No | 122074 | |
著者(漢字) | 永井,雄高 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナガイ,ユウコウ | |
標題(和) | スカーム模型における集団座標量子化の一般化 | |
標題(洋) | Generalized collective quantization of Skyrmion | |
報告番号 | 122074 | |
報告番号 | 甲22074 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4937号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1 はじめに 本研究ではスカーム模型の古典解であるスカーミオンの量子化を扱った.スカーム模型はQCDの低エネルギー有効模型の一つであり,そのソリトン解であるスカーミオンはバリオンに相当する.ただし,厳密にはスカーミオンは静的なものが知られるのみであり,スピンやアイソスピンに対応するべき古典的な回転運動の自由度を持たない.そのため,現実の核子を記述するには,近似的な集団運動を想定し,それを量子化することで必要な量子数を定義する必要がある.アドキンス,ナッピ,ウィッテンによって提唱された従来の集団座標量子化では,ソリトン解の一様な回転を考える.この手法は広く採用されているが,遠心力を変分方程式に取り込んだ際にソリトン解が定義できなくなることが知られている.この欠陥はパイオン質量を導入することで改善できるが,この方法では自然なカイラル極限を考えることができない.本研究ではより一般的な集団運動を扱うことでこの問題を回避し得ることを示した.また,どのような集団運動が現象論的に可能であるかを議論し,遠心力の効果について数値的に調べた. 以下,本論文の構成に沿って概観する. 2 古典的スカーミオン この節ではスカーム模型の古典的性質について述べた.スカーム模型は非線形なSU(2)場の理論である.ラグランジアン密度は で与えられる.UはSU(2)場,Fπはパイオン崩壊定数,eは現象論的な結合定数である.スカームは静的ソリトン解としてヘッジホッグ場 を仮定した.ここにFは実関数,τはパウリ行列を表す.Fの境界条件は次のように与えられる Bは場Uの空間への巻き付き数であり,物理的にはバリオン数と同一視できる.以下ではB=1の系を考える.ヘッジホッグ場に対する変分方程式は数値的に解かれ,有限エネルギーの解を持つことが知られている. 3 集団座標量子化 この節では広く受け入れられている集団座標量子化の手法と,その既知の問題点についてまとめた. 従来の方法ではヘッジホッグ場U0がラグランジアンの大域的回転対称性を破っていることに注目し,大域的回転の自由度を集団運動の自由度と見なす.これを量子力学的に扱うには,時間に依存する場 を仮定すればよい.ここでAは回転の行列である.ヘッジホッグ場では実空間とアイソスピン空間の角度が対応しているため,行列Aによる回転はスピンとアイソスピンの両方に対応する.このときラグランジアンは次の形に帰着する. ただしM0とΛはFを含む積分である.この回転の角速度ベクトルをωとすればiωiti=∂0AA†である.ここでアイソスピン空間における正準運動量L=Λωを定義する.ルジャンドル変換によりハミルトニアン が定義できる.正準量子化の処方に従って運動量Lを演算子に置き換えれば量子化されたハミルトニアン を得る.Cはカシミール演算子であり,スピン・アイソスピンの表現に対応する定数になる. この方法には以下のような困難が知られている.ハミルトニアンを変分してF=0の周りで線形化すると次のような積分微分方程式を得る CとΛが有限の時,Fは遠方でsin(kr)/rのように振動する解を持つが,このときΛは発散してしまう.逆にΛが無限大とすればFはr(-2)で減衰する解を持ち,この解に対してはΛは有限の値を持つ.したがってCがゼロでないとき境界条件を満たす解は存在しない. パイオン質量mπを導入すると,上の方程式は次のように変更される. ここでパイオンの有効質量μを で定義する.μ2>0であれば,方程式は遠方でexp(-μr)/rのように減衰する解を持つ.ただし,この方法で核子とデルタ粒子の質量を再現しようとすると、現実の二倍以上の大きなmπが必要になることが知られている.また,パイオン質量がゼロとなるカイラル極限において,核子の振る舞いに特異性を認めなければならない. 4 集団座標の一般化 ここでは集団座標の定義を一般化した.我々は大域的回転の概念から離れ,空間座標に依存する揺らぎを考え,その特定のモードを集団運動と見なして量子化を行った. まず注目するモードを特徴づける関数f(r)を導入する.ヘッジホッグ場が原点からの距離rに依存する角速度ω(r)=ω0f(r)で微小回転をすると考えると,ラグランジアンは のように書ける.角度変数に共役な正準運動量は次のように定義できる. 我々は系の全角運動量 を集団運動量として採用する.古典的なハミルトニアンは以下のように書ける. ここに, 従って量子化されたハミルトニアンは ここでf=(定数)とおけば従来の大域的回転に帰着する.このとき,Fに対する線形化された方程式は となる.ただしここで と定義した.fが遠方で十分に速く減衰すれば,回転項の寄与を無視できる.そのとき方程式は静的な場合に帰着し,ソリトン解の存在が期待できる.この定式化ではfは理論のパラメータとして導入されている.どのようなモードを採るべきかは,現象論的に決定するしかない. ソリトン解が存在するためにはfがr(-2)よりも速く減衰すればよい。