学位論文要旨



No 122719
著者(漢字) 堀,暖
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,ダン
標題(和) プラズマ乱流におけるスケール階層の形成
標題(洋) Formation of the Scale Hierarchy in the Plasma Turbulence
報告番号 122719
報告番号 甲22719
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第256号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 岡野,邦彦
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 古川,勝
内容要旨 要旨を表示する

1 序論

 プラズマにおける乱流は,トカマクなどの閉じ込め実験装置における輸送や太陽風の伝搬に大きな影響を与えている.乱流の基本的な特性としてこれらのプラズマ中の乱流について理論的,数値的に調べることはプラズマ物理において重要である.プラズマ乱流は以下のような理由から複雑な構造を形成しうる:1)さまざまな内的スケールによって階層が形成されること;2)さまざまな不安定性が誘起されること;3)波動の伝播が異方的であること(Kraichnan, IroshnikovによるAlfvenicな乱流の議論を参照[1,2]).このため,乱流のもっとも基本的な指標であるエネルギースペクトルのベキ法則も十分に明らかにされていない.このことは,三次元中性流体においてエネルギースペクトルがKolmogorovの-5/3乗則に従うことがよく知られていることと対照的である.一般にReynolds数が十分大きくなると,乱流は大きなスケールから小さなスケールに至るまで様々な長さスケールのウズによって構成されるようになる.これを波数で表現すると,低波数から高波数に至るまで様々な波数をもつウズによって乱流が構成される.高波数領域では,プラズマのイオン慣性効果(Hall効果)の寄与を考慮する必要があると考えられる.

 本研究では,まず,プラズマ中の乱流についてプラズマの多階層性に注目してプラズマ乱流のスペクトルについて理論的な予測を行なった.つぎに,Hall MHD方程式をもとにしたシェルモデルを新たに定式化した.[3]シェルモデルは乱流のモデル化のひとつであり,中性流体の乱流で用いられるものである.[4,5]最後にHall MHD方程式を用いて数値計算を行ない,これをもとにプラズマ乱流のスペクトルの性質について議論した.

2 Hall MHD方程式

 非圧縮Hall MHD方程式は以下のように与えられる:

ここで,Bは磁場,uは速度,pは圧力,ν,ηは粘性および電気抵抗である.また,εはイオンスキン長とシステム長の比を表しており,Hallパラメータとよばれる.理想Hall MHD方程式(ν=0,η=0)は以下の3つの保存量をもつ:

 ここで,Eはエネルギー,H1は磁気ヘリシティ,H2はイオンヘリシティをあらわす.[6]Aはベクトルポテンシャルである.ε→0の極限では,Hall MHD方程式は一流体MHD方程式に一致する.また,修正されたイオンヘリシティ(H2-H1)/εはクロスヘリシティ〓∫A・Bdxに一致する.

3 プラズマ乱流のエネルギースペクトルのスケーリング

Kolmogorovは,局所等方性と局所相似性を仮定しエネルギースペクトル,粘性,波数,エネルギー伝達率のスケールを解析することでエネルギースペクトルのベキ法則を得た.中性流体の場合,慣性領域におけるエネルギーの輸送は流体のウズによって担われる.しかし,流体一般の乱流においては,ウズ以外の担体)が慣性領域においてエネルギー輸送を担っている可能性がある.とくにプラズマ乱流においては高波数領域に至るとHall項による特異摂動がエネルギー輸送に寄与すると考えられる.これらのプラズマの特性を考慮したエネルギースペクトルのスケーリングを以下のような仮定をおき行なった:慣性領域内部において,ki〜〓付近を境として低波数領域と高波数領域ではエネルギー伝達の描像が異なる,低波数領域では,「通常の」非線形項が主にエネルギー伝達を担うのに対し,高波数領域ではHall項が主にエネルギー伝達を担う.このため,高波数領域ではエネルギー伝達率にイオンスキン長liが含まれる.

このような仮定をもとにスケーリングを行なうと以下のようなエネルギースペクトルに関するベキ則が得られる:

低波数領域:E(k)〜k(-5/3), (6)

高波数領域:E(k)〜k(-7/3). (7)

4 Hall MHDシェルモデルによる数値シミュレーション

4.1 Hall MHDシェルモデル

 非圧縮Hall MHD方程式をもとにして新たにシェルモデル(Hall MHDシェルモデル)を定式化した[3]:

 ここで,f,gは外力を表し,δ(n,4)はKroneckerのデルタである.また,αmn,βmn,γmn(m=1,2,3,n=1,2,...,N)は係数であり,理想Hall MHDシェルモデル(ν=0,η=0,f=0,g=0)が理想Hall MHD方程式の保存量に相当する量を保存するよう定められている.ε→0の極限では,Hall MHDシェルモデルは従来のMHDシェルモデル[10]に一致し,修正されたイオンヘリシティに相当する量もまたクロスヘリシティに相当する量に一致する,これらのことからHall MHDシェルモデルと一流体MHDシェルモデルの間には,Hall MHD方程式と一流体MHD方程式の間に成立している関係と整合性のある関係が成立している.[8,9,10]

4.2 シミュレーション結果とその検討

 Hall MHDシェルモデル(4.1),(4.1)について4次の適応Runge-Kutta法を用いて数値シミュレーションを行なった.計算条件は以下のとおりである:

シェル N=24;

外力 f=1×10(-4)(1+i), g=0;

初期のエネルギースペクトル E(k)=k2exp[-k2], B(k)=10(-4)×k2exp[-k2].

