学位論文要旨



No 122354
著者(漢字) 田村,潔
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,キヨシ
標題(和) シクロデキストリン-ポリエチレングリコール包接化合物から得られる高分子化合物の合成と評価
標題(洋) Synthesis and characterization of macromolecules from inclusion complex of cyclodextrin and polyethylene glycol
報告番号 122354
報告番号 甲22354
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6559号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉江,尚子
 東京大学 教授 畑中,研一
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 助教授 工藤,一秋
内容要旨 要旨を表示する

1.概要

 D-glucoseの環状オリゴ糖であるシクロデキストリン(cyclodextrin; CD)は、その疎水性空孔を用いて包接化合物を形成する。低分子化合物やイオンだけでなく、線状高分子化合物ともネックレス状の包接化合物を形成する性質は特筆に値する。現在までに数多くのCD/polymer包接化合物が報告されているが、αCD/PEG包接化合物が最初に発見された例である。このαCD/PEG包接化合物の形成は、水酸基が他の官能基で置換されたCDと両末端に官能基を有するPEGにおいても起ることは容易に考えられる。さらにPEGの両末端の官能基として、CDに導入された官能基と共有結合を形成する組み合わせを選択すると、CD/PEG包接複合体の形成により2種類の官能基を有する包接複合体が生成し、反応させることで包接複合体が結合した高分子化合物が得られることが予想される。

 CDに2個の官能基を導入し、その官能基と反応して共有結合を形成する官能基を両末端に有するポリエチレングリコール(polyethylene glycol; PEG)とCD/PEG包接化合物を形成させて、反応することで、Figure 1に示すようなCD/PEG包接構造と共有結合により3次元ネットワークが形成され、ゲルが得られることが予想される。Figure 1に示す構造のゲルは、(I)CDおよびPEGの生体適合性、(II)架橋点であるCD環が動くことによる柔軟性、(III)共有結合による丈夫さを有すると考えられる。また、CDとPEGの包接化合物形成反応は平衡反応であるため、PEGにより空孔を占められていないCDの存在が考えられる。その空孔を用いた薬物の包接・徐放機能の発現も可能になると考えられる。このような生体適合性および、柔軟性と丈夫さを併せ持つ材料は、例えば、セラミックス、プラスチック、金属などで構成されている人工関節への応用が挙げられる。

 本論文では、2つNH2基を導入したジアミノ化CDと両末端にCOOH基を有するPEGから得られるゲルの評価、特にその構造と性質を明らかにすることを目的として行った研究結果について述べる。

 本研究における最終目標はゲルの評価であるが、ゲルは固体であるが故に通常の高分子化合物のような分析は困難である。そこでモデル反応として1つNH2基を導入したモノアミノ化CDと両末端にCOOH基を有するPEGの縮合生成物の分析を行い、得られた知見もゲルの評価に用いるという研究方法を採用した。

2.モノアミノ化CD(mono-6-deoxy-mono-6-amino α, β, γCD; NH2αCD, NH2βCD, NH2γCD)と両末端にCOOH基を有するPEG(polyethylene glycol dicarboxylic acid; PEGdiCOOH)の縮合生成物の評価

 NH2αCD, NH2βCD, NH2γCDは文献に従い合成した。PEGdiCOOHは分子量3000のものを用いた。縮合反応は、溶媒にN,N-dimethylformamide (DMF)、塩基としてN,N-diisopropylethylamine (DIPEA)、縮合剤としてO-(benzotriazol-1-yl)-N,N,N',N'-tetramethyluronium hexafluorophosphate (HBTU)を用いて行った。NH2基とCOOH基が物質量比で1:1となるように、NH2CD : PEGdiCOOH = 2 : 1 の物質量比で仕込んだ。また、濃度依存性を調べるため、[NH2CD]=0.15, 0.10, 0.05, 0.01 Mで縮合反応を行った。所定量のNH2CDとPEGdiCOOHをDMFと共に3時間80℃で加熱後24時間室温で攪拌し、塩基と縮合剤を加え24時間反応させた後、透析することで縮合生成物を得た(Table 1)。縮合生成物の1H-NMR、(13)C-NMRスペクトルより、アミド結合が形成され、CD/PEG (mol/mol) = 2であることが分かった。縮合生成物をGPCにより分析したところ、いずれの縮合生成物も複数のピークを与えた(Figure 2)。

 Figure 2(a)において、分子量が最も小さい分画(18-19 min.)はPEG鎖がαCDの空孔を貫通することなくPEG鎖の両末端にαCDが結合したダンベル型分子であると考え4を合成した(Scheme 1)。中間生成物3のマススペクトル(Figure 3)からアセチル化されたダンベル型分子3の生成が確認され、その脱アセチル化物が目的とする4であることが確認された。

