No | 122083 | |
著者(漢字) | 尾張,正樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オワリ,マサキ | |
標題(和) | 局所量子操作および古典的通信の下における量子情報処理について | |
標題(洋) | Quantum information processing under local operations and classical communications | |
報告番号 | 122083 | |
報告番号 | 甲22083 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4946号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 量子力学に支配される系を用いることによって我々はどのような情報処理タスクをどれだけの効率で実行することができるか、特に暗黙のうちに古典力学に系が支配されていることを仮定している従来の情報処理に比べてどれだけの利得が得られるか、という問題に対する興味から量子情報の分野は始まった。そしてこの物理学と情報科学との学際領域である量子情報の分野は、80年代の量子力学に基づいた無条件安全性が証明できる量子暗号プロトコルの発見、および96年のShorによる素因数分解を高速でできる量子アルゴリズムの発見によって90年代後半以降急速に発展を遂げてきた。 我々の現在の情報処理が、多数の遠隔地にある情報処理端末(PC)とその間の光ケーブルなどの古典的伝送路で行なわているように、量子情報においても、遠距離に配置された多数の量子コンピューター(PC)とそれらの間の量子状態および古典情報の伝送により量子情報処理タスクが行われると考える。一方、よく知られているように、量子状態の遠距離伝送は、環境系による情報の散逸(ノイズ)を受けやすく、古典情報の伝送に比べて著しく困難である。そのため量子状態の伝送が一切不能である代わりに、古典情報の伝送はいくらでも好きなだけ可能であるという仮定(Local operation and classical communication<LOCC>)の下の量子情報処理の研究が、遠距離多者間の量子情報処理の本質の理解のために必要不可欠であると考えられている。 このようなLOCCによる遠距離多者間の量子情報処理に対する量子状態もしくは量子状態の集合の持つ性質として、量子非局所性は次のように操作的に与えられる。すなわち、遠距離多者間で共有された量子状態もしくは量子状態の集合に対して量子情報処理タスクが与えられ、LOCCによる量子操作の制限が情報処理タスクの実行を困難にするならば、その困難さを用いて状態もしくは状態集合の量子非局所性を表すというものである。特に遠距離多者間で共有された量子状態を別の量子状態に変換するというタスクに関する量子非局所性はエンタングルメントと呼ばれ、量子情報処理に不可欠なリソースとして盛んに研究されてきた。これまでに、エンタングルメントの理論は少なくとも二粒子純粋状態については、整理された理論体系が出来上がり1つの到達点に達した。その後、二粒子混合状態や多粒子状態などのより複雑な系についても多くの研究がなされてきたが、その数学的な困難さより現在エンタングルメント理論としての研究は行き詰まりを見せつつあるといっていい。 近年、状態識別と状態複製という情報処理タスクを考えることによりエンタングルメントとは異なった新たな量子非局所性として、LOCC状態識別(局所量子操作と古典通信<LOCC>の制限下における量子状態の識別)とLOCC状態複製(LOCCの制限下における量子状態の識別問題)に関する非局所性が提唱された。これらの非局所性は個別の量子状態ではなく量子状態の集合に対して定義されているという意味において、エンタングルメントとは異なっており。更に、エンタングルメントを持たない純粋状態からなるにもかかわらず、LOCCでは識別できない正規直交基底の発見などより、LOCC状態識別とLOCC状態複製に関する非局所性はエンタングルメントだけでは説明できないことが示された。一方、情報理論的視点から眺めても、状態識別と状態複製は様々な情報処理の基盤となる基本的なタスクであり、それらのLOCC制限下での性質を理解することは、LOCCの下での量子情報処理の理解に必要不可欠である。しかし現在のところ、LOCC状態識別とLOCC状態複製の研究は初期段階にあり、それらの性質もまたエンタングルメントとの関連性のはっきりとは分かっていない。そこで、本論文では、LOCC状態識別とLOCC状態複製に注目し、それらの性質の研究、およびそれら2つに関する非局所性とエンタングルメントとの間の関係性の研究を行った。 本論文では、第1章における量子情報と量子非局所性についての導入の後、まず第2章において、LOCC状態識別とエンタングルメントとの関係を明らかにするための研究を行った。従来のLOCC状態識別の研究の多くは、状態の集合が特殊な条件を満たしたときのLOCCによる状態識別プロトコルを与えているに過ぎず、LOCC状態識別とエンタングルメントとの関連性を明白に示す結果は得られていなかった。そこで、私達はLOCCより少し広い操作であるSeparable Operationを用いて、我々は与えられた状態の組の決定論的に(100パーセントで)LOCC識別可能な状態数の上限が、Separable状態(エンタングルメントを持たない状態)の集合との距離を用いたエンタングルメント量(距離的エンタングルメント量)によって得られること一般の多体系に対して証明した。特に純粋状態の集合{|φi>}N(i=1)がLOCC状態識別可能であるための必要条件は距離的エンタングルメント量E(|φ>)を用いて、〓と与えられる(ここでDは全系の次元〓はE(|φi>)の平均を意味する。)このことは、エンタングルメント量の和が次元を超えてはいけないとも言い換えることができるため、以下のように図示すると分かりやすい。 我々の得た結果は、状態集合の持つエンタングルメント量が、少なくとも我々の得た上限で与えられる程度には状態集合のLOCC状態識別の困難さを保障するということを意味する。LOCC状態識別とエンタングルメントとの明白な関連性を与える。また、一方で一般の多体系で定義された距離的なエンタングルメント量にLOCC状態識別を用いた操作的な意味づけも与えるという意味でも意義深い。 