学位論文要旨



No 122163
著者(漢字) 下,功朗
著者(英字)
著者(カナ) シモ,イサオ
標題(和) 新規なbowl型シラノールの合成とシリカ担持触媒均一系モデル構築への応用
標題(洋) Synthesis of Novel Bowl-type Silanols and Their Application to Construction of Homogeneous Models of Silica-supported Catalysts
報告番号 122163
報告番号 甲22163
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5026号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 尾中,篤
 東京大学 助教授 市川,淳士
 東京大学 助教授 村田,滋
内容要旨 要旨を表示する

 シリカ表面に存在するシラノール残基は、熱処理により部分脱水されて減少し、その表面には隔離された≡SiOH や=Si(OH)OSi(OH)=のようなユニットが存在する。このようなシリカは触媒担体として有用であり、種々の不均一系触媒の固定化に活用される一方で、表面反応では生成する化学種の構造や反応を直接的に観測する手法が限られるため、シリカ担持触媒については均一系モデル錯体による研究が多く行われている。しかし、重合触媒として有用なシリカ担持アルキルジルコニウム錯体の場合、その均一系モデル錯体の合成は一般に困難であった。これは、従来のシラノールを用いた場合にはその嵩高さが不十分であるため、ジルコニウム上に導入されるシラノラト配位子の数を制御することが困難であったためである。また、これまでにアルキルシラノラトジルコニウム錯体に助触媒を作用させて生成する反応活性種を、直接的に観測した例はない。当研究室では、bowl 型構造を有する嵩高い分子を開発し、種々の高反応性化学種の安定化に応用してきた。筆者らはすでにbowl 型シラノールTRMS-OH (1)を用いることで、反応活性種の前駆体であるビス(シラノラト)錯体2 の合成に成功している。博士課程においては2 とLewis 酸およびオレフィンとの反応について検討し、オレフィン重合反応の活性種を単離、構造決定することに成功したので報告する。また、よりシラノール残基の密度の低いシリカ表面のモデルの構築を目指し、より深いキャビティをもつbowl 型シラノールを合成し、これを用いてジルコニウム錯体の合成を検討したので併せて報告する。

1. オレフィン重合反応における反応活性種の単離と構造決定 一般にジアルキルジルコニウム錯体L2ZrR2 (L = ligand, R = alkyl group)は、適当なLewis 酸助触媒共存下でオレフィン重合活性を示すことが知られており、シリカ担持触媒系においても同様なジアルキル錯体の生成が報告されている。しかし、従来の均一系モデルでは、シラノラト配位子がd0 ジルコニウムに対して多重置換を起こしやすいことに加え、従来のシラノールの嵩高さの不足のため、シラノラト配位子の数を2個に制御してジアルキル錯体を合成することは困難であり、それらとLewis 酸との反応により生成する活性錯体種の直接的な観測例はない。

 筆者は、この反応活性種の単離を目指し、以前に合成した2 とLewis 酸との反応について検討した。ベンゼン中Lewis 酸として1 当量のB(C6F5)3 を作用させたところ、定量的にカチオン性錯体3 が生成した。ベンゼン/ヘキサン混合溶媒から得られた単結晶のX 線結晶構造解析の結果、対アニオンのベンジル基の芳香環がジルコニウムカチオンに対してπ配位した双性イオン型の構造をとっていることが明らかとなった (Figure 1)。これは、シラノラト配位子をもつジルコニウムカチオン性錯体としては、初めての合成・単離・構造決定例である。一方、Et2O 共存下で得られた結晶4 においては、2 分子のエーテルがジルコニウムカチオンに対して配位し、カチオン-アニオン間の相互作用は観測されなかった。対アニオンや配位性溶媒の配位を防止するために、Lewis酸としてPh3C+[B(C6F5)4]-を用いたところ、別種のカチオン性錯体5 が生成した。X 線結晶構造解析の結果、5においてはZr に対し対アニオンの配位は観測されないものの、溶媒のベンゼンが配位した構造を有していることが明らかとなった (Figure 2)。

