No | 122077 | |
著者(漢字) | 安部,保海 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アベ,ヤスミ | |
標題(和) | 非可換場の理論における非可換的量子化 | |
標題(洋) | Noncommutative Quantization for Noncommutative Field Theory | |
報告番号 | 122077 | |
報告番号 | 甲22077 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4940号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 非可換空間上の場の理論は近年非常に注目を集めており、現在も盛んに研究が行われている研究分野である。非可換空間とは一種の空間の拡張概念であり、その座標関数が非可換な交換関係に従うという事実で特徴付けられる: ここでθ(μν)は実反対称テンソルである。このような空間上の場の理論、特に場の量子論は、通常Moyalスター積と呼ばれる非可換な積 を用いることで定式化される。非可換場の理論の作用は、対応する可換場の理論の作用に現れる場同士の積をこのMoyalスター積で置き換える事で得られ、例えばφ4理論の作用は次の形で与えられる。 ここで重要なことは、場の2次の項に関してはスター積と通常の積との間の差が全微分で与えられるため、積分によりその差が落ちてしまうことにある。 この様に構成された作用に基づいて定義された場に対し、通常、量子化は可換場の理論と同様、正準量子化、もしくは経路積分によって行われる。特に時間と空間が可換な場合(θ(0i)=0)、場の正準共役量は と見慣れた形で与えられ、これらに対し正準交換関係 を課す事で、量子化が行われる。 このように非可換場の理論においても、量子化は通常の可換場の理論と全く同じ手続きで行われるが、そこには可能な量子化がその方法しかないという積極的な理由があるわけではない。量子化に際して、正準量子化(もしくは経路積分法)が用いられる基本的な理由は、低エネルギーにおいてこの量子化が自然を正確に記述しているためであると考えられる。しかし、これはさらなる高エネルギー領域において、通常とは異なる量子化が実現している可能性を否定するものではない。特に、非可換場の理論においては、理論に新たな基本パラメータとして非可換パラメータθ(μν)が含まれているので、このθ(μν)に陽に依存するような量子化法を考えることができるかもしれない。このような視点から、著者は非可換パラメータθ(μν)に依存し、可換極限θ(μν)→0で正準量子化に帰着するような、新しい量子化を提案した。 この新しい量子化は、異なる点上の関数同士にも拡張されたスター積 を利用し、正準交換関係(5)を次の交換関係 に置き換えることで与えられる。この量子化の面白いところは、交換関係をこのように置き換えて理論を構築しても、通常と同じように量子論を矛盾無く構築できることにある。特に、スター積を用いた時間順序積 を用い、新たな量子化に適したGreen関数を の形で導入すると、この値を求めるための手法、つまり摂動展開やWickの定理の対応物をこの場合にも議論することができ、通常と同じ意味においてその値を決定することができる。さらに、Green関数とS行列要素間の関係を示すLSZ還元公式も同様に示すことができ、Green関数同様、S行列も摂動的に計算可能であることがわかる。 驚くべきことに、その結果得られるGreen関数、もしくはS行列要素の値は、可換場を正準量子化した理論(つまり通常の可換場の量子論)と全く同じ値になる。つまり、非可換場の作用から出発し、新たな量子化(7)で量子化を行った理論は、作用に非可換な相互作用項を持つにもかかわらず、量子論としては可換場の理論と同じダイナミクスを示すのである。その仕組みを摂動計算の過程において観察すると、この事態は相互作用項に含まれる非可換性と、量子化の際に導入された非可換性が打ち消しあうことによって起きていることが分かる。この事は相互作用項に用いたスター積と量子化の際に用いたスター積とで異なる非可換パラメータを使うことで確認できる。実際、前者をθ(ij)、後者をθ(ij)として、理論を構成すると、その結果得られるダイナミクスは、Θ(ij)=θ(ij)-θ(ij)を非可換パラメータとして持つ通常の非可換場の量子論と等価なものになるのである。 さらに、この等価性が摂動論に限られるものではないがいえる。つまり、非可換場の理論を(7)で量子化した理論と、可換場の理論を正準量子化により量子化した理論との間にはマップを構成することができ、このマップの下で二つの理論が非摂動的にも等価である事を示すことが出来る。