学位論文要旨



No 122185
著者(漢字) 羽鳥,恵
著者(英字)
著者(カナ) ハトリ,メグミ
標題(和) ニワトリ松果体における概日時計の光入力系の分子解析
標題(洋) Novel photic-input pathway of the circadian clock system in the chicken pineal gland
報告番号 122185
報告番号 甲22185
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5048号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 助教授 程,久美子
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 深田,吉孝
内容要旨 要旨を表示する

 多くの生物は、地球の自転と公転がもたらす24時間周期の環境変動に適応するため、約1日周期の生物時計、すなわち概日時計を進化の過程において獲得し維持してきた。概日時計の周期の長さは正確には24時間でないため、地球上の明暗周期に対して概日時計の時刻(位相)は進みすぎたり、遅れたりする。この「ずれ」を補正するため、概日時計の位相は外界からの光刺激に応答して変化(シフト)する。この位相シフトには時刻依存性があり、本来夜にあたる時間帯(主観的夜)の前半(夜の始まり)に光刺激を受けると位相は後退し、主観的夜の後半(夜明け前)の光刺激では位相は前進する。一方、本来昼にあたる時間帯(主観的昼)に光刺激を受けても概日時計の位相は殆どシフトしない。このような時刻依存的な光位相シフトは概日時計の重要な特性の一つであるが、その分子メカニズムは未だ謎に包まれている。ニワトリの松果体は概日時計機能と共に、位相シフトに必要な内在性の光受容能を持つことから、概日時計の位相制御機構の優れた研究材料として広く用いられてきた。当研究室においては、時刻依存的な光位相シフトの分子機構を理解するために、ニワトリ松果体を実験材料に用いてディファレンシャルディスプレイ解析が行われ、主観的夜の前半もしくは後半に光誘導される遺伝子が単離された。その結果、主観的夜の前半の光刺激によって発現誘導される遺伝子の一つとしてE4bp4 が同定された(Doi M. et al. [2001] Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 98, 8089-8094)。一方、申請者は主観的夜の後半の光刺激によって発現誘導される遺伝子に注目した。そのうちの一つであるA78クローンの全コード領域の塩基配列を決定した結果、560アミノ酸残基からなるタンパク質をコードしていることが判明した。このタンパク質はグルタミンに富む領域を有し、さらにcoiled-coil領域と核移行シグナルをもつと予想された。

 ニワトリ松果体におけるA78発現量の日内変化および光誘導の時刻依存性をRT-PCR法により解析した結果、A78のmRNA量は主観的夜の後半の光刺激によって顕著に増大するだけでなく、明暗周期および恒暗条件において明瞭な発現リズムを示すことが判明した。この結果から、A78遺伝子の発現は外界からの光情報と概日時計からの時刻情報の両方に制御されていることが示唆され、この遺伝子をLcg(Light-inducible and clock-controlled gene)と命名した。続いてタンパク質レベルでの解析を進めるために、LCGに対する特異的な抗体を作製し、様々な臓器における発現量の違いを調べたところ、LCGタンパク質はニワトリの松果体および網膜に限局して発現していた。両組織はいずれも、時計の発振系と光入力系を併せ持つ組織であり、時計機構とLCGとの関連が示唆された。

 概日時計の発振機構においては、時計タンパク質の細胞内での局在変化が重要なステップであることが知られている。この点に注目し、LCGタンパク質の細胞内局在を解析した。LCGとECFP(シアン色蛍光タンパク質)との融合タンパク質を、COS7細胞や293EBNA細胞などの培養細胞に強制発現させたところ、核の近傍にドット状の蛍光シグナルが観察された (図1-v)。シグナルの位置や形態から、LCGタンパク質は中心体に局在するのではないかと推定し、中心体のマーカータンパク質であるγ-tubulinに対する抗体を用いた染色を試みた。その結果、LCGタンパク質はγ-tubulinと共局在することが判明し(図1-iii)、強制発現させたLCGタンパク質は中心体に局在することが確認された。さらに、ニワトリ松果体タンパク質を細胞内オルガネラ成分に分画し、ウェスタンブロット解析に供したところ、LCG とγ-tubulinの分布パターンは互いに類似していた。この両者が相互作用している可能性を探るために、松果体もしくはCOS7細胞を実験材料に用いて共免疫沈降実験を行ったところ、LCGとγ-tubulinは両細胞において共免疫沈降された。概日時計に関連する分子が中心体に局在するという報告はこれまでになく、以上の結果は、時計と中心体との関連を示唆する初めての知見といえる。

