学位論文要旨



No 122443
著者(漢字) リー ホン ファン
著者(英字) Le Xuan Phuong
著者(カナ) リー ホン ファン
標題(和) 安息香材の耐久性に及ぼす熱処理の影響
標題(洋) Effect of heat treatment on the durability of Styrax tokinensis wood
報告番号 122443
報告番号 甲22443
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3167号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 松本,雄二
 東京大学 助教授 井上雅文
 森林総合研究所 研究コーディネーター 山本,幸一
内容要旨 要旨を表示する

 木材は他の材料と比べて持続的利用が可能である点を含め多くの優れた性質を持っており、短期間で生長が期待できる早生樹種が林産工業における原材料として脚光を浴びている。しかし、それらの材の多くは耐久性が低く木製品を製造するにあたり、サービスライフを延ばすために保存処理が行われている。近年、毒性が懸念される化学薬品による保存処理に変わる方法として熱処理の研究が進みつつある。耐久性改善には熱処理条件と樹種が関係するが、熱処理による強度低下が少なく、かつ良好な耐久性を得られるような最適条件が模索されている。しかし、現在までのところ、熱処理と耐久性の関係については十分に解明されていない。そこで、本研究では、現在、パルプ用材あるいは箸材としての利用のみに留まっている用途をさらに広げることを視野に入れてベトナム生来の早生樹種である安息香材(Styrax tonkinensis)についてN2ガス気流下での熱処理(不活性な環境下でのマイルドな熱分解)が材の耐久性に及ぼす影響を検討した。

 200℃、8時間以上の熱処理材は良好な耐腐朽性を示した(JIS K 1571 2004 木材保存剤の性能試験方法及び性能基準により、白色及び褐色腐朽菌に12週間暴露後に5%以下の重量減少率(Fig.1))。しかし、耐犠牲については、熱処理による有意な効果は認められなかった(3週間暴露により重量減少率200mg)。またファンガスセラー試験の結果では熱処理木材は未処理木材に比べて、永久的抑制効果は持たないものの腐朽を抑制し、進展を遅らせる効果が認められた(Fig.1)。

 熱処理材の化学分析の結果、未処理材と比較して200℃、12時間熱処理した材ではヘミセルロースの重量減少分が40%認められた。このことは菌の繁殖のための主な栄養源にあたるヘミセルロースが少なくなったことを意味するが、熱処理に伴う熱分解がこの改質に寄与した(Table.1)。さらに、熱処理による水分吸湿性および収縮率の低下(平衡含水率(EMC)の55%減少、材料の接線方向収縮率の50%減少、ならびに繊維飽和点(FSP)の低下、材料表面の濡れ性の極端な変化、Fig.2とTable.1)が認められた。これらの結果は木材への水分吸収を抑制する変化を木材に与えたことを意味し、熱処理によるこれらの物性変化は、菌成長抑制のためには都合がよい変化であることを示した。また熱処理後の木材の構造的な変化(X線回折による高い結晶化度化の確認)や化学分析によるリグニン含有割合の増加(Table.1)の結果は、木材中の親水性基の減少を示しており、菌が成長するために必要な水分の木材中への拡散を抑制する物性変化が認められた。

 木材中のアクセシブル(主に親水性)OH基の評価のために、新しい方法としてOH基のHを重水素(2H)で置換する方法(2H−NMR使用)を用いて検討した。その結果、木材中の親水性OH基は熱処理後に減少した(Fig.2)。この木材の吸湿性の低下は、少なくとも、熱処理後には菌に対する抵抗性が増大することの一つの理由となる。

 腐朽菌の木材への侵入に関して、熱処理により形成される細胞壁内のマイクロ孔が腐朽菌の侵入抑制効果があるという仮説を立て検討した。すなわち、熱処理後の材のマイクロ孔径をDSCとサーモポロメトリ手法(熱量測定の一種、Gibbs-Thomson equation)により測定を試みた。Fig.2に示すように熱処理材は未処理材に比べて明らかにマイクロ孔径が減少した。この結果のみでは十分には木材中への菌の侵入を防ぐという結論を導く証拠とはならないが、フリーのOH基が少ない場合、膨潤も少なく木材細胞壁に存在するマイクロ孔のサイズも大きくならないので菌が近づきにくくなるため木材への菌の侵入は抑制されると考えられる。これはGriffinの提案した腐朽における含水率(水分ポテンシャル)の抑制効果と一致する。

 機械的性質変化については、熱処理材の曲げ破壊係数(MOR)はスギ材とほぼ同じ値を示した。また未処理材と比較してMORは40%低下したが、脆性はスギの4倍大きくなり、もろくなった(Table 1)。この結果から、熱処理材は構造材料として利用可能であるが、もろくなるため利用には注意が必要であると考えられる。熱処理は振動的性質については有効な効果は得られなかった。

 一方、熱処理は少ない収縮率、低いEMCによる良好な寸法安定性を材料に付与するため、エクステリア等、温度湿度環境の変動が大きな環境下でも安定した寸法を維持できるため、それら用途への利用が可能と考えられる。

 以上、本研究では、熱処理の耐久性への影響について、熱処理材の耐久性試験、強度試験を行い材料レベルでの状況をまず把握した。その結果に基づき、熱処理材の耐久性に関係が深い、木材の構造および水分に関わる物性、化学的構成成分変化について詳細に検討を加え木材に耐久性を付与するための適切な熱処理条件を発見した。さらに木材含水率が低いことにより耐久性が向上するという経験的知見に対して科学的にそれを解明した。

