学位論文要旨



No 121747
著者(漢字) 立川,裕二
著者(英字)
著者(カナ) タチカワ,ユウジ
標題(和) 8つの超電荷の下でのAdS/CFT対応
標題(洋) AdS/CFT Correspondence with Eight Supercharges
報告番号 121747
報告番号 甲21747
学位授与日 2006.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4903号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 相原,博昭
 東京大学 教授 青木,秀夫
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 助教授 加藤,晃史
内容要旨 要旨を表示する

 AdS/CFT対応とは、d次元の共型場理論(Conformal Field Theory, CFTd)とd+1次元の反de Sitter空間(Anti de Sitter space, AdS(d+1))上の重力理論が物理的に等価であるという対応で、はじめMaldacenaによって1997 年暮れに提唱されたものである。場の理論の形式上は、Gubser-Klebanov-PolyakovおよびWittenによってCFTdとAdS(d+1)の読み替えが素直に行えることが知られているので、問題は具体的にどのようなCFTとAdS空間上のどのような重力理論が対応しているか、ということである。

 Maldacenaのもともとの設定は、平らな10次元空間でIIB型超弦理論をかんがえ、そこにN枚のD3ブレーンを重ねて導入した場合の低エネルギーでの力学を開弦および閉弦の立場から考えるというものであった。前者では4次元のN=4U(N)のヤン-ミルズ理論になり、後者はAdS5×S5上でIIB型超弦を考えるということになる。この場合は両者とも32 個の超電荷を持つ超共型理論になり、この対応の詳細に関する研究は星の数ほど存在する。

 さて超電荷が多いほど理論の構造は制限されて解析が簡単になる。一方で超電荷が少なくなるほど多彩な力学が実現される。現時点では超電荷をもたない4次元の共型場理論を解析するのは殆ど不可能であるため、最小の超電荷をもつような超共型理論を考えることが面白いと考えられる。この場合、超電荷は8つ存在することになり、N=1超共型理論と呼ばれる。この博士論文の目的は、このような8つの超電荷をもった超共型理論についてAdS/CFT対応の観点から理解を深めることである。

 超共型理論が8つの超電荷をもつということは、AdS上の超重力理論が同数の超電荷をもつ、所謂N=2のゲージ化された超重力と呼ばれるものであることを意味する。また、10次元のIIB型弦理論から構成する立場としては、D3ブレーンをCalabi-Yau錐の先端に導入することになる。これの低エネルギー極限を閉弦の観点から取れば、AdS5×X5で、X5が佐々木-Einstein多様体であるようなところでIIB超重力を考えることになる。よって、博士論文の目的を達成するにあたって、まずこの三者、すなわちi)4次元N=1超共型理論、ii)5次元N=2ゲージ化された超重力、iii)5次元の佐々木-Einstein多様体の幾何、を詳しく調べることがまず必要である。これらの記述が博士論文の第一の目的である。

 さて、N=1の4次元超共型理論の解析が可能である主な理由は、理論の対称性として所謂超共型R-対称性があり、これさえ決定出来れば、カイラルプライマリー場の次元および共型場理論の中心電荷が決定出来るということにある。さて、R-対称性は一般に理論に存在する種々のU(1)対称性の線形結合であるから、その係数を決定することが第一の問題となる。これは2003年にIntriligatorとWechtによってa-最大化原理という形で解かれた。これは、Rを仮に決めて中心電荷aを計算した場合に、線形結合の係数を変分する際にaは局所的な最大であるべしとするものであって、超共型理論の代数構造から従う。

 このa-最大化原理が、AdS空間上の超重力および佐々木-Einstein多様体の幾何学の観点からはどうあらわれるかを調べるのは基本的問題である。まず、超重力理論においては、R-対称性はグラヴィティーノの電荷に相当するが、それを決定することは超ポテンシャルの最小化問題に対応する。この関係は学位論文申請者によって示された。また、佐々木-Einstein多様体ではR-対称性は計量からカノニカルに定まるReebベクトルというものに対応する。また、中心電荷aは体積に逆比例することがしられている。これに対応して、Reebベクトルを与えると多様体の体積が簡単に決定出来、その体積が最小になるようにReebベクトルを選べばよいことがMartelli-Sparks-Yauによって示されている。これらの対応を詳述することが学位論文の第二の目的である。

 また、4次元のN=1超共型理論には5次元の佐々木-Einstein多様体が対応すると述べたが、現実に具体的に知られているそのような多様体は長らくS5とT(1,1)の二種類のみであった。しかるに、2004年初頭にGauntlett-Martelli-Sparks-WaldramはY(p,q)と呼ばれる加算無限個の異なる佐々木-Einstein計量をS2×S3の上に構成した。これらの佐々木-Einstein計量は体積がS5のそれとの比が無理数になっているのが大きな特徴である。これは、対応する超共型理論の演算子の次元が一般に無理数になっていることを示している。対応する超共型理論の紫外極限もその後すぐ計算されており、a-最大化をそれに適用した結果期待される通りの中心電荷aが求まっている。これらは8つ超電荷がある際のAdS/CFTに関する著しい結果である。

 a-最大化原理および超ポテンシャルの最小化の際には、まず試行するためのa-関数およびoff-shellでの超ポテンシャルを計算しなければならない。それは、4次元の超共型理論の立場からは大域対称性の間の三角量子異常を、また5次元の超重力理論の立場からはU(1)ゲージ場間のChern-Simons相互作用の係数を知っている必要がある。さて、これまでこれらの量がIIB型超弦を佐々木-Einstein多様体にコンパクト化した場合にどのように定まるかは知られていなかった。その問題を学位論文申請者はS.BenvenutiとL.A.Pando Zayasとの共同研究で解決した。また、佐々木-Einstein多様体を与えた場合に、対応する4次元の超共型理論が紫外極限でどのようなゲージ理論であるかは長年の研究によりほぼ明らかになっている。それを利用すると、4次元の超共型理論の側でも三角量子異常を計算することができ、結果としてそれが佐々木-Einstein多様体の幾何学から決定したものと見事に一致することがわかった。以上の発展を解説するのが学位論文の第三の目的である。

 学位論文は英文で書かれており、構成は以下のとおりである:

第1章 Introduction. 全篇の導入を行う。

第2章 The Maldacena conjecture. AdS/CFT対応がどのように超弦理論から導出されるかを詳述する。

第3章 Properties of SCFT4. 4次元のN=1超共型理論の構造について、主に代数構造から考察する。a-最大化についても調べる。

第4章 Dictionary for the correspondence. Gubser-Klebanov-Polyakov およびWittenによるAdS/CFT対応の定式化について述べ、両側の現象間の対応を確率する。

第5章 Minimization principle in AdS5. 前二章の内容を踏まえて、AdS5の超重力理論にa-最大化原理がどう翻訳されるかを調べる。

第6章 Sasaki-Einstein manifolds. 佐々木-Einstein多様体の構造について基本的なところを調べる。また、体積を最小化することによってReebベクトルを決定する方法についても述べる。

第7章 Corresponding Quivers. 種々の佐々木-Einstein多様体に対応する箙ゲージ理論の構造について述べる。Y(p,q)多様体の場合に詳述する。

第8章 Triangle Anomalies from Einstein Manifolds. 三角量子異常およびChern-Simons相互作用係数を佐々木-Einstein多様体の幾何から決定する方法について詳述する。a-最大化と体積最小化の関連についても述べる。

第9章 Conclusion. 学位論文でなにを扱ったかを振り返り、この分野で今後必要とされる研究に関して概観して結論とする。

審査要旨 要旨を表示する

 超弦理論は、重力を含む統一理論の最有力候補として精力的に研究されてきたが、1997年Maldacenaによってゲージ場の理論との新しい深い対応が示唆され、新たな発展段階に入った。これは「AdS/CFT対応」と呼ばれ、曲がった反ドジッター(Anti de Sitter)空間をその一部として含む10次元時空上の重力(弦)理論がより低い次元の超共形不変理論(CFT=conformal field theory)と等価であることを主張する。その典型的な例は、U(N)をゲージ群とする4次元のN=4超対称ヤン・ミルズゲージ理論が、Nが大きなある極限で5次元反ドジッター空間AdS5と5次元球S5の直積からなる10次元時空中の閉じた超弦の理論の情報をすべて内包しているというものである。AdS/CFT対応では、重力(弦)理論側の弱結合領域とゲージ理論側の強結合領域(あるいはその逆)が対応しているため、弦理論の非摂動的性質をゲージ理論側から考察したり、またゲージ理論の強結合相を弱い重力場を用いて理解するという画期的な可能性を内包している。

