学位論文要旨



No 122722
著者(漢字) 白石,淳也
著者(英字)
著者(カナ) シライシ,ジュンヤ
標題(和) フローイングプラズマの磁気流体力学平衡におけるホール効果
標題(洋) Hall Effect on Magnetohydrodynamic Equilibria of Flowing Plasmas
報告番号 122722
報告番号 甲22722
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第259号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 古川,勝
内容要旨 要旨を表示する

1. 流れをもつプラズマの平衡解析における困難

 本論文では、流れをもつプラズマの磁気流体力学(Magnetohydrodynamics;MHD)平衡解析における理論的な困難を明らかにし、それを克服する特異摂動理論を構築する。

 流れをもつプラズマは、惑星磁気圏やジェットなどの宇宙・天体現象を始め、核融合装置においても観測される。流れはプラズマの平衡、安定性および輸送に本質的な影響を与えることが知られている。また、衝撃波や磁気リコネクションといった実験室系から宇宙・天体プラズマに共通する非線形効果が観測されており、プラズマ流の研究は学際的課題となっている。しかし、流れの効果を取り入れて理論を構築しようとすると、様々な数学的困難により、従来の理論手法が使えなくなる。本研究では、専ら流れをもつプラズマの平衡に着目する。

 プラズマの理論的研究には、MHDが広く用いられている。MHDは特性長を持たず、実験室系から宇宙・天体系に渡る様々なスケールをもつプラズマ現象に関する理論が構築されてきた。流れが無い場合(静止平衡)に関して、二次元の場合(対称性をもつ場合)には、グラッド・シャフラノフ(Grad-Shafranov;GS)方程式が定式化されており[1]、理論が確立しているといえる。しかし流れを平衡解析に含めることは、単に従来の理論に流れの効果を付加すれば解けるという問題ではなく、根本的な困難が存在する。具体的には、流れによりGS方程式に特異点が現れること、および双曲型に遷移することが知られている[2](双曲性により、平衡の問題にも関わらず境界値問題として定式化されない)。流れをもつ平衡のGS方程式は、

と書ける(ψは磁束関数)。添字sは、作用素Lが特異点をもつことを表している。以上に述べた困難により、流れをもつプラズマのMHD平衡解析は、限られた条件下でのみ行われている。

2 ホール効果による特異摂動

 特異点近傍のような物理量が急峻に変化する領域においては、小さいスケールの効果が現れると推測される。これは数学的には特異摂動(微小係数をもつ高階微分)として記述される[3]。イオンスキン長を固有スケールとするホール効果を特異摂動として考察し、MHD平衡がもつ困難をいかに克服するかを明らかにする。

 二次元の場合、ホールMHD平衡では、

なる関係がある。ただしφは流れ関数、εは特異摂動項の係数である。MHD平衡の場合ε=0であるから、φ=f(ψ)となり、ポロイダル面(対称性をもつ方向に垂直な平面)で磁場と流れが平行になる。このトポロジカルな制約が、MHD平衡における特異点形成の原因である(2)は、ホール効果を導入すると、ポロイダル面で流れが磁場に垂直な成分をもつことを示している(ψとφの等高線がずれる)。

 磁場に垂直な流れをもつ物理系として原始星の降着円盤を取り上げ、ホールMHD平衡理論を応用する。原始星をとりまく降着円盤では、中心天体への降着流およびジェット流により複雑な流れ構造が形成されている。加えて、中心天体の巨大な重力により、円盤はケプラー回転している。磁場は円盤を垂直に貫いていると考えられている。磁場にほぼ垂直な降着流の構造は、理想流体やMHDの平衡では記述することができない。

 原始星円盤における弱電離プラズマでは、ホール効果が重要となる。ホールMHDのGS方程式は

のように特異点をもたない連立方程式になる。(3)を用いて、降着円盤を模擬した系で数値計算を行った。その結果、ケプラー回転する円盤中で、ホール効果により磁場に垂直な流れが形成されることが分かった。

3 ホール効果による特異点の正則化メカニズム

MHDとホールMHDのGS方程式[(1)および(3)]から明らかなように、ホール効果によりMHD平衡の特異点は解消される。しかし、一次元系の場合を考えると、MHD平衡およびホールMHD平衡は、共に特異点をもつ常微分方程式により記述される。すなわち、一次元系では、ホール効果により特異点は正則化されない。したがって特異点の正則化には二次元性が重要になると推測される。

