学位論文要旨



No 121626
著者(漢字) 山本,尚理
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ナオミチ
標題(和) 顕微鏡観察を用いた空気中粗大粒子の測定 : パッシブ型捕集装置への応用
標題(洋) Microscopic method for airborne coarse particles : Application to a passive sampler
報告番号 121626
報告番号 甲21626
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第208号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 国立保健医療科学院 環境化学室長 遠藤,治
 埼玉大学 教授 坂本,和彦
 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 吉永,淳
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序言

背景

比較的長期にわたり空気中に浮遊した状態で存在することの出来る粒子を浮遊粒子状物質と呼ぶ。粒径2.5μm以下の微小粒子による健康影響が懸念される一方、粒径2.5μm以上の粗大粒子もアレルギー疾患の原因となる吸入性アレルゲン(ダニの糞:10-40μm、真菌胞子:2-60μm、スギ花粉:25-60μm)を含んでおり、重要な粒子種といえる。

浮遊粒子状物質の定量手法として、基質に捕集した粒子全体を秤量し、質量濃度として評価する手法がこれまで一般的であった(時間積分型)。しかしながら、これらの手法では対象物質の量が必要となることから、捕集の長期化や動力源の確保など問題点も多かった。光散乱式パーティクルカウンター(PC)など高感度な直読型の測定装置も存在するが、対象物質の保存が利かないことから、粒子種の定性が行えないなどの欠点を持つ。

顕微鏡観察法は、高感度なことから、既存手法では検出不可能な領域にて粒子の個数濃度の解析が可能である。また、観察した粒子の密度や形状係数を仮定することで質量濃度への換算も可能である。また、免疫染色などの手法を用いた後、顕微鏡観察することで粒子種の定性も行える。しかしながら、顕微鏡観察法は、手間がかかることや精度の問題が指摘されている。本研究では、ラインセンサーや画像解析機能を備えた光学顕微鏡(OPM)を用いることで、測定精度の向上や解析時間の短縮を試みることにした。

博士論文の構成

本論文の前半部(第2-5章)では、OPMによる粒子解析手法の特徴について、既存手法であるカスケードインパクター(CI)(時間積分型)やPC(直読型)と比較することで明らかにした[1][2]。本論文の後半部(第6、7章)では、OPMの特徴を活用した携帯型アレルゲン捕集装置(PAAS)を開発することで[3]、OPMの発展性について例示することにした。

第2章 OPMの概要

製紙プロセスにおける異物評価や印刷評価に用いられてきたOPM(DA-6100/LS型,王子計測機器株式会社)(Table 1)を、滴紙上に捕集した粒子の評価に用いることにした。リニアステージの移動とともにラインセンサーカメラにより顕微鏡画像を取り込むことから、既存の顕微鏡と比較し、観察視野の確保が容易である。顕微鏡画像は、付属の画像解析ソフトにて粒径分布の解析が可能である。

第3章 OPMとPCの比較

目的

OPMによる粒径分布の定量について、既存手法であるPCと比較することで評価した。

方法

PC(KC20型,粒径区分10,20,30,50,100μm,検出感度相当5分間に1回以下の偽計数,リオン株式会社)により粒子濃度をリアルタイム測定すると同時に、粒子をフィルター捕集した。捕集フィルターは、OPMにて170-420 mm2の範囲(有効濾過面積の18-44%)をランダムに観察することで粒子数および粒径を定量した。OPMの粒径定量の真度について、標準粒子(DukeScientific Corp.)を観察することで評価した。

結果および考察

両手法間に正の相関があることを確認した(Fig.1)。OPMにて定量した粒径分布は、PCにて定量したものと比較し、粗大側に位置することが分かった(Fig.2)。Mie散乱理論によりPCにて定量した粒径を補正した結果(PC*)、PCの粒径は光散乱径として表現されることから、OPMにて得られる投影径と異なることが分かった。また、OPM法では、フィルター1枚あたり、観察面積にも依るが、約20-30分程度の解析時間を要することが分かった。

結論

OPMの特徴として、(1)PCと比較し遜色ない測定精度が可能、(2)粒子の光散乱特性を利用して粒径定量を行うPCと比較し、粒子を直接観察することから粒径定量が正確(Table 2)、(3)通常の顕微鏡手法と比較し解析時間の短縮が可能、であることが分かった。

第4章 OPMとCIの比較

目的

PCは、粒径を簡易に測定可能な一方、直読式であることから、粒子の保存が利かない。したがって、粒子種の定性を行えないなどの欠点を持つ。粒子を粒径ごとに捕集し保存可能な手法として、慣性力により粒子分級を行うCIがある。ところが、慣性力の大きな粗大粒子では捕集時に基質から跳ね返るなどの問題がある。本章では、CIの分級性能および時間積分型装置(含cI)の測定感度について、OPMにて評価した。

