学位論文要旨



No 122822
著者(漢字) 八木,昭彦
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,アキヒコ
標題(和) スライダリンクと空気圧を用いた手術器具挿入支援用柔剛可変外套管に関する研究
標題(洋)
報告番号 122822
報告番号 甲22822
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第152号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 正宗,賢
 東京大学 助教授 小林,英津子
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

 腹腔鏡下外科手術は腹部に数箇所の小さな切開孔を開け,そこから内視鏡と長柄のついた手術器具を挿入して手術を行う術式である.この手術は腹壁を大きく切開しない低侵襲な手術方法として注目され,現在腹部をはじめ様々な部位における治療に用いられている.さらに先端が術者の操作によって屈曲する多自由度能動屈曲鉗子やマスター・スレーブ方式の手術ロボットなど,内視鏡手術において器具の操作性を向上,医師の負担軽減を目的とした機器が開発されており,より多くの症例で内視鏡手術が適応可能になっている.しかしながら内視鏡手術では体内深部に対する治療が困難であり,このことが問題点として挙げられる.腹腔鏡手術では腹壁の切開量を開腹手術に比べ大きく削減できるため,腹部前方の病変治療に最適である.しかし体内深部に対しては胃などの腹部前方組織の移動が必要であるなど従来の手法と変わらない問題点が残る.また患部の位置によっては器具が届かず適応不可能となる.上記問題を解決し,深部組織に対してより低侵襲な手術を行うには前方の組織を動かすことなく手術器具が臓器を迂回して進入することが求められる.迂回して体内を進入するには機器全体が変形可能な柔軟な手術器具が有効であり,現在消化器内視鏡治療などで用いられている器具を応用する手段が考えられる.しかし腹腔内には手術器具が通過するための通路が存在しないこと,また手術器具が「組織を掴む」「引き上げる」など先端で大きな力を必要とする際に動力伝達が困難であるという問題がある.

 そこで本研究では柔軟な手術器具の通路を腹腔内に作成し,機器の挿入及び入れ替え,動力伝達を支援する外套管マニピュレータの開発を目的として研究を行う.この外套管は手術器具を挿入する前に体内へ進入して術野まで到達し,体内に留置することで管自身が手術器具通路となるものである.あらかじめ通路を体内に作成することで機器の挿入や入れ替えを容易にすることが可能となる.本論文ではこの外套管マニピュレータに必要な機能,及び機能を実現させる機構を検討し外套管の試作を行った.そして外套管における機能の実現性及び手術に対する有効性を評価したので報告する.

2. 方法

 本外套管マニピュレータに求められる機能としては「体内の組織形状に合わせて変形する柔軟性」と「手術器具挿入,操作の際に形状を維持する剛性」を外套管挿入時と手術器具挿入,操作時において切り替えられることがある.さらに外套管挿入時に医師が外套管の先端の向きを操作できることで外套管が低侵襲に体内の患部へ到達できると考えられる.この柔剛の切り替えを行うための機構と先端の向きを挿入時に操作するための機構を考案し,実装を行った.本外套管は姿勢を固定する際に先端で発生する力に対して姿勢を維持することが求められる.その際に根元では大きな曲げトルクが発生する.この大きなトルクに対して姿勢を維持するため,本研究では各自由度を機構的なロックによって固定する方法を採用した.機構的なロックによる剛体化の原理を採用することで外套管の剛性がアクチュエータの発生力に依存しないため,低い駆動力で大きな外力に対して姿勢を維持することが可能となる.これによって剛体化する際のリスクを減らすことが可能である.以下では具体的な機構について述べる.

 外套管は複数のユニットが直列に連結されることで一本の長い管を構成する.それぞれのユニットはピンによって連結されており,ピンを中心として自由に回転する.そのため全体として任意の形状に変形させることが可能となる.各ユニットは内部にリンクとスライダ,及びスライダの移動を固定させるためのストッパを有している.スライダはリンクを通じて隣接したユニットと連結されており,隣接ユニットの回転に対して一対一の位置関係を保ちながらユニット内部を前後に移動する.スライダには歯型がついており,同じ歯型を有するストッパと歯がかみ合うことで機構的な方法で各関節の回転が固定され,その結果外套管の形状がロックされることとなる(Fig.1).ストッパを駆動させる方法としては生体への影響があまり知られていない空気圧を採用した.本外套管では各関節では回転の一自由度のみであるが,回転軸の向きを互いに垂直になるように配置し,立体的な湾曲が可能となるようにした(Fig.2).

