学位論文要旨



No 122751
著者(漢字) 川中,俊秀
著者(英字)
著者(カナ) カワナカ,トシヒデ
標題(和) ポラノホスフェートDNAを用いるDNA類縁体合成法の開発
標題(洋)
報告番号 122751
報告番号 甲22751
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第288号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 和田,猛
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 田口,英樹
 東京大学 助教授 津本,浩平
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 現在、天然型DNAのリン原子上に種々の置換基や官能基を導入したリン酸部位修飾型DNA類縁体の合成研究が盛んに行なわれている。これらDNA類縁体は、天然型DNAと比較して核酸分解酵素に対する耐性が高いなどの生物学的特性を有し、遺伝子の発現を抑制するアンチセンス分子など医薬への応用が期待されている。H-ホスホネートDNAは、天然型DNAのリン原子上の非架橋酸素原子のひとつを水素原子に置き換えた構造をしており、リン原子上に種々の官能基を導入できるため、DNA類縁体合成における有用な中間体である。しかしながら、H-ホスホネートジエステルは化学的に不安定であり、固相合成中に伸長鎖切断などの副反応が進行する。このため、従来の方法では長鎖H-ホスホネートDNAを高収率で得ることはできない。

 最近、当研究室では、化学的に安定なボラノホスフェートジエステルに対して酸性条件下トリチルカチオンを作用させることで、対応するH-ホスホネート誘導体を得る新規反応を見出した(Scheme 1)。

 この反応を別の観点からみると、ボランを用いてH-ホスホネート、すなわちホスホン酸を保護することができるものと考えられる。そこで本研究では、ボランをホスホン酸の保護基として用いる新しいリン酸部位修飾型DNA類縁体合成法を考案した(Scheme 2)。

 まず、ボランによってホスホン酸が保護された状態で鎖長伸長を行ない、目的の塩基配列を有するボラノホスフェートDNAを合成する。次に、トリチルカチオンを作用させて対応するH-ホスホネートへと誘導した後に、種々の変換反応を行ない、目的とする天然型DNAや様々なリン酸部位修飾型DNA類縁体を得る。本研究では、この新規合成法の確立を目指している。

 従来、核酸塩基部位の保護基としては、強塩基性条件下除去可能なアシル基が用いられている。しかし、これらの保護基は塩基性条件下不安定なDNA誘導体の合成には適さない。そこで、本研究では中性条件下脱保護可能な2-アジドメチルベンゾイル(AZMB)基を核酸塩基部位の保護基として用いた(Scheme 3)。AZMB基は、ホスフィンと水を用いてアジド基をアミノ基に還元することで除去が可能である。この反応は中性条件下で進行するため、脱保護反応にもちいる塩基性条件下不安定なオリゴヌクレオチドの分解を抑制することができるものと考えられる。

 また、グアノシンO6位にも同様に穏和な中性条件下除去可能な保護基の導入が必要となる。そこで、本研究では4-(2-アジドメチルベンゾイロキシ)ベンジル(AZBn)基および4-アジドベンジル(ABn)基をグアノシンO6位の新しい保護基として開発した(Figure 1)。これらの保護基を用いることで、従来のDNA合成法では困難であった、様々なDNA類縁体が合成可能となる。

【結果・考察】

1. グアノシンO6位の保護基

 4-ヒドロキシベンジル基の水酸基が、AZMB基で保護された構造を有するAZBn基の開発を試みた。AZBn基は、アジド基の還元反応によりAZMB基が除去されるとキノンメチドの生成を伴い除去反応が進行すると考えられる。まず常法によりAZBn基の2'-デオキシグアノシン誘導体への導入反応を行なったところ、中程度の収率で目的物を得た(Scheme 4)。得られた2aに対して、AZMB基の脱保護条件を適用し、AZBn基の除去を試みた。その結果、脱保護反応時に生成するキノンメチドがグアニン塩基に付加する副反応が観測された。そこで、キノンメチドの捕捉剤を種々検討したところ、2-メルカプトエタノールの存在下で副反応を抑制することに成功した。しかしながら、AZBn基は立体障害が大きく導入効率が低いため、より骨格の小さいABn基に着目した。

 ABn基は、アジド基をアミノ基に還元することで、イミノキノンとして脱離することが予想される。AZBn基と同様の方法でABn基を2'-デオキシグアノシン誘導体に導入したところ、高収率で目的物を得ることができた。得られた2bを用いて脱保護反応を検討した結果、AZBn基とは異なりキノン誘導体のグアニン塩基への付加反応は観測されず、迅速に脱保護反応が完結した。次に、これらの新規保護基を用いる固相合成を検討した。まず固相担体上でG(PB)Tを合成し、液相と同様の反応条件で脱保護反応を行なったところ、イミノキノンがリン酸エステル部位等に付加したと考えられる副生成物が観測された。そこで、捕捉剤の添加など脱保護反応の検討を行なったところ、高収率で脱保護反応が進行する条件を確立した。

2. 液相合成

 まず、液相法によるリン酸部位修飾型DNA類縁体合成を検討した。水酸基および核酸塩基部位をAZMB基で保護したジチミジンボラノホスフェート3ttをモデル化合物として用い、ボラノホスフェートジエステルからH-ホスホネートジエステルへの変換反応を検討した。種々反応条件の検討を行なったところ、トリチルカチオン源としてDMTrOMeを、酸としてジクロロ酢酸を用いると、定量的に目的とする変換反応が進行することがわかった(Scheme 5)。そこで、他の核酸塩基を有するジヌクレオシドボラノホスフェートを合成し、最適化した変換反応条件を用いてこれらを対応するH-ホスホネートジエステルへ変換する反応を試みた。その結果、全てのジヌクレオシドボラノホスフェートを高収率で目的とするH-ホスホネートに変換することができた。ここで、H-ホスホネートジエステルは化学的に不安定であり、精製の際に分解反応が起こることが知られている。そこで、H-ホスホネートジエステルを安定なリン酸ジエステルへと変換し、単離精製を試みたところ、目的物を良好な収率で得ることができた。さらに脱保護反応を行ない、無保護のジヌクレオシドホスフェートを合成することに成功した。

 次に、種々のリン酸部位修飾型DNA類縁体合成を試みた。ジチミジンボラノホスフェートを用いてH-ホスホネートへと変換した後に、種々の誘導化反応を行なった。その結果、様々なDNA類縁体を良好な収率で得ることができた(Scheme 6)。

3. 固相合成

 液相法で確立した新規DNA類縁体合成法の固相法への応用を検討した。まず、固相担体上に担持されたチミジン誘導体の5'水酸基とシチジンのモノマーユニットとを縮合した後に、ボラノホスフェートエステル部位の保護基である2-シアノエチル基を除去し、ジヌクレオシドボラノホスフェートを固相担体上で合成した。得られた9を用いてH-ホスホネートジエステルへの変換反応を行なった。H-ホスホネートジエステルは、固相担体からの切り出し条件下分解するため、リン酸ジエステルへと誘導した後に切り出し反応を行ない、逆相HPLCによる分析を行なった。まず、液相で確立した変換反応条件で反応を行なったところ、変換反応が完結していないことが確認された。そこで、種々のトリチルカチオン源を用いて変換反応を試みた。その結果、トリチルカチオン源としてTrBF4を用いることでほぼ定量的に目的物を得ることができた(Table 1)。次に、他の核酸塩基を含むジヌクレオシドボラノホスフェートを合成し、同様の反応条件で変換反応を行なったところ、アデノシンおよびグアノシンを含む場合に副反応が観測された。このため、再度トリチルカチオン源の検討を行ない、A、C、G、T全ての誘導体に対しても適応可能な反応条件を見出した(entry 5、6)。

 さらに、ボラノホスフェート三量体、四量体を用いて反応条件の検討を行ない、高収率で変換反応が進行することを確認した。

【総括】

 本研究では、液相および固相法によるボラノホスフェートDNAを経由する新規DNA類縁体合成法を確立した。また、グアニンO6位の保護基として、新たに穏和な中性条件下除去可能なAZBn基およびABn基を開発した。これら合成法および保護基の開発により、従来の合成法では困難であった様々なDNA類縁体合成が可能になるものと期待できる。

【発表論文】1) Kawanaka, T.; Shimizu, M.; Saigo, K.; Wada, T. Nucleic Acids Symp.Ser. 2005, 49, 27-28: "A novel method for the synthesis of DNAand its analogs by the use of BH3 as a protecting group for phosphonic acid".2) Kawanaka, T.; Shimizu, M.; Wada, T. "Synthesis of dinucleoside phosphates and their backbone-modified analogs by the boranophosphotriester method" submitted.3) Kawanaka, T.; Shimizu, M.; Shintani, N.; Wada, T. "Solid-phase synthesis of oligodeoxyribonucleotides by the boranophosphotriester method using new protecting groups for nucleobases" in preparation.

Scheme 1.

Scheme 2.

Scheme 3.

Figure 1.

Scheme 4.

Scheme 5.

Scheme 6.

entry 5.

entry 6.

Table 1.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ボラノホスフェートDNAを用いたDNA類縁体の新規合成法の開発と、穏和な中性条件下除去可能なグアニンO6位の保護基の開発について述べたものであり、序論および本論の6章により構成されている。

 序論では、これまでに報告されているリン酸部位修飾型DNA類縁体の応用例および合成方法、核酸塩基部位へ導入される保護基を列挙し、その合成法の問題点とともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第一章では、グアニンO6位の新しい保護基の開発について検討した結果について述べている。まず、穏和な中性条件下除去可能な保護基として、4-[(2-アジドメチル)ベンゾイロキシ]ベンジル(AZBn)基をデザインし、その開発を行なっている。AZBn基のグアニンO6位への導入反応を行ない、目的物を良好な収率で合成している。得られた2'-デオキシグアノシン誘導体のAZBn基の除去を行ない、脱保護反応で副生するキノンメチドがグアニン塩基へ付加する副反応を観測している。そこで、キノンメチドの捕捉剤を種々検討し、2-メルカプトエタノールが捕捉剤として効果的に働き、脱保護反応時の副反応を抑制することに成功している。

