学位論文要旨



No 122765
著者(漢字) 鈴木,孝司
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タカシ
標題(和) MRI誘導下手術支援マニピュレータのための鉗子駆動機構およびモータ駆動法の研究
標題(洋)
報告番号 122765
報告番号 甲22765
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第302号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 教授 鳥居,徹
 東京大学 助教授 正宗,賢
 東京大学 助教授 山本,晃生
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 従来の外科手術は外科医の経験に基づいた技術体系として発展してきたが,近年急速に発展してきた医用画像機器とコンピュータを用いることによって,より精密かつ高品質な手術の実現を目指すコンピュータ外科が創出されてきた.

 コンピュータ外科は診断画像に基づいた術前・術中の手術計画および治療成績の評価を行う画像技術とロボット技術を用いて手術手技の支援を行う手術支援マニピュレータから構成される.それらを統合し,術中診断画像の定量的データに基づいて,手術支援マニピュレータを駆動する画像誘導下手術支援マニピュレータシステムが提案されている.

 術中に取得可能な画像モダリティとしては,軟性組織の分解能に優れ各種機能画像の取得も可能な核磁気共鳴画像(MRI)が注目を浴びている.しかしMRIは,患者周辺にマニピュレータが動作する十分な空間がないことや,撮像のために必要な高磁場環境や強力な電磁波が手術支援マニピュレータの導入が困難にしている.またマニピュレータ等の手術支援機器から発生する漏洩電磁波ノイズが取得画像の質を劣化させるという問題がある.

2. 目的

 本研究ではMRIガントリ内の狭い空間でも駆動可能な小型鉗子駆動機構とその駆動に用いる超音波モータから発生するノイズによる画質の劣化を防ぐモータ駆動法の提案を行い,それらの統合によりMRI誘導下手術支援マニピュレータシステムを実現する.

3. 小型鉗子駆動機構

3.1. 背景および目的

 肝臓内に生じた腫瘍に対する治療法として,腫瘍に穿刺した電極針から高周波電流を印加し,腫瘍を焼灼凝固するラジオ波焼灼(RFA)療法がある.従来の治療においては体外から経皮的に焼灼部位への穿刺を行っていたが,骨や血管等が最適な穿刺経路の選択を阻害する場合があるため,腹腔鏡下に鉗子に把持させた短い電極針を用いて腹腔内からの穿刺が提案されている.そこで本研究においては腹腔鏡下手術で必要となる,鉗子の4自由度(トロッカによる腹壁上の拘束点を中心とするピボット動作による姿勢2自由度,鉗子軸の挿入・抜き出しの直動1自由度,鉗子軸周り回転1自由度)を実現するマニピュレータを用いて電極針の穿刺操作支援を行う(Fig.1).マニピュレータへの要求仕様として,駆動範囲は平均的なサイズの肝臓全体をカバーする領域,位置決め精度は画像誘導下に手術支援を考慮して,標準的なMR画像の解像度から1mmと設定した.また平均的な肝臓重量の1/3である4Nを扱えることとした.速度は息止めによる臓器動の抑制を行うことを考慮し,5秒以内に駆動範囲の任意の点に到達できることと設定した.

3.2. 方法

 ピボット動作の実現にはDCサーボモータで駆動するジンバル機構を用い,鉗子の並進・回転自由度については中空超音波モータで駆動する摩擦駆動機構を用いた(Fig.2).ジンバル機構を用いることで鉗子の回転中心が腹壁上の拘束点から上方にシフトすることで切開孔を引っ張ることが考えられた.ブタを用いた予備実験の結果,切開孔を引っ張ることによる傷の拡大や出血は観察されなかった.また引っ張りに必要なトルクは,腹壁上方30mmにジンバル機構の回転中心が設定された場合,0.26Nmとなることが実験値から試算された.摩擦駆動機構は,1対の摩擦車を用いた鉗子軸の駆動手法である.摩擦車とは鉗子軸表面に傾いて接触する3個のローラとケースから構成される機構であり,送りねじのナットのようにケースを回転させることで摩擦車がらせん運動を行う.互いに対称な傾きをもつ摩擦車を用いて,各々を同方向に回転させた場合は鉗子軸の回転,逆方向に回転させた場合は鉗子軸の並進を行う.

3.3. 評価実験

 基本的な性能評価として,駆動範囲,トルク,速度の計測を行った結果,要求仕様を満たす結果が確認された.また静的な位置決め評価(鉗子先端に4Nの負荷あり/なし)および与えられた経路に対する追従性能の評価を行った.静的な位置決め精度は,無負荷の場合に機構のガタと歪みにより,駆動範囲の一部で要求仕様を満たさなかった.また負荷印加時はさらに精度が落ちたが,機構の剛性および組立精度の向上により解決可能である.経路追従性能の評価では,摩擦駆動機構に使用した超音波モータの速度範囲が原因となり,追従の遅れや鋸刃状の不連続な軌跡となった.超音波モータの制御法については現状でもさまざまな研究が行われており,今後それらの成果を導入することで適切な経路追従が可能と考えられる.

