学位論文要旨



No 122334
著者(漢字) 小林,淳二
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ジュンジ
標題(和) 2次イオン質量分析法による半導体デバイス開発のための表面微量不純物分析法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122334
報告番号 甲22334
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6539号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 助教授 野村,貴美
 成蹊大学 教授 工藤,正博
内容要旨 要旨を表示する

半導体デバイス不純物分析におけるSIMSの課題と本研究の目的

 半導体デバイスの製造・研究にとって「不純物を科学的に解明する」ウルトラクリーンテクノロジの重要性は今後益々増大すると予想される。基板結晶・エピ成長結晶中の不純物および最表面汚染としての有機不純物は意図しない電気的準位を形成することにより、バルク結晶欠陥および界面欠陥として多様なデバイス特性を支配するため、分析評価技術開発によるこのような微量欠陥の発生原因究明や特性への影響解明の解析が不可欠となっている。

 特に、2次イオン質量分析法(SIMS)は高感度(ppb-ppt)、高空間・深さ分解能(0.1μm・3nm)の点で、バルクおよび最表面の不純物評価法として最も優れた評価法のひとつである。バルク不純物に対しては、dynamic-SIMS手法が通常適用されるが、半導体中不純物として特に重要な炭素、酸素、窒素といった空気構成元素の評価におけるバックグラウンドの問題が本質的課題として存在していた。また、最表面汚染としては近年分子状有機物汚染が注目されているが、局所的な微量汚染の吸着特性評価手法の開発が不可欠となっていた。

 本研究は、ウルトラクリーンテクノロジに基づくデバイス製造を目的とし、軽元素のdynamic-SIMSバックグラウンドの科学的影響解析に基づいた評価法の確立、static-SIMS手法であるToF-SIMS(Time-of-Flight-SIMS)による超純水中有機物評価法の開発、および本手法によるアルキルアミン化合物の水素終端シリコンウエハへの影響に関する研究成果についてまとめたものである。

半導体デバイス材料不純物の超微量分析 -dynamic SIMSの軽元素評価手法開発-

 SIMSでは半導体結晶中に実際に存在する軽元素(H,C,N,O)濃度に加えて真空中のCO,H2O等10-10cm-3レベル分圧の残留ガスの存在により検出限界が制限を受けることが知られているが、その物理的なメカニズムの研究は進んでいない。炭素に対しては局所振動モードFTIRや放射化分析に比べて、SIMSは横・深さ方向の空間分解能で断然有利であるが、検出限界が炭化水素や炭素の酸化物等の試料表面への吸着で直接制限されるため、その検出限界は1016cm(-3)台にとどまっていた。本研究ではその検出限界を制限している因子として新たに残留ガス自体のイオン化、主に残留ガス吸着成分の引出し電極への再蒸着に起因するメモリ効果、および残留ガスの試料表面への吸着の3種類を考慮し、その1次イオンビーム照射条件に対する強度依存性を解析することにより、みかけの軽元素濃度を低減し、1015cm(-3)レベルの実結晶中濃度を高感度かつ正確に求める評価方法(バックグラウンドソースアナリシス(BGA)法)を開発した。本研究成果はすでに軽元素の超微量定量分析手法として古典的な位置を得つつあり、光・高周波デバイス材料のAlGaAs/GaAs多層エピ層中の酸素やワイドギャップ半導体としての特性が着目されているSiC中の窒素評価への展開が為されつつある。

 Figure 1は、BGA法を開発した端緒となった結果である。炭素の検出限界が単に、表面の吸着炭素分で決定されるのであれば、単に1次イオン電流密度の増加で検出限界は下がると考えられる。そこで、1次イオン電流密度の効果を調べると、1次イオン電流一定時には効果があるが、スキャン領域一定時には検出限界はほぼ一定であった。したがって、残留ガスの吸着成分以外のバックグラウンド(BG)要因を考慮する必要があることを見出した。

さらに、試料室に残留ガスのモデル物質(CO,CO2およびO2)を意図的に導入しBGの変化を調べた結果、CO2を2×10(-7)Torr導入時に1次イオン電流量に比例して変化するBGが増加し、ガス相のイオン化成分の寄与が認められた。一方、O2を5×10(-8)Torr導入時は、1次イオン電流の変化に鈍感な成分の寄与が大きく、表面吸着がBGを支配していることがわかった。なお、このようなガス相のイオン化成分や吸着成分の導入ガス圧依存性を調べることで、導入ガス種の付着係数やイオン化の傾向を評価することが可能となる。

 BGA法により3種類のBG源のどれが主要であるかを区別して決定できる。その結果、通常の装置真空度(10(-9)Torr)でのGaAs中の炭素不純物の検出限界の低下に対しては、メモリー効果が最も有害な障壁となっていることがわかった。

 以上、dynamic-SIMSにおける本質的課題である超微量軽元素の定量分析手法を開発した意義は学術上および半導体デバイス開発上非常に重要なものであり、今後も本手法によるデバイス材料中超微量不純物定量評価およびそれに基づいた不純物のプロセス特性への影響評価に関する研究成果が産み出されることが期待される。