 第二章では、液相法によるジヌクレオシドボラノホスフェートの合成について述べている。まず、AZBn基およびAZBn基と同様の穏和な中性条件下除去可能な(2-アジドメチル)ベンゾイル(AZMB)基により核酸塩基部位を、3'水酸基をAZMB基で保護したT、A、C、Gのヌクレオシド誘導体の合成を行なっている。次に、5'水酸基およびM3位をAZMB基で保護したチミジン誘導体を合成し、これの3'水酸基のボラノホスホリル化反応を行なっている。合成したチミジニルボラノホスホジエステルと遊離の5'水酸基を有するヌクレオシド誘導体との縮合反応を行ない、目的とするジヌクレオシドボラノホスフェートを合成している。

 第三章では、ジヌクレオシドボラノホスフェートを用いて、液相でボラノホスフェートの変換反応およびDNA類縁体合成法の開発について述べている。ジチミジンボラノホスフェートを用いて、対応するH-ホスホネートジエステルへの変換反応を試みた結果、目的物以外にリン原子にトリチルカチオンが付加したの副反応生成物を観測している。そこで、反応条件の検討を行ない、定量的にH-ホスホネートジエステルが得られる反応条件を確立している。この反応条件を他の核酸塩基を含むボラノホスフェートの変換反応に応用し、それぞれの誘導体について95%以上の収率でH-ホスホネートジエステルを得ている。次に、ジヌクレオシドボラノホスフェートを用いて、H-ホスホネートへと誘導した後に、天然型リン酸ジエステルおよびリン酸部位修飾型DNA類縁体の合成を行なっている。最後に、核酸塩基部位の脱保護を行ない、従来は合成が困難であった化合物を含むDNA類縁体の脱保護体の単離に成功し、本法が様々なDNA類縁体合成に適用可能であることを示している。

 第四章では、ジヌクレオシドボラノホスフェートの固相合成について述べている。固相法への応用にあたり、新たにグアニンO6位の保護基の開発を行なっている。4-アジドベンジル(ABn)基を新たにグアニンラクタム部位の保護基として用いることを試み、AZBn基と比較して高収率で導入および除去を行なうことに成功している。このABn基およびAZMB基で核酸塩基部位を保護したヌクレオシドを用いてモノマーユニットの合成を行なっている。モノマーユニットを用いて、固相担体上に担持されたチミジン誘導体の5'水酸基との縮合反応条件の検討を行なった結果、縮合剤としてPyNTPを、塩基としてDMANを用いることで、高収率で縮合反応が進行することを見出している。次に、グアノシンモノマーユニットによりボラノホスフェート二量体を合成し、固相担体上でのABn基の除去を試み、除去反応で副生するイミノキノンのヌクレオチドへの付加反応を観測している。そこで、脱保護反応の条件検討を行ない、2-メルカプトエタノール存在下、副反応をほぼ抑制することに成功している。

 第五章では、固相担体上でのボラノホスフェートの変換反応について述べている。まずシチジンを含むジヌクレオシドボラノホスフェートの変換反応を行ない、液相法で確立した条件では、反応が完結しないことを見出している。さらに反応条件の検討を行ない、TrBF4をトリチルカチオン源として用いることで、高効率で変換反応が進行することを見出している。しかしながら、このトリチルカチオン源を用いると、2'-デオキシアデノシン誘導体では、デプリネーションなどの副反応が進行することをが判明し、再度反応条件の検討を行なった結果、脱保護反応を行ない塩基部無保護体に誘導した後に、TrBF4と比較してよりルイス酸性の弱いと考えられるDMTrBF4を用いることで、効率的に変換反応が行なえることを述べている。

 第六章では、三量体、四量体での変換反応とリン酸部位修飾型DNA類縁体の合成について述べている。二量体での合成法の検討を踏まえ、新規DNA類縁体合成法をオリゴマー合成に適用すべく、三量体および四量体のボラノホスフェートを用いて変換反応を試みている。脱保護反応後にDMTrBF4により変換反応を行なった結果、ボラノホスフェートの収率と比較して、変換後の収率が低下していることを見出している。この収率低下の原因として、リン原子とトリチルカチオンの副反応が考えられるため、液相での検討を踏まえて、反応温度を0℃に下げて反応を行なっている。その結果、変換反応が定量的に進行することを示しており、新規DNA類縁体合成法がオリゴマー合成に適用可能でありことを示している。以上の検討の結果を踏まえ、固相担体上でメチルホスフェートDNAおよびホスホロモルホリデートDNAの合成を行ない、それぞれ良好な収率で目的物を得ている。このことから、新規DNA類縁体合成法が、メチルホスフェートのように従来合成が困難であったDNA類縁体の効率的合成に適していることを示している。

 以上のように、穏和な条件下除去可能な保護基を核酸塩基部位に導入し、ボラノホスフェートDNAを出発物質として用いることで、従来合成が困難であったリン酸部位修飾型DNA類縁体を含む様々なDNA類縁体を効率的に合成できることを明らかにしている。これらの成果は、有機合成化学、核酸化学、医科学の進展に寄与するところ大である。

 よって本諭文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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