学位論文要旨



No 122441
著者(漢字) 権藤,知久
著者(英字)
著者(カナ) ゴンドウ,トモヒサ
標題(和) カルボキシメチルセルロースを用いたパルプ改質に関する研究
標題(洋)
報告番号 122441
報告番号 甲22441
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3165号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 教授 松本,雄二
 東京大学 助教授 和田,昌久
 東京大学 助教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

「紙」は多岐にわたって使用されおり、その用途にあわせて様々な特性が要求されている。しかし、原料となるパルプ繊維は全ての特性を有しているわけではなく、機能性を付与する1つの方法として製紙工程ではウェットエンドとよばれるパートにおいて、水中に分散させた状態のパルプ繊維へ製紙用薬品の添加を行っている。製紙用薬品は、多様化する要求特性にこたえるために機能性を付与するだけでなく、操業性向上および安定化のためにも添加されるなど重要性が高まっている。しかし、抄紙機の高速化が進みワイヤー上でのリテンションが低下したこと、水資源の有効活用のため用水のクローズド化が進行して系内に薬品の定着を阻害する物質が多く蓄積したことにより添加薬品の定着率や効果が低下している。そこで、製紙工程では添加薬品の定着率および添加効果の向上が課題となっている。

 これら薬品のパルプ繊維への定着機構はパルプ繊維のアニオン性の電荷を介した静電的相互作用によるものが主であり、パルプ繊維中に微量に存在するカルボキシル基が薬品の定着および機能性発現に重要な役割を果たすことが明らかになっている。そこで、薬品の定着率を向上させることを目的として、パルプ繊維を化学的に改質してアニオン性電荷を導入する検討結果が報告されている。しかし、効果が認められていても、反応自体が有機溶剤中である場合や実工程では不可能な場合が多く実用化には遠く、簡便なパルプ改質技術が求められていた。

 パルプ繊維へのアニオン性の電荷導入を目的とした初期の検討では、アニオン性電荷を有するカルボキシメチルセルロース(CMC)が、pHの調整でパルプ繊維へ吸着すること、これに伴いアニオン性の電荷がパルプ繊維へ導入されることを見出した。そこで、製紙工程中のウェットエンドパートにおいてオンラインでパルプ改質を行うことを目的とした、CMCを用いたパルプ改質方法とその効果、またその機構についての研究を進めた。

 第2章では、CMCのパルプ繊維への吸着挙動を明らかにするため、広葉樹晒しクラフトパルプ(HBKP)に対するCMCの吸着性と外部環境の関係を検討した。CMCのパルプ繊維への吸着性は、(1)パルプサスペンションの伝導度が高くなるにしたがって増加し、(2)CMCの置換度が低下するにしたがって増加することが認められ(Fig.2-1)、また(3)CMCの吸着によりアニオン性の電荷がパルプ繊維へ導入されることが認められた。これは、低置換度のCMCの添加を行ったことと、系内の無機イオン濃度が増加して電荷遮蔽効果が働いた結果、CMCとパルプ繊維間の荷電反撥が低減して、パルプ繊維とCMCの近接が可能となり、パルプ繊維と親和性の高いCMCが吸着したと考える。また、分級を行ったパルプ繊維への吸着性について検討した結果、CMCは長繊維よりも微細繊維へ吸着する傾向が認められた(Fig.2-9)。

 第3章では、CMCを用いて改質したパルプ繊維へ製紙用薬品を添加してシートを作製して、パルプ改質の効果の検討を行った。酸性抄紙系用のロジンサイズ剤、中性抄紙系用サイズ剤のアルキルケテンダイマー、アルケニル無水コハク酸、紙力増強剤のポリアクリルアミド、湿潤紙力増強剤のポリアミドエピクロロヒドリンのいずれの薬品に対しても改質したパルプ繊維から作製したシートの吸液特性、強度特性は、未改質のパルプ繊維から作製したシートよりも向上した。この際、薬品添加効果の向上はCMCの置換度との相関、すなわちCMCの吸着量との相関が認められた(Fig.3-13)。シート特性の向上は、薬品の定着量が増加したことに加えて、シート中に同量の薬品が含有される場合で比較してもシート特性の向上が認められたことから(Fig.3-14)、薬品の定着分布が均一化されたことが要因と示唆された。