半導体最表面有機不純物の吸着挙動評価 -static-SIMSによる純水中アミンの影響解析-

 MOSデバイスのゲート絶縁膜の電気的膜厚は65nm世代では、1nmにまで極薄化しており、シリコンウエハの最表面不純物を制御することが益々重要である。特に、近年有機汚染物質が還元性雰囲気での熱酸化プロセスでSi-C欠陥を形成することが認識され、空気中の分子状有機汚染物質をppbレベル以下に抑制することが求められつつある。

 当然、シリコン表面のウエット洗浄プロセスにおける表面の清浄性の確保や化学酸化膜および水素終端表面の欠陥制御も半導体デバイス製造上非常に重要であるが、これまではウエット洗浄後のウエハ表面は空気中での汚染に対する出発表面として捉えられていたと同時に詳細な分析手法がなく、純水中に含まれる微量有機不純物の影響についてはほとんど研究されてきていない。

 本研究では、最表面不純物の吸着挙動解析にstatic-SIMSとしてのToF-SIMS法を適用し、特にこれまで未知の分野である純水中微量有機不純物の定量評価、およびその表面物性への影響評価を行うことを研究テーマとして試行した。その結果、超純水中に高温加熱により清浄化した自然酸化膜ウエハを浸漬し、その最表面の微量吸着不純物をToF-SIMSに基づく解析手法により評価する方法を開発した。

 さらに、アミン化合物の吸着挙動が親水性酸化表面におけると疎水性水素終端面におけるとでは異なることが予想できるため、このウエハ浸漬-ToF-SIMSによる解析手法を水素終端表面へのアミン吸着評価に適用した。実際のアミン濃度に比較して高濃度なモデル物質を利用しているものの、アミン化合物が水素終端表面の増速酸化を引き起こすことが見出され、また純水中短時間で疎水性アミンが水素終端表面に高濃度に吸着する可能性が示唆された。前者は酸化膜厚の不均一性を生じることにより、後者は、Si-C形成による欠陥発生を導くことによりともにデバイス特性を劣化させる要因として懸念されるものである。

 Figure 2は、自然酸化膜ウエハ(親水性表面)と水素終端ウエハ(疎水性表面)の純水中1級アルキルアミン種の吸着挙動をToF-SIMSにより評価したものである。親水性表面ではほぼLangmiur吸着と推定できる吸着特性を示しているが、疎水性表面ではプロピルアミンを除いて初期吸着後に脱離する傾向が認められている。水素終端膜が水中で表面酸化しウエハ表面が親水化したため、疎水性を示すアルキルアミンの吸着エネルギーが弱まり脱離したものと考えられる。

 Figure 3は0.5時間浸漬におけるウエハ表面で求められたToF-SIMSによる28SiH/28Si強度比のアミン濃度に対する変化を示している。アミン添加しない場合はHF処理後からほとんど変化しないが、アミン添加量が増加するに従いSiH/Si強度比が低下している。

 SiH/Si強度比の低下は表面酸化の進行を表すものと考えられ、XPS測定から導出した表面SiO2膜厚と良く対応していることを別途評価している。本図から、アミン添加により水素終端表面の酸化速度が増加しており、増速の程度はアルキルアミンのアルキル基の数が多く(3級>1級)、CH2基の長さが長い疎水性アミンほど大きいことがわかる。本酸化反応の増速効果はアミンの求核性によって引き起こされていると考えられる。

 このようにstatic-SIMSの分野ではウエハ最表面有機不純物の吸着挙動を解析すると同時に、水素終端面の酸化挙動を評価する手法を開発し、先に述べた研究成果を得た。

 以上、本研究では、主に半導体デバイス開発上のキーポイントとなる不純物評価手法に関する新規な開発とその適用において、半導体デバイス開発のみならず、分析化学分野はもとより半導体工学、表面科学分野上、重要な成果を上げることが出来た。

【発表状況】

J.Kobayashi,M.Nakajima,and K.Ishida, J.Vac.Sci.Technol. A,6,88 (1988)

J.Kobayashi,M.Nakajima,and K.Ishida, J.Vac.Sci.Technol. A,7,2542 (1989)

J.Kobayashi, and M.Owari, Surf.Int.Anal.38,305(2006)

J.Kobayashi, and M.Owari, e-Journal of Surface Science and Nanotechnology 4,644(2006)

FIGURE 1. The depth profiles of (75)As and (12)C for GaAs crystal ion implanted at 150keV with a (12)C dose of 1x10(15) cm(-2). a)The raster-scanned area was decreased at the fixed primary current(1μA), b)The primary current was decreased at the fixed raster-scanned area(500x500 μm2)

FIGURE 2. The dependence of molecular peak intensity on (a) the native oxide (hydrophilic) and (b) HF etched (hydrophobic) surface on the time of wafer soaking in water solution of amine concentration of 1ppm

FIGURE 3. The (28)SiH/(28)Si ratio detected by ToF-SIMS on hydrogen-terminated silicon surface after 0.5 hrs soaking in water solution of primary (a) and tertiary (b) amine as a function of amine concentration.