次に、第3章においては、遠距離当事者間の古典情報通信のタイプの違いによる2つのLOCCのタイプ、すなわち双方向に古典情報通信が許された一般的なtwo-way LOCCと古典情報通信が一方向に制限された場合のone-way LOCCの違いが、LOCC識別性にどのような影響を与えるかを研究した。その結果として、one-way LOCCで識別可能な状態数が2体の系ではSchmidtランクというエンタングルメント量を用いて表されることを示し。2量子ビット系においては、具体的にtwo-way LOCCによる状態識別プロトコルを構成することにより、双方向古典通信が一方向古典通信に比べて著しくLOCC識別の困難さを減少させることを示した。このことは、古典情報をエンコードされた状態集合からLOCCのみによって古典情報を得ようとした時に、双方向古典通信によって得られる古典情報が増加するということを意味するため、情報理論にも非常に意義深い。 第4章では、最大エンタングル状態の集合に注目してLOCC状態複製の性質を解析し、またLOCC状態複製とLOCC状態識別との関係性の研究も行った。私は、与えられた最大エンタングル状態の集合が決定論的にLOCC複製可能であることの必要十分条件が、その状態集合が同時(simultaneously)Schmidt対角化可能な正準(canonical)Bell状態基底の部分集合で与えられることを証明した。更に、Schmidt対角化可能な基底の部分集合は常にone-way LOCC状態識別可能であるという事実を用いることで、LOCC状態複製はone-way LOCC状態識別よりも困難であることを示した。このことから、最大エンタングル状態N個の集合はエンタングルメントという視点だけではすべて同じ量子非局所性を有するにもかかわらず、LOCC状態複製とone-way LOCCおよびtwo-way LOCC状態識別に関する量子非局所性を用いると、以下の図に記されるように分類されることが分かった。 この図において状態集合の量子非局所性は中心に近づくほど少なくなっている。また、LD、、c.c.、SSDはそれぞれLOCC distinguishable(識別可能)、classical communication(古典通信)、simultaneously Schmidt decomposable(同時Schmidt分解可能)の省略である。 最後に第5章では、それまでにこの論文で得られた結果をまとめてある。 我々がこの論文で行った、LOCC状態識別とLOCC状態複製という新たな切り口からの量子非局所性の性質の研究は、行き詰まりを見せつつある従来のエンタングルメントを中心とした非局所性の研究に新しい方向性を与えうるという意味で量子情報の分野の発展に貢献していると信じる。 (図1:Separable状態の集合からの距離の和〓E(|φi>)がDを超えるとLOCCで識別不能。) | |
審査要旨 | 本論文では、量子情報処理の観点から量子力学的状態の非局所性を議論しています。量子情報処理においては「局所量子操作および古典的通信」(Local Operations and Classical CommunicationsあるいはLOCC)という概念が重要になります。量子操作を局所的なものに限定し、通信を古典的なものに限定した範囲で、どのような量子情報処理が可能になるかが問題とされています。そのような範囲で何らかの量子情報処理を実行するためには、どうしても非局所的な量子相関が必要になります。 そのような状況を背景として、ある量子力学的状態がどの程度、非局所的であるかを定量化する研究が盛んに行われています。そのような定量化の中で広く知られているのはエンタングルメントというものですが、本論文ではそれでは測れない非局所性を具体的に議論している点が重要な寄与です。実行する量子情報処理の種類によって、必要となる非局所性の種類が異なると考えられるようになっています。量子力学的状態を変換するという量子情報処理に対応する非局所性がエンタングルメントであるのに対して、本論文では状態識別や状態複製という量子情報処理に対応する非局所性を議論しています。 本論文は5章からなっており、第1章は導入部、第5章は結論を述べています。第2章では、LOCCの範囲での状態識別を研究しています。具体的には、LOCCの範囲で識別できる量子力学的状態の数Nに対する必要条件となる不等式を証明しました。証明された不等式は、状態数Nに対する4つの上限を与えており、そのうちの2つはエンタングルメントで表されています。LOCC状態識別とエンタングルメンとの関係を定量的に示した研究はこれまでになく、大きな成果として高く評価できます。 次に第3章では、LOCCの種類によって状態識別の効率がどのように変化するかを研究しています。具体的には、まず古典的通信が一方向しか許されていない状況での状態識別の効率をエンタングルメントを使って与えました。続いて、古典的通信が双方向に許されている場合の状態識別の具体的な手続きを与え、それによって効率の下限を与えました。これによって、一方向と双方向では識別可能な状態数に大きな違いがあることがわかりました。一般的には、この二つの場合を数学的に定式化するのは非常に困難で、これまでそのような研究はほとんどありませんでした。本論文は両者を具体的に定式化し、その差を初めて示した研究として評価できます。 最後に第4章では、LOCCの制限のもとでの状態複製について研究しています。まず状態複製の具体的な手続きを与え、状態複製可能であることの必要十分条件を与えています。また、LOCCの制限の下で複製できる最大エンタングル状態は、古典的通信が一方向しか許されていない場合にも必ず識別できることを示しました。つまり状態複製は状態識別よりも困難であるということがわかりました。このような観点から、エンタングルメントだけでは区別できない非局所性があることを示唆しています。状態複製可能の必要十分条件は、これまで最大エンタングル状態が2つだけの場合に研究がありました。本論文では、一般の個数の最大エンタングル状態に対して必要条件を求めており、著しい成果と考えられます。 以上のように、本論文ではこれまでの量子情報処理の研究を超える結果を多く与えています。なお本論文は、村尾美緒氏、林正人氏、Damian Markham氏、Shashank Virmani氏との共同研究を含んでいますが、いずれも論文提出者が主導した研究であると判断します。以上より、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認めます。 | |
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