 ホールMHDの枠組みでは、(2)においてε≠0であり、2つの平衡ブランチを考えることができる[4]。一つ目のブランチはφ=F(ψ)となる場合である[(2)でg=g(ψ)の場合]。このときGS方程式は、(1)と数学的に等価になり、特異点は解消されない。理想MHD平衡はこちらのブランチに含まれる。

 一方二つ目のブランチは、φ≠F(ψ)となる場合である。すなわち、流れと磁場がポロイダル面で交叉している平衡である。一次元系ではこのような交叉は起きないから、このブランチはホール効果と二次元性の共存により現れる。二つ目の平衡ブランチのGS方程式は(3)のような正則な方程式となり、特異点は解消される。

 ホールMHD平衡のGS方程式(3)の数値解を求めた。(MHD極限ε→0における)特異点近傍で特異摂動が発現し、特異点により隔てられた領域が接続される様子を示した。

4 ホール効果およびトロイダル効果が生み出す多様な平衡構造

 ホール効果と二次元性によりMHD平衡を含む多様な平衡構造が形成されることを示した。ここでは、ホール効果とトロイダル効果により、多様な平衡が存在することを示し、幾つかの解の性質を調べる。トロイダル方向(対称性をもつ方向)にのみ流れをもつ平衡を解析する。このような流れは実験室系においてしばしば観測される。

 MHD平衡の場合、特異点や双曲性といった困難はポロイダル流の存在に起因する。実際、トロイダル流平衡の場合、GS方程式は、

のように正則な方程式になる。

 一方、ホール効果を特異摂動として導入すると、GS方程式は

のようになる。(5)は(4)と殆ど同じであるが、特異摂動パラメタεを含む。(5)を得るためには、ホール効果だけでなく、トロイダル効果(流れの曲率)も必要となる[5]。ホールMHD平衡の解を用いて、(i)MHD近似(ε→0)したときにMHD平衡を満たす解、(ii)MHD近似で発散する解(ホールMHDに固有の解)を導出した。

 二つのクラスの解を、実験装置RT-1[6]を模擬した系で数値解析した。平均的な流速をパラメタとして解の振る舞いを解析した。その結果、(i)MHD平衡では、平均速度が大きくなるに従い、遠心力によって密度ピークは外側にシフトすること、(ii)ホールMHD平衡では、平均速度が大きくなるに従い、密度ピークは内側にシフトし、MHD平衡とは対照的な振る舞いを示すことが分かった。また、ホールMHD平衡では密度が局在化すること、トロイダル流が強いシアをもつことが分かった。

 ホール効果(特異摂動)は、MHDに対する一つの付加項である。しかし、ただ一つの項を付与するだけで、磁場に垂直な流れの形成、二次元系における特異点の正則化、トロイダル流平衡における構造の多様化など、従来のMHD平衡理論では捉えられない構造を解析できるようになる。

参考文献[1] H. Grad and H. Rubin, Second United Nation Conference on the Peaceful Uses of Atomic Energy (United Nation, Geneva, 1958), Vol. 31, p.190.[2] E. Hameiri, Phys. Fluids 26, 230 (1983).[3] Z. Yoshida, S.M. Mahajan, and S. Ohsaki, Phys. Plasmas 11, 3660 (2004).[4] J. Shiraishi, S. Ohsaki, and Z. Yoshida, Phys. Plasmas 12, 092308 (2005).[5] J. Shiraishi, M. Furukawa, and Z. Yoshida, Plasma Fusion Res. 1, 050 (2006).[6] Z. Yoshida, Y. Ogawa, J. Morikawa et.al., Plasma Fusion Res. 1, 008 (2006).
審査要旨 要旨を表示する

 近年、流れをもつプラズマに関する研究が注目を集めている。核融合プラズマにおいては、自発的な流れの発生、シア流による揺動の安定化や乱流輸送の抑制(閉じ込めの改善)等が観測されている。更に超高速流が生み出す動圧の効果を応用するプラズマの高効率閉じ込め方式が研究されている。宇宙・天体プラズマでは、木星磁気圏や降着円盤等で高速プラズマ流が独特な渦構造を形成している。プラズマ流の研究は、核融合プラズマから宇宙・天体プラズマに亘るプラズマ基礎物理の重要な研究課題となっている。

