学位論文要旨



No 122102
著者(漢字) 手塚,真樹
著者(英字)
著者(カナ) テヅカ,マサキ
標題(和) 電子・電子と電子・フォノン相互作用が共存する系における超伝導
標題(洋) Superconductivity in the Coexistence of Electron-Electron and Electron-Phonon Interactions
報告番号 122102
報告番号 甲22102
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4965号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高田,康民
 東京大学 助教授 島野,亮
 東京大学 助教授 加藤,岳生
 東京大学 教授 押川,正毅
 東京大学 教授 永長,直人
内容要旨 要旨を表示する

序論

固体物理において、超伝導は応用面のみならず、基礎科学の対象としても強い興味がもたれてきた。電子系が相転移を起こし、電気抵抗が消失するとともに完全反磁性を示す現象が超伝導であるが、超伝導を引き起こす相互作用は、超伝導体によって様々に異なる。実験・理論の両面で、多くの研究が行われ、多くの新しい超伝導体が発見されるとともに、それぞれの転移機構が徐々に理解されつつある。しかし、様々な相互作用がどのような関係にあるときに超伝導に有利に働くかは、充分に理解されているとはいえない。

 初期の超伝導体の多くは単体金属や金属間化合物で、電子のバンド構造は3次元的であり、電子間相互作用の効果は弱かった。これらの系を平均場近似に基づきうまく記述したBCS理論では、電子格子相互作用のため電子がフォノン(量子化された格子振動)を交換してペアを組むことが超伝導の原因と理解された。ただし、フォノンのエネルギーが電子系のエネルギースケールに比べ充分小さいか相互作用が弱いために、頂点補正が小さいという仮定(ミグダル近似)があった。

 一方、ペアリングは、電子間斥力相互作用からも起きうる。1980年代以降、有機物や酸化物の新しい超伝導体が数多く発見されてきた。バンドが擬2次元的な銅酸化物高温超伝導体や、バンドが擬1次元的なものも含め、多様な結晶構造の有機超伝導体の研究で、これらの系で強い電子間斥力相互作用から、実際にペアリングが起きることがわかってきた。さらに、1991年に発見されたアルカリ金属ドープC(60)フラーレン系の超伝導では、電子間相互作用、電子フォノン相互作用がともに強い。また、伝導電子と強く相互作用するフォノンのエネルギーは電子のバンド幅と同程度であり、ミグダル近似も正当化し難い。

 電子間相互作用,電子フォノン相互作用がともに強く、フォノンのエネルギーが電子のバンド幅と同程度の格子において超伝導相関がどのような条件で支配的となるかを、ハバード・ホルスタイン(Hubbard-Holstein; HH)模型により理論的に調べることが本研究の目的である。まずハバード模型は、上下向きスピンそれぞれの電子がある、ないという合計4状態をとりうるサイトからなる格子を考え、電子はサイト間をtの確率で跳び移り、電子間では、同じサイトに2電子が来たときのみ斥力相互作用する、というものであり、強相関電子系の模型の一つとしてよく調べられてきている。この模型に、振動数ω0を持つ分散のない(アインシュタイン)フォノンをサイトごとに1個の調和振動子として加え、フォノンとサイト上の電荷の結合λを与えたものがHH模型である。本論文では、HH模型の基底状態での超伝導相関を含む各種の相関関数の長距離の振舞をこれまでよりも確度高く調べ、解析を行った。相関関数を求めるには密度行列繰り込み群(DMRG)を用いた。この方法は1次元、あるいは準1次元の格子系で基底状態近傍の性質を精度高く求められるものである。ここでは(準)1次元HH模型を考え、格子構造の効果も含めて調べた。

