学位論文要旨



No 122708
著者(漢字) 三枝,洋一
著者(英字)
著者(カナ) ミエダ,ヨウイチ
標題(和) 局所体上のリジッド空間のエタールコホモロジーのl独立性について
標題(洋) On l-independence for the e tale cohomology of rigid spaces over local fields
報告番号 122708
報告番号 甲22708
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第310号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺杣,友秀
 東京大学 教授 斎藤,秀司
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 准教授 辻,雄
 東京大学 准教授 志甫,淳
内容要旨 要旨を表示する

 Kを局所体,すなわち剰余体が有限体Fqである完備離散付値体とし,lをqと互いに素な素数とする.このとき,K上のスキームのl進エタールコホモロジーはKの絶対Galois群Gal(K/K)の表現を与える.こうして得られたGalois表現についての研究は数論幾何における中心的な課題であり,これまでに様々な結果が得られてきた.

 一方,Deligne,Drinfeld,Carayol等により,考察の範囲をスキームからリジッド空間へと広げることがGalois表現の研究において重要であることが示唆されている.リジッド空間とは複素解析空間の非アルキメデス類似である.Carayolは論文[C]において,Lubin-Tate空間およびDrinfeld上半空間と呼ばれる2つのリジッド空間の被覆空間のエタールコホモロジーを通して局所Langlands対応が実現されているという予想を提出した.近年のHarris,Taylor等による局所Langlands予想の解決は,このCarayolの予想と志村多様体の数論幾何を組み合わせることによってなされている.

 このことからも分かる通り,局所体上のリジッド空間のコホモロジー論は数論幾何において次第にその重要性を増してきている.しかし,K上のリジッド空間のエタールコホモロジーとして得られるGalois表現についての一般論はこれまであまり研究されてこなかったようである.本論文はその第一歩となることを目標にして書かれている.

 以下ではリジッド空間と言えばSpa(K,OK)上局所有限型であるadic空間を指すことにする.XをK上分離的な準コンパクトリジッド空間とする.KのWeil群WK⊂Gal(K/K)を標準射Gal(K/K)→Gal(Fq/Fq)〓ZによるZ⊂Zの逆像として定める(Gal(Fq/Fq)〓Zは幾何的Frobenius元に1 ∈ Zを対応させる同型である).また,W+K ⊂ WKをZ(〓0)の逆像とする.このとき,Xのコンパクト台エタールコホモロジーHic(X〓KK,Ql)は自然にWKの表現になる.スキームの場合からの類推により,この表現について次の予想を立てることは自然である.

予想

(a) 任意のσ ∈ W+Kに対し,σのHic(X〓KK,Ql)への作用の固有値αは代数的整数である.さらに,ある非負整数mが存在して,任意の体同型ι:Ql〓Cに対し|ι(α)| = q(m/2)となる.

(b) 任意のσ ∈ W+Kに対し,Σ(2dimX)(i=0)(-1)iTr(σ*;Hic(X〓KK,Ql))はlに依存しない整数である.

 (a)はWeil予想の類似であり,(b)がl独立性と呼ばれる性質である.なお,この予想のスキームにおける対応物は落合理氏により証明されている([O]).また,XがK上滑らかなときおよびKの標数が0のときは(a)は[M]において証明されている.

 以下が本論文の主定理である.

定理 XがK上滑らかなとき,またはKの標数が0のとき,予想(b)は正しい.

 上記の予想はHic(X〓KK,Ql)が有限次元Qlベクトル空間でないと意味を持たないが,上記の定理の仮定のもとでこのコホモロジーの有限次元性がHuberにより証明されていることを附記しておく.

 定理の証明について述べる.XがK上滑らかな場合は斎藤毅氏によるl独立性の証明([S])を参考にした.まず,K上滑らかなリジッド空間Xは局所的には代数化可能である.つまり,滑らかな一般ファイバーを持つOK上の有限型スキームXを特殊ファイバーに沿って完備化して得られる形式スキームX∧のRaynaud一般ファイバー(X∧)(rig)として表すことができる.さらに,(X∧)(rig)のコンパクト台コホモロジーはXの隣接輪体層RψQlのコンパクト台コホモロジーと一致することが知られている.したがって,上記のようなOK上のスキームXに対して隣接輪体層のコンパクト台コホモロジーのl独立性を証明すればよいことになる.これを証明するには,主張を代数的対応付きの場合に拡張する.このように一般化しておくと,XがOK上強半安定である場合への帰着が可能になるのである(de Jong のalterationを用いる).強半安定の場合には,重さスペクトル系列の開スキームに対する類似物を導入しその関手性を証明することによって,有限体上のスキームに対するある種のl独立性に帰着することができる.このl独立性は藤原一宏氏による開多様体のLefschetz跡公式から従う.以上により,XがK上滑らかな場合の証明が完了する.

 Kの標数が0であるとき,一般のXに対する予想(b)はdimXに関する帰納法によって証明される.帰納法を進行させるためにHuberによる有限性定理([H])の帰結を利用するのだが,この有限性定理が標数0の場合にしか証明されていないため,本論文の結果においても標数0という仮定が必要になる.