 また、カチオン性錯体3 を触媒として用い、トルエン中、50 ℃、30 気圧のエチレン雰囲気下でエチレン重合反応を行ったところ、活性値は小さいものの、有意な触媒活性(6.12 g-PE・mmol((cat))(-1)・h(-1))が観測された。また、カチオン性錯体5 を用いて同様の条件下でエチレン重合反応を行った場合には、その活性値が著しく増大し、402 g-PE・mmol((cat))(-1)・h(-1) となった。この触媒活性値の差異は用いた触媒錯体の構造に起因するものと考えられる。即ち、カチオン性錯体3 においては対アニオンがジルコニウムカチオンに対し強く配位しているため、エチレンの配位が抑制され、重合反応が進行しにくいのに対し、カチオン性錯体5 を用いた場合には、ジルコニウムと対アニオンとの間には相互作用がないため、エチレンの配位は阻害されず、相対的に重合反応が進みやすくなり活性値が増大したものと考えられる。これらのカチオン性錯体が、MAO などの助触媒の添加を必要とせず、錯体単独で活性を示したことから、カチオン性錯体3 および5 はオレフィン重合反応の活性種であるということが直接的に示唆された。また、3 と1-ヘキセンとの反応を検討したところ、適当な条件下では1-ヘキセンの重合が見られ、一置換オレフィンに対しても、低いながらも重合活性を有することが明らかとなった。さらに、貧溶媒として1-ヘキセンを用いてベンゼンから再結晶をすることで、1 分子の1-ヘキセンがZr-Bn 結合に挿入したオレフィン挿入錯体6 が生成したことがX 線結晶構造解析により確認された。以上より、これらの錯体3, 5 および6 はオレフィン重合反応の活性中間体であることが示唆される。これらの結果より、シリカ担持触媒均一系モデルの構築と活性中間体の単離における本bowl 型シラノールの有用性を示すことができたといえる。

2. より深いキャビティをもつbowl 型シラノールの合成と錯体合成検討

 シリカはその熱処理温度によって表面に存在するシラノール残基密度が変化し、その結果、金属錯体を担持した場合に生成する錯体種のシラノラト配位子数が変化することが知られている。比較的高温で前処理したシリカにジルコニウム錯体を作用させた場合には、モノ(シラノラト)錯体が生成するが、その均一系モデル錯体の合成はビス(シラノラト)錯体の場合よりさらに困難である。

 このモノ(シラノラト)錯体の合成を目指し、さらに嵩高く深いキャビティを有するシラノールとして、m-フェニレンの枝分かれ単位を増やしたシラノール7 および8 を設計した。最初に1 の合成と同様にアリールリチウムとハロシランとの反応による合成を検討したが、そのアリールユニットの嵩高さのためか、直接的なシラノールの合成は出来なかった。そこで、トリス(3,5-ジブロモフェニル)シラノールとテルフェニルボロン酸エステルとの鈴木カップリングによる合成を検討した。テルフェニルボロン酸エステルとして、メチル基をもつ 9 を用いた場合には、目的のトリアリールシラノール7 が生成したが、イソプロピル基をもつ10 を用いた場合には、その嵩高さのため、反応点6 点中5 点しかカップリング反応は進行せず、目的のシラノール8 は得られなかった。

 得られた高世代のシラノール7 に関して、そのIR スペクトルを測定したところ、そのOH 伸縮振動の吸収ピークがν(OH) = 3590 cm(-1) (KBr 錠), 3649 cm(-1) (5, 20, 100 mM CH2Cl2 溶液)となり、固体状態および溶液状態ともに水素結合を持たず、単量体として存在することが明らかとなった。また、比較的安定なシラノールとして知られるトリフェニルシラノールが脱水縮合する条件においても、7 においては脱水縮合を起こさないことが明らかとなった。これらのことから7 は十分に深いbowl 型構造を有していると推察される。

 そこで、この7 を用い、Zr(CH2Ph)4 との反応により、モノ(シラノラト)ジルコニウム錯体の合成を検討したが、残念ながら、これらの混合比によらずモノ-およびビス(シラノラト)ジルコニウム錯体の混合物が生成し、目的とするモノ(シラノラト)錯体の単離には至らなかった。この原因としては、m-フェニレンユニットの回転自由度が大きいために、二つのbowl 型配位子がギア状に噛み合う配座をとることができ、ビス(シラノラト)錯体の生成を抑制できなかったためであると考えている。

 以上、サイズの異なるbowl 型シラノールを合成し、それらを用いてシラノラトジルコニウム錯体を合成した。モノ(シラノラト)錯体の合成については検討中ではあるが、ビス(シラノラト)錯体においては、オレフィン重合反応における反応活性中間体の単離、構造決定に成功した。これにより、bowl 型シラノールがシリカ表面に存在する隔離されたシラノールユニットのモデル化に有用であることを示した。

Figure 1. (a) Crystal structure of 3. (b) ORTEP drawing of the central part of 3 (50% probability).</fig>

Figure 2. (a) Crystal structure of 5. (b) ORTEP drawing of the central part of 5 (50% probability).</fig>