 次に、α0.15とダンベル型分子4のGPC溶出曲線を比較した結果(Figure 4)、α0.15の分子量が最も小さい分画(18-19 min.;ピークI)はダンベル型分子4であることが分かった。そこで、Figure 4(b)におけるピークI、II、IIIのピークトップ分子量を計算した結果(Table 2)、ピークII、IIIの分子量はピークIの分子量のそれぞれ約2倍、3倍であることが分かった。この結果は、ピークII、IIIがそれぞれ架橋点としてのαCD/PEG包接構造を1個、2個含むブランチポリマーであることを示し(Figure 5)、縮合反応前にNH2αCD/PEGdiCOOH包接化合物が形成されたことを示している。また、Figure 2aは反応濃度が高いほどNH2αCD/PEGdiCOOH包接化合物がより多く形成されたことを示している。

 NH2αCDとPEGdiCOOHから得られた縮合生成物の分析結果を考慮するとFigure2b、2cにおいてGPC溶出曲線が複数のピークを与えたことは、CDの種類に関わらずモノアミノ化CDとPEGdiCOOHの縮合反応により、CD/PEG包接構造を含むブランチポリマーが生成したことを示している。つまり、NH2βCD/PEGdiCOOH、NH2γCD/PEGdiCOOH包接化合物も縮合反応前に形成されることを示す。また、NH2βCD、NH2γCDにおいてもNH2αCDと同様の包接化合物形成反応における濃度依存性が認められた。βCD/PEG包接化合物はαCD/PEG包接化合物のように沈殿として得られないために、βCDはPEGと包接化合物を形成しないと報告されてきた。しかし、本研究の結果は、βCDはPEGと可溶性の包接化合物を形成することを示している。

3.ジアミノ化CD(di-6-deoxy-di-6-amino α, β, γCD; diNH2αCD, diNH2βCD, diNH2γCD)と両末端にCOOH基を有するPEG(polyethylene glycol dicarboxylic acid; PEGdiCOOH)の縮合生成物の評価

 diNH2αCD、diNH2βCD、diNH2γCDはScheme 2に従い合成した。これらのジアミノ化CDのNH2基の位置はFigure 6のように同定された。

 縮合反応は溶媒にDMF、塩基としてDIPEA、縮合剤としてHBTUを用いて行った。NH2基とCOOH基が物質量比で1:1となるように、diNH2CD : PEGdiCOOH = 1 : 1 の物質量比で仕込んだ。また、濃度による生成物の変化を調べるため、[diNH2CD]=0.10, 0.075, 0.05, 0.01 Mで縮合反応を行った。所定量のdiNH2CDとPEGdiCOOHをDMFと共に3時間80℃で加熱後24時間室温で攪拌し、塩基と縮合剤を加え24時間反応させた。反応の結果、[diNH2αCD]=0.10, 0.075, 0.05 M、[diNH2βCD]=0.10 M、 [diNH2γCD]=0.10, 0.075, 0.05 Mの条件でゲル状物質が得られた。純水で洗浄することで、Figure 7に示すような透明なハイドロゲルが得られた。この結果はゲル形成には濃度依存性があることを示している。

 また、diNH2αCD、diNH2γCDを用いた場合に得られたゲルの性質をしらべたところ、(I)加熱によりゾル化、(II)pH 7.0以上でゾル化、(III)長時間の水への浸漬によるゾル化が観察され、再びゲルへは戻らない不可逆なゲル-ゾル変化を示した。

4. 結論

 本研究において、NH2基を導入したCDと両末端にCOOH基を有するPEGを縮合することにより生成する高分子化合物の構造および性質について検討した。

 NH2CDとPEGdiCOOHの縮合生成物の評価により、CDの種類に関わらずCD/PEG包接構造を含むブランチポリマーが生成し、その生成量には濃度依存性があることが分かった。また、本研究によりβCDもPEGと溶媒に溶ける包接化合物を形成することが分かった。

 diNH2CDとPEGdiCOOHの縮合反応により、不可逆なゲル−ゾル変化をする透明なハイドロゲルが得られた。ゲル形成における濃度依存性、NH2CDとPEGdiCOOHの縮合生成物の分析結果は、diNH2CD/PEGdiCOOH包接複合体間で縮合反応することによりゲルが生成したことを示しており、CD/PEG包接構造がゲルに含まれていることを示している。

 本研究で得られたブランチポリマーおよび、ゲルはCD/PEG包接構造を架橋点とする点で新規性の高い高分子化合物である。また、本研究は包接化合物形成反応を新たな架橋点を有する高分子の新規合成法を提案するものである。

Figure 1. Expected structure of gel

Table 1. Results of condensation reaction of NH2CD with PEGdiCOOH

1. Yield was calculated from 100wP/(w(CD)+w(PEG) wP, w(CD), and W(PEG) represent the weight of product, NH2CD, and PEGdiCOOH, respectively.

