学位論文要旨



No 121594
著者(漢字) 中西,無我
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ムガ
標題(和) 溶岩ドーム噴火における非定常1次元火道モデルの解析
標題(洋) An analysis of unsteady one-dimensional conduit model for lava dome eruptions.
報告番号 121594
報告番号 甲21594
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第176号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 合原,一幸
 東京大学 助教授 村重,淳
 東京大学 助教授 杉田,精司
内容要旨 要旨を表示する

Introduction

溶岩ドームを形成するような噴火の際に,地殻変動の観測(例えば,スフリエルの1997年の噴火(図1))から数10時間の周期をもつ火山の膨張・収縮や,数年の周期をもつマグマ噴出量変化が観測されている.地殻変動は,マグマの流入量と流出量のバランスによって決まるマグマ溜りの圧力の変動を表している.本研究では,このような圧力変動を数理的に解析することで,火山マグマの上昇メカニズムを支配する物理要因を明らかにすることを目的とする.

一般にマグマの上昇運動については,マグマ溜りの状態を境界条件として与えて,深さ方向空間1次元の火道の非定常偏微分方程式モデルを解くことによって解明する.しかしながら,空間的に変化するパラメータが含まれているために,周期的変動の発生条件や本質的なパラメータが何かを知ることは難しい.そこで,本研究では,その周期的変動の一般的性質を抽出するために,火道中のマグマの流量(Q)とマグマ溜りの圧力(P)の力学系モデルをたて,モデルに依存しない周期的変動の性質を明らかにするとともに,力学系モデルが偏微分方程式モデルのどのような近似になっているかを明らかにした.

過去のモデル

偏微分方程式モデルの結果の解釈が困難なために以下の大きく分けて3つの近似的モデルが提案された.

定常流モデル(例えば,Woods and Koyaguchi [1994],Melnik and Sparks [1999])

マグマ溜りと火口出口の圧力を境界条件として与え,その境界条件を満たすマグマ溜りからの流入量Qinを決定することによって,火道の深さ方向1次元の定常状態における物理量の空間分布を解くモデルである.図2のように縦軸マグマ溜り圧力P,横軸噴出量Qとしたとき,一般的にS字カーブ(以下では,定常P-Q曲線と呼ぶ)となる.これらのモデルの長所,短所は以下のようにまとめられる.

長所:物理的要因の理解が可能な定常P-Q曲線が求まる.

短所:時間発展を解かないため,定常P-Q曲線を用いて安定性条件は得られない.

2変数力学系モデル(Whitehead et al.[1991],Ida[1996],Wylie et al.[1999],Maeda[2000])

火道の流れについては空間平均をとってQのみの一変数で表し,マグマ溜り圧力Pとの時間発展を解いたモデルである.本研究の解析により,それぞれのモデルは数理的定式化が異なっているが,統一的な表式で表すことができることが分かった.それらは,図1のように,マグマ溜りの圧力Pの変化がマグマ溜りに入ってくる流入量Qinと火道の流量Qとのバランスで決まり,火道の流れが定常ポアズイユ流であると仮定し,基本的には無次元量を用いて,以下のような形で表すことができる.〓(1)

それぞれのモデルは,粘性μの変化の物理要因(例えば,温度やマグマ中の溶存ガス量)が異なるために,数理的には異なった形をしたdμ/dt=Fμ(P,Q)となる関数をもつ.しかしながら,それらのモデルは共通して,Qが増加すると,粘性が小さくなり,さらにQが加速されるメカニズムをもつ.このメカニズムと弾性変形するマグマ溜りの相互作用により周期変動が生み出される.これらのモデルは,線形安定性理論から,FP=0,FQ=0を満たす曲線(以下では,それぞれPヌルクライン,Qヌルクラインと呼ぶ)を考えることによって安定性を調べることができる.

長所:線形安定性解析により,安定性条件,周期が容易にもとまる.

短所:Qヌルクラインの物理的要因が不明瞭

ハイブリッドモデル(Barmin et al.[2002])

定常流モデルの空間依存性と2変数力学系モデルの時間依存性の両方を考慮したモデルである.空間依存性として,ステップ状に変化する粘性を考慮し,時間依存性としては2変数力学系モデルと同様に圧力Pと流量Qを考慮し,粘性の空間分布の時間発展を解くモデルである.

