学位論文要旨



No 121516
著者(漢字) 五月女,宜裕
著者(英字)
著者(カナ) ソウトメ,ヨシヒロ
標題(和) 多官能基型有機分子触媒の創製研究 : 多点認識反応場の高度化と不斉炭素-炭素結合反応の実践
標題(洋)
報告番号 121516
報告番号 甲21516
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1159号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 助教授 浦野,泰照
 東京大学 助教授 宮地,弘幸
内容要旨 要旨を表示する

[目的]

不斉反応場の高度化を指向した触媒設計論の開拓、それを用いた様々な触媒的不斉反応の実現は、医薬や機能材料に代表されるキラル化合物の供給に大きく貢献することが期待される。高い選択性を示す不斉炭素-炭素結合を実現するためには、求核剤と求電子剤の分子構造 (官能基、大きさ、立体化学) を識別し、各々の配向性と三次元配置を制御することが鍵となる。そこで本研究では、有機官能基の有する特徴的な分子認識能を基盤とする1) 多彩な多点認識反応場のデザイン手法の確立、2) 反応性の向上、3) 高い不斉誘起の実現を目的とし、複数の基質活性化部位 (有機官能基) をキラルスペーサーで連結した多官能基型有機分子触媒の創製研究を行った(Fig. 1)。

[方法・結果]

ホモ官能基型有機分子触媒1の開発と不斉バイリスーヒルマン反応への展開

バイリス-ヒルマン反応は、塩基存在下、アルデヒド2と不飽和カルボニル化合物3を混合することで、カルボニル基、水酸基、オレフィンを有する4を生成する反応である。しかしながら、反応速度が遅い。そこで、2つのカルボニル化合物が関与する本反応を、多官能基型触媒開発のためのモデル反応とし、ホモ官能基型触媒1の開発に取り組んだ (Scheme 1)。

予備的な研究として、チオウレア化合物が第一工程に相当するヘテロ-マイケル反応を加速することを報告している1。そこでまず、アキラルなチオウレア触媒5aを用いた2aと3との反応について検討を行い、バイリス-ヒルマン反応においても顕著な反応加速効果を示すことを確認した (Fig. 2、非触媒存在下では収率1%)。またこの時、1H-NMR実験により、5aのチオウレア基がカルボニル基との水素結合を介し、2aと3両基質を活性化することを確認した。そこで、チオウレア基をキラルスペーサーで結合したビスチオウレア触媒1a-cの効果を検討した (Fig. 2)。その結果、同条件下で1aを用いた場合最も高い収率で4aが得られ、この時不斉の誘起も確認できた。チオウレア基を1つしか持たない5bを用いた場合では、同条件下で20%しか反応が進行しないことから、1aの2つのチオウレア基は相乗的に収率を向上させることが分かる。

そこで次に、1aについて反応条件と基質一般性の検討を行った。その結果、塩基としてDMAP (0.4 eq) を用い、MS 4Aを添加することにより、いずれの基質を用いた場合にも、低温下で反応が進行することが分かった (Table 1)。芳香族アルデヒド2aでは、中程度の不斉収率にとどまるものの (Entry 1)、環状アルデヒドにおいては最高90% eeの不斉収率が達成できた (Entry 5 )2。

ヘテロ多官能基型有機分子触媒6の創製とエナンチオ選択的ヘンリー反応の開発

次に、本触媒設計概念の拡張を目指し、ヘテロ多官能基型触媒6の開発とこれを用いるヘンリー反応の開発を行った。ヘンリー反応は、アルデヒド2に対しニトロアルカン7が付加し、ニトロアルコール8を与える反応である。8のニトロ基は還元反応によりアミノ基に、あるいはNef反応によりカルボニル基に変換可能であり、これらは医薬や天然物合成における有用な中間体である。チオウレア基の類縁構造を有するグアニジノ基は、アニオンレセプターとして働き、ニトロネートとイオン結合することが知られている。したがって、グアニジノ基とチオウレア基を分子内に有するキラルな化合物は、それぞれの基質を選択的に認識するヘテロ多官能基型触媒として機能すると考えた (Fig. 3)。そこで、アミノ酸を原料とし短工程で大量合成が可能な、新規グアニジン/チオウレア型触媒6を設計、合成した。

