学位論文要旨



No 122293
著者(漢字) 野村,航
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,ワタル
標題(和) 伝搬光・近接場光変換素子の開発
標題(洋)
報告番号 122293
報告番号 甲22293
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6498号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 助教授 杉山,正和
 東京大学 助教授 三田,吉郎
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

 本研究の目的は、ナノフォトニック集積回路の入力端子となる伝搬光・近接場光変換素子の開発である。ナノフォトニック集積回路は回折限界以下の領域で近接場光によって論理動作する光集積回路であり、回折限界以下の光交換機への適用や、原理的にエネルギー損が極めて少ないことを活かした高集積化により、発熱問題を持たない光CPU等への応用の期待が持たれている。これを動作させるのに必要なものが伝搬光・近接場光変換素子である。本論文ではこれを表面プラズモンポラリトン(Surface Plasmon Polariton : SPP)を利用する金属型の伝搬光・近接場光変換素子と、半導体ナノドットカップラーの2部に分けて研究を行った。

 第2章では、金属を用いたプラズモン型の伝搬光・近接場光変換素子の開発について述べた。これは、金属膜状の突起であるプラズモン集光器と、金属微粒子を直線的に連ね、それらに発生する局在表面プラズモン(Localized Surface Plasmon : LSP)のカップリングにより回折限界以下の幅で光エネルギーを伝送するナノドットカップラーから構成される。Au膜上に直径10μmのプラズモン集光器を作製し、波長λ=785nmのレーザー光を集光する実験を行い、400nm幅へのSPPの集中に成功した。また、設計時に行なった有限差分時間領域法(Finite Difference Time Domain method : FDTD法)の計算がSPPの振る舞いを良く表わし、プラズモン集光器の設計に有用であることを確かめた。

 その後に、このプラズモン集光器の焦点を基点としてナノドットカップラーを作製し、伝送特性を評価した。材料はプラズモン集光器と同じAuであり、幅230nmの微粒子を300nmピッチで連ねた。近接場光学顕微鏡による測定の結果、4μmの長さの光エネルギー伝送を達成し、同じ条件で評価した幅230nmの金属細線SPP導波路と比較し、3倍以上低損失であることを確認した。またこのナノドットカップラーを90°折り曲げて伝送特性を評価したところ、曲げ損失がほとんどなく電場の振動方向に依存しない伝送特性を持つことを確かめた。以上の成果で、プラズモン集光器とナノドットカップラーからなる金属型の伝搬光・近接場光変換素子の試作が成功し、機能することが示された。

 さらに、Au微粒子が特定の波長の入射光に対してLSP及び散乱光が増強される共鳴光散乱の効果がナノドットカップラーにどう影響するかを調べた。互いに独立し、寸法の異なるAu微粒子群中の各微粒子に発生するLSPを近接場光学顕微鏡(Near-field Optical Microscope : NOM)で測定することでλ=785nmに対して最も応答する光強度が高くなる共鳴寸法を確かめ、その後に微粒子寸法を変化させたナノドットカップラーの伝送特性を比較した。その結果、共鳴寸法の幅200nm高さ50nmの微粒子を連ねたナノドットカップラーが最も良い伝送特性を示し、LSPが共鳴効果によって増強される波長ではナノドットカップラーがより高効率な光伝送路として機能することが確かめられた。

 またこの結果から予想される、ある一定の寸法のナノドットカップラーが波長選択性を持つということも、波長λ=785nmとλ=633nmの入射光を用いることで実験的に確認した。それぞれ、共鳴寸法の微粒子を連ねたナノドットカップラーが最も良い光の伝送を果たしていた。このことから、ナノドットカップラーが単なる光伝送路ではなく、周波数選択等の機能を持たせることが可能であることを実証した。

 第3章では、共鳴準位を持つ半導体量子ドットを直線的に連ねた半導体ナノドットカップラーの開発について述べた。半導体ナノドットカップラーはナノフォトニックデバイスと同様の原理で動作するため、金属のそれよりも小さく低損失で、デバイスとの結合性が良いものと考えられる。

 開発のための材料として、CdSe/ZnSコアシェル量子ドットを用いた。これは化学合成手法により得られる量子ドットであり、均一な寸法のドットを用意することができるが、トルエン溶液中に分散した状態であるので、これを1次元的に配列する必要がある。

 まず始めに、機能の確認実験として同一のドットを大量に分散させた基板上でエネルギー移動の観測を行なった。光ファイバの断面上に大量に付着した量子ドットを部分的に除去し、ファイバを通して励起光を導入した際にNOMで励起光と発光の分布を比較した。その結果、ドットが堆積している箇所において発光の分布が励起光のそれよりも空間的に1μm程度広がる様子が確認できた。この結果から、CdSe/ZnSコアシェル量子ドットによって室温動作するナノドットカップラー及びナノフォトニックデバイスが作製可能であると考えられる。