方法

ハイボリュームアンダーセンサンプラー(AH600型,分級範囲 <1.1,1.1-2.0,2.0-3.3,3.3-7.0,>7.0μm,柴田科学株式会社)を使用した。捕集基質としてテフロン板をインパクターノズル(分級範囲 >7.0μm)(Table 1)の真下に装着し、45分間の粒子捕集を行った。基質はグリースを塗布したものとそうでないものを用いた。捕集後の基質はOPMにて解析した。

結果および考察

基質上の捕集粒子の顕微鏡画像をFig.3に示す。捕集粒子の堆積密度についてFig.4に示す。単位密度の球形粒子を仮定した場合、5.2μg相当の粒子がグリースを塗布していない捕集基質から損失していることが分かる。高速ノズルにより粒子を慣性衝突捕集することから、基質上での跳ね返りによる損失が原因として考えられる。一般的に、CIの基質に捕集した粒子は、電子天秤にて定量される。電子天秤の検出感度が10μg程度であることを考えると、OPMがいかに高感度な手法であるかが分かる。

結論

CIの問題点として、(1)粒子の跳ね返りによる分級性能の低減、(2)不正確な粒径定量、について確認できた。OPMの特徴として、(3)粒径定量が正確、(4)高感度、なことが分かった。

第5章 OPMのまとめ

OPMの特徴として、(1)高感度、(2)十分な測定精度、(3)解析時間の短縮、(4)正確な粒径定量、について確認出来た。以上の特性を応用することで、粒子の時間分解解析やパッシブ型捕集装置への応用が期待される。

第6章 PAASの開発

背景および目的

これまでポンプなど動力を利用したアクティブ型の捕集装置が浮遊粒子状物質の個人曝露評価で用いられてきたが、重量、騒音、電力の必要性などから不便であることが指摘されてきた。そこで、ポンプを用いないパッシブ型の捕集装置を開発することにした。

測定原理

粗大な吸入性アレルゲンを捕集対象とすることから、粒子の重力沈降を捕集の駆動力として想定している。そこで、被験者の動きによらず、粒子捕集面が常に上向きとなるよう、回転可能なジャイロスコープ型の捕集装置とした。また、被験者の呼吸域近傍にて捕集可能なよう、首からぶら下げるためのステンレス鎖を取り付けた(Fig.5)。

分析例

捕集した粒子は、OPMにより定量する。粒径情報が得られることから、捕集量から空気中濃度への換算が可能となる。粒子を免疫染色した後、顕微鏡観察することでアレルゲン種の定性が行える。

第7章 PAAS-OPMの評価

目的

PAASの粒子捕集性能について、既存のアクティブ型捕集装置と比較することで評価した。捕集粒子はOPMにて個数および粒径を定量した。

方法

PAASおよび既存のアクティブ型装置であるIOM Sampler(SKC Inc.)による粒子の同時捕集を行った。捕集基質としてメンブレンフィルターを用いた。粒子捕集は、被験者が自宅や職場に滞在する時間や通勤時間を含め、6-150 hrの範囲で行った。捕集後の基質はOPMにて解析した。

結果および考察

パッシブ型(PAAS)の捕集粒子数はアクティブ型のものと比較し、1.8-26%と微量ではあるが、両手法間に良い相関を得ることが出来た(Fig.6)。PAASによる捕集粒子量から、正確な空気中濃度への換算が可能と思われる。また、PAASの粒子捕集速度について、既存の乾性沈着モデル[4]から予想される理論速度と比較したところ、過小な値をとることが分かった(Fig.7)。PAASの形状に起因するものと思われる。実験結果より、粒子の捕集速度Vdをモデル化したところ、以下の回帰式(式(1))により表されることが分かった。Vd=0.64Vg(1)ここでVg:Stokes沈降速度。

結論、

PAASの特徴として、捕集量から空気中濃度への換算が可能なことが分かった。また、PAAS-OPMの特徴とし、高感度なOPMを解析手法として用いることでパッシブ捕集した微量試料から正確に濃度定量が行えることが分かった。

第8章 結言

OPMを応用することで、粒子(含吸入性アレルゲン)の時間分解解析が可能と思われる。また、PAAS-OPMを用いることで、正確かつ簡易な吸入性アレルゲンへの曝露評価が可能である。広範かつ精微な曝露評価を可能とすることで、未解明な部分も多かったアレルギー疾患の詳細に関し、新たな知見を付与することが期待される。

Table 1 Specifications of the OPM

Fig. 1. Particle concentrations by PC and OPM.

Fig.2. Particle size distributions by OPM, PC and

Table 2 Analytical results of the OPM

Fig. 3. Particle depositions on greased andnon-greased Teflon impaction plates.