まず、R3、R4及びR5に様々な置換基を有する触媒6a-iを用い環状アルデヒド2eとニトロメタン (7a) とのヘンリー反応について検討を行った。その結果6eにおいて、最も高い収率、選択性で反応が進行した (Table 2)。詳細に反応条件を検討した結果、溶媒としてトルエン/水 (1/1) を用い、KI (50 mol%) を添加することで、顕著に不斉収率を向上させることができた (Table 3)。特に、a分岐アルデヒドを用いた場合に、高い不斉収率で反応が進行する (Table 3, entries 2-6)。

触媒活性に、6eのグアニジノ基とチオウアレア基、両官能基が分子内に存在することが必須であることは、Fig. 4に示す反応遷移状態を経て反応が進行することを示唆する。すなわち、グアニジノ基はニトロネートを、チオウレア基はアルデヒドをそれぞれ認識し、複合体を形成する。この際、アルデヒド2のR1はニトロネートに対し、アンチ (Fig. 4, TS-I) あるいはゴーシュ配座 (Fig. 4, TS-II) をとることが可能であるが、立体反発を避けるためアンチ配座が安定であり、R体が優先して得られると考えている3。

ジアステレオ選択的ヘンリー反応の開発

次に、a位にキラリティーを有するアルデヒド9を用いるジアステレオ選択的な反応への展開を図った。反応生成物を還元して得られる化合物は、ペプチドミメティクスとしても有用である。まず、(S)-フェニルアラニン由来のアルデヒド9aと、触媒立体化学の相関について検討した (Table 4, entries 1, 2)。その結果、(R,R)-6eを用いた場合に、高いジアステレオ選択性 (Anti/Syn = 95/5) で反応が進行することが分かった。一方、同条件下において (S,S)-6eを用いた場合には、収率は顕著に低下した。この結果は、提案遷移状態を用いて説明できる。提案モデルでは、アルデヒドのa位の置換基はニトロネートに対しアンチ配座の複合体を形成する。この時、(S)-9aと(S,S)-6eとの組み合わせでは、9aのベンジル基とニトロネートに立体反発が生じるのに対し (Fig. 5, TS-II)、(S)-9aと(R,R)-6eでは立体反発が少なく、クラム則に従ってアンチ体が選択的に得られると考えられる (Fig. 5, TS-I) 。本反応は、高い基質一般性を示す (Table 4, entries 3-7)4。

エナンチオ-ジアステレオ選択的ヘンリー反応の開発

提案遷移状態モデルに従えば、R2に置換基を有するニトロアルカン7を用いた場合、カルボニル基との立体反発を避けるため、R2はカルボニル基に対しアンチ配座が安定となり、生成物はsyn体が選択的に得られると考えられる (Fig. 6)。

そこで次に、様々なニトロアルカン7b-fを用いるエナンチオ-ジアステレオ選択的ヘンリー反応について検討した。その結果、一連のアルデヒド及びニトロアルカンに対し、高いsyn選択性、かつエナンチオ選択性で8を得ることができた (Table 5)。この結果は、提案した6eを触媒とするヘンリー反応の遷移状態を支持する。また、アルデヒド2hに対しニトロメタン (7a) とニトロエタン (7b) を用いる反応を比較すると、7bを用いた場合の方が高い不斉収率が得られることから、ニトロアルカン7の置換基R2が遷移状態を厳密に制御していることも示唆された (Table 3, entry 6 vs. Table 5, entry 1) 5。

[まとめ]

