学位論文要旨



No 122108
著者(漢字) 西田,祐介
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,ユウスケ
標題(和) ∈ 展開を用いたユニタリー・フェルミ気体の研究
標題(洋) Unitary Fermi gas in the ∈ expansion
報告番号 122108
報告番号 甲22108
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4971号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 教授 太田,浩一
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 教授 大塚,孝治
内容要旨 要旨を表示する

 We construct systematic expansions around four and two spatial dimensions for a Fermi gas near the unitarity limit. Near four spatial dimensions such a Fermi gas can be understood as a weakly-interacting system of fermionic and bosonic degrees of freedom. To the leading and next-to-leading orders in the expansion over ε = 4-d, with d being the dimensionality of space, we calculate the thermodynamic functions and the fermion quasiparticle spectrum as functions of the binding energy of the two-body state. We also show that the unitary Fermi gas near two spatial dimensions reduces to a weakly-interacting Fermi gas and calculate the thermodynamic functions and the fermion quasiparticle spectrum in the expansion over ε = d - 2.

 Then the phase structure of the polarized Fermi gas with equal and unequal masses in the unitary regime is studied using the ε expansion. We find that at unitarity in the equal mass limit, there is a first-order phase transition from the unpolarized superfluid state to a fully polarized normal state. On the BEC side of the unitarity point, in a certain range of the two-body binding energy and the mass difference, we find a gapless superfluid phase and a superfluid phase with spatially varying condensate. These phases occupy a region in the phase diagram between the gapped superfluid phase and the polarized normal phase.

 Thermodynamics of the unitary Fermi gas at finite temperature is also investigated from the perspective of the expansion over ε. We show that the thermodynamics is dominated by bosonic excitations in the low temperature region T ≪ Tc. Analytic formulas for the thermodynamic functions as functions of the temperature are derived to the lowest order in ε in this region. In the high temperature region where T 〜 Tc, bosonic and fermionic quasiparticles are excited and we determine the critical temperature Tc and the thermodynamic functions around Tc to the leading and next-to-leading orders in ε and ε.

 Finally we discuss the matching of the two systematic expansions around four and two spatial dimensions in order to extract physical observables at d = 3. We find good agreement of the results with those from recent Monte Carlo simulations.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は英文で書かれ、本文10章(section)と補章(appendix)から構成されている。第1章は序論で、この研究の動機となる実験的背景と理論的問題の設定、それに対するこの論文で展開する新しいアプローチの概観、そして論文の構成と残りの各章の簡単な要約が述べられている。第2章は真空中の2体散乱振幅を空間次元がd次元の場合に計算し、散乱長が発散する「ユニタリー極限」において、2次元、4次元のフェルミ気体はそれぞれ、理想フェルミ気体、理想フェルミ・ボース混合気体となることを示し、次章以降で展開されるε展開法の動機付けを与えている。第3章では、4-ε次元での「ユニタリー」フェルミ気体のε展開法を定式化し、ファインマン・ダイアグラム法による摂動展開則を導いて、有効ポテンシャル、状態方程式、準粒子スペクトル、運動量分布、凝縮体成分比、等の物理量のε展開による計算方法を詳細に述べている。第4章では、この方法をスピン偏極した2成分フェルミ気体に、第5章では異なる質量をもつ2成分フェルミ気体への拡張をおこない、それぞれの場合の有効ポテンシャルの計算をε展開法で行なって、2成分フェルミ系の「ユニタリー極限」における相構造を調べている。第6章では2+ε次元でε展開法を定式化し、状態方程式、準粒子スペクトルの摂動計算を行なっている。第7章では4-ε次元の摂動展開と2+ε次元の摂動展開の結果をつかって実際に物理的に興味のある3次元への内挿をパデ公式を使って行ない、一粒子当たりの平均エネルギーにたいして自由気体の場合との比を計算し、モンテカルロ法による計算結果と近い値を得ている。第8章と第9章は有限温度への拡張で、第8章では低温相、第9章では高温相の結果の考察を行なっている。第10章は全体のまとめ、補章ではε展開のn次の項の係数がn!に比例する項を含んでいることを示し、ε展開が実際には漸近展開となっていることを示している。

