学位論文要旨



No 122658
著者(漢字) 見目,勝
著者(英字)
著者(カナ) ケンモク,スグル
標題(和) Rhodamine spirocyclesの閉環/開環平衡に基づく新規蛍光プローブの開発
標題(洋)
報告番号 122658
報告番号 甲22658
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1203号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 東,伸昭
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 蛍光分析法は高感度かつ簡便な手法として、最も広く用いられている代表的な分析手法の一つである。なかでも蛍光バイオイメージングは本来目で見ることの出来ない分子の挙動を時空間分解能を伴った情報として得られる手法であり、生化学分野において非常に重要な役割を果たしている。Fluorescein, rhodamine等のxanthene系蛍光分子は長波長の励起・蛍光極大、水溶液中における高い蛍光量子収率などの特長からバイオイメージングに汎用されてきた。これらxanthene系蛍光分子の9位は高い求電子性を持つ為、9位にcarboxyl, amideが求核攻撃をすることでlactone, lactamなどのspiro環を形成しxantheneの共役系がデコンジュゲートされ、可視領域における吸光度・蛍光強度が可逆的に増減することが知られている。このようなspiro環の閉環/開環によって無蛍光から蛍光性へと変化する機能を獲得した蛍光プローブは多数開発されているが、検出対象の適用範囲は限られている上に、生理的なpHの水溶液中で機能する実用的なものは少数しか知られていない。これらの問題点は、蛍光のOFF/ON制御に利用可能なxanthene系蛍光分子のspiro環状骨格がlactone、lactam以外にこれまでほとんど知られていなかったことに起因すると考えられる。そこで本研究ではxanthene系蛍光分子のspiro環の閉環/開環に基づく蛍光のOFF/ON制御を拡張し、lactone、lactam以外のspiro環骨格を利用して生理的なpHの水溶液中において生体内分子(特に酸化活性種;ROS)を検出可能な実用的な蛍光プローブの開発を目指した。

【本論】

 私は水溶液中においてfluoresceinに匹敵する優れた蛍光特性を持つTokyoGreen (TG)類の一種であるhydroxymethylTokyoGreen (HMTG)を開発し、HMTGの特徴的な溶媒依存性を発見した。HMTGはaprotic溶媒、塩基性溶媒及びアルカリ性水溶液中においてTG骨格に特徴的な可視吸収および蛍光が可逆的に減少することを発見した。そこでHMTGはxanthene骨格の9位に対してhydroxymethyl基が求核攻撃することによりspirodihydrofuran環を形成し、TG類に特徴的な400〜550nmにかけての吸光度・蛍光強度が可逆的に増減するという仮説を立てた。この現象に注目し、生理的pHの水溶液中においてより環化性の高い誘導体を見出す為、HMTGの種々の誘導体を合成した(Figure 1)。その結果、TG骨格の6位のphenolをmethyl ether化することで広いpH領域においてモル吸光係数を減少させる効果が大きい事(すなわちspiro環状構造をより安定化させる効果が高い)が明らかとなった。この結果から生理的pHの水溶液中においてより環化性の高い誘導体を開発する為にはxanthene骨格の電荷をコントロールすることによって9位の求電子性を高めることが有効であると考えた。更に環化性の高い誘導体を開発する為にアニオン性蛍光色素2-MeTG、中性蛍光色素BODIPY、カチオン性蛍光色素2-MeTR (2-methylTokyoRed)等の電荷の状態の異なる色素を比較検討した結果、カチオン性の2-MeTRが最もspiro環化の求電子体として適していると考え、tetramethylrhodamine (TMR)骨格を用いてHMTG同様にhydroxymethyl基との相互作用によってspirodihydrofuran環を形成する分子hydroxymethyltetramethylrhodamine (HMTMR)を開発した(Figure 2B)。

 HMTMRのspirodihydrofuranフォームはX線結晶構造解析によって決定した。HMTMRは有機溶媒中ではMeOHやEtOH等のprotic溶媒中でTMR骨格に由来する吸光度・蛍光強度を示し、aprotic溶媒、塩基性溶媒中ではほとんど無色・無蛍光であった。また、水溶液中では酸性から中性のpHにおいて大きな吸光度・蛍光強度を示し、アルカリ性ではほぼ無色・無蛍光であった。

 HySOxと次亜塩素酸のpH7.4のおける反応は非常に速やかかつ定量的であった。また、HySOx、HySO3Hともに蛍光強度がpHの影響を受けにくいので、HySOxは非常に実用性の高いHOCl検出プローブであることが示された。HOClを検出することのできる既存のプローブはいくつか知られているが、HySOxは様々なROSのうちHOClを特異的に検出可能な世界初の蛍光プローブである。

 以上のように、pH非依存的にほぼ一定の吸光度・蛍光強度をもつ2-MeTRをベースとし、hydroxymethyl基を導入したHMTMRはpH依存的に閉環/開環の平衡によって吸光度・蛍光強度が可逆的に増減した。更に求核性の高いmercaptomethyl基を持つHySOxはpH非依存的に閉環型を形成しほぼ無色・無蛍光を示した。HySOxとHOCとの反応よって生成するsulfonate体のHySO3Hでは、sulfoxyl基の求核性が低いためHMTMRやHySOxに見られるようなspiro環化は生じない。そのためHySO3HはpH非依存的に大きな吸光度・蛍光強度を示した(Figure 4)。

 好中球はサイトカインによる刺激またはphagocytosisによって活性化されROSを産生することが知られている。HySOxをブタ好中球に負荷し、phorbol 12-myristate-13-acetate (PMA)により刺激活性化(Time = 0 sec)を行うことで発生したHOClを捉えてHySOxの蛍光が増大した(Figure 5A)。更にPMA刺激によるこのような蛍光増大をフローサイトメトリー、蛍光イメージングでも観察する事に成功した。

 また、Saccharomyces cerevisiae由来zymosanにオプソニン化を施しブタ好中球に接触させることでphagocytosisによってzymosanが取り込まれ、phagosome内部で産生されるHOClを捉えHySOxの蛍光が増大する様子を、ビデオとして可視化する事に成功した(Figure 5B)。

【結論】

 Rhodamine系蛍光色素のspiro環化性を制御することにより世界で初めてのHOCl特異的蛍光プローブHySOxを開発した。HySOxはHOCl特異性、感度、定量性、蛍光強度のpH非依存性、光褪色耐性などの実用面において非常に優れたプローブである。

 HySOxを用いることでPMA刺激またはphagocytosisによって産生されるHOClを可視化することに成功した。HySOxを用いることでHOClが関与する生理現象に新たな知見が得られるものと期待される。

Figure 1. (A) A putative equilibrium of HMTG in aqueous solution. (B) HMTG derivatives. (C) pH profiles of extinction coefficients of HMTG derivatives.

Figure 2. (A) A perspective view of the crystal structure of HMTMR in spirodihydrofuran form. (B) An equilibrium of HMTMR. (C) Absorption and emission spectra of HMTMR 1.0 μM in 0.10 M sodium phosphate buffer.

また、HMTMRのhydroxymethyl基(alcohol)を更に求核性の高いmercaptomethyl基(thiol)に置換し、(1)環化性を更に高め、水溶液中においてpH非依存的に完全に無色・無蛍光とすると同時に、(2)閉環型であるdihydrothiophene環のsulfide部分が酸化剤との反応点になることを利用して、生体内で産生されるROSとの反応で環状構造が解裂し蛍光が増大する機能を付加した分子HySOxを開発した。HySOxはpHに対して非依存的に無色・無蛍光であった。HySOxも本研究の作業仮説であるspiro環状構造の形成により水溶液中においてdihydrothiophene環状構造を形成していると考えられる。生体内で産生される重要なROSに対するHySOxのpH7.4の水溶液中における検出選択性を調べた結果、HySOxは次亜塩素酸ナトリウムの添加によって大きく蛍光が増大し、その他のROSを添加してもほとんど蛍光は増大しないことが分かった(Figure 3)。また、HySOxとHOClとの主要な反応生成物を精製しsulfonate体(HySO3H)として同定した。

Figure 3. (A) A reaction scheme of HySOx and hypochlorous acid. (B) Emission spectra of HySOx 2.0 μM after addition of various ROS.

Figure 4. (A) Photochemical properties and (B) pH profiles of tetramethylrhodamine derivatives (1.0 μM) in 0.10 M sodium phosphate buffer.

Figure 5. (A) ROS generated by porcine neutrophils was detected with HySOx. (B) Confocal fluorescence microscopy images of porcine neutrophil. Zymosan is pointed with the arrow.

審査要旨 要旨を表示する

 蛍光分析法は高感度かつ簡便な手法として、最も広く用いられている代表的な分析法の一つである。なかでも蛍光バイオイメージングは本来視覚的に捉えることが出来ない分子の挙動を時空間分解能を伴った情報として得る事が出来る手法であり、生命科学分野において非常に重要な役割を果たしている。Fluorescein, rhodamine等のxanthene系蛍光分子は長波長の励起・蛍光極大、水溶液中における高い蛍光量子収率などの特長からバイオイメージングに汎用されてきた。これらxanthene系蛍光分子の9位は高い求電子性を持つ為、9位にcarboxyl, amideが求核攻撃をすることでlactone, lactamなどのspiro環を形成しxantheneの共役系が解消され、可視領域における吸光度、蛍光強度が可逆的に変化する。このようなspiro環の閉環/開環によって無蛍光性から蛍光性へと変化する機能を獲得した蛍光プローブは多数開発されているが、検出対象の適用範囲は限られている上に、生理的なpHの水溶液中で機能する実用的なものはほとんど知られていない。

 問題点は、蛍光のOFF/ON制御に利用可能なxanthene系蛍光分子のspiro環状骨格がlactone、lactam以外にこれまで検討されてこなかったことに起因すると考えられる。本研究ではxanthene系蛍光分子のspiro環の閉環/開環に基づく蛍光のOFF/ON制御をlactone、lactam以外のspiro環骨格に拡張し、このspiro環の閉環/開環に基づいて生理的なpHにおいて生体内分子(特に酸化活性種;ROS)検出可能な実用的蛍光プローブの開発を行った。

 はじめに、見目君は水溶液中においてfluoresceinに匹敵する優れた蛍光特性を持つTokyoGreen (TG)類の一種であるhydroxymethylTokyoGreen (HMTG)を開発し、HMTGの特徴的な溶媒依存性を明らかにした。HMTGはaprotic溶媒、塩基性溶媒及びアルカリ性水溶液中においてTG骨格に特徴的な可視吸収および蛍光が可逆的に減少した。生理的pHの水溶液中においてより環化性の高い誘導体を見出す為、HMTGの種々の誘導体を合成した。その結果、環化性の高い誘導体としてカチオン性のHMTMRを開発した。HMTMRのspirodihydrofuranフォームはX線結晶構造解析によって決定した。また、HMTMRのhydroxymethyl基を求核性の高いmercaptomethyl基に置換した化合物も合成した。これは、(1)環化性を更に高め、水溶液中においてpH非依存的に完全に無色・無蛍光とすると同時に、(2)閉環型であるdihydrothiophene環のsulfide部分が酸化剤との反応点になるように分子設計されたものである。これを基盤として、生体内で産生されるROSとの反応で環状構造が開裂し蛍光が増大するプローブHySOxを開発した。HySOxはspiro環のdihydrothiophene環状構造を形成しており、pHに対して非依存的に無色・無蛍光であった。生体内で産生される重要なROSに対するHySOxのpH7.4の水溶液中におけるROSの選択性を調べた結果、HySOxは次亜塩素酸ナトリウムの添加によって大きく蛍光が増大し、その他のROSを添加しても蛍光は増大しないことが分かった。HySOxはHOClと反応し、sulfonate体(HySO3H)を生成することも明らかにした。HySOxと次亜塩素酸のpH7.4のおける反応は速やかかつ定量的であり、また、HySOx、HySO3Hともに蛍光強度がpHの影響を受けにくいので、HySOxは非常に実用性の高いHOCl検出プローブである。

 このプローブの生体系への応用も検討した。好中球はサイトカインによる刺激またはphagocytosisによって活性化されROSを産生することが知られている。HySOxをブタ好中球に負荷し、phorbol 12-myristate-13-acetate (PMA)により刺激活性化を行うことで発生したHOClを捉えてHySOxの蛍光が増大した。更にPMA刺激によるこのような蛍光増大をフローサイトメトリー、蛍光イメージングでも観察する事に成功した。また、zymosanにオプソニン化を施しブタ好中球に接触させることでphagocytosisによってzymosanが取り込まれ、phagosome内部で産生されるHOClを捉えHySOxの蛍光が増大する様子を、ビデオとして動的に可視化する事に成功した。

 以上、Rhodamine系蛍光色素のspiro環化性を制御することにより世界で初めてHOCl特異的蛍光プローブHySOxを開発した。HySOxはHOCl特異性、感度、定量性、蛍光強度のpH非依存性、光褪色耐性などの実用面において非常に優れたプローブである。

 HySOxを用いることでPMA刺激またはphagocytosisによって産生されるHOClを可視化することに成功した。HySOxを用いることでHOClが関与する生理現象に新たな知見が得られるものと期待される。この成果は、薬学研究において極めて意義のある高度の内容と評価でき、博士(薬学)に値するものと判断した。

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