学位論文要旨



No 121558
著者(漢字) 満島,正浩
著者(英字)
著者(カナ) ミツシマ,マサヒロ
標題(和) ある反応拡散方程式系の特異極限におけるHopf分岐解の存在
標題(洋) Hopf bifurcations in the singular limit equations of reaction-diffusion systems
報告番号 121558
報告番号 甲21558
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第280号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 山本,昌宏
 東京大学 助教授 Weiss Georg
内容要旨 要旨を表示する

次の反応拡散方程式系を考える.

ここで∈,t,D及びγは正のパラメータ,fは原点を含むある領域I上で定義された次の条件を満たす滑らかな関数である.

(1)についてはこれまで,∈を微小パラメータととることにより内部に遷移層を持つ解の存在が知られている(三村,田端,細野[1]).西浦,藤井[2]はt= ∈-1の場合に1遷移層を持つ定常解のスペクトルを調べ,その線形安定性を示した.さらに西浦,三村[3]は,tを分岐パラメータととることにより1遷移層定常解が虚軸を横断する固有値を持つことを示した.これはHopf分岐(時間周期解の分岐)の起こる必要条件である.さらに彼らは,数値シミュレーションにより遷移層が時間周期的に振動する解の存在を予想した.この振動解は"breather"と呼ばれている.

本論文は,(1)において1遷移層を持つ解についての →0の特異極限方程式

を考える.ここでφ(t)は遷移層の位置を表す未知関数,XAはA⊂Rの特性 関数である.(2)は(1)の1遷移層定常解に対応する定常解(φ,υ)=(0,V)を持つ.ここで

である.本論文ではまず,(2)の定常解(0,V)での線形化作用素L(t)の固有値問題を考える.そして

D=O(γ)(γ→0)

を仮定するとき,あるγ7の関数t0及びω0が存在してL(t0)は固有値±iω0を持つことを示す.さらに,t=t0での分岐方程式を計算することにより,(t,φ,υ)=(t0,0,V)よりHopf分岐解が分岐すること,また,〓(0)<0(または〓(0)>0)のとき,この分岐は超臨界分岐(または亜臨界分岐)であることを証明する.

M. Miniura, M. Tabata and Y. Hosono, Multiple solutions of two-point boundary value problems of Neumann type with a small parameter, SIAM J. Math. Anal. ll(1980),pp. 613-631.Y. Nishiura and H. Fujii, Stability of singulary perturbed solutions to systems of reaction diffusion equations, SIAM J. Math. Anal. 18(1987),pp. 1726-1770.Y. Nishiura and M. Mimura, Layer oscillations in reaction-diffusion systems, SIAM J. Appl. Math. 49(1989),pp. 481-514.
審査要旨 要旨を表示する

論文提出者満島正浩は,ある種の反応拡散方程式の特異極限として現れる自由境界問題を考察し,解のHopf分岐を論じた.これにより,自由界面が時間周期的に振動するbreatherと呼ばれる解の存在を初めて理論的に証明することに成功した.

論文提出者が考察したのは次の形の反応拡散方程式系の特異極限として得られる自由境界問題である.〓

ここで∈ ,t,D及びγは正のパラメータであり,fは原点を含む区間I上で定義された滑らかな奇関数で,ある種の緩い条件をみたすとする.

方程式(1)については,パラメータ∈ が微小なときに内部遷移層を持つ定常解が存在することが知られている.ここで「内部遷移層を持つ」とは,解の値が定義域内部のある点を境に急激に変化し,解のグラフがその付近で断崖のような形状を呈することをさす.単独の非線形拡散方程式に現れる内部遷移層については1960年代から先駆的な研究が行われていたが,真に興味深い現象が生じるのは連立の反応拡散方程式(反応拡散系)の場合である.反応拡散系に現れる内部遷移層の本格的な研究は1980年代初頭に始まった.これまでに,主として特異摂動法と分岐理論の手法を用いてさまざまな成果が得られてきたが,それらの研究の多くは,定常解,すなわち時間に依存しない解を対象とするものであった.

しかし,内部遷移層を持つ解は,定常解に限らない.とりわけ,内部遷移層が時間周期的に振動する"breather"と呼ばれる解の存在が数値シミュレーションから予想されており,その理論的な解明が待たれていた.

これに関して,1980年代後半に,部分的ながら一連の理論的成果が得られた.まず,西浦と藤井(1987)は,t= ∈-1の場合に1つの遷移層を持つ定常解のスペクトルを調べ,その線形安定性を示した.さらに西浦,三村(1989)は,tを分岐パラメータと見なすことにより,1遷移層定常解に対応する線形化作用素が虚軸を横断する固有値を持つことを示した.これは,Hopf分岐(時間周期解の分岐)の起こる必要条件であり,Hopf分岐が生じている可能性を強く示唆するものであった.もしHopf分岐が生じているなら,breatherの存在が証明されたことになる.しかし,本当にHopf分岐が生じているかどうかを数学的に検証するためには,線形化作用素のスペクトルの詳細な解析に加えて,Liapunov-Schmidt法で得られる分岐方程式の高次項の計算が必要となる.しかしながら,その計算は困難を極め,現在に至るまで未解決の問題であった.

論文提出者は,(1)においてパラメータ を限りなく0に近づけたときに得られる特異極限方程式を考えた.この場合,関数uに現れる遷移層は不連続点となり,特異極限方程式は次のような自由境界問題に帰着する.

ここでφ(t)は遷移層の位置を表す未知関数であり,XAは集合A⊂Rの特性関数を表す.(2)は(1)の1遷移層定常解に対応する定常解(φ,υ)=(0,V)を持つ.ここで

である.論文提出者は,(2)の定常解(0,V)での線形化作用素L(t)が,

D=O(γ)(γ→0)

という条件の下で,あるパラメータ値t=t0に対して純虚数の固有値±iω0を持つことを示し,さらに,t=t0での分岐方程式を精密に計算することにより,Hopf分岐が起こることを証明した.また,〓(0)<0(〓(0)>0)のとき,この分岐は超臨界分岐(亜臨界分岐)であることを証明した.したがって,〓(0)<0であれば,Hopf分岐した周期解は安定であることがわかる.

論文提出者の研究は,これまで数値実験でしか観察されていなかったbreatherの存在を数学的に証明したものであり,反応拡散系の研究に新しい展開を与えたものとして高く評価できる.

以上の諸点を考慮した結果,論文提出者満島正浩は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める.

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