長所:粘性の空間分布の時間変化がわかる.

短所:安定性解析が未解決.

以上のような過去の研究から,定常流モデルから得られる定常P-Q曲線と2変数力学系モデルから得られるP-Qヌルクラインとの関係を明らかにすることによって,偏微分方程式モデルを含むすべてのモデルで得られる定常P-Q曲線を用いて安定性や周期を求め,さらに,その定常P-Q曲線から得られる安定性条件がどのような物理的要因によるのかをハイブリッドモデルによって明らかにする.

2変数力学系モデル

2変数力学系モデルで,定常P-Q曲線を用いて安定性条件を表すことができるか調べるために,まずQヌルクラインから安定性条件を求め,次にQヌルクラインと定常P-Q曲線との関係を調べる.平衡点(Qf,Pf)(PヌルクラインとQヌルクラインの交点)の安定性は,線形安定性理論から,PヌルクラインがQ=Qin(Q-P平面で縦線)で表される場合,Qヌルクラインが平衡点で負の傾きをもつとき不安定となり,周期的変動を引き起こす.(図2参照)

2変数力学系モデルは定常P-Q曲線とQヌルクラインの関係から4つに分類することができた.Fμ(P,Q)=0(μヌルクライン)と定常P-Q曲線が一致している場合には,図3のように図学的に定常P-Q曲線のみを用いて,定常P-Q曲線の傾きから平衡点の安定性を知ることができることが分かった.平衡点の不安定条件は定常P-Q曲線の傾きを用いて以下のように表される.〓(2)

ここで,τ は粘性変化に関するパラメータ,γ,はそれぞれマグマ溜りの剛性率,体積である.また,分岐点における周期は,以下のように平衡点の値とその点での定常P-Q曲線の傾きから見積もることができる.〓

このように,定常P-Q曲線とQヌルクラインとが一致しない場合でも,定常P-Q曲線とμヌルクラインとが一致していれば,定常P-Q曲線を用いて,安定性と周期を知ることができることが分かった.

ハイブリッドモデル

Barmin et al.[2002]では結晶化によって粘性がステップ状にμ1からμ2に増加するモデルによって,流量Qが増加すると,結晶化の時間がなく粘性が下がるために,Qがさらに増加するメカニズムが提案された.2変数力学系モデルとの関係を調べるために,このモデルでBarmin et al.[2002]とは異なる定式化を行うと,以下のように,粘性が一定の時間遅れt*を含む流量Qの関数として表された.〓

ここで,x*は粘性がステップ状に変化するマグマ溜りからの距離である.このモデルは,式(1)のように基本的にはP,Qの関数で表すことができるが,粘性変化dμ/dt=Fμ(P, Q)の中に時間遅れt*をもつ流量Qを含むため,無限の変数をもつ力学系モデルとなる.このモデルにおいても,定常P-Q曲線を用いて安定性条件と分岐点での周期が求められるか調べた.

まず,Farmer [1982]の方法と同様にして,線形安定性理論から,平衡点の安定性と分岐点での周期を解析的に求めた.その解析的に求めた周期は式(3)によって近似的に表せることが分かった.このことは,不安定条件が定常P-Q曲線を用いて近似的に次のように表せることを意味する.

このようにして,時間遅れをもつ力学系モデルにおいても定常P-Q曲線を用いて,近似的に安定性条件とその分岐点での周期が表せることが分かった.

偏微分方程式モデル

偏微分方程式モデルを用いて,定常解曲線から得られる周期と比較した.溶岩ドーム噴火でマグマが火道を上昇する際に脱ガスが効果的に起こって密度が一様となり,火道の流れが一様な場合には,偏微分方程式モデルにおいても,定常P-Q曲線を用いて安定性条件と分岐点での周期が表せることが分かった.

地球物理学的応用

以上のような解析から,これまでの火山学のおけるさまざまな2変数力学系モデル,時間遅れを含む力学系モデル,定常流モデルに共通する周期変動の一般的性質として,その周期が,平衡点(Qf,Pf)とその平衡点での定常P-Q曲線の傾きから得られる周期T(式(3))で表されることを見出した.