 この驚くべき対応を検証しようとする多くの研究のほとんどは、技術的理由からMaldacenaの例のような超対称電荷の数が最大(32個)の場合についてであり、超対称性が低いより現実に近い場合の考察は、ごく最近になって初めて信頼のできる解析が可能になってきた。こうした流れのなかで、本論文では、超電荷が8個の場合を考察し、最新の発展を取り入れつつ、興味深い新たな結果を得ている。以下その概要、評価を述べる。

 本論文は9章からなる。第1章から第4章までは背景となるAdS/CFTのレビューであり、第5章以下のオリジナルな研究に必要な概念とそれに関するこれまでの知見が明解に説明されている。超対称電荷が8個の場合、ゲージ側はN=1の超共形ゲージ理論になり、重力側は5次元のゲージ化されたN=2超重力理論を含む10次元理論になる。その重要な例は、4次元の拡がりを持つD3ブレーンと呼ばれるソリトン的物体が円錐構造を持った6次元のカラビ・ヤウ多様体の頂点にあたる特異点に置かれている状況で実現され、これらの配位はそのまわりに、AdS5×SE5という時空を生み出す。ここでSE5は5次元佐々木・アインシュタイン空間である。このとき、D3ブレーン上にはquiverゲージ理論と呼ばれる4次元の超共形ゲージ理論が現れる。SE空間の例はわずかしか知られていなかったが、ごく最近無限個の新たな例が構成され、それに対応するquiverゲージ理論についても理解が進んだ。一般に、N=1の超共形ゲージ理論には、cとaと書かれる二種類の「中心電荷」と呼ばれる超共形理論を特徴づける重要な量が現れるが、特にaを求める問題については、最近ゲージ理論に現れる三角アノマリーの性質を利用して、a-関数と呼ばれる量を最大化することで決定されることが示された。

 論文提出者は、第5章において、このa-最大化の方法の重力理論側での対応物について考察した。まず、ゲージ理論の三角アノマリーに付随する係数が、5次元のゲージ化された超重力理論に現れるChern-Simons項の係数と対応することを示し、さらに、この結果を利用して、a-最大化が超重力側の超ポテンシャルPの最小化条件(P-最小化)と対応するという非常に自然かつ興味深い事実を発見した。

 第6章及び第7章は第8章の仕事への準備であり、佐々木・アインシュタイン空間の数学的性質及び対応するquiverゲージ理論の説明に充てられている。特に、SE空間の体積Vを求める方法及びゲージ理論側の中心電荷aを求める方法が詳しく述べられている。

 これらの考察をもとに、第8章では、中心電荷aとSE空間の体積Vを無限個のquiver-SE空間のペアに対して独立に計算し、それらがこれまでに考察された少数の例と同様互いに逆数の関係にあることを示した。まず、AdS5×SE5の10次元超重力理論から次元縮小で得られる5次元の超重力理論のChern-Simons項を計算し、そこからP-最小化によってVを得る。一方ゲージ理論側においてアノマリーの係数を算出し、a-最大化法によりaを計算している。この結果は、quiverゲージ理論が実際に、AdS5×SE5に対応したゲージ理論であることを強く示唆しており、非常に重要な結果である。最終第9章では結論及び今後の展望が述べられている。

 以上述べてきたように、本論文はゲージ理論側の三角アノマリーの重力理論側における対応物を明らかにしたのみならず、それを用いて無限個の新たな例についてAdS/CFTが成り立っている強い証拠を提出したものであり、超弦理論及びゲージ理論の発展に大きな寄与をするものと言える。高度な数学的理論の深く的確な理解、およびゲージ理論及び超重力理論・弦理論の深い物理的理解をもとに、最新の研究成果をいち早く取り入れて行われた世界的レベルの研究であり、早期提出にふさわしい高いレベルの博士論文であると認められる。なお、本論文の第8章は、S.Benvenuti及びL.A.Pando Zayas氏との共同研究に基づくが、論文提出者が主体となって立案解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって審査員一同博士(理学)の学位を授与できると認める。

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