 先端の向きを操作するための原理としてはワイヤ駆動を採用した.しかしワイヤ駆動では一般的に先端以外の関節にも作用することになる.そこで拘束用ワイヤを用いて駆動用ワイヤでの湾曲を先端のみに制限する方法を用いてワイヤによる先端屈曲を可能にした.

 上記機構を用いて外套管の試作を行った,試作した外套管は外形が16mm,内径(通路径)が8mmであり,外套管全体の長さは290mmである(Fig. 3).外套管全体で合計18の自由度を有している.

3. 評価実験

 試作した外套管に対して目的である柔剛の切り替えと先端の操作に関する性能の評価,及び臨床に向けての体内の進入性能と手術器具操作時の姿勢保持に関する評価のための実験を行った.目的とした性能である柔剛の切り替えに関しては挿入口から術野までの直線距離としての目安である4関節分の長さ120mmの場所で固定し,先端に荷重を加えることでの外套管の湾曲を試みた.そして加えた荷重と先端の湾曲角度との関係を評価した.結果空気圧を加えていない状態では0.5Nの外力における先端の湾曲角度が58度であった.一方300kPaの空気圧を加えた状態では湾曲角度が20度あたりまでは小さな力でも変形したがそれ以降の変形はなく,4Nの外力で姿勢を維持することが可能であった.空気圧を加えていない状態では0.5Nで大きな変形が可能であることから挿入時の通路にあわせて変形するには十分であると考えられる.300kPaの空気圧を加えた状態では小さいながらも一定範囲内で外套管が変形してしまうことが確認された.これは機構的なロックを用いることによる遊びの影響であり,今後はこの遊びによる可動範囲を小さくしていく必要がある.一方で遊びの影響の範囲以上の変形はせず4Nの外力に対して姿勢保持が可能であった.4Nは先端で手術器具が発生させることを想定した大きさであり,この力に耐えられることで力学的には十分な剛性を持っていることが示された.空気圧と剛性との関係を評価した結果200kPaで剛状態に変化し,それ以上の空気圧を大きくすることの影響は見られなかった.この結果から200kPaで大きな外力に対しての姿勢保持が可能であることが示された.

 体内への進入可能性を検証する方法として周囲にガイドとなるピンを一定間隔で配置して作成された通路,及び周囲が生体軟組織を模擬したシリコーンで覆われた通路の2種類の通路に対して挿入し,通過を試みることで検証を行った.ガイドピンによる通路では円弧と直線を組み合わせた通路条件によって作成し通過を試みた結果,通路の複雑さには余り依存せず,円弧による湾曲時の屈曲半径が50mm以上であれば通過可能であることを確認した.シリコーンを用いた通路において挿入を試みた結果,通過可能な条件としての屈曲半径は50mm以上であった.この結果から体内において50mm以上の屈曲半径の通路を確保できれば外套管が進入可能であると考えられる.またワイヤ駆動による先端操作を用いた進路選択では,体内通路の分岐点でガイドとなる組織が存在している場合で進路を切り替えることが可能であった(Fig.4).

 手術器具操作時の姿勢保持性能を評価する方法としてワイヤ駆動によって変形する模擬的な軟性手術器具を挿入し,先端での屈曲操作を行った際の外套管の動きを測定することで評価した.空気圧を加えた状態で手術器具の屈曲動作を行った結果,機構的な遊びの影響によって外套管が移動することが確認されたが遊びの範囲以上は動かず,姿勢保持が可能であることが確認された(Fig.5).また外套管の湾曲方向や姿勢によって遊びによる影響が減少することが確認された.また超音波エコー及びMRIを用い外套管の画像機器対応性に関する評価を行った結果従来の治療機器と同等の画像機器適応性があることを確認した.

 臨床における本外套管の有効性を評価するため生体であるブタを用いて挿入を試みた.この実験では気腹下で腹腔鏡による確認をしながら挿入を試みた.結果従来の腹腔鏡器具では届かないような場所への侵入が可能であること(Fig.6),そして腹腔鏡と組み合わせての臨床使用が可能であることの知見が得られた.

4. 考察・結論

 本研究は体内深部に対するより低侵襲な手術手法として柔軟な手術器具による手術を行うのに必要な手術器具通路を確保する外套管マニピュレータの開発を目的として行った.この外套管の柔剛可変機能として各関節でのロック機構用いた変形姿勢保持方法を考案した.これによって試作した外套管は屈曲半径50mm以上の通路であれば体内の隙間を利用して奥まで進入可能であり,200kPaの圧力で4Nの外力に対して姿勢を維持することが可能であった.この結果から外套管の先で組織を掴む,引っ張るなどある程度力の要る作業も湾曲した先で可能であり,従来の手術と同等の治療を体内深部において周辺組織を大きく動かさずに可能になると考えられる.今後は湾曲可能な手術器具における機能の向上が求められることになるが,これらの機器と組み合わせることで体内深部の治療における患者の負担が軽減されることが考えられる.