 第4章では、より実用的な系でのパルプ改質効果を検討するためSBKP、DIP、TMPが10:60:30の割合で配合される多種パルプ配合系を選択して検討を行った。ロジンサイズ剤を添加して作製したシートのサイズ度は、改質を行うことで未改質のパルプ繊維から作製したシートより向上したが、TMPを事前に改質した場合に最もサイズ度が向上した(Fig.4-3)。本研究で用いたTMPのζ電位は他のパルプと比較して小さく、またサイズ発現性も低かった。TMPにCMCを添加した場合、ζ電位のレベルが他のパルプ繊維と同等となったことから(Fig.4-5)、添加されたロジンサイズ剤が、系内全てのパルプ繊維へより均一に吸着して、シート全体で定着分布およびサイズ発現性の均一化が進みサイズ特性が大幅に向上したと考える。

 第5章では、CMCを用いたパルプ改質により、シート特性が向上するメカニズムの解明を試みた。CMCが長繊維よりも微細繊維へ吸着する傾向を示したことから、微細繊維を含むパルプ繊維と除去したパルプ繊維からシートを作製してサイズ特性を比較した結果、1)微細繊維含有シートの場合:サイズ剤の定着量の増加と、サイズ剤が定着した微細繊維のシート全体への均一な分布、2)微細繊維除去シートの場合:サイズ剤の定着分布の均一化とパルプ改質によるサイズ特性向上のメカニズムがやや異なることが示唆された。また、シート中の微細繊維に保持されるロジンサイズ剤量がパルプ改質により増加したことから(Fig.5-11)、微細繊維のリテンションの増加によるシート中の薬品量の増加と、その微細繊維がシート中で均一に分布することがパルプ改質によるシート特性向上のメカニズムと考える。

 第6章では、CMCのパルプ繊維への吸着メカニズムを明らかにする一環で、CMC溶液のSEC-MALS(サイズ排除クロマトグラフィー-多角度光散乱)解析を行い、系の伝導度を変化させた場合の各置換度のCMC分子鎖の水中でのコンフォメーションを明らかにして、パルプ繊維への吸着性との相関を検討した。解析の結果、CMC分子鎖は置換度が低下し、系の伝導度が高くなるにしたがって、収縮もしくは数分子が会合した状態で存在することが認められた。この傾向はCMCのパルプ繊維への吸着挙動との相関が認められ、吸着性を示す条件(置換度、系の伝導度)で、CMC分子鎖は収縮もしくは会合体を形成する傾向にあることが認められた。CMC分子鎖のコンフォメーションは、分子内荷電反撥と主鎖骨格のセルロース間の親和性とのバランスで決まり、親和性が強い条件で収縮もしくは、会合体を形成すると考えられる。以上のことから、添加されるCMC等の分子特性は、その挙動に影響をおよぼし、最終的にはマクロな特性に影響をおよぼすことが本章の検討結果から明らかになった。

Fig.2-1 Effect of electrical conductivity of pulp slurries on adsorption ratio of CMC onto pulp fibers. CMC samples (0.1% on dry weight of pulp) with D.S. 0.46, 0.50 and 0.65 were added to pulp slurries at 40℃.

Fig.2-9 CMC (D.S. 0.46) adsorption ratio onto each classified pulp fibers. Electrical conductivity of pulp slurries were 0.7mS/cm. CMC addition levels were 0.1%, 0.3% and 0.5% on dry weight of pulp at 40℃.

Fig.3-13 Effect of D.S. of CMC on sizing degree of handsheets prepared with aluminum sulfate (2.0%) and rosin size (0.2, 0.3%) from reference pulp and CMC modified pulp.

Fig.3-14 Sizing degree and rosin size content in handsheets prepared with aluminum sulfate (2.0%) and rosin size (0.2, 0.3%) from reference pulp and CMC modified pulp.

Fig. 4-3 Five μL-water drop sizing degree of handsheets prepared from mixed pulp slurries with 2% aluminum sulfate and 0.2% rosin dispersion size. CMC addition level was 0.1% on the total amount of dry pulp.

Fig 4-5 Zeta-potential of each pulp with or without CMC. CMC was added to each pulp slurry followed by stirring the slurry for 1min at 40℃.

Fig.5-6 Relationship between sizing degree and rosin size content in handsheets. Handsheets were prepared with aluminum sulfate (2.0%) from reference pulp and CMC modified pulp with or without fines.

Fig. 5-11 Rosin size content in fines and fiber fractions in handsheets prepared from reference and CMC-modified pulp with aluminum sulfate (2.0%). and rosin size (0.2%).

Fig. 6-5 Effect of electrical conductivity of aqueous solutions on double-logarithmic plots of radius of gyration

and Mw for CMC samples with DS 0.46, 0.50 and 0.65.

