学位論文要旨



No 122699
著者(漢字) 山口,祥司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ヨシカズ
標題(和) 結び目に対する非輪状でないライデマイスタートーションについて
標題(洋) On the non-acyclic Reidemeister torsion for knots
報告番号 122699
報告番号 甲22699
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第301号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 准教授 河澄,響矢
 東京農工大学 准教授 合田,洋
内容要旨 要旨を表示する

 ライデマイスタートーションとはCW複体とその基本群の表現に対して定められる不変量である.この不変量はCW複体の基本群のから定まる局所系に関係しており,初めは局所系が非輪状である場合,つまり局所系のホモロジー群がすべて消えている場合に,定義された.現在は局所系のホモロジー群が消えていない場合にも定義は拡張されており[8,11,12],この論文では主に非自明なホモロジー群を持つ局所系から定まるライデマイスタートーションについて考察を行う.対象となるCW複体は3次元ホモロジー球面の中の結び目の補空間である.

 結び目の補空間について,その基本群(結び目群と呼ばれる)から定まる局所系が非輪状になる場合は深く研究されている.結び目群の可換表現に対しては,ライデマイスタートーションはアレキサンダー多項式で表されることが知られている[9,11].また表現が非可換な場合には,捩れアレキサンダー不変量[13]と一致することが示されている[6,7].結び目群から定まる局所系が非自明なホモロジー群を持つ場合は[2,3,10]などの研究がある.これらの研究において扱われるライデマイスタートーションは結び目群のSU(2)またはSL2(c)表現とそれらのリー環への随伴表現との合成から定まる局所系によって定義される.この局所系は次のように与えられる.

Kを3次元ホモロジー球面M内の結び目とし,MKをその補空間とする。

MKをMKの普遍被覆空間とするときに

とおく.ここでρは結び目群π1(MK)のSU(2)またはSL2(C)表現で9はSU(2)またはSL2(C)のリー環を表し,このべクトル空間にはπ1(MK)がg∋v→Ad(ρ(γ)-1)(v)∈g,∀γ∈π1(MK)によって右から作用しており,この作用を通して左Z[π1(MK)]加群のC*(MK;Z)とテンソル積をとっている.表現ρが既約な場合,この局所系の1次のホモロジー群は結び目群の指標代数多様体の余接空間と同型になることが知られている.結び目群の指標代数多様体の各成分の次元は1以上であることから,特に既約な表現についてこの局所系は非自明なホモロジー群をもつことが分かる.

 本論文ではこのような局所系に対するライデマイスタートーションの定義を復習した後に,このライデマイスタートーションが捩れアレキサンダー不変量の微分係数で表されることを示す(3章Theorem8).

 捩れアレキサンダー不変量はフォックス微分を使って代数的に計算することができるので,この関係から局所系C*(MK;gρ)から定まるライデマイスタートーションを代数的に表示することができるようになる.4章で結び目群の表現について復習し,この表示を使って5,6,7章で局所系C*(MK;gρ)から定まるライデマイスタートーションの性質について考察を行う.

 5章では結び目群の表現がSU(2)の場合の考察が行う.5.1節では3次元球面内のトーラス結び目,8の字結び目,52結び目についての具体的な計算を行う.本論文で扱うライデマイスタートーションは指標代数多様体に対しての関数とも見ることが可能である.5.2節では指標代数多様体上の関数として見たとき,2橋結び目のSU(2)-指標代数多様体については臨界点が2面角表現と呼ばれる表現[1]の指標で与えられることを示す.2橋結び目の2面角表現はメタアーペリアン表現とも呼ばれる表現である.

 6,7章では結び目群の表現がSL2(C)表現のときを考察する.6章ではSL2(C)指標代数多様体の非可換表現の指標たちからなる成分と可換表現の指標たちからなる成分の交点,分岐点と呼ばれる点でSL2(C)表現に対するライデマイスタートーションの値について考察する.結び目群のSL2(C)指標代数多様体の分岐点はアレキサンダー多項式の根と対応がつき,特に重根でない根に対応する分岐点はこの分岐点を含む指標代数多様体の成分の次元が1であり,さらに可換表現の指標の成分と非可換表現の指標の成分は横断的に交わることが知られている[5].このような分岐点では,可換表現のライデマイスタートーションは零となってしまうが,その微分係数の2乗とSL2(C)表現に対するライデマイスタートーションが等しくなる(Theorem31).この関係式は,J.Dubois氏とR.Kashaev氏によりプレプリント[4]の中で予想された.

 7章では,ツイスト結び目と呼ばれる結び目のクラスに対してその補空間たちのSL2(C)表現に対するライデマイスタートーションの計算を行う.ツイスト結び目は図式の交点数でパラメータづけられる.ここでは,交点数mについてライデマイスタートーションの具体的な表示を与える(Theorem47).ツイスト結び目は,三葉結び目や8の字を含み,三葉結び目以外はすべて補空間が双曲構造をもつ双曲結び目になっている.ツイスト結び目の補空間の双曲構造から定まるホロノミー表現に注目したとき,ライデマイスタートーションの値はより簡潔な形で表示できる(Theorem52).この公式は双曲多様体である補空間の端に現れるカスプを定める複素数から決定されることを示し,具体例を列挙する.

参考文献[1] G. Burde, SU(2)-representation spaces for two-bridge knot groups, Math. Ann., 288 (1990) 103-119.[2] J. Dubois, Non abelian Reidemeister torsion and volume form on the SU(2)-representation space of knot groups, Ann. Institut Fourier 55 (2005) 1685-1734.[3] , Non abelian twisted Reidemeister torsion for fibered knots, Canad. Math. Bull. 49 (2006) 55-71.[4] and R. Kashaev, On the asymptotic expansion of the colored Jones polynomial for torus knots, preprint University of Geneva arXiv:math.GT/0510607 (2005).[5] M. Heusener, J. Porti and E. Suarez, Deformations of reducible representations of 3-manifold groups into SL2(C), J. Reine Angew. Math. 530 (2001), 191-227.[6] P. Kirk and C. Livingston, Twisted Alexander Invariants, Reidemeister torsion, and Casson-Gordon invariants, Topology 38 (1999) 635-666.[7] T. Kitano, Twisted Alexander polynomial and Reidemeister torsion, Pacific J. Math. 174 (1996) 431-442.[8] J. Milnor, Whitehead torsion, Bull. Amer. Math. Soc. 72 (1966) 358-426.[9] , Infinite cyclic coverings, Conference on the Topology of Manifolds (Michigan State Univ. 1967) Prindle, Weber & Schmidt, Boston, Mass. (1968) pp. 115-133.[10] J. Porti, Torsion de Reidemeister pour les varietes hyperboliques, Mem.Amer. Math. Soc., 128 (612) :x+139 (1997).[11] V. Turaev, Introduction to combinatorial torsions, Lectures in Mathematics ETH Zurich. Birkhauser Verlag, Basel (2001) viii+123 pp.[12] V. Turaev, Torsions of 3-dimensional manifolds, Progress in Mathematics, 208. Birkhauser Verlag, Basel (2002) x+196 pp.[13] M.Wada, Twisted Alexander polynomial for finitely presentable groups, Topology 33 (1994) 241-256.
審査要旨 要旨を表示する

 山口氏は、非輪状でない場合のライデマイスター・トーションの考察を、結び目の補空間に対して行った。

 論文の主要部分はふたつの部分からなる。

 第一の部分では、結び目の補空間上のSL2(C)平坦接続に対して、随伴表現に付随するライデマイスター・トーションの公式をある条件のもとで与えた。「基底の与えられた複体の上で、境界作用素がひとつのパラメータtに代数的に依存する状況」において、一般のパラメータの値に対してホモロジーが消えると仮定する。すると一般のパラメータに対して、通常のライデマイスター・トーションが定義され、tの有理関数となる。ホモロジーが消えない特殊値t0に対しては、その有理関数は、零あるいは極を持ちうる。t0におけるLaurant展開のトップの項の係数に注目すると、それは、非輪状でない複体に対するライデマイスター・トーションとしての解釈を許す。山口氏は、この解釈を、結び目の補空間上の、SU(2)平坦接続を係数とする複体に対して考察した。1パラメータ族は、U(1)平坦接続の族のテンソルによって与えられる。山口氏はパラメータの一般の値においてホモロジーが消えるための充分条件として、すでに知られていたλ正則の概念が適当であることに注目し、この条件の下で、ライデマイスター・トーションの具体的な公式を与えた。

 第二の部分は、Duvois-Kashaevによるある予想の肯定的解決である。その予想は、「フィルトレーションをもつ平坦接続を係数とする複体のライデマイスター・トーションが、隣り合うフィルトレーションの商をとって得られる次数付の平坦接続を係数とする複体のライデマイスター・トーションによって表示する公式」と理解可能である。Dubois-Kashaevが実際に予想したのは、結び目の補空間において、SL2(C)平坦接続のモジュライ空間において、abelianなものから既約なものが分岐する分岐点におけるライデマイスター・トーションについての公式であった。山口氏は、第一部における彼の公式を利用することによって、予想された公式を導いた。

 これらの研究は、非輪状でない場合の複体に対するライデマイスター・トーションの計算が、実は、比較的よく知られているAlexander多項式の計算と同程度の計算によって可能であることを明示的に示すものである。実際山口氏は、彼の公式を用いて、複数の具体例を明示的に計算している。よって、論文提出者 山口祥司 は、博士(理学博士)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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