学位論文要旨



No 122706
著者(漢字) 藤田,玄
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ハジメ
標題(和) 幾何的量子化・共形場理論・(2+1)次元位相的場の理論における対称性の研究
標題(洋) Symmetries in geometric quantization, conformal field theory and (2+1)-dimensional topological field theory
報告番号 122706
報告番号 甲22706
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第308号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 寺杣,友秀
 東京大学 准教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は以下の2編からなる。

I: On the functoriality of the Chern-Simons line bundle and the determinant line bundle

II: A combinatorial realization of the Heisenberg action on the space of conformal blocks

 これらは互いに独立した論文であるが、ともにRiemann面上のベクトル束のモジュライ空間の幾何的量子化・2次元共形場理論・(2+1)次元位相的場の理論が交錯する分野における対称性の研究という共通の問題意識に基づいたものである。上述の3つの分野の関係はWitten[11]に始まり、それぞれの分野またはそれらの相互関係などについて多くの結果が得られてきた。例えば、モジュライ空間上の正則直線束の切断の空間と共形ブロックの同一視[4]、モジュラー圏・モジュラー関手による位相的場の理論の記述[3]などがある。その一方で、それぞれの枠組みにおける構成のより直接的な関係はいまだ未知な部分も多い。本論文ではそれぞれの理論が持つ対称性に注目した。最大の対称性はコボルディズム群の作用であり、それはコボルディズム圏からの関手として実現される[6]。その作用は

1. 曲面の写像類群

2. あるHeisenberg群

の作用を含む。論文IおよびIIはそれぞれの作用の考察に関するものである。

 論文Iは、モジュライ空間の幾何的量子化の枠組みにおける写像類群の作用に関する考察である。具体的な内容は以下のものである。モジュライ上に2種類の自然な直線束が構成できる。(それらは互いに同型な正則直線束となる。)1つ目は代数・複素幾何的な手法による、いわゆる行列式直線束[8]である。2つ目はChern-Simons理論に基づくChern-Simons直線束[7][9]である。これらには自然に写像類群が作用する。論文Iではこの2つの作用を考察・比較し、その差をHodge束を用いて記述した。我々はAkita-Kawazumi-Uemura[1]によるMorita-Mumford類の代数的一次独立性の証明と類似の手法で主結果を証明した。すなわち、全ての素数位数巡回部分群の作用を決定し、種数に関する安定化の議論に持ち込み写像類群全体に関する結果を得る。主結果は以下のものである。

定理1. Teichmuller空間でパラメトライズされたRiemann面上の平坦SU(n)束のモジュライ空間の族をNとし、その上のChern-Simons直線束の族をL(CS)→N、行列式直線束の族をL(Det)→Nとする。これらへの自然な写像類群の作用を考えたとき、L(CS)とL(Det)〓K(〓n)は写像類群同変直線束として同型である。ただし、KはTeichmuller空間上のHodge束の最高次外積。(正確にはそれをN上に引き戻したものを考える。)

 系として次がわかる。

定理2. 正整数kに対して、H(k)(CS)およびH(k)(Det)をL(〓k)(CS)およびL(〓k)(Det)の正則切断の空間をファイバーとするTeichmuller空間上のベクトル束とする。これらへの自然な写像類群の作用を考えたとき、H(k)(CS)とH(k)(Det)〓K(〓nk)は写像類群同変ベクトル束として同型である。

 これらの結果は、同型写像の存在を主張するものであり、具体的な同型写像の構成は今後の課題である。

 論文IIでは、あるHeisenberg群の作用を3価グラフを用いて記述し、その作用の表現行列を得た。内容をもう少し詳しく述べよう。Blenchet-Habegger-Masbaum-Vogel[6]はSU(2)-理論において2次元コボルディズム圏と量子不変量の理論に基づき、向き付けられた閉曲面に対してあるTQFT加群を構成した。また、曲面のZ/2係数1次元ホモロジー群の中心拡大としてあるHeisenberg群を定義し、その作用を積コボルディズムを用いてTQFT加群上に構成した。さらに彼らはその作用によるTQFT加群のウェイト分解を決定し指標を求めた。彼らの考察はspin-refined TQFT [5]とよばれる理論の出発点となった。正則切断の空間に対して同様の結果がAndersen-Masbaum [2]によって得られている。彼らの結果により、正則切断の空間と[6]でのTQFT加群がHeisenberg群の表現として同型であることがわかる。指標が求められたのでこの作用は同型を除いて決定されているが、その具体的な表現行列は求められていなかった。正則切断の空間や[6]でのTQFT加群は、曲面のパンツ分解を固定すると、その双対3価グラフの許容ウェイトとよばれるものでパラメトライズされた基底を持つことが示されている。(Yoshida [10]も参照せよ。)我々は、固定されたパンツ分解とその許容ウェイトを用いてHeisenberg作用を定式化し、双対グラフが平面グラフであるようなパンツ分解に対して、その具体的な表現行列を得た。それはU(1)-理論(テータ関数)の場合のHeisenberg作用の類似となっている。主結果は以下のように述べられる。

定理3. 曲面にパンツ分解を固定したとき、パンツ分解に付随するある有限Abel群の捩れ1双対輪体を用いて、許容ウェイトで生成されるベクトル空間へのHeisenberg作用の表現行列を構成できる。さらに捩れ1双対輪体が「外線条件」を満たすとき、それは[2][6]での表現と同型になる。

 「外線条件」は捩れ1双対輪体に対する、グラフの組み合わせ・幾何的な条件であって、共形ブロックの分解定理の観点からみて非常に自然な条件である。正確な定義は論文中で与える。外線条件をみたす捩れ1双対輪体の定めるコホモロジー類は一意であることがわかる。存在については以下がわかった。