 また直線的な配列を目指し、DPPC(L-α-ホスファチジルコリン)単分子膜による自己組織的なライン&スペースのパターンを用いた。Langmuir-Blodgett法(LB法)により簡単に得られるこのパターンは、濡れ性の差により幅約100nm・ピッチ約1μmの基板むき出し部分に選択的に堆積物を配置することが可能である。溶媒の置換を行なうことで、この基板にCdSe/ZnS量子ドットを配列させることに成功した。

 この手法でCdSe/ZnS量子ドットを直線的に配列させた基板を用いて、共鳴準位を持つ量子ドット間のエネルギー移動を確認する実験を行なった。単一寸法Lの量子ドットのみが存在する領域と、それに加えて共鳴する準位を持つ寸法√2Lのドットも同時に配列する領域において、それぞれLのドットからの発光の時間発展をとることで、共鳴寸法のドットへのエネルギー移動の有無を調べた。その結果、√2Lのドットと混在する領域で、同一寸法の場合よりも早い緩和の発光成分が見られたことから、エネルギー移動の確認が取れた。以上、室温での発光の広がり、直線的配列、共鳴準位への移動と緩和を確かめたこれらの結果から、半導体ナノドットカップラーの開発を果たした。

 以上の内容から、金属・半導体の両材料において伝搬光・近接場光変換素子の開発は達成された。

 補遺として、伝搬光・近接場光変換素子の開発に関連して並行して進められた研究について触れる。補遺AはInAs量子ドットを用いた半導体ナノドットカップラーの作製である。半導体結晶のエピタキシャル成長の際にSKモードで成長できるInAs量子ドットを用いることで、ナノドットカップラー及びナノフォトニックデバイスを位置制御性良く結合させることが可能であると見込まれるため、将来有望であると期待される材料である。

 SiO2マスクを用いたバッファ層の選択成長を利用し、ウェッジ構造の峰に沿って一次元的にInAs量子ドットを配列する構造を提案し、マスクのパターニングを行なった。将来、この試料で半導体ナノドットカップラーの動作を行い、ナノフォトニックデバイスと結合させる未踏氏を得た。

 また、CdSe/ZnSコアシェル量子ドットの配列の際に用いたDPPC単分子膜の自己組織的パターンの制御に関する研究を行なったので、これを補遺Bに記す。LB法を行なう際の製膜条件を詳細に制御することにより、1次元的なライン&スペースのパターンを2次元的に変化させることと、スペース幅を15nmまでの微細化することに成功した。また、位置の制御法としてフォトレジストを利用し、ライン&スペースが形成される方向を制御し、曲げることに成功した。これにより、フォトリソグラフィとの併用することでパターン位置や方向を制御できる可能性を示した。

 続いて、近接場光を利用した汎用のナノ加工方法として近接場光インプリントについて補遺Cで述べた。モールドにAlを20nmコーティングすることでエッジ部に近接場光を誘起し、エッジ部のみを盛り上げることに成功した。この効果により、モールドよりも小さい構造を樹脂に形成させた。さらにこれにパルスレーザーを用いることで、幅300nmのライン上に100nm,160nmのラインを作製し、さらにアスペクト比低下の問題を解消した。この手法により作製できるナノ寸法の凹凸は半導体量子ドットの配列や次章の近接場光を励起する必要のある加工プロセス等に応用可能であると考えられる。

 最後に、金属ナノドットカップラーのような金属微粒子列の自己組織的一括作製手法として、レーザー照射スパッタリングの手法を提案・開発した。SiO2基板に傷をつけることでナノ構造を作成した基板に波長λ=532nmのレーザー光を照射しながらAlをスパッタリングしたところ、幅100nmのAl微粒子が125nm間隔で300μm程度の長さに連なる様子が確認できた。その他、レーザーをλ=473nmに、金属をPtにそれぞれ変えるなどして同様の実験を行い、それぞれ微粒子列の自己組織的形成を果たした。これより、入射する波長や金属の種類によって寸法が微粒子の寸法が異なるという結果が得られた。またAFMによる微粒子列及び下地の基板の観察から、凹凸が連続する箇所に微粒子列の形成が起こっていたことを確かめ、FDTD計算により金属膜の堆積により光強度の強くなる箇所であることが確かめられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「伝搬光・近接場光変換素子の開発」と題し、ナノ寸法微粒子と近接場光との相互作用を利用したナノフォトニックデバイスを、巨視的な従来の光デバイスと接続して情報を受信するために必要な伝搬光・近接場光変換機能を有するデバイス開発の結果について述べたものであり、4章と補遺4編からなる。

 第1章「序論」では、ナノフォトニクスの歴史的経緯、伝搬光・近接場光変換機能を有するデバイスが必要とされる背景、本研究の目的、本論文の構成について記している。

 第2章は「表面プラズモンを用いた伝搬光・近接場光変換素子の開発」と題し、まず伝搬光を表面プラズモンポラリトン(Surface Plasmon Polariton:SPP)に変換した後にそのエネルギーを集中させるプラズモン集光器を提案し有限差分時間領域法を用いて設計した結果を述べている。この結果をもとにAu膜上に直径10μmの半円形のプラズモン集光器を作製し、波長λ=785nmのレーザー光の集光実験を行って400nm幅の領域へのSPPのエネルギー集中を確認している。

 次に、このプラズモン集光器の焦点を起点として金属微粒子を直線的に連ね、それらに発生する局在表面プラズモン(Localized Surface Plasmon : LSP)の結合により光エネルギーを伝送するナノドットカップラーを提案している。直径230nmのAu微粒子を300nmピッチで連ねることによりこのデバイスのひな形を作製し、長さ4μmにわたる光エネルギー伝送を実現している。これは同じ条件で作製した金属細線SPP導波路の3倍以上の伝送距離であることから、その優越性を確認している。また、このナノドットカップラーを90°折り曲げても伝送損失が増加しないことから、電場の振動方向に依存しない伝送特性を持つことを明らかにしている。

 更にナノドットカップラーの金属微粒子の寸法と伝送性能との関係を解析し、λ=785nm の光に対してLSPの電場増強効果が最大となる幅200nm高さ50nmの扁平球形のAu微粒子を連ねることでエネルギー伝送効率が極大になることを示している。また効率が最大となる微粒子径が入射光の波長に依存することを確かめ、ナノドットカップラーが波長選択性も有すると述べている。以上の結果から、金属製のプラズモン集光器とナノドットカップラーからなる伝搬光・近接場光変換素子の試作に成功したと結論している。

 第3章は「半導体ナノドットカップラー」と題し、半導体量子ドット間の近接場光エネルギー移動を用いたナノ寸法の光伝送路を提案し、その動作を検証した結果について述べている。まずその原理について説明し、次に均一な寸法のCdSe/ZnSコアシェル量子ドット群を光ファイバの断面上に堆積し、室温にて光励起することにより、同一寸法の量子ドット間でのエネルギー伝送を確認している。次に、互いに共鳴する励起子エネルギー準位を有する直径2.8nmと4.1nmの2種のCdSe/ZnSコアシェル量子ドットを基板上に混在させて堆積し、130K以下において波長λ=306nmの光で励起して発光スペクトル強度の低下を見出し、近接場光エネルギー移動確率が増加したこと、それが励起子寿命の増大に起因するものであることを明らかにし、寸法の異なる量子ドット間でのエネルギー移動と散逸を確認している。

 以上の結果をさらに詳細に検討するために、直径2.8nmの量子ドットからの発光の時間発展に着目し、4.1nmの量子ドットと混在する箇所では発光寿命が短くなっていることを見出して、4.1nmの量子ドットへの近接場光エネルギー移動と緩和を確認している。以上の結果から、半導体ナノドットカップラーの動作の検証が終了し、今後はこれらを規則正しく配列させることでデバイスが実現可能であると述べている。

 第4章「結論」では、本論文で明らかになった知見をまとめている。

 補遺では今後の研究の発展のための方策を述べている。補遺A「結晶の選択成長による半導体ナノドットカップラーの作製」では、ナノフォトニック集積回路を視野に入れたデバイス作製法の開発のために、GaAsバッファ層の選択成長を行った結果について述べている。補遺B「単分子膜パターンの制御」では、溶液中のCdSe/ZnS量子ドット等を1次元的に配列させるための基板パターンの制御の結果について述べている。補遺C「近接場光ナノインプリント」,補遺D「近接場光による金属微粒子列の事故組織的一括作製法」はともに近接場光を用いたナノ加工法の開発の結果に関するものであり、ナノドットカップラーのような微細デバイスを大面積に一括して作製する方法について述べている。

 以上のように、本論文は、ナノフォトニックデバイスを外部の巨視的光デバイスと接続し駆動させるために必要な伝搬光・近接場光変換素子を提案し、その動作を検証したものであり、光エレクトロニクスを中心とする電子工学に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25820