この周期は,図4のようにQ-P平面における解軌道が平衡点近傍(TYPE B)にあり,P, Qがサインカーブ的に時間変化する場合,分岐点以外の不安定領域においても,近似的に成り立つことが分かった.その周期は,基本的には,マグマ溜りの深さ(L)と大きさ(Vch)の積に依存し,マグマ溜りが深く,その体積が大きいほど長くなる.その積(LVch)がさらに大きくなると,図4のように定常P-Q曲線に沿う解軌道(TYPE A)となりQの急激な変化が生じる.その周期は,Barmin et al.[2002]で求められたように,定常P-Q曲線を用いて求めることができる.以上のことから,2つのタイプのうち,図1のサインカーブ的な傾斜の時間変動はTYPE Bに相当し,浅く体積の小さな圧力源の圧力変動に対応すると考えられる.

TYPE Bの周期は,不安定の必要条件を用いて近似することで,観測や実験から得られる物理量だけで表すことができる.観測から,マグマ溜りの深さや火道半径などが見積もられているが,マグマ溜りの大きさについては,観測によって桁で見積もり量が異なる.そこで,観測から得られる周期をもとに,TYPE Bの周期からマグマ溜り体積の見積り幅を決定した.その結果,図5のように,数10時間の周期をもつ傾斜変動は,浅く体積の小さな圧力源の変動を表し,数年の周期をもつ噴出量変化は,深く体積の大きな圧力源の変動に対応していることが分かった.これは,現在観測されている傾斜変化と噴出量変化は,それぞれ異なる圧力源の変動を捉えていることを意味する.このことから,傾斜観測とは異なるGPS観測などによって,深い圧力源の長周期の圧力Pの時間変動を観測することができれば,現在観測されている噴出率変化を用いてQ-P平面上で流量Qと圧力Pとの振舞いを描くことができる.

図1.(左)スフリエル火山の周期的変動[Wylie et al.(1999)]:傾斜計の値の時間変化.(右)基本的なモデルの概略図

図2.Q-P平面での定常P-Q曲線とヌルクラインの関係.PヌルクラインとQヌルクラインの交点が平衡点で,その平衡点の集合が定常P-Q曲線となる.

図3.μヌルクラインと定常P-Q曲線が一致している場合の不安定領域.Q−P平面での定常P-Q曲線とその傾きから不安定領域を得ることができる.流入量Qinがこの領域にあるときは周期的変動を引き起こす.τはマグマ中の溶存ガスの減衰時間を表し,粘性はこの溶存ガスに依存する.τが大きいほど,減衰に時間がかかり,溶存ガスがマグマ中に残るため,火道全体の平均粘性が減少する.

図4 (左):2つのタイプの周期.TYPE A:定常P-Q 曲線に沿った解軌道.TYPE B:平衡点近傍の解軌道.

図5 (右):火道の概略図.圧力源は2つあり,傾斜観測ではP'の変動を観測し,噴出率変化はQの変動を観測していると考えられる.

J.J.Wylie et al.,Science 285 (1999) 1883-1885,A.W.Woods and T.Koyaguchi,Nature 370 (1994) 641-644,O.Melnik and R.S.J.Sparks,Nature 402 (1999) 37-41,J.A.Whitehead and K.R.Helfrich,JGR 96 (1991) 4145-4155,Y.Ida,GRL 23 (1996) 1457-1460,I.Maeda,JVGR 95 (2000) 35-47,A.Barmin,O.Melnik,and R.S.J. Sparks,EPSL 199 (2002) 173-184,J.D.Farmer,Physica 4D 3 (1982) 366-393
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,溶岩ドーム噴火の際に観測される火山の膨張・収縮や噴出率の周期変動について,その周期変動の発生条件や周期を解析的に考察したものである.従来のモデルは,平均粘性が変化するマグマの火道中の流れと弾性変形するマグマ溜りの相互作用によって,周期変動を説明した.しかしながら,その周期変動を引き起こす物理要因は,粘性の温度依存性や結晶量依存性など様々あり,統一的に解釈されていなかった.本論文では,それらを数理的に整理し,定常的な噴出が不安定になり周期変動が発生する条件(以後,「安定性条件」とよぶ)およびその周期に関する普遍的公式を見出し,その公式を実際の火山に応用した.

本論文は5章からなり,第1章では研究の目的と背景が述べられ,第2章,第3章,第4章では,それぞれ,2変数力学系モデル,時間遅れをもつ力学系モデル,非定常1次元偏微分方程式モデルについて,安定性解析がなされている.第5章では,以上の解析をもとに,火山地下のマグマ上昇過程に関して考察がなされている.

第1章では,火山噴火に伴う火道流に関する先行研究のレビューによって問題点を明確にした.火道流は基本的に,マグマ溜り圧力Pと流量Qの関係で記述される.これまで火道流については,主に,(1)定常状態における火道深さ方向の物理量を解きPとQの関係を表す曲線(以後「定常P-Q曲線」)の性質を調べる研究手法と,(2)火道流を空間的に平均化してPとQの2変数で表した力学系モデルをたて線形安定解析によって安定性条件や周期を調べる研究手法,という2つの手法で解析されてきた.しかしながら,前者の手法では,定常P-Q曲線から安定性条件や周期を解析的に得られないという難点があり,逆に,後者の手法では,安定性や周期を決める物理的要因の理解が難しいという難点があった.そこで本研究では,定常P-Q曲線の性質と安定性条件・周期の関係を数理的に明らかにし,これらの2つの研究手法の結果を統一的に理解することを目的とした.

第2章では,まず,従来の全ての2変数力学系モデルについて「PとQの関数で表される粘性抵抗をもつPとQに関する2変数力学系」という統一的な定式化が可能であることを示した.さらに,線形安定解析により,粘性抵抗がPとQのみに依存する場合,(1)定常P-Q曲線の傾きから安定性条件が求められること,および,(2)安定性条件と分岐点における周期の間に普遍的な関係あること,の2点を示した.

第3章では,2章の結果の一般性について,「粘性が火道中でステップ状に増加するモデル」を用いて調べた.このモデルは,火道中の物理量の空間分布が考慮された力学系モデルの一種であり,Barmin et al. [2002]によって数値的な解析がなされているが,解析的に安定性が調べられていなかった.本論文では,このモデルを定式化し直すことで,このモデルが「一定の時間遅れをもった力学系モデル」であることを示し,線形安定解析により安定性条件を決定した.さらに,2章で得た「安定性条件と周期の間の普遍的な関係」がこのモデルでも近似的に成り立つことを発見した.

第4章では,偏微分方程式モデルについて,定常P-Q曲線の性質と安定性および分岐点における周期の関係を数値的に調べた.その結果,火道の流れが空間的に一様な場合には,このモデルにおいても,先に述べた「安定性条件と周期の間の普遍的な関係」が近似的に成り立つことが示された.

第5章では,上記の力学系モデルの解析結果を,高粘性マグマの火山において報告された傾斜変動(周期が数十時間程度)と噴出量変動(周期が数年程度)の観測データに適用した.その結果,これらの変動の周期と波形の間には相関があること,また,周期の値を決定する主な要因が圧力源の深さとその体積の積であることを明らかにした.それにより,実際に雲仙で観測された2種類の周期変動について,噴出量変動を引き起こした圧力源が,傾斜変動を引き起こした圧力源(地下約700m)より深い位置(地下約10km)にあることを示した.さらに,それぞれの周期から観測の困難な圧力源の体積を見積もった.

本論文は,これまで個々の火山に適用されてきた様々なモデルを統一的に解釈し直すことによって,周期変動の発生条件とその周期に関する普遍的公式を得ることに初めて成功した.特に,時間遅れをもつ力学系モデルに対して線形安定性理論による解析ができることだけでなく,上記の公式が近似的に成り立つことを示した事は,実用上極めて有用である.また,地球物理的応用についても,今後火山地下のマグマの上昇過程の定量的議論を行うための突破口を開いた.

これらの研究における解析,考察はすべて本人が主体的に行ったものであり,本論文が博士(科学)を授与するに十分値するものと判定した.

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