定理4. パンツ分解の双対グラフが平面グラフであるとき、外線条件をみたす捩れ1双対輪体を具体的に構成できる。

 これらの定理は、平面3価グラフが与えられたとき共形ブロックへのHeisenberg作用を組み合わせ的に構成でき、さらにその表現行列が具体的に得られることを主張する。しかし、既存の結果では「平面」の仮定は不要であり、実際に非平面グラフに対する例も構成できた。これらを踏まえると、全ての3価グラフに対して外線条件をみたす捩れ1双対輪体の統一的な構成があると期待される。既存の幾何的な構成と我々の構成の関係を明らかにすることは今後の課題である。

謝辞

本論文の作成にあたり、修士のころからの指導教官である古田幹雄教授からは多くの励ましの言葉と有益なアドバイスをいただきました。東京工業大学の吉田朋好教授は、ご自身のアーベル化の仕事について詳細およびその哲学を話して下さり、有意義な議論をして下さいました。心よりお礼申し上げます。また、論文IIの内容について時間をとって聞いて下さった河野俊丈教授、寺杣友秀助教授にも感謝申し上げます。論文Iの作成時には東京大学21世紀COEプログラムの、論文IIの作成時には日本学術振興会による援助を受けました。感謝申し上げます。最後に、非数学的な面で私を支えてくれた友人および家族に感謝します。

参考文献[1] T. Akita, N. Kawazumi and T. Uemura, Periodic surface automorphisms and algebraic independence of Morita-Mumford clasees, J.Pure Appl. Algebra, 160 (2001), 1-11.[2] J. E. Andersen and G. Masbaum, Involutions on moduli spaces and refinements of the Verlinde formula, Math. Ann., 314 (1999), 291-326.[3] B. Bakalov and A. Kirillov, Lectures on Tensor categories and modular functors, Univ. Lecture Series, 21. AMS (2001).[4] A. Beauvlille and Y. Laszlo, Conformal blocks and generalized theta functions, Comm. Math. Phys., 164 (1994), 385-419.[5] C. Blanchet and G. Masbaum, Topological quantum field theories for surfaces with spin structure, Duke Math. J., 82 (1996), 229-267.[6] C. Blanchet, N. Habegger, G. Masbaum and P. Vogel, Topological quantum field theories derived from the Kauffman bracket, Topology 34, No.4 (1995), 883-927.[7] D. S. Freed, Classical Chern-Simons theory I, Adv. Math., 113 (1995), 237-303.[8] D. Quillen, Determinants of Cauchy-Riemann operators over a Riemann surface, Funct. Anal. Appl., 19 (1985), 31-34.[9] T. R. Ramadas, I. M. Singer and J. Weitsman, Some comments on Chern-Simons gauge theory, Comm. Math. Phys., 126 (1989), 409-420.[10] T. Yoshida An abelianization of SU(2) Wess-Zumino-Witten model, Ann. of Math., 164, No.1 (2006), 1-49.[11] E. Witten, Quantum field theory and the Jones polynomial, Comm. Math. Phys., 121 (1989), 351-399.
審査要旨 要旨を表示する

 藤田氏は、SU(2)共形ブロックのもつ対称性の研究を行った。藤田氏の論文はふたつの部分からなる。

 第一の部分は、共形ブロックの定義の背景にある、平坦モジュライ空間上のふたつの複素直線束のの比較である。両者は自然なKahler構造もこめて、同型であることが知られている。共形ブロックは、その複素直線束の正則切断全体として同定される。現在のところ、ふたつの複素直線束の間の同型を直接幾何学的に与える方法は知られていない。よって、同型には、U(1)の不定性がある。Riemann面を様々に動かすとき、このU(1)不定性は、Riemann面のモジュライ空間の上の複素直線束として集約される。

 藤田氏が行ったのは、このRieman面のモジュライ空間の上の複素直線束の位相的同型類の決定である。決定のために、Riemann面上の素数位数巡回群作用が利用される。そこでは、秋田・河澄・植村氏による議論が援用され、Harerによる、Riemann面のモジュライ空間のコホモロジーの安定性が鍵となる。

 論文の第二の部分は共形ブロックの別の構成法と、上述の構成法との関係についての研究である。「別の構成法」とは、共形ブロックの、(2+1)次元TQFTを背景にした、組み合わせ論的な定義である。結論として、閉Riemann面のパンツ分解が与えられるごとに、共形ブロックの基底が指定される。ふたつの「共形ブロック」の、次元が等しいことはよく知られている。吉田朋好氏の共形ブロックに関する最近の仕事は、両者の間の同型を明示的に与えるものとして解釈可能と思われる。藤田氏は、吉田氏の仕事をこうした形に理解することを試みた。数学的な命題としては、共形ブロックに作用する有限Heisenberg群の作用を、パンツ分解のもとで具体的な行列表示を行うことを試みた。この作用の指標は既知である。

 彼の第一の主結果は、「行列として、適当な置換行列の各成分を±1に然るべく置き換えれば、既知の指標を再現する」というものである。±1のいずれに置き換えるかは、彼が「external edge条件」と呼ぶ条件をみたすコサイクルによって与えられる。彼の第二の主結果は、パンツ分解のdual trivalent graphが、planarであれば、そのようなコサイクルを具体的に構成可能だというものである。

 これらの研究は、共形ブロックの複素解析的構成と組み合わせ論的構成との関係を考察する出発点と理解される。よって、論文提出者 藤田玄 は、博士(理学博士)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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