審査要旨 要旨を表示する

 紙は用途にあわせて様々な特性が要求される。紙への機能付与の方法としてウェットエンドシステムがある。これは、水に分散させたパルプ繊維に薬品を添加し、その後の抄紙−プレス−乾燥工程を経て紙に効率的に新しい機能を付与する技術である。しかし、抄紙機の高速化、古紙利用率の増加、用水のクローズド化の進行により、添加薬品のパルプ繊維への定着率が低下し、機能付与効果が低下している。製紙用薬品のパルプ繊維への定着はパルプ繊維中のカルボキシル基由来のアニオン性電荷を介した静電的相互作用が主である。まず、本研究に先立ちアニオン性の電荷を有するカルボキシメチルセルロース(CMC)が、pH3以下でパルプ繊維へ吸着し、アニオン性の電荷がパルプ繊維へ導入されることを見出した。そこで本研究では、製紙用薬品の定着率および添加効果の向上を目的として、CMCを用いたオンラインパルプ改質方法とその効果および機構について検討した。

 まず、CMCのパルプ繊維への吸着挙動を明らかにするため、広葉樹漂白クラフトパルプに対するCMCの吸着性を検討した。CMCのパルプ繊維への吸着率は、パルプ懸濁液の電気伝導度が高いほど、またCMCの置換度が低いほど増加した。CMCの吸着に伴いアニオン性の電荷がパルプ繊維へ導入されることが認められた。これは、低置換度のCMCの添加と、系内のイオン濃度が増加して電荷遮蔽効果が働き、CMCとパルプ繊維間の荷電反撥が低減し、パルプ繊維のセルロースと同じ構造を部分的に有する低置換度のCMCが吸着したと考えた。なお、酸化デンプンや他のアニオン性の合成高分子は同じ条件でもパルプへ吸着は認められなかった。また、CMCはパルプ中の長繊維よりも微細繊維部分へ優先的に吸着する傾向が認められた。

 続いて、CMCで改質したパルプ繊維に対する製紙用薬品の添加効果を検討した。酸性抄紙系用のロジンサイズ剤、中性抄紙系用サイズ剤のアルキルケテンダイマー、アルケニル無水コハク酸、紙力増強剤のポリアクリルアミド、湿潤紙力増強剤のポリアミドエピクロロヒドリンのいずれの薬品に対してもCMCで改質したパルプ繊維から作製したシートの吸液特性、強度特性は、未改質のパルプ繊維から作製したシートよりも向上した。これらのシート特性の向上は添加薬品の定着量が増加したことに加えて、添加薬品の定着分布が均一化されたことが要因と考えられた。

 さらに、パルプ改質効果の検討として実用的な系として古紙パルプを含む多種パルプ配合系を選択して検討を行った。ロジンサイズ剤を添加して作製したシートのサイズ特性は、CMCによるパルプ改質を行うことで未改質のパルプ繊維から作製したシートより向上した。特に、各パルプの表面荷電に差がある場合にCMC添加による改質効果が大きく表れ、各パルプ間での表面荷電の均一化が添加薬品の効果発現に重要であることが明らかになった。

 続いて、CMCのパルプ繊維への吸着挙動を明らかにするため、SEC-MALS(サイズ排除クロマトグラフィー-多角度光散乱)システムを用いて、各塩濃度条件でのCMC分子鎖のコンフォメーション解析を行った。CMC分子鎖は置換度の低下および塩濃度が増加によって分子形態の収縮が認められた。また、一部ではCMC数分子が凝集した構造の形成が認められた。この凝集傾向は、CMCのパルプ繊維への吸着挙動と相関が認められ、パルプへの吸着性を示す置換度、塩濃度条件で顕著に認められた。CMC分子鎖のコンフォメーションは、分子内荷電反撥と主鎖骨格のセルロース間の親和性とのバランスで決まり、親和性が強い条件で収縮をおこし、さらにその一部は凝集体を形成したと考えられる。以上の結果から、適正な塩濃度のパルプ懸濁液中では、添加したCMC分子は、CMCよりも低電荷密度かつ同じセルロース骨格から形成されるパルプ繊維へ優先的に吸着したと考えられる。

 以上のように、本研究では少量のCMCを添加することにより、併用添加するサイズ剤、紙力剤の添加効果を著しく向上できる新しいウェットエンドシステムを開発し、そのメカニズムを分子レベルのコンフォメーションおよび会合状態から明らかにした。本パルプ改質は、抄紙系の温度範囲内(40℃以下)で、実際の抄紙用水の塩濃度条件で、なおかつ対パルプ0.1%程度のCMC添加量であることが特徴であり、実機の抄紙システムでも応用展開されている。従って、CMC添加によるパルプ改質技術を更に向上させるためにも、本研究で得られた基礎的な結果は大きく貢献するものと考える。従って、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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