このマップによる二つの理論の等価性から、さらに理論の対称性についても面白いことがわかる。通常の可換場の量子論はPoincare対称性を有しているが、著者が導入した新たな量子論ではこの対称性は破れている。むしろこの対称性は、新たな量子論においてはtwisted Poincare対称性として実現されていることが、このマップを通じて明らかにされる。twisted Poincare対称性は、Poincare代数をDrinfel'd twistによって変形することで得られる量子群的対称性であり、非可換空間の対称性を記述する概念として近年非常に注目を集めている。 以上に見たように、著者が導入した量子化法にもとづく量子論はいくつかの興味深い特徴を備えていた。なによりもまず、この方法によって矛盾のない量子論が構成でき観測可能な量を確定できるという事実は、スタンダードな正準量子化が物理的に唯一可能な量子化法ではないということを示唆している。また新しく構成された量子論に見出された非可換性の打ち消しあいの仕組みからは、例えば可換場の理論の作用から出発し、新しい量子化により場を量子化することにより、通常の非可換場の量子論と等価な理論が得られること、つまり理論の非可換性を、古典的な作用ではなく量子化の段階で理論に導入することも可能であることがわかる。さらに、新しく構成された理論はtwisted Poincare対称性を有しており、量子群と物理の接点としての観点からも、興味深い例を提示していると考えられる。これら明らかにされた構造、特徴のさらなる研究、応用が今後の課題である。 | |
審査要旨 | 安部氏の学位論文は非可換空間上の場の理論の量子化についての考察を行っている。全体は4章よりなり第1章が非可換空間の場の理論に関する簡単な導入、第2章が非可換空間上の場の理論に関するレビューである。第3章が本人が開発した新しい量子化についての議論を述べた部分でこの学位論文の中核をなしている部分である。第4章は簡単なまとめと展望である。 非可換空間は弦理論で(あるいは量子重力を限りより一般的に)現れる概念であり、通常の点の集まりとしての空間の概念を一般化したものである。弦理論に関しては非可換性は2階反対称テンソル場に関連して出現し、その典型的な例としてMoyal空間がある。非可換空間上の場の理論は通常の場の理論とは異なる多くの顕著な性質がある。その中で特に有名なものとしてUV/IR mixing(紫外/赤外混合)がある。これは点粒子を基礎と置く粒子の場の量子論のさけることのできない難点である近距離に現れる発散が、非可換空間上の場の理論においては空間の非可換性を通じて遠距離に現れる発散と混合してしまうという現象である。 安部氏は時空の非可換性に関連する正準量子化の新たな方法を提唱している。通常正準量子化では演算子の交換関係を通じて量子化を行う。このとき演算子の積は位相の因子が入らな単なる積で定義されるが、安部氏は例えば場の演算子の積をMoyal積で再定義してみることを考えた。このような再定義を行うとボソン場に対する交換関係とフェルミオン場に対する反対称交換関係式以外の演算子の間の交換関係を設定が可能である。安部氏が示したのはこのような交換関係の再定義を行うと、結果的に空間の非可換性を吸収できることである。つまり空間の非可換性のパラメータと正準量子化に現れる演算子の積の変更を適当に調整すると、非可換でない通常の空間の上の場の理論と同等になる。安部氏はこの対応をより正確に表現するため、通常の場の理論で考えられるFock空間表示、伝播関数の計算、グリーン関数やS行列の計算を行い、量子化を再定義した非可換空間上の場の理論が可換空間上で通常の量子化を行った場の理論と同等であることを示した。一般に量子化のパラメータを任意に変更すると空間の非可換性を勝手に変更できることも示されている。 また非可換空間におけるローレンツ対称性は通常の意味では破れているがLie代数の代わりにより広い概念であるHopf代数を考えると対称性が回復できることが知られていた。これはツイストされたローレンツ対称性と呼ばれる概念である。安部氏はこの学位論文で導入された一般化された量子化の方法を用いた系においてもこのツイストされたローレンツ対称性が保たれていることを示している。場の理論が(拡張された意味における)ローレンツ対称性を持つことは粒子のスペクトルの表現などを考える上で重要である。 以上のように安部氏は空間の非可換性と正準量子化の変更の関連を明らかにした。このような視点はこれまでに無かったものであり、十分独自性が高い研究であることが認められた。 これにより審査員全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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