学位論文要旨



No 121873
著者(漢字) スアイストロップ ロルフ デューラ
著者(英字) Svegstrup Rolf Dyre
著者(カナ) スアイストロップ ロルフ デューラ
標題(和) 片側モジュラー包含の自己準同型
標題(洋) Endomorphisms on half-sided modular inclusions
報告番号 121873
報告番号 甲21873
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第296号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 助教授 小澤,登高
 東京大学 助教授 加藤,晃史
内容要旨 要旨を表示する

 場の量子論は量子力学の古典的場の理論への応用である。場の量子論にはいろいろな考え方があり、その一つである代数的場の量子論では可観測量のなす代数が基本的な対象となる。具体的には、時空間のすべての有界開集合にそれ上の可観測量のなすC*環を対応させ、そこでできる族を研究する。

 当然ながら4次元時空の場合が物理的には一番面白いが、低次元の場合も数学的にだけでなく物理的にも興味深いことが分かる。近年特に注目を集めてるのが円上に定義された一次元代数的場の量子論である。この理論では円のすべての区間Iに固定されたHilbert空間上のvon Neumann環A(I)を対応させる。さらに、von Neumann環のこの族は様々な公理を満たすと仮定する。例えば、局所性と呼ばれる公理により共通部分の無い区間に対応する環は互いの交換団に含まれる。また、 Mobius群の表現Uで、A(gI)=AdU(g)A(I)を満たすものが存在すると仮定する。これらの公理を満たすvon Neumann環の族をネットと言う。

 1993年にWiesbrockによって強加法的という付加的な仮定の下ではvon Neumann環のネットが一つの共通境界点を持つ二つの区間に対応するvon Neumann環だけで一位に決まることが証明された。このような二つのvon Neumann環は片側モジュラー包含という特別な構造をなす。

 代数的場の量子論をより深く理解するために特に従順な物理系の状態について調べる必要がある。現在は1963年にDoplicher-Haag-Robertsによって提案された選択基準が特に有効とされており、これによると簡単に言えば局所的に集中してる物理系を考えるべきである。このような状態を持つvon Neumann環のネットの表現はDoplicher-Haag-Roberts自己準同型と呼ばれる特別な自己準同型にユニタリー同値になる。このような自己準同型を理解しさらに分類することは代数的場の量子論の基本的かつ重要な問題である。

 本論文の主な目的はDoplicher-Haag-Roberts自己準同型に関する様々な概念をより簡単な設定である片側モジュラー包含の観点から調べることである。

 論文の前半では、重要でありながら扱いやすいクラスである有限指数の自己準同型について考え、次の定理を示す。

定理. 有限指数を持つ単射的正則自己準同型ρ∈End(Μ)がΜに完全局所化されているとする。その時、ρは円上のMobius共変自己準同型に拡張される。

 後半では代数的場の量子論の少し違った側面に注目する。まず、すべての有限指数のDoplicher-Haag-Roberts自己準同型はMobius共変である。さらに、Mobius共変Doplicher-Haag-Roberts自己準同型は一つの一変数自己同形群で一意に決定される。この群を用いて荷重のコサイクル微分の条件を満たすConnesコサイクルを定義することができる。ゆえに、Mobius共変自己準同型には情報消失なしに荷重を対応させることができる。この対応はBertozzini、Conti、Longoによって研究された。本論文ではこの問題の逆を考え、荷重からMobius共変Doplicher-Haag-Roberts自己準同型を構成する。具体的には、次の定理を示す。

定理. ψをΜ上の半有限正則忠実な荷重で区間I0,I0⊆S+に局所化されているものとする。この時、I0に局所化されたS1上の自己準同型ρで、Μ上でσψορ=ροσωtを満たすものが唯一存在する。このρは有限指数の自己準同型の直和(有限又は無限)であり、特にMobius共変である。

 我々は更に、どのような荷重が同じ自己準同型を誘導するかを調べ、また、ユニタリー同値性や直和など自己準同型に関する様々な概念が荷重に関する同値な概念にどのように対応するかについて調べた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文において,論文提出者は共形場理論への作用素環論的アプローチにおける,表現論についての新しい研究を行った.

 場の量子論を作用素環論的に研究する方法は,荒木,Haag,Kastlerらによって考え出されたもので,時空領域ごとにそこで観測可能な物理量の生成する作用素環を対応させる.このようにしてできる,時空領域でパラメトライズされた作用素環の族を公理付けしたものが数学的研究の対象である.時空や対称性の群を取り替えることにより,幅広い範囲の場の量子論が統一的に扱える.カイラルな共形場理論においては,「時空」として1次元円周を取り,その対称性として向きを保つ微分同相写像全体を取る.このようにして得られる作用素環の族を共形ネットと呼ぶ.古典的Doplicher-Haag-Robertsの理論を,共形ネットに適合させることによって,基本的な枠組みがFredenhagen-Rehren-Schroerによって与えられた.

 共形ネットは,連続濃度個のvon Neumann環の族であるが,Wiesbrockはこのうち二つの環だけから全体を再構成できることを示し,そのような再構成ができるための二つの環の条件を与えた.この条件を満たすような作用素環二つの組を,片側モジュラー包含という.片側モジュラー包含と作用素環の共形ネットは論理的に同値であるが,前者には作用素環を二つ考えるだけでよいというメリットがある.一方後者には,表現論が考えやすいという利点がある.Svegstrupはこの両者の見方を統合して,前者の枠組みにおいて表現論を考察した.

 共形ネットの表現論では,作用素環の族がいっせいにほかのHilbert空間に表現されることを考える.これは意味は明確だが,さまざまな取り扱いが困難である.たとえば,二つの表現論のテンソル積がどのように定義されるのかまったく明らかでない.これを取り扱うのがDoplicher-Haag-Roberts理論であり,表現をある大きな作用素環の自己準同型として取り扱う.これによって,表現のテンソル積は自己準同型の合成として定義される.この自己準同型を,片側モジュラー包含の自己準同型として取り扱ったのが,Svegstrupの提出論文の前半の結果である.片側モジュラー包含の大きい方の環の自己準同型が,共形ネットに移ったときにいつ,Doplicher-Haag-Roberts理論の意味での自己準同型を与えるかについての条件を明らかにした.

 また,このようなDoplicher-Haag-Roberts理論の意味での自己準同型から出発すると,ConnesによるRadon-Nikodym型定理を経由して,ある種のweightが得られることが,Brunetti-Conti-Longoによって知られていた.Svegstrup は逆に,どのようなweightから表現が発生するか,また異なるweightが同値な表現を生み出すのはいつか,という問題について明解な判定条件を与えた.これには上述の自己準同型を扱う手法が有効な手がかりを与える.この結果は,III型因子環,Jonesのsubfactor,共形ネットの三者の表現論の形式的類似をさらに追及する際に重要な手がかりを与えるものと期待される.

 よって,論文提出者Svegstrup Rolf Dyreは,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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