 申請者は続いて、E4bp4 やLcgの時刻特異的な光誘導の根底にある転写調節機構を明らかにしようと考え、前述のディファレンシャルディスプレイ解析において単離された2つの遺伝子、StarD4およびInsig-1に注目した。これらはE4bp4と同様に、主観的夜の前半の光刺激によってmRNA量が上昇していた。興味深いことに哺乳類においては、両遺伝子は転写因子SREBPによる発現制御を受ける。SREBPはコレステロールの合成や取り込み、あるいは脂肪酸や中性脂肪の合成に関連する30個程度の遺伝子(図2)の発現を調節することが報告されており(Horton J. D. et al. [2003] Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 100, 12027-12032)、このターゲット遺伝子群の中にStarD4およびInsig-1が含まれていた。これらの知見から、主観的夜の前半の光刺激によってSREBPが活性化し、その結果、SREBPターゲット遺伝子群の発現量が上昇するのではないかと予想した。この可能性を検証するため、光応答を示すニワトリ松果体遺伝子群をDNAマイクロアレイ(Affymetrix Chicken Genome Array; 37,703 プローブセットを含む)によって網羅的に探索した。具体的には、生後8日齢のヒヨコ(オス)に対して主観的昼(CT6)、主観的夜の前半(CT14)および主観的夜の後半(CT22)の3つの時間帯において1時間の光照射を行い、光照射を行わなかった対照群と松果体遺伝子の発現量を比較した。その結果、SREBPのターゲット遺伝子群のうち、コレステロール代謝に関連する遺伝子群が主観的夜の前半の光刺激によって顕著に発現上昇することが判明した(図2)。さらに、松果体の核内におけるSREBP-1のタンパク質量は、主観的夜の前半の光刺激によって顕著に増加することをウェスタンブロット解析により明らかにした。

 このマイクロアレイ解析において、光刺激によってシグナル強度が2倍以上に上昇するプロープセットが253個存在した。これらを発現量の変化に基づき、クラスター解析によって分類したところ、StarD4、Insig-1やHMG-CoA synthaseなどのSREBPターゲット遺伝子が一つのクラスターの中に含まれることが判明し、さらに、このクラスターには時計遺伝子E4bp4が含まれていた。つまり、SREBPターゲット遺伝子群とE4bp4の光応答パターンは類似しており、SREBPがE4bp4の光誘導を担う重要な因子である可能性が考えられた。E4BP4は時計遺伝子Per2の転写抑制を介して光位相シフトに関与することが示唆されているが、光によるE4bp4の発現調節機構は不明であった。そこで、SREBPの活性化の抑制がE4bp4 の光応答に与える影響を検証した。SREBPは小胞体に存在する膜貫通タンパク質として合成され、その後、ゴルジ体へと輸送され、S1PおよびS2Pという2つのプロテアーゼによる段階的なプロセシングを受けて活性化される。S1Pを阻害するセリンプロテアーゼ阻害剤であるAEBSFを培養松果体細胞に投与したところ、主観的夜の前半の光刺激によるStarD4 およびE4bp4の発現上昇が抑制された。この結果はE4bp4の光誘導にSREBPが関与する可能性を支持している。SREBPはSRE配列(YCAYNYCAY, Y=pyrimidine)を認識するが、ニワトリE4bp4上流配列をクローニングしたところ、この配列が存在することが明らかになった。

 E4bp4 がSREBPの新たなターゲット遺伝子である可能性を検証するため、E4bp4上流配列を用いたルシフェラーゼレポーターアッセイを行ったところ、活性化型SREBPはE4bp4上流配列からの転写を用量依存的に活性化することが判明した。