本研究では、多点認識反応場の高度化を指向した多官能基型有機分子触媒を創製し、これを用いる不斉炭素-炭素結合反応の開発を行った。その結果1)2つのチオウレア基を有する1a(ホモ多官能基型触媒)を用い、不斉バイリス-ヒルマン反応へ展開できることを示した。2)グアニジン/チオウレア触媒6e(ヘテロ多官能基型触媒)を創製し、温和な条件下、様々な基質に広く有用なヘンリー反応を開発することができた。

Figure 1. Catalyst Design

Scheme 1. Baylis-Hillman Reaction

Figure 2. Baylis-Hillman Reaction Using Thiourea Catalysts

Table1. Enantioselective Baylis-Hillman Reaction

Figure 3. Catalyst Design for Henry reaction

Table 2. Catalyst Screening

Table 3. Enantioselective Henry Reaction

Figure 4. Proposed Transition State

Table4. Diastereoselective Henry Reaction

Figure 5. Proposed Mechanism for Matched Combination

Figure 6. Proposed Transition State

Table 5. Enantio- and Diastereoselective Henry reaction

Sohtome, Y.; Tanatani, A.; Hashimoto, Y.; Nagasawa, K. Chem. Pharm. Bull. 2004, 52, 477. Sohtome, Y.; Tanatani, A.; Hashimoto, Y.; Nagasawa, K. Tetrahedron Lett. 2004, 45, 5589. Sohtome, Y.; Hashimoto, Y.; Nagasawa, K. Adv. Synth. Catal. 2005, 347, 1643. Sohtome, Y.; Takemura, N.; Iguchi, T.; Hashimoto, Y.; Nagasawa, K. Synlett 2006, 144. Sohtome, Y.; Iguchi, T.; Hashimoto, Y.; Nagasawa, K. submitted.
審査要旨 要旨を表示する

医薬品等の有用なキラル化合物を効率的に供給するために、不斉反応場の高度化を指向した柔軟な不斉触媒設計論の開拓は重要な研究課題である。五月女は有機官能基の有する特徴的な基質活性化能を、キラルスペーサーを介し協調させ1) 両基質の近接効果に基づく反応性の向上と 2) 不斉誘起を指向する触媒設計理論を提示し、この触媒を用い原子効率型不斉炭素-炭素結合反応を実践した (Figure 1)。

ビスチオウレア触媒 (ホモ官能基型触媒) の開発: 不斉バイリスヒルマン反応

バイリス−ヒルマン反応は、塩基存在下、アルデヒド1と不飽和カルボニル化合物2を混合することで、対応するアリルアルコール3を生成する反応である (Figure 2)。生成物3の特異な官能基群配列 (オレフィン、水酸基及びカルボニル基) は、有用なキラルビルディングブロックを供給するための高い潜在需要を有している。しかしながらこの反応は反応速度が遅い。そこで当該反応の反応性の低さの克服と高い不斉誘起を実現することを目的に、提唱したコンセプトに基づき2つのカルボニル基認識部位を有するホモ官能基型触媒の創製を行った。

五月女は、まず1H NMR実験により触媒中の有機官能基と反応基質との相互作用の強さを検証し、それを基に触媒構造と反応の設計を行った。その結果、ビスチオウレア触媒4aが環状エノン2を基質とするバイリス-ヒルマン反応を飛躍的に加速することを見出した。この時、不斉を誘起できることも分かった。また、チオウレア基を1つしか持たない4aの構造類似化合物4bを2倍量 (40 mol%) 用いた場合には、46%の収率でしか3aが得られないことは、4aの2つのチオウレア基が相乗的に生成物の収率を向上させることを示唆する (Figure 3)。最適化条件下では、いずれの基質を用いた場合にも低温下で反応を進行させることができた。環状アルデヒドを基質とする反応では最高90% eeの不斉収率を得ることもできた (Figure 4)。これはキラルスペーサーを介した触媒と基質の水素結合を基軸とする新しいタイプの触媒的不斉バイリス-ヒルマン反応である。