シミュレーションはHallパラメータε=0(一流体MHD),ε=10(-2)(Hall MHD)の2つのケースについて行なった.図2(a),(b)は一流体MHD(ε=0)とHall MHD(ε=10(-2))それぞれの場合について,エネルギーフラックス(上段),流れ場のエネルギースペクトル(中段),磁場のエネルギースペクトル(下段)を示している.グラフ中にプロットした値はいずれも数値シミュレーションから得た値の時間平均をとったものである.

まず,図2(a),(b)の上段に注目する.これらは一流体MHDとHall MHDのそれぞれのケースにおいて,流れ場,磁場のエネルギーフラックス,それらの合計のフラックスをプロットしたものである.流れ場と磁場のエネルギーフラックスの合計はプラトーを形成していることがわかる.このことは一流体MHDとHall MHDいずれのケースにおいても慣性領域が形成されていることを示している.

次に,図2(a),(b)の中・下段に注目する.これらは一流体MHDとHall MHDのそれぞれのケースについて中段は流れ場のエネルギースペクトル,下段は磁場のエネルギースペクトルをプロットしたものである.一流体MHDの場合,流れ場,磁場ともにエネルギースペクトルが-5/3乗のベキに従っていることがわかる.(図2(a)中・下段参照)一方,Hall MHDの場合,流れ場のエネルギースペクトルは-5/3乗のベキに従うことがわかる.(図2(b)中段参照)しかし,磁場のエネルギースペクトルは低波数領域において-5/3乗のベキに従うのに対し,高波数領域においては-7/3乗のベキに従うことがわかる.(図2(b)下段参照)

Hall MHDの場合,波数が102程度の領域で磁場のエネルギースペクトルのベキが-5/3から-7/3へと変化する.(図2(b)下段参照)この値はHallパラメータの逆数に相当する量であり,ベキの変化はHall項による特異摂動の寄与があることを示唆している.一流体MHD,Hall MHDのいずれの場合においても,エネルギー散逸がはじまる波数領域は104程度であり,これはKolmogorovの散逸スケールと比較的よい一致を示している。(図2(a)中・下段,図2(b)中・下段参照)

5 まとめ

 Hall MHDをもとにしたシェルモデルを新たに定式化した.このモデルはHall MHDがもつ保存量に相当する量を保存する.

Hall MHDシェルモデルについて,Hallパラメータε=0,ε=10(-2)の場合について数値計算を行なった.その結果,一流体MHDの場合(ε=0),流れ場,磁場のエネルギースペクトルがともに-5/3乗のベキに従うことを示す結果を得た.その一方でHall MHDの場合,流れ場のエネルギースペクトルが-5/3乗のベキに従うのに対し,磁場のエネルギースペクトルは低波数領域では-5/3乗のベキに,高波数領域では-7/3のベキに従うことを示す結果を得た.

参考文献[1] R. H. Kraichnan, Phys. Fluids 8, 1385 (1965)[2] Iroshnikov, Astron. Zh. 40, 742 (1963)[3] D. Hori, M. Furukawa, S. Ohsaki and Z. Yoshida, J. P. F. Res. 81, 141 (2005)[4] E. B. Gledzer, Sov. Phys. Dokl. 18, (1973) 216[5] M. Yamada and K. Ohkitani, J.Phys. Soc. J. 56, 4210 (1987)[6] Z. Yoshida, S. M. Mahajan, and S. Ohsaki, Phys. Plasmas 11, 3660 (2004)[7] A. N. Kolmogorov, Dokl. Akad. Nauk SSSR 30, 3201 (1941)[8] C. Gloaguen, J. Leorat, and et. al., Physica D 17D, 154 (1985)[9] D. Biskamp, Phys. Rev. E 50, 2702 (1994)[10] P. Frick and D. Scold, Phys. Rev. E 57, 4155 (1998)

図1:Hall MHDにおけるスケーリング.ki〜〓付近を境として低波数領域ではHall項以外の非線形項によるエネルギー輸送が主であるのに対し,高波数領域ではHall項によるエネルギー輸送が主であると仮定した.