 以上の解析を通じ、光刺激によって時刻依存的に活性化する遺伝子転写機構の存在を初めて見出すと共に、肝臓においてステロール代謝調節に関連するSREBP経路が、松果体においては概日時計の光入力に寄与する可能性を示した(図3)。

図1 LCGタンパク質の細胞内局在

COS7細胞に強制発現したLCGはγ-tubulinと共局在し、LCGは中心体に局在すると考えられる。

図2 SREBPのターゲット遺伝子群の光応答

遺伝子名はHorton J. D. et al. (2003) Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 100, 12027-12032に従った。L, 光照射あり; D, 光照射なし

図3 ニワトリ松果体の概日時計システム

審査要旨 要旨を表示する

 概日時計は約24時間の周期で自律的に発振するのみならず、自らの位相を光刺激などの外界の環境変化に応じて調節することができる。本来夜にあたる時間帯(主観的夜)の前半(夜の始まり)に光刺激を受けると時計の位相は後退し、主観的夜の後半(夜明け前)の光刺激では位相は前進する。このような時刻依存的な位相調節は概日時計の重要な特性の一つであるが、その分子メカニズムに関する知見は非常に乏しい。論文提出者は、概日時計の光位相調節機構を解明する目的で、光感受性を持つ時計組織であるニワトリの松果体を用いて研究を行った。本論文では、松果体において主観的夜の後半に光誘導される遺伝子Lcgの解析、および時刻特異的に光活性化される分子経路の発見について述べられている。

 論文提出者は主観的夜の後半の光刺激によって発現量が顕著に上昇する機能未知遺伝子に注目して解析を行い、その内容は本論文の前半部分に述べられている。この遺伝子の発現は時刻依存的な光誘導のみならず、顕著な日周変動を示すことから、Lcg (Light-inducible and clock-controlled gene)と命名された。続いてタンパク質レベルでの解析を進めるために、LCGに対する特異的な抗体が作製され、ニワトリの様々な臓器における発現量の違いが調べられたところ、LCGタンパク質は松果体および網膜に限局して発現していた。両組織はいずれも、時計の発振系と光入力系を併せ持つ組織であり、時計機構とLCGとの関連が示唆された。さらに、LCGはγ-tubulinと結合して中心体に局在するユニークな時計関連因子であることが見出された。

 続いて論文提出者は、時刻特異的な光誘導の根底に潜む転写調節経路に迫る目的で、光応答を示す松果体遺伝子群をDNAマイクロアレイを用いて網羅的に探索した。その結果、主観的夜の前半の光刺激によって顕著に発現上昇する遺伝子群の多くが、ステロール代謝を担うSREBP転写因子のターゲット遺伝子であることが判明した。興味深いことに、これらの遺伝子群は時計遺伝子E4bp4と類似した光応答パターンを示したことから、SREBPがE4bp4の光誘導を担う重要な因子である可能性が考えられた。E4bp4は主観的夜の前半に強く光誘導され、時計遺伝子Per2の転写抑制を介して光位相シフトに寄与することが示されているが、光によるE4bp4の発現調節機構は不明であった。ニワトリE4bp4上流配列がクローニングされ、転写アッセイが行われたところ、活性化型SREBPはE4bp4上流配列からの転写を用量依存的に活性化することが判明し、E4bp4がSREBPの新たなターゲット遺伝子であることが明らかにされた。これらの研究を通じ、肝臓においてステロール代謝調節に関連するSREBP経路が、松果体においては概日時計の光入力に寄与する可能性が示された。この研究成果は、学位論文の後半部分に述べられている。

 以上のように、論文提出者は本研究において、時計関連因子が中心体に局在することを見出した。これは、概日時計と中心体との関係を示唆する初めての知見である。さらに、光誘導遺伝子群を網羅的に探索することにより、光刺激によって時刻依存的に活性化する転写経路の存在を初めて見出した。これらの知見は、概日時計の位相調節機構を理解する上で極めて重要であり、今後の当該分野の研究発展に大きく寄与するものと期待できる。なお、本論文の前半部分をまとめた論文は岡野俊行氏・中島芳人氏・土居雅夫氏・深田吉孝氏との共著によりJ. Neurochem.誌に公表されているが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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