 本論文は、流れをもつプラズマの平衡に関する理論研究をまとめたものである。プラズマの巨視的(流体力学的)平衡は、磁場、流れ場、圧力場等のベクトル場、スカラー場が非線形に結合しバランスを構成することを表現する非線形偏微分方程式系によって記述される。この方程式系の解析は極めて困難な数学的問題を含み、一般的理論は殆ど未解決である。但し、空間次元(独立変数の次元)が二以下の場合については、ある程度一般論が展開できる。流れが無い場合については、既に厳密な理論が構築されており、平衡状態はグラッド・シャフラノフ方程式と呼ばれる楕円型の非線形偏微分方程式により記述され、境界値問題として解ける。しかし、流れをもつ平衡の場合には、グラッド・シャフラノフ方程式は一般化され、一定の速度領域で双曲型に遷移すること(圧縮流の場合)、及び特異点をもつこと(非圧縮流の場合)が知られている。そのため、高速プラズマ流の平衡は極めて重要な問題でありながら、限られた条件でのみ解析が行われてきた。本論文では、上記の数学的困難が生まれる物理的メカニズムを明らかにし、それを克服する特異摂動理論を構築している。論文は六つの章から構成され、各章は以下の内容を記述している。

 第一章は序論にあてられ、流れをもつプラズマの平衡解析の重要性および理論的困難についてまとめている。また、本論文のプラズマ物理学における位置づけや応用について詳述している。

 第二章では、流れをもつプラズマの平衡における理論的困難について数学的に分析している。磁気流体力学(MHD)方程式の特性方程式の解析、及び一般化されたグラッド・シャフラノフ方程式の数学的構造の解析により、双曲遷移という困難が現れることを示している。また、非圧縮流の場合には、プラズマ流と磁場の縮退により、特異点が生成されることを示している。

 第三章では、特異点の困難を克服するために、特異摂動を導入している。特異摂動は微小係数と高階微分の積で表される。MHDは固有のスケールを持たないが、特異摂動を導入することにより固有のスケールが持ち込まれる。本論文では、高温プラズマで重要な特異摂動として、ホール効果を導入している。ホール効果によりプラズマ流と磁場の縮退が解けて、プラズマ流の多様な構造を記述できるようになることを示している。具体的な応用例として原始星の降着円盤の構造を解析し、ホール効果により複雑な流れの構造を記述できることを実証している。

 第四章では、ホール効果により特異点が解消されるメカニズムについて記述している。ホール効果により、プラズマ流と磁場の縮退が解けた新しい分枝の平衡が存在し、その分枝の平衡でのみ特異点が解消される。この分枝は一次元系では現れない。また、縮退が解けない分枝では依然特異点が存在する。ホール効果により特異点を取り除いた一般化グラッド・シャフラノフ方程式の数値実験を行い、特異点により隔てられた領域が接続される様子を明らかにしている。

 第五章では、ホール効果がトロイダル効果と結合することにより、MHDでは見出せない多様な平衡構造が現れることを示している。これは、第四章において明らかにされた、プラズマ流と磁場の縮退が解けることによる平衡の多様化とは異なるメカニズムである。MHDを満たす平衡とホールMHDに特有な平衡を導出し、高速流をもつ実験室プラズマを模擬した系で数値実験を行っている。その結果、二つの平衡が定性的に異なる性質をもつことを明らかにしている。

 第六章は、本論文のまとめにあてられている。

 以上を要するに、本論文は流れをもつプラズマの平衡に関して、理論的な困難とその数学的原因を明らかにし、それを克服する特異摂動理論を構築し、特異摂動により多様な平衡構造が生み出されることを示している。その成果は高速流でプラズマを閉じ込める核融合炉心概念や、宇宙・天体現象の解明に応用され、先端エネルギー工学、特にプラズマ物理学に資するところが大きい。

 なお、本論文の第三章及び第五章の成果は、吉田善章、古川勝の各氏との共同研究によるものであり、第四章は吉田善章、大崎秀一の各氏との共同研究によるものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク