学位論文要旨



No 122656
著者(漢字) 笠原,堅
著者(英字)
著者(カナ) カサハラ,ケン
標題(和) ジャガイモ夏疫病菌Alternaria solani還元型ポリケタイド生合成酵素の機能解析
標題(洋)
報告番号 122656
報告番号 甲22656
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1201号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 藤井,勲
内容要旨 要旨を表示する

 ジャガイモ夏疫病菌Alternaria solaniは、solanapyroneやalternaric acidなど、構造的に、また、生合成的にも興味深い還元型ポリケタイドを生産する。そこで、還元型ポリケタイドの、特に炭素骨格構築反応に注目した生合成機構解明を目指した。これまでに、当研究室では、還元型ポリケタイド合成酵素(PKS)遺伝子pksN、pksF、pksKを同菌よりクローニングしたが、solanapyroneの生合成酵素は未同定であった。今回、PKSN、PKSFの機能解析を進めるとともに、新たにsolanapyrone生合成遺伝子クラスターをクローニングし、solanapyrone生合成の鍵酵素であり、Diels-Alder (D-A)環化を触媒するsolanapyrone合成酵素SPSの発現、精製にも成功した。

1) A. solani由来還元型ポリケタイド合成酵素遺伝子のクローニング

 既知の還元型PKSの保存アミノ酸配列から、新たに縮重入りプライマーをデザインし、PCR法により新たに4種の新規PKS遺伝子を取得した。相同性検索の結果、いずれも、炭素骨格を構築する基本ドメイン(KS、AT、ACP)の他に、還元、脱水酵素ドメイン(KR、DH、ER)、C-メチル基転移酵素ドメイン(MeT)などからなる還元型PKSをコードしていた。

2)Solanapyrone生合成酵素の機能解析

2-1) AS2の発現と機能同定

 solanapyroneの生合成が開始されると予想される培養15日目のA. solani培養菌体においてAS2由来PKS遺伝子の強い発現が認められた。また、AS2由来PKS遺伝子(sol1)とクラスターを構成している遺伝子(sol2〜6)は、solanapyrone生合成に必要なO-メチル転移酵素、P450、酸化酵素、脱水素酵素をコードすると推定された。そこで、sollのコードするPKSをAspergillusにて発現させ、生成化合物を単離、構造解析し、Sol1産物を4-hydroxy-3-methyl-6-undeca-1,7,9-trienyl-pyran-2-oneと決定した。これが、solanapyroneの生合成前駆体と予想した(5)と一致したことから、sol遺伝子クラスターがsolanapyrone生合成遺伝子クラスターであると同定した。

2-2) Solanapyrone合成酵素SPSの同定と精製

 Solanapyroneの直接の前駆体prosolanapyrone III (8)は、反応性が高く、反応液中で非酵素的にも環化する一方で、A. solaniよりsolanapyroneが高い光学純度で得られることから、prosolanapyrone II (7)の酸化酵素が、prosolanapyrone IIIを生成すると同時に、D-A環化をも触媒するsolanapyrone合成酵素(SPS)であると予想され、Figure 2に示すsolanapyroneの生合成経路が提唱された。(2))

 Solanapyrone生産菌からのSPSの酵素精製実験から、SPSは、prosolanapyrone II (7)を酸化するために分子状酸素を要求し、それ以外の補酵素、金属イオンを必要としないことから、(3))FAD依存的酸化酵素と予想されたSol5がprosolanapyrone II (7)を酸化すると同時にDiels-Alder環化を触媒し、solanapyroneを与えるSPSであると考えた。なお、SPSはA. solaniより調製した酵素液に活性は見出されているものの、完全精製には至っていないことから、(3))Sol5の発現、酵素精製、機能同定を検討した。

 大腸菌によるSol5の発現では、活性が見られず、His-tag付きのSol5をA. oryzaeで発現させた場合も活性は見られなかったものの、完全長のSol5をアミラーゼプロモーター制御下、A. oryzaeで発現させた菌体粗酵素液中にはじめて活性が検出された。その後の条件検討により、培養培地中のSPS比活性がより高いことがわかり、培地からの精製を試みた。完全精製には至らなかったものの、3段階の精製で、比活性は約30倍上昇し、この部分精製酵素を用いてprosolanapyrone II (7)と反応させた。その結果、exo選択的なD-A生成物solanapyrone A (1)をメジャーに与え、solanapyrone D (2)との比は、親株の(1)、(2)の生産比と一致した(Figure 5)。一方、prosolanapyrone III (8)の非酵素的なD-A反応では、endo選択的に付加物を与えることから(2))、Sol5が、prosolanapyrone II (7)を酸化すると共に酵素的にD-A環化するSPSをコードすると同定した。