審査要旨 要旨を表示する

 高集積化が進む半導体デバイスの高性能化・高信頼化にとって、表面微量不純物の評価解析技術の開発に基づいた半導体表面領域における不純物制御技術の確立が非常に重要となっている。基板表面の電気的活性な不純物によるシート抵抗やキャリア移動度への影響はもとより従来は問題にされていなかった表面吸着性の有機汚染もゲート絶縁膜の耐圧やしきい値電圧に影響を及ぼすようになっており、表面領域の微量不純物について高感度・高精度な評価技術による厳格な制御技術の確立が求められている。本論文では、高性能・高信頼性の半導体デバイス製造の実現を目的に、表面微量不純物分析に関する新技術の開発と適用に関する研究を行っている。特に、半導体表面の微量不純物分析法として最も優れた手法のひとつである2次イオン質量分析法(SIMS)に着目し、その現状課題として1)Dynamic-SIMSによる軽元素不純物分析の高感度化・高精度化、および2)Static-SIMSによる超純水中有機不純物による最表面汚染評価の高度化に注力した結果、得られた成果についてまとめている。

 第1章では、半導体デバイス開発における表面不純物分析の重要性および不純物分析におけるSIMSの課題と本研究の目的について述べている。SIMS法は原理的に大きくDynamic-SIMSとStatic-SIMSに分類できるが、前者においてはH、C、N、Oといった空気を構成する軽元素の評価におけるバックグラウンドの影響を解明し、微量軽元素分析手法の高性能化を達成することが、また後者ではウエハ最表面に吸着した分子状有機汚染物質のデバイス特性への影響が近年注目されており、Static-SIMSによる吸着挙動評価や影響評価技術の高度化が必須であり、それらを克服しウルトラクリーンテクノロジに基づいたデバイス製造を実現することが本論文の目的であることが記されている。

 第2章は、Dynamic-SIMSによる軽元素評価手法の開発について述べており、軽元素(H、C、O、N)の検出限界を制限している因子として新たに残留ガス自体のイオン化、主に残留ガス吸着成分の引出し電極への再蒸着に起因するメモリ効果、および残留ガスの試料表面への吸着の3種類を考慮し、その1次イオンビーム照射条件に対する強度依存性を解析することにより、みかけの軽元素濃度を低減し、10(15)cm(-3)レベルの実結晶中濃度を高感度かつ正確に求める評価方法(バックグラウンドソースアナリシス(BGA)法)を開発している。本章における研究成果はすでに軽元素の超微量定量分析手法として古典的な位置を得つつあり、光・高周波デバイス材料のAlGaAs/GaAs多層エピ層中の酸素やワイドギャップ半導体としての特性が着目されているSiC中の窒素評価への展開が為されつつある。

 Dynamic-SIMSにおける本質的課題である超微量軽元素の定量分析手法を開発した意義は学術上および半導体デバイス開発上非常に重要なものであり、今後も本手法によるデバイス材料中超微量不純物定量評価およびそれに基づいた不純物のプロセス特性への影響評価に関する研究成果が産み出されることが期待される。

第3および4章では、最表面不純物の吸着挙動解析にStatic-SIMSとしてのToF-SIMS法を適用し、これまで未知の分野である純水中微量有機不純物の定量評価、およびその表面物性への影響評価を行うことを研究テーマとして試行している。その結果、超純水中に高温加熱により清浄化した自然酸化膜ウエハを浸漬し、その最表面の微量吸着不純物をToF-SIMSに基づく解析手法により評価する方法を開発した結果を記している。

 さらに、アミン化合物の吸着挙動が親水性酸化表面におけると疎水性水素終端面におけるとでは異なることが予想できるため、このウエハ浸漬-ToF-SIMSによる解析手法を水素終端表面へのアミン吸着評価に適用し、実際のアミン濃度に比較して高濃度なモデル物質を利用しているものの、アミン化合物が水素終端表面の増速酸化を引き起こすことが見出され、また純水中短時間で疎水性アミンが水素終端表面に高濃度に吸着する可能性が示唆された。前者は酸化膜厚の不均一性を生じることにより、後者は、Si-C形成による欠陥発生を導くことによりともにデバイス特性を劣化させる要因として懸念されるものであることから、特に高疎水性アミン化合物がウエハ洗浄プロセスにおいて極力除去されるべきであることを明らかにしている。このようにStatic-SIMSの分野ではウエハ最表面有機不純物の吸着挙動を解析すると同時に、水素終端面の酸化挙動を評価する手法を開発し、超純水中の有機汚染のデバイスへの影響評価に対して非常に重要な解析手法の開発に成功している。

 第5章は、本論文の総括であり、本論文で得られた成果を要約し述べている。

 以上のように、本研究では主に半導体デバイス開発上のキーポイントとなる表面不純物評価手法に関する新規な開発とその適用において、半導体デバイス開発のみならず、分析化学分野はもとより半導体工学、表面科学分野上、重要な成果を上げている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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