Fig. 4. Particle deposit densities on greased andnon-greased Teflon impaction plates.

Table 3 Specifications of the AH-600 Model

Fig. 5. Personal aeroallergen sampler(PAAS).

Fig.6. Numbers of collected particles by theactive and passive methods

Fig.7. Experimental and theoretical particledeposition velocities by the PAAS.

Yamamoto et al., J. Aerosol Sci. 35, 1225 (2004).Yamamoto et al., J. Aerosol Sci. 33, 1667 (2002).特願2005-193740,「被捕集物質捕集装置」.Kim et al., Atmos. Environ. 34, 2387 (2000).
審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなり、第1章は序言、第2章は光学顕微鏡(OPM)法の概要、第3章はOPMと直読式測定装置の比較、第4章はOPMと時間積分型測定装置の比較、第5章はOPM法のまとめ、第6章は携帯型アレルゲン捕集装置(PAAS)の開発、第7章はPAAS-OPM法の評価、第8章は結言について述べられている。

本論文の前半部(第2-5章)では、OPMを用いたエアロゾル粒子の解析手法について検討を行っている。捕集したエアロゾル粒子一つ一つを顕微鏡観察し画像解析する本手法は、捕集した粒子の重量から対象物質を定量する従来法と比較して極めて高感度である反面、測定に時間がかかるといった問題点もある。本論文の前半部では、ラインセンサー機能や画像解析機能などを備えたOPMを用いることで、基質上に捕集した粒子一つ一つを広範な観察領域にて自動計数する手法を提案している。具体的には、OPMによる粒子解析手法の特徴について、既存手法であるカスケードインパクター(CI)(時間積分型)や光散乱式パーティクルカウンター(PC)(直読型)と比較することで明らかにしている。OPMを用いた手法の特徴として、(1)エアロゾル粒子一つ一つを顕微鏡観察することから、従来法と比較して極めて高感度であること、(2)OPMのラインセンサー機能により基質上に捕集した粒子を広範にわたり観察することが可能であることから、既存手法であるPCと比較しても遜色ない測定精度を確保できること、(3)粒子の光散乱特性を利用して粒子サイズの定量を行う既存手法と比較し、粒子を直接顕微鏡観察することからより正確に粒子サイズの定量が可能であること、などが結論として述べられている。本論文の第5章では、顕微鏡観察手法の以上の特徴を応用することで、粒子の時間分解解析やパッシブ型捕集装置への応用について提案されている。

本論文の後半部(第6-7章)では、OPMを用いた手法の応用例として、粒子のパッシブ型捕集装置について検討されている。具体的には、吸入性アレルゲンへの個人曝露と健康影響の関係を調査するためのPAASの開発が行われている。携帯型サンプラーには、ポンプなどの動力を利用したアクティブ型と自然に起こる物質移動を利用したパッシブ型のものが存在するが、本論文では、被験者にとって負担の少ないパッシブ型サンプラーの開発が行われている。PAASの特徴の一つとして、その構造が挙げられる。PAASは、エアロゾル粒子の中でも比較的粗大な吸入性アレルゲンを対象としていることから、粒子の重力沈降をパッシブ捕集の駆動力の一つとして想定している。したがって、サンプラーを携帯している被験者の動きによらず、サンプラー捕集面を常に上向きにする必要がある。そこで、粒子の捕集面が常に上向きとなるよう、ジャイロスコープに類似した機構を設けるなどの工夫が施されている。また、捕集基質上に捕集した粒子を、OPMを用いて観察することで粒子の粒径および個数などについて測定を行い、それらの情報をもとに捕集期間内における空気中濃度への換算が行われている。具体的には、捕集量から空気中濃度を換算するためのモデル構築が、本論文の第7章にて行われている。近年、真菌胞子やスギ花粉など吸入性アレルゲンによる呼吸器系疾患の問題が深刻化する一方、発症機構の詳細については未解明な部分も多いことから、論文提出者の考案したPAASを、広範かつ簡便に疫学調査などにて応用することで、発症機構の詳細について明らかになるものと思われる。

以上をまとめると、本論文の新規性として、(1)既存の粒子測定手法である秤量法や光散乱法の代替手法として、高感度かつ粒子定性を容易に行うことが可能な顕微鏡観察法を提案していること、(2)顕微鏡観察法を応用したパッシブ型アレルゲン捕集装置を開発することで簡便な個人曝露測定を可能にしたこと、を評価することができる。

なお、本論文の第3章は、篠塚 陽平、熊谷 -清、藤井 実、柳沢 幸雄との共同研究、第4章は、藤井 実、遠藤 治、熊谷 一清、柳沢 幸雄との共同研究、第7章は、彦野 政治、小山 博巳、藤井 実、熊谷 一清、柳沢 幸雄との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/6997