4. MRI対応モータ駆動法

4.1. 背景および目的

 MR環境下でモータ等のメカトロ機器を使用する場合,高磁場,電磁波による機器への影響および機器による静磁場の歪み,電磁波ノイズの発生を考慮する必要がある.高磁場環境下での使用には超音波モータが適しており,MRI対応手術支援マニピュレータの駆動に使用されてきた.しかし駆動時に発生するノイズがMR画像の画質劣化を生じさせる.そこで,撮像時のモータ電源遮断,撮像領域から離れた場所へのモータの設置が行われたが,各々手術時間の延長,装置の大型化の問題があった.一方でinterventional MRIではRFA治療用の高周波電流がノイズ源となる.ノイズを除去するためのバンドパスフィルタが試みられたが,ノイズの周波数帯によっては効果が得られない.またMRI撮像シーケンス内のdead timeにのみノイズ源となる装置の駆動が試みられたが,使用する装置に依存した特殊なハードウェアインタフェースが必要であるため汎用的な手法ではなく,その点が広い普及を阻害する.

 そこで本研究においては先行研究の問題点を改善し,手術時間の延長や機構の大型化なしに広く利用可能な汎用的手法によってノイズによる画質劣化の無い画像取得とモータ駆動の実現を目指す.

4.2. 方法

 MRIのパルスシーケンスにおいて,繰返時間(TR)開始時点でRFパルスによりプロトンが励起され,エコー時間(TE)経過時点で画像信号の取得が行われた後は,プロトンの緩和を待つ時間(dead time)である.その時間内であればMRI装置は信号の取得を行っていないため,モータ等のノイズの発生があっても画像には影響が生じない.そこでその時間のみにモータの駆動を許可することで,ノイズに影響されない画像取得とモータ駆動を同時に実現する(Fig.3).ここで必要となるのがdead time内でのみモータを駆動するためのMRI装置の制御系とモータ制御系の時間的な同期である.先行研究ではMRI装置内部のタイミング信号による同期を実現しているが,装置依存的手法であるため,好ましくない.そこで本研究ではMRI装置からTR開始時点で発信されるRFパルスを取得することでTR開始を検出し,そこからモータ制御用コンピュータ内のタイマをスタートさせることでMRI装置とモータ制御系の同期を行う.

4.3. 評価実験

 評価用実験系は,LC並列共振回路を用いたRFパルス受信用アンテナ,実験用オープンMRI装置(0.2T,垂直磁場型),非磁性超音波モータ,制御用コンピュータから構成される.超音波モータはMRI装置ガントリ内に,RFパルス受信用アンテナは撮像用コイル付近に設置した.アンテナ線,モータ駆動線はMR室の扉から室外に導き,制御用コンピュータに接続した(Fig.4).

 本手法の有効性を評価すべくMRI装置で撮像用ファントムの画像を取得した.1)比較用画像としてモータを停止した状態での撮像,2)本手法を用いてdead time内にモータ駆動しながら撮像,3)定速でモータ駆動し続けた状態での撮像,を比較した.参照用画像(SN比146.5±5.5)に対して,本手法を用いた場合には撮像中のモータ駆動にも関わらず画像の劣化は小さかった(SN比135.9±3.2)が,用いなかった場合については砂嵐状のノイズによって画像が大幅に劣化した(SN比10.2±1.4)(Fig.5)

5. MRI誘導下手術支援マニピュレータへの統合

 機構の有効性検討を行った小型鉗子駆動機構に対してMRI対応モータ駆動法を適用することによりMRI誘導下手術支援マニピュレータとして統合した.小型鉗子駆動機構のMRI対応化として,機構検証用に用いたDCサーボモータを超音波モータに置換するとともに,磁性材料を用いた部品を非磁性材のものに置換した.MRIガントリ内に試作した手術支援マニピュレータを設置し,MR画像上で設定したターゲットに対してマニピュレータの駆動を行った.

6. 考察

 MRI誘導下手術支援マニピュレータにおける問題である,狭い空間で駆動可能な鉗子マニピュレータとして小型鉗子駆動機構の試作評価を行った.機構の小型化が実現された一方で,製作時の問題による機構的な問題から十分な精度が得られなかったため,機構の際試作が必要である.また使用したモータによる駆動の精度限界が示されたことから制御法の改良が必要である.