* estimated by 1H NMR

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり、第1章は序論、第2章はbowl型配位子を有するカチオン性アルキルビス(シラノラト)ジルコニウム錯体の合成と構造およびオレフィンとの反応、第3章は深いキャビティを有する新規な嵩高いbowl型シラノールの合成とモノ(シラノラト)ジルコニウム錯体の合成検討、第4章は結論と今後の展望について述べている。

 第1章では、シリカ担持触媒とその均一系モデル錯体について、4族金属のオレフィン重合触媒、特にジルコニウム触媒に着目し、これまでの報告例と従来の問題点について述べている。また、当研究室においてこれまでに開発されたbowl型構造を有する置換基や配位子とその応用について言及している。そして、bowl型構造を有するシラノールを活用することで、従来のシリカ担持ジルコニウム触媒の均一系モデルの問題点を解決し、中心金属の反応性を保持しつつ、シラノラト配位子の数を制御したモデル錯体を合成し、また、反応活性中間体を単離および構造決定するといったことを通じて、bowl型シラノールがシリカ担持触媒モデル系の構築と活性中間体の単離に有用であることを示すという研究目的を述べている。

 第2章では、Ziegler-Natta型のシリカ担持オレフィン重合触媒のモデルとして、第二世代のbowl型シラノール(TRMS-OH)から誘導された、bowl型シラノラト配位子を有する種々のカチオン性アルキルビス(シラノラト)ジルコニウム錯体の合成と構造決定、そしてオレフィンとの反応について述べている。前駆体である中性ジアルキルビス(シラノラト)ジルコニウム錯体とLewis酸、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボランとの反応により、初めてのシラノラト配位子を有するカチオン性ジルコニウム錯体を合成し、この錯体が溶液中および結晶中においてカチオンとアニオンが強く相互作用した、双性イオン型の構造を有することを明らかにしている。一方で、Lewis酸としてトリチルカチオンを用いた場合には、カチオンと対アニオンとの間には相互作用は観測されず、溶媒のベンゼンが配位した異なるカチオン性錯体が生成することを明らかにしている。また、これらのカチオン性錯体を触媒としたエチレン重合反応により、これらのカチオン性錯体がエチレン重合反応の反応活性種であることを直接的に示し、さらに、このカチオン性錯体の構造の差異、即ち、対アニオンの配位の有無が重合活性に大きな変化をもたらすことを示している。また、カチオン性錯体と1-ヘキセンとの反応により、一分子の1-ヘキセンがZr-C(Bn)結合に挿入した、挿入錯体の単離およびその結晶構造解析に成功したことを述べている。

 第3章では、よりモデル錯体の合成が困難であるモノ(シラノラト)ジルコニウム錯体の合成を目的とした、第三世代のデンドリマー骨格を有するシラノールの合成とそれを用いたジルコニウム錯体の合成検討について述べている。第二世代のシラノールと異なり、第三世代のシラノールはその嵩高さのため、直接的なキンケフェニルリチウムとケイ素試剤との反応では生成しないことを明らかにしている。一方で、嵩高いキンケフェニルユニットを後から鈴木カップリング反応により構築する方法により、第三世代のシラノール(TRMS*-OH)が合成可能となることを示している。そして、この第三世代のシラノールは、脱水縮合反応を起こさず、かつ、結晶中および溶液中で水素結合を持たない程度に充分嵩高い一方で、適切な小分子による官能基変換が進行し、bowl型分子の特長を有していることを明らかにしている。しかし、この第三世代のシラノールとテトラベンジルジルコニウムとの反応では、モノ(シラノラト)錯体とビス(シラノラト)錯体の混合物が生成することから、ジルコニウム錯体のシラノラト配位子の数をシラノールの嵩高さのみで一つに制御するには、嵩高さが不十分であることを示している。分子力場計算により第三世代のシラノールの構造を見積もった結果、このシラノールは深いキャビティを有してはいるが、三つのアリール基がつながっていないため、bowlの縁が大きく欠けた構造を有し、そのために二つのシラノラト配位子がギア状に噛み合ってビス(シラノラト)錯体が生成したものと推測している。しかしながら、少なくともトリアルキルモノ(シラノラト)ジルコニウム錯体の生成は確認していることから、このbowl型シラノラト配位子を活用するという方法論により、モノ(シラノラト)錯体の合成が達成できる可能性を示している。

 第4章では、以上のまとめとして、bowl型シラノールを用いることにより、金属錯体のシラノラト配位子の数を、bowlの大きさによって制御することが可能であること、さらに、オレフィン重合反応中間体の単離・構造決定が可能になったことから、bowl型シラノールがシリカ担持触媒のモデル化に有用であるという結論を導いている。

 なお、本論文は川島隆幸・後藤敬・奥村知子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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