解析手法の開発

電子系にフォノンが結合していると、特にフォノンがボソンであるために多数(原理的に無限)の状態が生じサイトあたりの考慮すべき状態の数が大きくなる。系のハミルトニアンの固有状態を直接求める方法である厳密対角化によっては極めて限られたサイト数の系しか扱うことができない。多数の状態のサンプリングにより物理量を求める量子モンテカルロ法でも、低温での計算を困難にする負符号問題が電子間相互作用から生じる。DMRGでは部分密度行列を利用して基底の個数を制限し、厳密対角化できるサイト数から始めて、サイトを系に順次加える。フォノンのようなボソンを扱うためには、1つのサイトの自由度を分割して段階的に系に繰り込む擬サイト法が開発されていたが、本研究ではこれを電子間相互作用のある系に適用した。この際に通常のDMRGで行われる両端から対称なブロックを構築していく方法では一般に精度が低くなることを見出した。この困難を解決するため、計算の中途では目的の状態を補正することで収束を改善する方法を本著者は既に提案していた。これにより、相関関数の計算が可能になり、下で議論する相図を得ることができる。

 ただし、この方法では、系の初期化にあたり必要となる大次元行列の対角化の回数が多い。そこで新たに、DMRGでは通常初期化が完了した後に使われる有限系の方法を初期化の段階に規則的に組み込む、再帰掃引法(recursive sweepmethod)と呼ぶ手法を考案した。電子・電子、電子・フォノン相互作用の両方を持つ系で、この手法が計算の精度を実際に改善することがわかった。また、従来の方法での初期化が有効な純電子系でも、計算のコストを削減できることもわかった。

1次元およびジグザグ格子上のハバード・ホルスタイン模型における結果

1次元、ハーフフィリングでは、電子が多いサイトと少ないサイトが交互に現れる電荷密度波(CDW)や、隣り合うサイトに逆向きのスピンの電子が配列するスピン密度波(SDW)のような相と超伝導の競合を考える必要がある。同一サイトの2電子の有効相互作用は、フォノンが媒介する電子間引力をλとするとき、U≪λでは引力的、U≫λでは斥力的と期待され、前者の場合にはCDW、後者の場合にはSDWが強くなる。ただし、1次元量子系では量子揺らぎのため、超伝導やSDWのような連続的な対称性の破れに対応する秩序は基底状態でも現れ得ない。そこで、相関関数が距離の関数として最も遅く減衰する秩序を、支配的な相と同定する。

 HH模型については1次元に限っても既にいくつかの研究があった。ハーフフィリングの場合について、有限のω0ではλ<UのときにCDW、λ>UのときにSDWが支配的となるとの主張があった。系の励起スペクトルのギャップの有無は秩序と対応するが、CDWとSDWの領域の境界を除いて電荷ギャップがほぼ常に開いており系は金属とならず、スピンギャップの開いたパイエルス的な絶縁体相あるいはスピンギャップの閉じたモット的な絶縁体相となるとの研究もあった。一方で、U=0の軸沿いで有限の幅で超伝導が支配的となるとの結果や、CDW,SDWがそれぞれ支配的な絶縁体相の間に、金属的な領域が生じるとした理論もあった。朝永・ラッティンジャー理論に基づき相互作用の繰り込みを調べる手法(g-ology)からは、電荷ギャップがなく、スピンギャップのみ有限ならば、超伝導が支配的となることになる。電荷の構造定数のみを量子モンテカルロ法により計算した結果から、超伝導が広い領域で支配的という主張もなされていた。

 このように既存の研究で与えられてきた相図は互いに異なり、特に超伝導が支配的となるか否かは明確でなかった。本研究では、本著者が改良した方法を用いたDMRG計算により電子・電子と電子・フォノン相互作用を対等に扱って、ペアの相関を含めた各種の相関関数を基底状態において直接計算し、支配的な相関を調べ、以下の結果を得た。

1)1次元ハーフフィルドHH模型 U>λの場合はスピン相関のみが距離(r)の関数として冪的に(r(-η)のように)減衰するのに対し、斥力の方が弱い場合には、電荷相関とともに、同一サイト上の超伝導ペアの相関も冪的に減衰しうることがわかった。しかし、ペアの相関の減衰は常に電荷相関よりも速く、超伝導が支配的となる領域はなかった。フォノン振動数が小さく電子・フォノン相互作用が強い場合には、λがUより充分大きいと、CDWの長距離秩序(相関が距離にほとんどよらない)と考えられる状態となる。他の相関関数は指数関数的に減衰する。ここでも電荷,スピンのギャップが開く。

 HH模型の独立な個のパラメータ、(U/t,λ/t,ω0/t)に関する相図を描くと、λ/t-U/t平面では、SDWがU>λの全域に加え、ω0/tが小さいほど、λ>U側に大きく広がる。CDWと同一サイト上のスピン一重項ペアによる超伝導(sSC)が冪的に減衰してCDWが支配的な領域は、ω0が大きいほどλ/t方向に遠くまで広がる。

2)電荷・正孔対称性の破れた電子系と結合したフォノン 1)で得た結果に基づき、ハーフフィルドで電荷・正孔対称性をもつ電子系にみられるCDWとsSCの相関の厳密な縮退が、この対称性が破れると解けることをヒントに、HH模型で超伝導が支配的となる可能性を調べた。1本鎖で電子の個数をハーフフィリングからずらした場合、およびジグザグ(トレッスル)格子(1本鎖に加えて次近接サイト間のホッピングt'を考えた格子)でハーフフィリングの場合に相関関数を計算した。従来の理論では超伝導が支配的となりうるかは自明でなかったが、U>0(電子・電子相互作用は斥力的)のHH模型で1)と同様にDMRGにより相関関数を計算したところ、s波超伝導が実際に支配的な相関となりうることがわかった。|t'/t|>1/2で2本鎖に近づいたジグザグ格子では、2次元以上でd波に対応するような、隣接サイト間のスピン一重項ペアの超伝導相関も支配的となりうる。

結論と今後の課題

以上のように、電子・電子と電子・フォノン相互作用が共存する系の超伝導という問題について、本著者の開発した手法により大きな系で相関関数が安定して計算できること、1次元ハーフフィルドHH模型では超伝導が支配的な相関とならないものの、バンドフィリングをずらした場合や格子形を変えた場合に支配的となりうることを結論した。今後の課題として、1次元の既存の理論と整合的な理解を進めること、1次元と逆に無限次元の極限での解析を行うことなどから2次元,3次元の現実的な状況にも適用しうる知見を深めることなどが考えられる。また、今回考えたような相互作用の共存系は、電気,熱伝導といった輸送現象との関連でも興味深い。さらに、フェルミオンとボソンの共存する系は、固体の結晶に限らず、最近実験技術の発展が著しい冷却原子気体の系でも実現されており、ダイナミクスの実時間観測などに対応して、新しい視点から理論的研究を進められる可能性も指摘した。

図1:1次元ハバード・ホルスタイン模型と、そのパラメータ空間の模式図中に示した相図。1つのサイトには上向き,下向きスピンが存在するか否かの電子の自由度(下の円)と、電荷と結合したフォノンの自由度(上のバネ)がある。独立なパラメータは電子間斥力U,フォノンエネルギーω0,電子-フォノン結合λの3個ので逆、断こ熱こ極で限は(U〜λかつ、ω0〜tでω0/t→0の断熱極限を(Anti-adiabatic limit→∞の逆断熱極限(Anti-adiabatic limit)の両方から離れた状況を考える。COは電荷密度波(CDW)の長距離秩序が存在する領域,CDW/SCはCDWと超伝導相関がともに距離の冪で減衰する領域,SDWはスピン密度波の相関が支配的な領域。

審査要旨 要旨を表示する

 銅酸化物高温超伝導体の研究経過からも明らかなように、超伝導機構を微視的に解明する作業は大変な困難を伴う。修士(理学)手塚真樹提出の学位請求論文もこの種の難問にアタックしている。とりわけ、電子間クーロン斥力とフォノンを媒介とする電子間引力が共に強く、お互いに競合する系での超伝導発現条件を大規模な数値計算を駆使して明確にしようとするものである。なお、この論文では、このタイプの斥力引力競合系のすべてについて調べ尽くしたわけではないが、少なくとも1次元系に対して、これまでになされた同種の研究よりもずっと確度の高い有用な結果を得た。また、密度行列繰り込み群(DMRG)法の改良に向けた試みはこの系への応用だけに止まらず、汎用性があると判断され、これも高く評価される。