 SPSと相同な6-hydroxy-D-nicotine oxidase(4))との比較から、SPSのHis128に共有結合したFADが、prosolanapyrone II (7)のピロン部分のメチレン水素を引き抜くと考えられる。この酸化反応によるジエノフィルのLUMOの低下が、SPSの触媒する酵素的DA反応に寄与するものと考えられる。より詳細な解析のために、メタノール資化酵母Pichia pastorisにて分泌タンパクとしてSPSを発現させ、その精製法を確立した。

3) Polyenepolyketide合成酵素PKSFの機能同定

 機能未同定であったPKSFをA. oryzaeで発現し、その生成物をLC-HR-MSで解析した結果、C(18)からC(26)の10種以上の化合物を生成することが明らかになった。その中で、メジャーな2種の化合物を単離構造決定し、aslanipyrone(C(22))(I)、aslaniol(C(23))(II)と命名した。PKSFは、acetyl-CoAに、10個のmalonyl-CoAを縮合してaslanipyroneを生成するが、10回目の縮合サイクルで、C(22)ポリケタイド中間体のβ-カルボニルが還元されると、さらにC2ユニットを縮合し、アルドール環化、脱水、脱炭酸を経てaslaniolを生成すると考えら

れた(4))。

4) Alternapyrone合成酵素PKSNの機能解析

 S-adenosylmethionine(SAM)に由来する8個の側メチル基をもつalternapyroneの合成酵素PKSNについて、酵母による発現系を構築し、そのメチル化反応機構について検討した。

 既知のPKS MeTとのアラインメントから、広くメチル基転移酵素間に保存されSAMのbindingに関わるとされているMotif I〜IVに加え、PKSのMeTに特異的なMotif A、Bを見出した。点変異導入実験により、PKS MeTとSAMのbindingに重要なMotif I、II、IVのアミノ酸残基を同定した。また、Motif AのHis1544がポリケタイド中間体のα位の活性化に、また、Motif BのTrp1588が、ポリケタイド中間体の1,3-ジケトン部分とのbindingに関わると考えられる。

 炭素骨格形成にD-A反応が関与すると推定される化合物は、天然から数多く単離されているものの、協奏的に進行する[4+2]環化付加反応を触媒するDiels-Alderaseを明確に示した例はない。今回、solanapyrone生合成遺伝子クラスターを同定し、D-A反応を経てsolanapyroneを生成するSPSの同定に成功した。SPSが、DA反応を触媒する要因として、1)酸化反応によるジエノフィルのLUMOの低下、2)基質との水素結合による電荷の局在化、3)"hydrophobic effect"による折りたたみ効果、4)ジエンと酵素との疎水性相互作用によるexo型遷移状態の安定化、などが挙げられるが、SPSの精製法を確立したことにより、2)〜4)を確認するために必要な3次元構造の解明への途を開くことができた。

 還元型PKSは、還元型ポリケタイドの基本炭素鎖を構築するが、PKSFの機能解析から、PKSは、ケト還元に依存して異なる炭素鎖長の化合物を生成しうることが明らかとなり、鎖長制御におけるケト還元反応の重要性を初めて示した。また、PKSの詳細な機能解析に有用な酵母による還元型PKS発現系構築に初めて成功し、これを用いてPKSN MeTに必須なmotifを明らかにし、ポリケタイド中間体、SAMのbindingとメチル化の反応機構を提示した。

【参考論文】(1) Fujii, I., Yoshida, N., Shimomaki, S., Oikawa, H., Ebizuka, Y., (2005) Chem. Biol.,12, 1301-1309(2) Oikawa, H., Kobayashi, T., Katayama, K., Suzuki, Y., Ichihara, A., (1998) J. Org. Chem., 63, 8748-8756(3) Katayama, K., Kobayashi, T., Oikawa, H., Honma, M., Ichihara, A., (1998) Biochim. Biophys. Acta, 1384, 387-395(4) Koetter, J. W. A., Schulz, G. E., (2005) J. Mol. Biol., 352, 418-428(5) Kasahara, K., Fujii, I., Oikawa, H., Ebizuka, Y., (2006) ChemBioChem, 7, 920-924

solanapyrone A (1)

Figure 1. PKSs from A. solani

KS: Ketosynthase, AT. Acyltransferase, DH: Dehydratase, MeT Methyltransferase, ER: Enoylreductase, KR: Ketoreductase. ACP: Acyl carrier protein

Figure 2. Sol gene cluster from A. solani

Figure 3. Solanapyrone biosynthesis in A. solani

Figure 4. Sol1 product

desmethylprosolanapyrone I

Table 1. NMR data of Sol1 product

1H-(500 MHz) and (13)C-(125 MHz) NMR hi Acetone-d6

Figure 3 HPLC analysis of SPS products.

IS: coumarin as an internal standard

Figure 4 Proposed mechanism of oxidative D-A reaction by SPS

Table 2. SPS purification from Pichia pastoris

Figure 7. SDS-PAGE of SPS from Pichia pastoris

Figure 8. HPLC profiles of the mycelial extracts from a) A. oryzae PKSF transformant and b) A. oryzae void vector transformant.

Figure 9. Proposed biosynthesis of PKSF products

Figure 10. Proposed mechanism of C-methylation by PKSN MeT

審査要旨 要旨を表示する

 糸状菌の生産する還元型ポリケタイドは、特異な生理活性と興味深い多様な構造を有する非常に重要な化合物群であるが、その多様な構造を作り出すタイプI繰返し型ポリケタイド合成酵素PKSの産物が同定された例は限られており、その反応制御機構についても未だ不明な点が多い。そこで、笠原は、solanapyroneやalternaric acidなど、構造的に、また、生合成的にも興味深い還元型ポリケタイドを生産するジャガイモ夏疫病菌Alternaria solaniの還元型ポリケタイドについて、特に炭素骨格構築反応に注目した生合成機構解明を目指して本研究を行い、solanapyrone生合成遺伝子クラスターをクローニングし、solanapyrone生合成の鍵酵素であり、Diels-Alder環化を触媒するsolanapyrone合成酵素SPSの発現、精製に成功した。また、ポリエン合成酵素PKSFの機能を同定するとともに、alternapyrone合成酵素PKSNの機能解析を行った。

1. Solanapyrone生合成酵素遺伝子クラスターのクローニング

 還元型PKSの保存アミノ酸配列から、新たに縮重入りプライマーをデザインし、PCR法により新たに4種の新規PKS遺伝子AS1〜4をA. solaniより取得した。このうち、solanapyroneの生合成が開始される培養15日目のA. solani培養菌体にAS2の強い発現を認めた。そこで、AS2由来PKS遺伝子sol1ならびに、クラスターを構成している遺伝子sol2〜6の全塩基配列を決定した。相同性検索により、これらがsolanapyrone生合成に必要なO-メチル転移酵素、P450、酸化酵素、脱水素酵素をコードすると推定した。次いで、Sol1のコードするPKSをAspergillus oryzaeにて発現させ、生成化合物を単離、構造決定し、Sol1 PKS産物を4-hydroxy-3-methyl-6-undeca-1,7,9-trienyl-pyran-2-oneと決定した。本化合物がsolanapyrone生合成前駆体と一致したことから、sol遺伝子クラスターがsolanapyrone生合成遺伝子クラスターであると同定した。

2. Solanapyrone合成酵素SPSの同定と精製

 Solanapyrone生合成において、prosolanapyrone II (7)の酸化酵素が、prosolanapyrone III (8)を生成すると同時に、Diels-Alder環化をも触媒するsolanapyrone合成酵素SPSであると予想されており、実際、A. solaniより調製した酵素液に活性は見出されてはいたものの、精製には至っていなかった。笠原は、solanpyrone生合成遺伝子クラスター中で、FAD依存的酸化酵素と予想したSol5がprosolanapyrone II (7)を酸化すると同時にDiels-Alder環化を触媒し、solanapyroneを与えるSPSであると考え、その発現、精製、機能同定について検討した。大腸菌によるSol5の発現では、活性は認められなかったものの、完全長のSol5をα-アミラーゼプロモーター制御下、A. oryzaeで発現させた菌体粗酵素液中に酵素活性の検出に成功した。その後、培養培地中のSPS比活性がより高いことを見出し、培地からの精製を試みた。完全精製には至らなかったものの、3段階の精製で、比活性は約30倍上昇し、この部分精製酵素を用いてprosolanapyrone II (7)と反応させた。その結果、exo選択的なDiels-Alder生成物solanapyrone A (1)をメジャーに与え、solanapyrone D (2)との比は、親株の生産比と一致し、Sol5が、prosolanapyrone II (7)を酸化すると共に酵素的にDiels-Alder環化するSPSをコードすると同定した。SPSと相同な6-hydroxy-D-nicotine oxidaseとの比較から、SPSのHis128に共有結合したFADが、prosolanapyrone II (7)のピロン部分のメチレン水素を引き抜くと考えられる。この酸化反応によるジエノフィルのLUMOの低下が、SPSの触媒する酵素的Diels-Alder反応に寄与するものと考えられる。より詳細な解析のために、メタノール資化酵母Pichia pastorisにて分泌タンパクとしてSPSを発現させ、その精製法を確立した。

3. Polyenepolyketide合成酵素PKSFの機能同定

 A. solaniより遺伝子はクローニングされていたものの、その機能は未同定であった還元型ポリケタイド合成酵素PKSFについて、これをA. oryzaeで発現し、生成物をLC-HR-MSで解析することにより、これがC(18)からC(26)の10種以上の化合物を同時に生成する興味深いPKSであることを明らかにした。その中で、メジャーな2種の新規化合物を単離・構造決定し、aslanipyrone (C(22))、aslaniol (C(23))と命名した。PKSFは、acetyl-CoAに、10個のmalonyl-CoAを縮合してaslanipyroneを生成するが、10回目の縮合サイクルで、C(22)ポリケタイド中間体のβ-カルボニルが還元されると、さらにC2ユニットを縮合し、アルドール環化、脱水、脱炭酸を経てaslaniolを生成する反応機構を提出した。

4. Alternapyrone合成酵素PKSNの機能解析

 Alternapyroneは、A. solani由来の還元型ポリケタイド合成酵素PKSNが生成するデカケタイド化合物であり、S-adenosylmethionine (SAM)に由来する8個の側メチル基を有する。このPKSNについて、酵母による発現系を構築し、そのメチル化反応機構について検討した。既知PKSのメチルトランスフェラーゼドメインMeTとのアラインメントから、メチルトランスフェラーゼ間に保存されSAMとのbindingに関わるとされているMotif I〜IVに加え、PKSのMeTに特異的なMotif A、Bを見出した。点変異導入実験により、PKS MeTとSAMのbindingに重要なMotif I、II、IVのアミノ酸残基を同定するとともに、Motif AのHis1544がポリケタイド中間体のα位の活性化に、また、Motif BのTrp1588が、ポリケタイド中間体の1,3-ジケトン部分とのbindingに関わることを示した。

 炭素骨格形成にDiels-Alder反応が関与すると推定される化合物は天然から数多く単離されているものの、協奏的に進行する[4+2]環化付加反応を触媒する酵素Diels-Alderaseを明確に示した例はなかった。今回、本研究において笠原は、solanapyrone生合成遺伝子クラスターをクローニングし、Diels-Alder反応を経てsolanapyroneを生成するsolanapyrone合成酵素SPSの同定に成功した。SPSが、Diels-Alder反応を触媒する要因として、1)酸化反応によるジエノフィルのLUMOの低下、2)基質との水素結合による電荷の局在化、3)"hydrophobic effect"による折りたたみ効果、4)ジエンと酵素との疎水性相互作用によるexo型遷移状態の安定化、などが挙げられるが、SPSの精製法を確立したことにより、2)〜4)を確認するために必要な3次元構造の解明への途を開くものである。また、PKSFの機能解析から、鎖長制御におけるケト還元反応の重要性を初めて示すとともに、還元型PKS発現系構築に初めて成功し、これを用いてPKSN MeTに必須なMotifを明らかにし、ポリケタイド中間体、SAMのbindingとメチル化の反応機構を提示した。以上のように本研究の成果は、天然物化学、薬学研究に大きく寄与するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに相応しいものと認めた。

Diels-Alder reaction

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