 序論で述べられているように、最近のレーザーを用いた極低温・低密度の原子気体の実験の進展は目覚ましいものがあり、特にフェッシュバック共鳴を用いて2粒子の相互作用の強さを外部磁場によって自由自在に変更できることにより、これまでアカデミックな問題とされてきた理論的に興味ある問題が実際に実験的にも調べることができるようになっている。その中で特に注目されている問題が、この論文の主題となる非常に大きい散乱長によって特徴付けられる「強結合」フェルミ気体で、特徴的な無次元のパラメータが存在しないことから、これまで知られているどの近似法も用いることができない非常にチャレンジングな問題とされている。S波散乱長が発散する極限は、2体の結合状態ができる閾値に対応しており、弱結合におけるBCS状態と、強結合の分子的BEC状態との境界にあり、Leggett等のBEC-BCSクロスオーバーの予想もあって理論的に興味が持たれてきた。著者は、共同研究者のD. Son(ワシントン大学准教授)とともに、空間次元を解析接続した2次元、4次元からの摂動展開という独創的なアイデアを提案し、新しい系統的な計算方法(ε展開法)を定式化した。

 2次元、4次元が特殊な自由気体の極限になっていることは、最初、Z. NussinovとS. Nussinovによって指摘されていたが、この論文の著者達はd次元空間における2体散乱の散乱振幅を簡単な模型で計算することでそれを明瞭に理解できることをまず示している。例えば、d=4-εの場合には、散乱振幅の逆数はフェルミオンの質量の2倍の質量をもった(ボース)粒子の伝播関数とεに比例した係数の関になっており、これはフェルミ粒子がそのようなボース粒子と弱く結合した系に置き換わったと考えることができることを意味している。一方、d=2+εの場合には、ボソン極は現われず散乱振幅は単にεに比例した項となる。これは2次元ではフェルミ粒子は相互作用をせず、εが小さい場合は、結合定数がεに比例した弱結合系として取り扱うことができることを示唆している。

 著者等は任意の空間次元におけるこのような2体散乱振幅の分析から得られた結果をもとに、多体系の性質を系統的に計算する、2次元、4次元からの摂動展開の方法を、繰込み群の計算法でK. WilsonとJ. Kogutが導入したε展開法をもちいて、ファインマン・ダイアグラムの方法で定式化した。その中で特に注目すべき結果は、4次元からの展開においてボース粒子の運動項を導いている点である。2体散乱振幅の計算から、4次元の近傍では、系は弱く相互作用する質量mのフェルミ粒子と質量2mのボース粒子からなる混合系として記述できるはずであるが、実際、著者達はこの予想を実現する有効理論が構成できることを示した。それによると、ボース粒子の運動項はフェルミ粒子のループからのボース粒子の自己エネルギー項に含まれている。その際4次元での運動量積分から現れる紫外発散が、ε展開から予想されるナイーブな展開次元を変えることが示されている。

 著者等はこの計算方法を用いて、4次元からのε=4-dによる展開で様々な物理量を計算している。その中で特に注目されるのは、3次元の「ユニタリー極限」でのフェリミ粒子系の一粒子当たりの平均エネルギーで、それと自由気体の一粒子平均エネルギーとの比は「ユニタリー極限」を特徴付ける普遍的な物理量の一つである。著者達は4次元からの展開と2次元からの展開を繋ぐ内挿公式をパデ公式によって求めている。その結果得られた3次元での値0.378士0.014は、3次元のモンテカルロ法によって数値計算で得られた結果0.42と近い値となっており、この計算法の有効性を示唆している。著者等はこれ以外に、準粒子スペクトル、粒子密度の異なる混合フェルミ気体の相図、有限温度のBEC相転移前後での熱力学量の振る舞いなど、様々な物理量をこのε展開法を用いて解析的に計算し興味ある結果を出している。

 このようにこの博士論文は多体問題の難問に対し非常に独創的な方法でアプローチし、ε展開法を定式化して、様々な物理量の計算に系統的に応用している。英語の表現も非常にしっかりと書けており、非常に完成度の高い論文である。

 この論文でまとめられている一連の研究は米国ワシントン大学のD. Son准教授との共同研究に基づいているが、本人の寄与が十分あり、博士号を授与するのに十分な内容であると審査員一致で判定した。

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