図2:Hall MHDシェルモデルによるシミュレーション結果,(a)は一流体MHD(ε=0),(b)はHall MHD(ε=10(-2))の計算結果である.それぞれの場合について上からエネルギー伝達率,流れ場のエネルギースペクトル,磁場のエネルギースペクトルを表わす.

審査要旨 要旨を表示する

 プラズマは、物質の運動(マクロなモデルでは流れ場として表現される)と電磁場が不可分に結合した無限次元非線形系であり、さまざまな揺動が容易に乱流状態へ発展する。プラズマ乱流の統計的性質を理解することは、プラズマ物理学の本質的な課題であり、応用上も極めて重要である。核融合プラズマ装置の閉じ込め性能は、さまざまなスケールに広がるプラズマ乱流によって大きな影響を受けることが知られており、また天体の磁気圏や降着円盤、あるいは太陽風などの宇宙・天体プラズマにおいても、乱流による非線形な輸送現象が重要な役割を果たすと考えられている。しかし、プラズマ乱流の研究は、中性流体の乱流に関する膨大な研究と比べると、極めて未開拓である。プラズマが中性流体と比べて本質的に難しいのは、非線形に相互作用する場の変数が多いのと同時に、さまざまな特異摂動効果が多階層(マルチスケール)の統計集団を連関させるからである。

 本論文は、プラズマ乱流のエネルギースペクトルについて、ホール効果の特異摂動を考慮したモデルを構築し、理論および数値シミュレーションによって研究した結果を報告したものである。論文は四つの章および補章から構成され、各章は以下の内容を記述している。

 第一章は序章にあてられ、流体およびプラズマの乱流に関する研究の現状、理論的なモデルと課題についての概論が述べられている。とくに、本論文が主題とするエネルギーカスケードモデルおよびシミュレーション研究を行うシェルモデルについて、その基本概念と前提となる理論的仮定を整理している。

 第二章では、乱流のエネルギースペクトルに関するカスケードモデルについて、独自の解釈と新たなモデル化を提案している。最初に、コルモゴロフによる慣性領域の理論(いわゆるコルモゴロフスペクトルを導く次元解析の理論)を紹介し、次にこれを拡張するために、カスケードでエネルギーを輸送する「担体」の概念を導入し、慣性領域のエネルギー輸送を再定式化している。中性流体の乱流では、渦のエネルギーを輸送する「担体」は渦自身であるが、プラズマの乱流では流れ場の渦とは異なる場の作用(磁場のローレンツ力やホール効果など)が「担体」となりえる。プラズマのさまざまな運動モードに応じて異なる「担体」を仮定することによって、コルモゴロフの理論に限らず、電磁流体のアルフヴェン波の乱流モデルであるクライチナンの理論も再現できることを述べている。

 第三章では、ホール効果を考慮した電磁流体モデル(ホールMHD)について、エネルギースペクトルを理論的に予測している。ホールMHD方程式は、通常のMHDモデルが妥当するマクロなスケールから、イオン慣性の効果が無視できないミクロなスケールまでのマルチスケールを表現できるモデルであり、ホール効果は高次の微分を含む非線形特異摂動としてMHDモデルに付加される。エネルギースペクトルの導出にあたっては、第二章で提案した一般化されたスケーリング解析を用いている。MHD領域(マクロスケール)では、エネルギースペクトルが波数の-5/3乗に比例し、ホール効果が効く領域(イオン慣性長のミクロスケール)では-7/3乗に比例するスペクトルが得られることを理論的に予測している。次に、ホールMHD方程式をもとにしてシェルモデル(ホールMHDシェルモデル)を定式化している。このモデルは、慣性領域で電子(磁気)ヘリシティーとイオンヘリシティーの保存則を満たすように係数が決められている。ホール効果の特異摂動を除くと、イオンヘリシティーの保存則はクロスヘリシティーの保存則に置き換わり、MHDのシェルモデルに自然に帰着する。このホールMHDシェルモデルを用いた数値シミュレーションを行い、その結果を示している。エネルギースペクトルは、上記の理論的予想を支持するものとなっている。なお、補章Aにおいて、MHDのモデルについて、既存のシェルモデルをまとめている。また、補章Bにおいて、本研究で定式化されたホールMHDシェルモデルの係数について、詳細を記述している。

 第四章は、本論文のまとめにあてられている。

 以上を要するに、本論文はプラズマ乱流の多階層的特性について、従来の次元解析を一般化したスケール解析を提案してエネルギースペクトルを予測し、さらに新たに開発した乱流モデルを用いて数値シミュレーションを行って得られた知見をまとめたものである。この研究は、理論的にも実験的にも未だ十分に解明されていないプラズマ乱流の多階層的特性について、先駆的な貢献を行ったものとして、先端エネルギー工学、とくにプラズマ理工学の発展に資するものと評価できる。

 なお、本論文の第二章および第四章の成果は吉田善章、古川勝、大崎秀一、沼田龍介の各氏との共同研究のものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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