 さて、英文で4章からなる本論文の第1章では、まず、アルカリ原子添加のフラーレン固体を含む有機超伝導体が紹介された。そして、そのような物質系をうまく記述すると思われるハバード・ホルスタイン(HH)模型が導入された。このHH模型が本理論研究の具体的な対象であるが、この模型には電子の隣接サイト間跳び移り積分tを単位として独立な3つのパラメータが含まれる。それらはオンサイト・クーロン斥力U、局所フォノンエネルギーω0、および、そのフォノンを媒介とした電子間引力の大きさλである。そして、これら3つのパラメータ空間における基底状態相図の作成が本研究の主要目的である。この際、超伝導出現の可能性が高いのはU〜λ〜ω0の場合ではないかと想像されるが、これは解析的な手法があまり有効に働かない状況であるため、数値的研究、特に、DMRGの必要性が明確にされた。なお、DMRGの特徴から基本的に系の空間次元は1とされ、また、電子密度はハーフフィルドが中心とされた。

 次の第2章では、まず、既に長い研究の歴史を持つHH模型に対する過去のアプローチとそれぞれの研究結果が取り纏められた。なかでもDMRGについては、初歩的な紹介から始めて現状の分析まで行い、それらを踏まえてDMRG法を一層強力にしてフォノン空間の大自由度を取り扱う上で計算の精度・速度共に格段の向上をもたらす(Recursive Sweep法と名付けられた)改良法を提案した。

 本論文の中心である第3章では、DMRG-Recursive Sweep法を最大64サイトの1次元HH模型に適用した結果が示された。特に、各種の相関関数のべき的減衰指数を比べることによって、この模型の相図が与えられた。なお、ここで考慮されたものは、λ≫Uで安定化される電荷密度波(CDW)相(あるいは、電荷秩序(CO)相)、λ≪Uで安定化されるスピン密度波(SDW)相、そして、その中間のλ〜Uの状況で出現するかもしれない金属相、なかんずく、s波、p波、d波の各超伝導相である。また、非断熱効果を制御するものとしてのω0の重要性にも十分な注意が払われた。

 得られたハーフフィルドの系における相図は図3.15にまとめられた。基本的な状況は事前に予想されたものから大きく外れてはいないが、超伝導が支配的になる領域は存在しないことが明言された。一方、具体的な応用対象は明確でないが、ハーフフィルドからはずれた場合や次近接サイト間跳び移り積分t′がゼロでない場合には、超伝導が支配的になる領域があると言及した。なお、十分な解析がなされていないものの、ω0が有限のある領域で、いわゆるgオロジーの結果とは一致しない(朝永ラッティンジャー液体からはずれる)と示唆される結果も得ていて、大変に興味深い。

 最後に第4章では、本研究で得られた新しい研究結果が要約され、将来の課題が列挙された。なお、本論文の末尾には第2章の補遺として計算技法、とりわけ、DMRGと動的平均場近似(DMFT)との結合法に関する解説がつけ加えられた。

 以上、各章の紹介とともに本論文で得られた物理学上の知見を解説した。有機超伝導体を理解する上で重要な模型の一つである1次元ハバード・ホルスタイン模型の物理的性質、とりわけ、超伝導状態の出現状況に関して確度の高い結果を得たこと、そして、それを可能にしたDMRG-Recursive Sweep法の開発など、基礎物理学への充分な貢献が認められる。したがって、審査員全員が学位論文として充分な水準にあり、博士(理学)の学位を授与できると判定した。なお、本論文の内容の大部分は青木秀夫氏や有田亮太朗氏らとの共著としてPhysical Review Letters誌やPhysica B:Condensed Matter誌、AIP Conference Proceedings誌に既載されているが、これら3つの論文の第一著者である論文提出者が主体となって計算及び結果の解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。また、この件に関して青木氏や有田氏の同意承諾書が提出されている。

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