出しているのがトリテルペン合成酵素である。トリテルペン合成酵素は基質の違いにより、以下の2種類に大別することができる。一つは、(3S)-2,3-oxidosqualeneを基質として主に4環性あるいは5環性化合物を与えるオキシドスクアレン閉環酵素(oxidosqualene cyclase、OSC)であり、高等植物、哺乳類、菌類、酵母などに存在している。他方は、squaleneを基質として主に5環性化合物を与えるスクアレン閉環酵素(squalenecyclase、SC)であり、微生物や一部の原生動物に存在している。

OSCのクローニングと機能解析

高等植物の生産するトリテルペンは3位に酸素官能基を有しており、2,3-oxidosqualeneを共通の前駆体として生合成される。この反応を触媒するトリテルペン合成酵素をコードするcDNAについては、これまでに当研究室で数多くクローニング、機能解析されている。シダ類植物が生産する3位に酸素官能基のないトリテルペンもこれら高等植物の酵素とタンパクの一次構造が類似していると想定し、ホウライシダ(Adiantum capillus-veneris L.)から相同性を利用したPCRによるクローニングを行い、一種のクローン(ACXと命名)を得た。ラノステロール合成酵素欠損酵母(Saccharomyces cerevisiae)GIL77株を用いた機能解析により、ACXはサイクロアルテノール合成酵素をコードしていることが明らかとなった(Fig.2)。ACXは高等植物由来サイクロアルテノール合成酵素と68-72%と比較的高い相同性を示した。サイクロアルテノールは植物ステロールの前駆体であり、この結果から、シダ類植物においてもステロール生合成は高等植物と類似した進化をたどったものと推測された。しかしながら、得られたクローンはこの一種のみであり、目的のトリテルペン合成酵素は得られなかった。このことから、シダ類植物のトリテルペン合成酵素は高等植物のものとは異なった一次構造をもつものと示唆された。

SCの一次構造に類似した酵素

数種の微生物からsqualeneを基質として5環性トリテルペンhop-22(29)-eneを主生成物として与えるホペン合成酵素(squalene-hopene cyclase; SHC)をコードする遺伝子のクローニングが報告されている。

そこで、シダ類植物のトリテルペン合成酵素はこの微生物型のトリテルペン合成酵素と一次構造が類似していると仮定してクローニングを行った。これら酵素間でよく保存されている領域を基に縮重入りプライマーをデザインし、cDNAを鋳型としたPCRによりDNA断片の増幅を行った。得られたcDNA断片の塩基配列を解析したところ、ホウライシダから1種(ACH)、アオネカズラ(Polypodiodes niponica(Mett.)Ching)から3種(PNT、PnSC2,3)、オシダ(Dryopteris crassirhizoma Nakai)から2種(DCD、DcSC2)のクローンが得られた。それらの配列に特異的なプライマーをデザインし、3'-および5'-RACE法によりACH、PNT、DCDの全長塩基配列を決定した。これらは微生物由来のトリテルペン合成酵素とアミノ酸配列において34-40%の相同性をもつ一方、シダ類植物由来サイクロアルテノール合成酵素ACXとは19%の相同性しか示さなかった。

次にこれら3種のクローンがコードするタンパクの酵素機能を同定するため、酵母(s.cerevisiae)発現系を用いて機能発現を行った。各クローンを酵母発現ベクターpYES2のガラクトース誘導性プロモーター制御下に配置した発現プラスミドpYES2-ACH、pYES2-PNT、pYES2-DCDを作成しS.cerevisiae INVSC2株を形質転換した。誘導培養時にスクアレンエポキシダーゼ阻害剤であるterbinafineを培地に添加し、squaleneを酵母内に蓄積させ、発現酵素タンパク質の内在基質として反応させた。ヘキサン抽出物をGC-MSにより分析した。生成物は微量であったが、標品との比較により生成物を、それぞれhydroxyhopane、tirucalla-7,21-diene、dammara-18(28),21-dieneと同定した。以上の結果から、ACHはハイドロキシホパン合成酵素、PNTはチルカラジエン合成酵素、DCDはダンマラジエン合成酵素と同定した。微生物Alicyclobacillus acidocaldarius由来のホペン合成酵素は生成物として、hop-22(29)-eneとhydroxyhopaneを与えるが、今回得られたACHはhydroxyhopaneのみを与えた。シダ類植物からスクアレンを基質とするトリテルペン合成酵素がクローニングされたのはこれが最初の例である。以上の結果から、シダ類植物には微生物型SCと、高等植物型のサイクロアルテノール合成酵素(OSC)の存在が明らかとなった(Fig.2)。

トリテルペン合成酵素によるセスタテルペン生成

セスタテルペンはイソプレン単位5個からなるC25のテルペンである。高等植物においては、単離されたものの種類が少なく、その生合成に関しては不明な点が多い。一部のAleuritopteris属シダ類はトリテルペンに加え、cheilanthaneおよびepiscalarane骨格のセスタテルペンを生産することが知られており、それらの閉環様式はトリテルペンの閉環様式に類似している(Fig. 3)。

そこで、Aleuritopteris属シダ類の生産する一部のセスタテルペンはトリテルペン合成酵素が生合成しているとの仮説を立て、その可能性を検証した。大腸菌において大量発現させて得た微生物(A.acidocaldarius)由来ホペン合成酵素をセスタテルペンの共通の前駆体であるgeranylfarnesolとin vitroで反応させた。酵素反応生成物をTLCで分析したところ、複数のスポットを検出した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離精製後、各種スペクトルにより構造解析を行い、生成物の一つを新規単環性セスタテルペンと構造決定した(Fig.4) 。今回の実験で用いた酵素は微生物由来のトリテルペン合成酵素であるが、トリテルペン合成酵素がgeranylfarnesolとも基質として反応することが明らかとなり、シダ類植物ではトリテルペン合成酵素がトリテルペンだけでなくセスタテルペンの生合成にも関与している可能性が示された。

以上本研究は、シダ類植物より、オキシドスアレンを基質とするサイクロアルテノール合成酵素に加え、スクアレンを基質とする3種のトリテルペン合成酵素(ハイドロキシホパン合成酵素、チルカラジエン合成酵素、ダンマラジエン合成酵素)を初めてクローニングし酵素機能を同定したものである。また、微生物由来トリテルペン合成酵素がgeranylfarnesolを環化させ、新規単環性セスタテルペンを与えることを明らかにしたものである。本研究により、シダ類植物は微生物型の二次代謝産物生成能と高等植物型の一次代謝産物生成能を併せ持つことが明らかとなり、またシダ類植物においてセスタテルペンがトリテルペン合成酵素により生成する可能性が示された。本研究の成果は、シダ類植物由来トリテルペン合成酵素を用いた生合成工学による非天然型天然物の創出の可能性を明示しており、天然物化学、医薬品化学の進展に寄与するところが大きく、博士(薬学)の学位に相応しいものと認めた。

Fig.1. Triterpenes and sesterterpenes from ferns.

Fig.2. Two types of triterpene synthases in ferns

Fig.3. Polycyclization of geranylfarnesol and squalene into cheilanthenediol and hydroxyhopane、respectively.

Fig.4. Enzymatic cychzation of geranylfarnesol to novel monocyclic sesterterpen by bacterial SHC.

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