Figure 2. GPC elution curves of products from PEGdiCOOH and (a) NH2αCD, (b) NH2βCD, and (c) NH2γCD

Scheme 1

Figure 3. MALDI-TOF mass spectra of (a) PEGdiCOOH and (b) 3

Figure 4. GPC elution curves of (a) 4 and (b) α0.15

Table 2. Peak top molecular weight (Mp) of peaks I, II, and III

Figure 5. Schematic structure of macromolecules of (a) peak III and (b) peak II in Figure 4b

Scheme 2

Figure 6. Chemical structures of (a) diNH2αCD, (b) diNH2βCD, and (c), (d) diNH2γCD

Figure 7. Picture of obtained gel

審査要旨 要旨を表示する

 D-グルコースの環状オリゴ糖であるシクロデキストリン(CD)はポリエチレングリコール(PEG)を包接し、ポリロタキサンを形成することが知られている。本論文は、修飾CDと末端修飾PEGの包接複合体を多官能性モノマーとして利用した架橋高分子の合成とその構造解析について述べたもので、全4章により構成されている。

 第1章は序論であり、CDおよび現在までに詳しく研究されてきたCD/高分子包接化合物の構造・性質、CDを動く架橋点としたスライドリングゲルについて紹介すると共に、本論文の主題である修飾CDと末端修飾高分子化合物の包接化合物形成能を利用した架橋高分子の合成とその期待される性質について述べている。

 第2章は3節より構成されており、モノアミノ化したα、β、及び、γ-CDとPEGジカルボン酸を用いたトポロジカル・ブランチポリマーの合成とその構造解析について述べている。

 第1節では、CDの種類に関わらず、モノアミノCDと分子量3000のPEGジカルボン酸の縮合生成物中には、PEGの両末端をCDで修飾しただけのダンベル型分子のほかに、CDがPEGを「疎」に包接して架橋点となっているトポロジカル・ブランチポリマーが含まれていることを、NMRスペクトル測定、GPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)による分子量測定、質量分析法を用いて示している。また、縮合生成物のGPC溶出曲線を波形分離して、全縮合生成物中の架橋高分子の割合、縮合生成物中の架橋点として関与しているCDの割合、PEG鎖1本を包接しているCDの平均分子数を定量的に評価する方法を確立し、実際に評価した。いずれのパラメータも縮合反応時のモノアミノCDとPEGジカルボン酸の濃度が高いほど高い値を示したことから、トポロジカルな架橋点の形成、すなわち、「疎」なモノアミノCD/PEGジカルボン酸包接形成は平衡反応に支配されていることを明らかにしている。また、縮合生成物中の架橋高分子の割合、縮合生成物中の架橋点として関与しているCDの割合はCDの種類によらずほとんど一定であったことから、モノアミノCD/PEGジカルボン酸包接化合物形成能はCDの種類にほとんど依存しないと述べている。

 第2節では、第1節で得られた縮合生成物中のCD/PEG分子内包接構造について述べている。低分子化合物とCD間の包接複合体形成に関わる結合定数の定量法を応用して縮合生成物中の空のCDを定量する方法を確立し、縮合生成物中のCD分子の状態を、架橋点形成CD、分子内包接CD、空のCDに定量的に分類している。分子内包接CDの割合は、モノアミノαCDの場合のほうがモノアミノβCDの場合よりも高く、また縮合反応時のモノアミノCDとPEGジカルボン酸の濃度に依存しなかったことから、分子内型モノアミノCD/PEG包接構造は、シクロデキストリンの空孔の大きさに依存したモノアミノCDとPEGジカルボン酸の末端の相互作用によるものであると述べている。

 第3節では、縮合生成物中のトポロジカル架橋点数の、PEG分子量に対する依存性を評価している。縮合反応において、PEGの分子鎖数は一定にし、EGユニットの濃度を分子量と比例して変化させたところ、PEG分子量の増大とともに縮合生成物中のトポロジカル・ブランチポリマーの割合の増加が示唆されたことから、「疎」なCD/PEG包接複合体形成能がPEGの分子鎖末端数ではなく、繰り返し単位であるエチレングリコール(EG)ユニットの濃度に依存すると述べている。

 第3章では、ジアミノ化したα、β、及び、γ-CD とPEGジカルボン酸の縮合生成物について述べている。縮合反応におけるジアミノCDとPEGジカルボン酸濃度を高くすることによりゲル化が見られたことから、ジアミノCD/PEGジカルボン酸包接化合物形成がゲル化に寄与していると述べている。また、得られたゲルは水だけでなく、ジメチルホルムアミド、クロロホルム中でも膨潤することを明らかにしている。

 第4章では、本論文の総括と展望を述べている。

 以上のように、本論文では、アミノ化CDとPEGジカルボン酸を用いた、修飾CDと末端修飾高分子の包接複合体形成能を利用した新規な架橋高分子の合成法と、架橋高分子中に含まれるCD/PEG包接構造の定量的な評価法について述べている。また、現在までほとんど研究されていない溶液中でのCD/PEG包接化合物についても考察がなされている。これらの成果はCDと高分子化合物の包接複合体形成能を用いた高分子合成の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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