Fig.1 Fungus resistance and fungus cellar test of heat-treated wood

Table 1 Physical and chemical changes due to heat treatment

Fig.2 Changes of shrinkage, FSP, accessible OH groups and micro pore size due to heat treatment

審査要旨 要旨を表示する

 木材は他の材料と比べて持続的利用が可能である点を含め多くの優れた性質を持っており、短期間で生長が期待できる早生樹種が林産工業における原材料として脚光を浴びている。しかし、それらの材の多くは耐久性が低く木製品を製造するにあたり、サービスライフを延ばすために保存処理が行われている。近年、毒性が懸念される化学薬品による保存処理に変わる方法として熱処理の研究が進みつつある。耐久性改善には熱処理条件と樹種が関係するが、熱処理による強度低下が少なく、かつ良好な耐久性を得られるような最適条件が模索されている。しかし、現在までのところ、熱処理と耐久性の関係については十分に解明されていない。そこで、本研究では、現在、パルプ用材あるいは箸材としての利用のみに留まっている用途をさらに広げることを視野に入れてベトナム生来の早生樹種である安息香材(Styrax tonkinensis)についてN2ガス気流下での熱処理(不活性な環境下でのマイルドな熱分解)が材の耐久性に及ぼす影響を検討した。

 200℃、8時間以上の熱処理材は良好な耐腐朽性を示した(JIS K 1571 2004 木材保存剤の性能試験方法及び性能基準により、白色及び褐色腐朽菌に12週間暴露後に5%以下の重量減少率(Fig.1))。しかし、耐犠牲については、熱処理による有意な効果は認められなかった(3週間暴露により重量減少率200mg)。またファンガスセラー試験の結果では熱処理木材は未処理木材に比べて、永久的抑制効果は持たないものの腐朽を抑制し、進展を遅らせる効果が認められた。

 熱処理材の化学分析の結果、未処理材と比較して200℃、12時間熱処理した材ではヘミセルロースの重量減少分が40%認められた。このことは菌の繁殖のための主な栄養源にあたるヘミセルロースが少なくなったことを意味するが、熱処理に伴う熱分解がこの改質に寄与した。さらに、熱処理による水分吸湿性および収縮率の低下(平衡含水率(EMC)の55%減少、材料の接線方向収縮率の50%減少、ならびに繊維飽和点(FSP)の低下、材料表面の濡れ性の極端な変化、が認められた。これらの結果は木材への水分吸収を抑制する変化を木材に与えたことを意味し、熱処理によるこれらの物性変化は、菌成長抑制のためには都合がよい変化であることを示した。また熱処理後の木材の構造的な変化(X線回折による高い結晶化度化の確認)や化学分析によるリグニン含有割合の増加の結果は、木材中の親水性基の減少を示しており、菌が成長するために必要な水分の木材中への拡散を抑制する物性変化が認められた。

 木材中のアクセシブル(主に親水性)OH基の評価のために、新しい方法としてOH基のHを重水素(2H)で置換する方法(2H-NMR使用)を用いて検討した。その結果、木材中の親水性OH基は熱処理後に減少した。この木材の吸湿性の低下は、少なくとも、熱処理後には菌に対する抵抗性が増大することの一つの理由となる。

 腐朽菌の木材への侵入に関して、熱処理により形成される細胞壁内のマイクロ孔が腐朽菌の侵入抑制効果があるという仮説を立て検討した。すなわち、熱処理後の材のマイクロ孔径をDSCとサーモポロメトリ手法(熱量測定の一種、Gibbs-Thompson equation)により測定を試みた。その結果、熱処理材は未処理材に比べて明らかにマイクロ孔径が減少した。この結果のみでは十分には木材中への菌の侵入を防ぐという結論を導く証拠とはならないが、フリーのOH基が少ない場合、膨潤も少なく木材細胞壁に存在するマイクロ孔のサイズも大きくならないので菌が近づきにくくなるため木材への菌の侵入は抑制されると考えられる。これはGriffinの提案した腐朽における含水率(水分ポテンシャル)の抑制効果と一致する。

 機械的性質変化については、熱処理材の曲げ破壊係数(MOR)はスギ材とほぼ同じ値を示した。また未処理材と比較してMORは40%低下したが、脆性はスギの4倍大きくなり、もろくなった。この結果から、熱処理材は構造材料として利用可能であるが、もろくなるため利用には注意が必要であると考えられる。熱処理は振動的性質については有効な効果は得られなかった。

 一方、熱処理は少ない収縮率、低いEMCによる良好な寸法安定性を材料に付与するため、エクステリア等、温度湿度環境の変動が大きな環境下でも安定した寸法を維持できるため、それら用途への利用が可能と考えられる。

 以上、本研究では、木材に対する熱処理の耐久性への影響について、熱処理材の耐久性試験、強度試験を行い材料レベルでの状況をまず把握した。その結果に基づき、熱処理材の耐久性に関係が深い、木材の構造および水分に関わる物性、化学的構成成分変化について詳細に検討を加え木材に耐久性を付与するための適切な熱処理条件を発見した。さらに木材含水率が低いことにより耐久性が向上するという経験的知見に対して科学的にそれを解明した。したがって、本研究は基礎、応用両面から学術上貢献するところが大きく、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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