 画質劣化につながる撮像中のモータ駆動を実現する手法としてdead timeを用いたモータ駆動法によりノイズによる影響のない画像取得を実現した.本手法の適用限界として撮像速度とモータ駆動時間のトレードオフがある.十分な駆動時間の確保のためには撮像更新速度を下げる必要があり,逆に高い撮像速度の実現にはモータ駆動時間は短くなる.撮像対象などによって制限を受ける撮像条件と機構的あるいは制御上の制限を受けるモータ駆動時間の両者を調節することで最適な撮像シーケンスを決定する必要がある.

7. 結論

 MRI誘導下手術支援マニピュレータで問題となっていたサイズとノイズの問題に対して,小型鉗子駆動機構,MRI対応モータ駆動法によって解決策を提案し,その評価を行った結果有用性を示した.

Fig. 1 Limited degrees of freedom of forceps around the incision hole on the abdomen.

Fig. 2 Prototype of forceps manipulator.

Fig. 3 Synchronization using a RF pulse as a synchronous trigger.

Fig. 4 Experimental setup.

Fig. 4 Experimental results; MR image and signal-to-noise ratio; (1) control, (2) motor actuation using the proposed synchronous control, (3) without the synchronous control.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章から構成されている.

 第1章は本論文が対象としている核磁気共鳴画像(MRI)誘導下手術支援マニピュレータを用いた手術支援の背景と問題点が述べられている.MRIガントリ内は強磁場環境であり,また強い電磁波が照射される特殊環境であるが,その内部へのマニピュレータ導入の問題となる,機構材料・機構要素の磁性,サイズ,画像を劣化させるノイズの3点について論じている.そして先行研究によって試みられた解決法とそれらの問題点が挙げられている.

 第2章は,MRI誘導下手術支援マニピュレータにおいて必要とされる小型化とモータから発生するノイズによる影響を受けない画像取得を実現する,という目的が述べられている.それらの目的を実現するために,小型鉗子駆動機構とMRI対応モータ駆動法を提案し,その評価を行うとされている.

 第3章では,小型鉗子駆動機構について述べられている.これは狭いMRI装置内での鉗子操作支援を対象としたマニピュレータであり,その設計・試作・評価試験が行われた.機構構成として,鉗子軸方向並進運動・軸周り回転運動を実現するための摩擦駆動機構,鉗子ピボット動作の実現のためのジンバル機構を組み合わせることにより最低限の自由度を確保しつつ小型化された機構を実現した.またマニピュレータとしての性能限界を生じさせた機構精度と超音波モータの制御方式について問題点を明らかにして,今後の改良の指針を提示した.

 第4章では,MRI装置ガントリ内でノイズを発生させた場合にも画像を劣化させない手法について述べられている.MRI誘導下支援手術により高精度な手術を実現するために,手術支援マニピュレータをMRI装置ガントリ内に導入するが,その際にモータから発生するノイズが画質を劣化させる.その対策案として,MRI撮像パルスシーケンスにおいてMRI装置が信号の受信を行っていない時間間隙に限定してモータの駆動を認めることにより,ノイズの影響を生じさせない画像取得するというMRI対応モータ駆動法を実現した.

 第5章では,第3章にて開発した小型鉗子駆動機構に第4章にて提案したMRI対応モータ駆動法を適応することによって,MRIガントリ内で駆動可能かつ画像に劣化を生じさせないMRI誘導下手術支援マニピュレータとしての統合を行った.機構要素等のMRI対応化を図り,また評価実験として画像誘導下にマニピュレータの位置決めを行った結果,誤差の標準偏差1mmとなり,高い位置決め精度が実現された.

 第6章は,研究全体の考察がまとめられている.第4章で述べたMRI対等モータ駆動法の適応限界を決定するのは画像取得の更新速度とその中に含まれるモータ駆動時間の長さである.その点について第3章の小型鉗子駆動機構を例に適応限界の例を示した.また実験に用いたMRI装置について高磁場のMRI装置を用いた場合の発展や,今後の改良点について述べている.

 そして第7章に研究全体の結論として研究をまとめると同時に,今後の展望として画像から対象とする臓器を抽出するセグメンテーションアプリケーションや,骨や重要血管を避けてマニピュレータの動作を計画する軌跡生成ツール,本研究が対象としているRFA治療において重要となる焼灼範囲予測シミュレーションシステムとの統合について提案している.

 なお本論文第3章,第4章は片山洋一(第3章),廖洪恩,小林英津子,佐久間一郎との共同研究であるが,論文提出者が主体となって機構の性能評価および理論的な誤差解析を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 MRIスキャナ内で使用される画像誘導手術支援マニピュレータ開発に関して,マニピュレータ機構ならびに動力源であるモータ駆動法の両面から研究した論文となっており,発展性のある手法を提案し,その基礎的特性を検討している。したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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