 最後に,代数幾何への応用を述べる.XがK上滑らかな場合の証明の過程で得られた隣接輪体層のコンパクト台コホモロジーのl独立性を用いると,隣接輪体層の茎へのWKの作用についても類似したl独立性が証明される.これはDeligneによって提出されたMilnor公式に関する予想の一根拠となっている.また,K上分離的,有限型かつ滑らかであるが固有とは限らないスキームXのコンパクト台エタールコホモロジーHic(X〓KK,Ql)に対して[S]と類似したl独立性の問題を考えることができるが,それについても部分的な結果を導くことができる.

参考文献[C] H. Carayol, Nonabelian Lubin-Tate theory, Automorphic forms, Shimura varieties, and L-functions, Vol. II (Ann Arbor, MI, 1988), 15-39, Perspect. Math., 11, Academic Press, Boston, MA, 1990.[H] R. Huber, A finiteness result for the compactly supported cohomology of rigid analytic varieties, J. Algebraic Geom. 7 (1998), no. 2, 313-357.[M] Y. Mieda, On the action of the Weil group on the l-adic cohomology of rigid spaces over local fields, Int. Math. Res. Not. 2006, Art. ID 16429, 参考論文 1.[O] T. Ochiai, l-independence of the trace of monodromy, Math. Ann. 315 (1999), no. 2, 321-340.[S] T. Saito, Weight spectral sequences and independence of l, J. Inst. Math. Jussieu 2 (2003), no. 4, 583-634.
審査要旨 要旨を表示する

三枝氏は修士課程からひき続いてp進解析空間のコホモロジーに関する研究をおこなってきた。博士課程においてp進解析空間の1進コホモロジーへのWeil群の作用に関して次の結果を得た。

Xを準コンパクトリジッド解析空間で(1)標数が0であるか、あるいは(2)非特異であるとする。またρをWeil群の元で、剰余体のガロア群への制限が正の整数であるとする。

このときρのXのコンパクト台つきリジッド1進エタールコホモロジー上の作用のトレースの交代和は1によらない整数になる。また、さらに(2)の場合にはリジッド1進エタールコホモロジー上への作用も1によらない整数になる。証明の順序は次のようになる。まず非特異な場合、準コンパクト性からアファイン多様体のレイノーファイバーの場合に帰着し、さらにドゥヨンの理論を用いて代数多様体で安定還元を持つ場合に代数対応付きの場合に帰着する。さらに開多様体の場合の重さスペクトル系列の類似物を用いて有限体の場合に帰着し非特異の場合の証明が整数であることの部分を除いて完成する。最後にドゥヨン理論に現れる分母に関してはブロベニウスの十分高い冪を考えることにより取り除かれる。さらに標数が0で特異点のある場合はフーバーによる近似の手法を用い、次元に関する帰納法で証明する。途中に現れる開多様体の場合の有限体への帰着に関しては三枝氏の定義した新しい部分台付コホモロジーを用いるのが新しいアイデアで、今後もこの枠組みが用いられ可能性も大いに期待されるところである。

この結果はXがp進体上固有でさらに代数化可能のときには落合氏の定理の結果と一致するのでその一般化となっている。ちなみに開リジッド解析空間の1進コホモロジーは開代数多様体の1進コホモロジーとは少し異なるものとなっているのでいままでの枠には収まっていないところも取り扱っている。これらの結果はまとめられ、論文はcompositio mathematicaeに掲載予定である。

さらに副論文として三枝君はこれまでに得られた次の様な結果も提出している。

(1)局所体上の多様体でその整数環上のモデルとして非退化な二次特異点をもつものに対してp-進消滅サイクルを用いてp-進Picard-Lefschetz変換を定義し、それを交差形式で記述するp-進Picard-Lefschetzの公式を導いた。公式を導く主要な点はイリュジーによる、レフシッツ束のコホモロジーとそれを爆発させて得られた安定還元のコホモロジーのとの関係をp進の場合にも証明するところである。

(2)Xを準コンパクトリジッド解析空間として、σをWeil群の元で有限体のガロア群への制限がフロベニウスの正冪になっているものとする。Xのリジッド1進エタールコホモロジー上に作用するσの固有値を考えたときそれはWeil数となる。すなわち代数的整数であり、かつ任意の複素埋め込みに対して複素絶対値がqのn/2乗となる。ただしqは剰余体の元の位数。証明の方針はやはりフーバーの定理により非特異なときに帰着し、非特異な場合はその超被覆を考えることにより、代数多様体の場合に帰着するという手法をとる。

三枝氏はp進体上の代数多様体を一般化したものである、p進解析空間に関する高度な専門的知識も備わっており、博士論文や副論文においてもエタールコホモロジー、リジッドコホモロジーなどのコホモロジー的な手法に縦横に駆使ている。また消滅サイルクやドゥヨンの理論などの幾何学的手法にも長じている。博士論文においてもその計算手法が充分に生かされており、書き方もきわめて明快である。また論文発表においてもその明快さが発揮されており、論文提出者三枝洋一は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があるとみとめる。

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