グアニジン/チオウレア触媒 (ヘテロ多官能基型触媒) の開発: ヘンリー反応

エナンチオ選択的ヘンリー反応

次いで五月女は、提案する触媒設計理論及び求核剤適用範囲の拡張を行った。すなわち、含窒素型キラルビルディングブロックを効率的に供給するために、ニトロ基とカルボニル基認識部位を有するグアニジン/チオウレア触媒7を開発し、アルデヒド1とニトロメタン(5a)を基質とするエナンチオ選択的ヘンリー反応について検討した。その結果、温和な二相系条件を用いて、高い不斉収率(55〜92% ee)を実現することができた。7の触媒活性にはグアニジン官能基とチオウレア官能基の両方が必須であることを明らかにし、これら両官能基によりアルデヒドの置換基(R1) がニトロ基に対しアンチの配座となる反応遷移状態も提案した(Figure 5)。

ジアステレオ選択的ヘンリー反応

次に五月女は、提案した遷移状態を基に不斉反応場の高度化についても検討を行い、更に高度官能基化されたニトロアルコールの供給法の開発を行った。すなわち、二つの連続する不斉炭素を有するb-アミノアルコールを得ることを目的に、a位に不斉炭素を有するアルデヒド8とニトロメタン5aとのジアステレオ選択的ヘンリー反応を開発した。まず、触媒7と(S)-フェニルアラニン由来のアルデヒド8a(X = NBn2, R = Bn)との立体化学の相関について検討した。その結果、エナンチオ選択的ヘンリー反応とほぼ同条件下で、(R,R)-7触媒を用いた場合に、アルデヒド8aが異性化することなく良好な収率及び高いジアステレオ選択性で対応するアンチ-ニトロアルコールが得ることができた (75% 収率、Anti:Syn = 95:5)。一方、同条件下で (S,S)-7触媒を用いた場合には、化学収率及びジアステレオ選択性ともに大きく低下した (8% 収率、Anti:Syn = 64:36)。この触媒と基質との立体化学の相関は、提案する遷移状態を支持する。(R,R)-7を用いた場合には、アルデヒド8の不斉炭素に対してより立体障害の少ない相対位置にニトロメタン (5a) を配置することでアンチ選択的に反応を進行させると考えられる。本触媒反応は、様々なa-キラルアルデヒド8に広く有効である (Figure 6)。

エナンチオ-ジアステレオ選択的ヘンリー反応

プロキラルなニトロアルカン5を基質とするヘンリー反応では、ニトロ基のa位にも不斉炭素を有する更に高度官能基化された対応するニトロアルコールを得ることができる。本触媒反応では、反応の基軸となる触媒中の基質活性化部位と基質との水素結合の障害が最小となるアンチ-アンチ配座の遷移状態を経て、シン-ニトロアルコール11が選択的に得られることが予想される。種々のアルデヒド1とニトロアルカン5を用いるエナンチオ-ジアステレオ選択的ヘンリー反応を検討したところ、いずれの基質を用いる反応においても、予想通り高いジアステレオ選択性かつエナンチオ選択性で対応するシン-ニトロアルコール11が得られることを見出した。

以上、五月女はキラルスペーサーを介した水素結合の協調効果を基軸とする新たなタイプの有機触媒の創製研究に取り組み、温和な条件下これを用いる原子効率型炭素-炭素結合反応を実践することで、その触媒設計理論の一般性を提示した。これらの業績は触媒的不斉炭素?炭素結合反応の開発研究に大きく貢献するものであり、博士 (薬学) の学位を授与するに値すると判断した。

Figure 1. Concept of catalyst design

Figure 2. Baylis-Hillman Reaction

Figure 3. Baylis-Hillman reaction using thiourea catalysts

Figure 4. Enantioselective Baylis-Hillman reaction

Figure 5. Enantioselective Henry Reaction and proposed transition state

Figure 6. Diastereoselective Henry reaction and proposed transition state

Figure 7. Enantio-diastereoselective Henry reactionand proposed transition state

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