我々は指数関数型 およびフェルミ関数型 を仮定し,いくつかのRとaの値について数値的に解を求めた. 指数関数型ではヘッジホッグ解は安定に存在するものの,核子のモデルとしては望ましい結果が得られなかった.いくつかの物理量に対しては剛体近似よりも良い値を得られるが,Fの遠方の振る舞いに敏感な量については実験値からより大きく離れてしまった.この傾向はカイラル極限で顕著である. 回転の効果がより局在するフェルミ関数型では,Rとaの値をそれぞれ1 fm, 0.1 fm程度に設定することで無理の少ない結果を得ることができた. 上記いずれの場合にも,Rの大きい場合にはFの遠方の振る舞いが悪くなる.逆にRを極端に小さくとった場合には,Λ(eff)の値が小さいために,結合定数が現実の値から離れてゆく傾向がある. 5 まとめ 従来,スカーム模型の取り扱いでは,遠心力を無視するか,大きなパイオン質量を導入する必要があった.我々はアドキンスらによって提案された集団座標の自然な拡張を議論した.この定式化では,物理的な解の存在と矛盾しない形で遠心力を取り入れることができ,また自然なカイラル極限を考えることができる. 我々は得られたハミルトニアンについて数値計算を行い,現象論的に無理の少ない結果を得るためには,バリオン半径と同程度の領域のみが回転運動に参加すると仮定する必要があることを見た.このとき,遠心力を考慮したスカーム模型は,一様回転において遠心力を無視した計算に近い結果を与える.アドキンスらの採用したこの近似は,現象論的には正当であったと見ることができる. スカーム模型の定量的な性質は,量子効果や古典場の変形等を取り込むことで大きく変化することが知られている.ここで得た数値的な結果はもっとも単純な場合の例にすぎない.ただし,我々の定式化は模型の詳細に依存しないため,上記のような拡張を考えた場合にも有効である. | |
審査要旨 | 本論文は6章から構成されている。 第1章は序文にあてられていて、本論文に至る歴史的背景が説明されている。強い相互作用の基礎理論である量子色力学(QCD)の基本的性質が概観された後、'tHooftによるQCDの1/NC展開(NCはカラーの数)とWittenによる1/NC展開で得られる有効メソン理論のソリトン解としてのバリオンの解釈、さらに、Adkins、Nappi、Wittenによるスカーム模型の再評価について述べられている。 第2章は、スカーム模型とその静的な解の説明にあてられている。スカーム模型のラグランジアンは、パイオン場の微分の2次の項である非線型シグマ模型項にパイオン場の微分の4次の項、スカーム項、を加えたものからなる。スカーム項の存在により、スカーム模型は、空間的に局在した静的ソリトン解、ヘッジェホッグ解、を持つ。この静的ソリトン解は、トポロジカルな量子数を持ち、トポロジカルな量子数はバリオン数と同定されるので、バリオンと解釈される。 第3章では、Adkins、Nappi、Wittenによる集団座標量子化について述べている。ヘッジェホッグ解は、実空間とアイソスピン空間における大域的回転対称性を破っていて、大域的回転の自由度を集団座標として量子化することにより、スピン・アイソスピンの固有状態を得る。しかし、この方法には、困難が存在することが知られている。すなわち、先に、変分によって静的なヘッジェホッグ解を求めた後にスピン・アイソスピンの固有状態に射影するのではなくて、先に、スピン・アイソスピンの固有状態に射影した後に変分を行うと、遠心力の存在のために解が存在しなくなる。 第4章が、本論文の中心であり、従来の集団座標量子化の拡張について説明している。まず、第1節では、定式化について述べている。空間座標に依存する揺らぎを考え、その特定のモードを集団運動と見なして量子化を行う。注目するモードを特徴づける関数f(r)を導入し、ヘッジェホッグ解が中心からの距離rに依存する角速度ω(r)=ω0f(r)で微小回転すると考える。角度変数に共役な正準運動量を定義し、その積分で与えられる全角運動量を集団運動量とする。量子化は、従来の集団座標量子化と全く同様に行うことができる。遠方でf(r)が十分速く0に近づけば、ヘッジェホッグ解は存在し、従来の集団座標量子化の不安定性の問題が解消することを指摘した。この点が、本論文の一つの成果であると認められる。次に、第2節では、ヘッジェホッグ解の遠方でのふるまいを調べるために、軸性結合について議論している。第3節では、f(r)に対して具体的な形を仮定してその現象論的帰結について述べている。指数関数型及びフェルミ関数型のf(r)を仮定して、指数関数型ではヘッジェホッグ解は安定に存在するが、核子の模型としてはあまり望ましい結果が得られないこと、フェルミ関数型では、ヘッジェホッグ解が安定に存在することに加えて、従来の集団座標量子化の結果に比べて核子の物理量を全般的によりよく再現すること、特に、従来は実験値の50%程度しか再現できなかった軸性電荷を実験値の80%程度再現することを示している。この点が、本論文のもう一つの成果であると認められる。 第5章では、一般化された集団座標量子化についての問題点や将来の課題が議論されていて、第6章では本論文の内容がまとめられている。 本論文においては、従来のスカーム模型における集団座標量子化の自然な拡張が提案され、従来の集団座標量子化の困難であった、カイラル極限における遠心力によるヘッジェホッグ解の不安定性の問題が解決される可能性があること、および、現象論的にも核子の模型として改善されることが示された。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |