学位論文要旨



No 122698
著者(漢字) 中田,文憲
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,フミノリ
標題(和) 自己双対ツォルフライ計量に関するツイスター対応 : その特異性と簡約
標題(洋) The twistor correspondence for self-dual Zollfrei metrics : their singularities and reduction
報告番号 122698
報告番号 甲22698
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第300号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 准教授 今野,宏
 東京大学 准教授 足助,太郎
内容要旨 要旨を表示する

 この論文は二つの章で構成されている.いずれも自己双対Zollfrei計量とそのツイスター対応に関する内容であるが,第一章はリダクションに関する結果,第二章は特異性に関する結果である.二つの章の間の関係はこの要旨の最後に触れる.

 まず設定を述べた上で第一章の内容を説明する.2η次元の多様体上の符号(η,η)の不定値計量を,ニュートラル計量と呼ぶ.また不定値計量がZollfreiであるとは,全ての極大なnull測地線が閉であることをいう.特に四次元ニュートラル計量の場合は自己双対性を考える事ができ,この論文では自己双対かつZollfreiな四次元ニュートラル計量を扱う.このような計量についてはC.LeBrunとL.J.Masonの研究により大域的ツイスター対応が構成されている([4]).

 また最近,文献[1,2]において「簡約(リダクション)」と呼ぶべき現象が研究されている.これはα-曲面による葉層構造をもつ自己双対ニュートラル計量について,そのリーフ空間にある幾何構造が誘導されるというものである.ここでα-曲面とはtotally null曲面の二つのタイプのうちの一方であり,他方をβ-曲面と呼ぶ.上記文献の結果は局所的な結果であるのに対し,本論文ではLeBrunとMasonの大域的ツイスター対応の枠組みの中で,リダクションが生じる設定について論ずる.第一章はこれをまとめたものであり,以下にその概要を示す.

 四次元多様体Mと,その上の自己双対Zollfrei共形構造の組(M,[g])であって,時空向き付け可能(space-time orientable)であるものを考え,それらの同型類全体をΜとする.一方,totally realな埋め込みι:RP3→CP3の同型類全体の空間をΤとおく.ΜとΤにはそれぞれ標準的な元があり,LeBrunとMasonによる結果は次の通りである(Theorem1.2.6;cf.[4]:(LM)Μの元とΤの元は標準的な元に十分近いとき一対一に対応する.この対応はある種の双ファイブレーションにより特徴づけられる.また,ΤからΜへの対応の構成には,空間対(CP3,ι(RP3))の正則円板に関する性質を用いる事を注意しておく.なお,LeBrumとMasonは低次元の対応,すなわちZoll射影構造と埋め込みRP2→CP2の間の対応についても類似の結果を得ている([3]).

 これに対して次の対象を考える.Μを四つ組(M,[g],S∞,F)の同値類全体の集合とする.ただし(M,[g])は上述の通り,S∞はM上のひとつの閉β-曲面,FはM上の閉α-曲面からなる族であってM\S∞上は葉層構造を定めるものである.またΤを組(ι,ζo)の同型類全体の集合とする.ここで,ι:RP3→CP3はtotally realな埋め込み,ζoは像P=ι(RP3)の一点である.自然な忘却写像をfΜ:Μ→Μ,fΤ:Τ→Τとするとき,第一章の主定理は次の通りである.

定理A.(Theorem 1.5.11)

 U⊂ΜとV⊂Τを,(LM)の対応が成立する部分集合とする.このとき,f(-1)Μ(U)⊂Μとf(-1)Τ(V)⊂Τの間には,(LM)と可換となるような一対一対応が存在する.さらに,対応するΜとΤの元の組は,リダクションにより,標準的なZoll射影構造に関する双ファイブレーションを誘導する.

なお,低次元でも類似の定理が成立し(Theorem 1.5.16),定理Aの証明はこの低次元版の定理に帰着することで得られる.因みに第一章前半の局所的記述により,α-曲面による葉層構造をもつ自己双対ニュートラル計量の局所的一般型が得られる(Proposition 1.3.6).

 第二章は,(LM)を特異性を許す状況へ拡張することについて述べられる.まず,自己双対ニュートラル計量であって,ある二次元球面に沿って特定の特異性を許すようなものを考え,そのZollfrei性を定義する.この性質をみたすものの同型類全体の集合をΜSとおく.次に,連続単射ι:RP3→CP3であって,RP3の一点を除いてtotally realな埋め込みとなるものを考える.そのようなιであって,特に空間対(CP3,ι(RP3))が正則円板に関する良い振る舞いをもつものを考え,それらの同型類をΤSとおく.以上の設定で,次の予想を提示する.

予想B.(Conjecture 2.2.5)

 ΜSとΤSの元は一対一に対応する.

対応は(LM)と同様の双ファイブレーションによって特徴付けられる.

 第二章の主な目的は,予想Bが成立する具体例を厳密な表示のもと構成することである.Μs側の例はJ.Peteanによって導入されたR4上の自己双対計量(cf.[5])を二枚はり合わせることによって得られる(Theorem 2.3.7).この例は関数空間S(R2)(sym)の元と一対一に対応する.ただしS(R2)(sym)はR2上のSO(2)-不変な実数値急減少関数全体である.ΤS側の例の構成法はここでは省略するが,各元はiS(R)(odd)の元と一対一に対応する.ιS(R)(odd)は純虚数値急減少な奇関数全体である.

定理C.(Theorem 2.4.1)

 次の二つの対象の間には,双ファイブレーションで特徴付けられる一対一対応が存在する:

 (1)S(R2)(sym)から定まるΜSの元,

 (2)iS(R)(odd)から定まるΤSの元.

 さらに,その対応はS(R2)(sym)とiS(R)(odd)の間の関係として,Radon変換を用いて具体的に表される.

 最後に第一章と第二章の関係を説明する.第一章でリダクション可能な大域的状況を設定したが,このとき誘導されるZoll射影構造は標準的なもののみである.標準的でないZoll射影構造が得られる状況を構成しようとすると,共形構造およびツイスター空間の特異性を議論する必要性が見え,予想Bはこの議論を可能にするようなものである.実際定理Cの例は定理Aに沿った形で構成されており,これはリダクションと特異性を関連づける雛形であるといえる.ただ,この例で誘導されるZoll射影構造はやはり標準的なものであり,実際に標準的でないZoll射影構造が得られるような大域的リダクションの例や一般論を構築することは今後の課題である.

備考

 第一章: Journal of Geometry and Physicsに投稿中

 第二章:Journal of Geometry and Physicsにて公表予定

REFERENCES[1]D.M.J.Calderbank:Selfdual.4-manifolds,projective surfaces, and the Dunajski-West construction, e-print math.DG/0606754(2006)[2]M.Dunajski,S.West:Anti-self-dual conformal structures with null Killing vectors from projective structures,e-print math.DG/0601419(2006)[3]C.LeBrun,L.J.Mason:Zoll manifolds and complex surfaces,J.Diff.Geom. 61, 453-535(2002)[4]C.LeBrun,L.J.Mason:Nonlinear Gravitons,Null Geodesics, and Holomorphic Disks,e-print math.DG/0504582(2005)[5]J.Petean:Indefinite Kahler-Einstein metrics on compact complex surfaces, Comm. Math. Phys.189,227-235(1997)
審査要旨 要旨を表示する

 中田氏は、(2,2)型の自己双対計量をもつ4次元多様体を大域的に考察する研究を行った。

 中田氏の論文はふたつの部分からなる。第一の部分は、次のふたつの先行研究を背景とする。

 第一の先行研究:Dunajski-WestはKillingベクトル場の存在のもとで、簡約可能性を示した。ただし、彼らの定式化は、局所的なものである。Calder-bankはKillingベクトル場の存在の仮定を少し弱めて、α曲面を葉とする葉層構造の存在のもとで、簡約可能性を示した。この結果も局所的なものである。

 第二の先行研究:一方、LeBrun-Masonは、(2,2)型の4次元多様体に対するツイスター対応を、大域的な形で定式化した。その際Zollfreiという仮定を設定することが、よい定式化を与えることを彼らは見いだした。LeBrun-Masonは、また2次元の射影構造に対するツイスター対応を大域的な形で定式化した。その際、Zollという仮定を設定することが、よい定式化を与えることを彼らは見出した。

 これらの先行研究をうけ、中田氏は、「大域的なツイスター対応」込みの簡約の定式化を行った。上述のふたつの研究の形式的な総合だけではこの総合はなし得ない。なぜなら、簡約に用いられる葉層構造は、ごく標準的な例においてすら、大域的には特異性を持つからである。

 中田氏は、この標準的な例を範として、あるひとつのβ曲面に特異性が集約される状況を定式化した。この設定のもとで、大域的な簡約が、大域的なツイスター構造もろとも成立する、というのが中田氏の主定理である。

 中田氏の論文の第二の部分は第一の部分を受けて、考察を、葉層構造のみならず、計量そのものにひとつのβ曲面にそって特異性をもった(2,2)型Zollfrei計量に拡張した。この部分の主結果は、Peteanによる例をふたつ張り合わせることによる非自明な例の構成である。この例に対してツイスター対応は、具体的にRadon変換によって記述される。

 これらの研究は、(2,2)型の自己双対計量の今後の研究の基礎をなす基本的な結果を与えている。よって、論文提出者 中田文憲 は、博士(理学博士)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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