 以上の結果,考察から柔剛可変原理及び体内での軟性手術器具通路を確保する柔剛可変外套管の臨床への有効性及び体内深部手術における低侵襲化への有効性が示された.

Fig.1 Mechanism to change flexible and rigid mode: (left) flexible mode. (right) rigid mode.

Fig.2 Mechanism for cubic snake like curve.

Fig.3 Prototype of outer sheath: Straight shape(up). The sheath holds its shape in the air (right).

Fig.4 Experiment to go through the curved route.

Fig.5 Experiment of controlling flexible surgical instruments.

Fig.6 Animal experiment: The sheath goes through the gap between liver and diaphragm.

審査要旨 要旨を表示する

 論文題目「スライダリンクと空気圧を用いた手術器具挿入支援用柔剛可変外套管に関する研究」の学位論文は、体内深部組織に対する低侵襲治療を行う際、前方組織を迂回させて治療機器を挿入するための通路を確保する外科手術支援機器に関する研究論文である。本研究の成果として体内の複雑な通路へ自身を変形させながら進入し、進入したときの形のまま形状を固定することで体内に手術器具通路を作成する柔剛可変外套管マニピュレータの開発に成功している。

 本論文は8章からなる。第1章では内視鏡による低侵襲手術での体内深部治療時における課題と手術器具通路確保の必要性を述べている。第2章では本研究の目的として通路確保を行うマニピュレータに必要な機能の検証及び実装した機器挿入支援マニピュレータの開発を行うことを述べている。第3章では外套管マニピュレータの機能として変形した形のまま形状固定をする柔剛可変機能の必要性とこの機能を実現させるための方法に関する検討を述べ、第4章では前章の検討に基づいて考案した柔剛可変機構と開発した外套管マニピュレータの特徴について述べている。第5章では考案した柔剛可変機構に関する機構学的及び力学的な特徴について述べている。第6章では開発したマニピュレータの性能評価のために行った実験とその結果について説明しており、第7章では本研究の工学的及び医学的な効果と意味について考察を述べている。そして最後の第8章で結論を述べている。

 本研究では柔剛可変機能の実現に対して多くの関節を直列につなげた多関節マニピュレータを用い、姿勢を固定する方法として各関節にスライダ、リンクと空気圧で駆動するストッパを組み合わせることで回転を機構的に固定する方法を用いている。機構的な手段を形状固定に用いることで外套管にかかる大きな変形外力に対して、小さなアクチュエータの駆動力での姿勢の維持が可能となる。そして駆動原理に空気圧を用いることで体内挿入時でのトラブルなどの患者へのリスクを小さくすることが可能である。また外套管を体内へ挿入する際に外套管の先の部分を術者が操作し、目的の方向へ誘導させられることが求められる。この方法として二種類のワイヤによるロックと引っ張りを組み合わせ、複雑な制御を行わずに外套管の先端部分を操作することを可能としている。この原理を用いて外径が16mm、内径が8mmのマニピュレータを開発している。

 開発したマニピュレータの性能を評価するための実験を行っている。まず、外套管に実装した柔剛可変機能の評価実験では、200kPaの空気圧によって形状を固定させること、固定した際に480mNmの変形外力に対して姿勢を維持させることに成功している。そして二種類のワイヤを組みあわせた外套管操作原理の評価実験では外套管全体の変形を3°以内に抑えた状態で先端部分を28°屈曲させることに成功している。ガイドピン及び模擬材料を用いた生体内部への進入性能の評価実験では屈曲半径50mm以上の通路に進入させること、及び分岐点において複数の通路から適切な通路を選択して進入させることに成功している。形状を固定した状態では内部を通過する機器の操作に伴う先端の移動を20mm以内に抑えることを達成している。画像機器を用いた実験では超音波エコー及びMRIからの外套管の位置確認が可能であることを確認している。最後にブタを用いた動物実験では従来の内視鏡手術機器で届かない場所へ外套管を挿入し、機器を誘導することに成功している。

 方法と評価実験の結果から、機構的なロックを用いた柔剛可変機構と先端屈曲方法の有効性が検証されており、体内深部への低侵襲治療のための有効な手段としての可能性をもつと判断できる。次の研究課題として挙げられている機構的な遊びによる運動範囲の削減と画像誘導装置による位置姿勢の確認性能の向上に対する方法が今後検討されることでさらに活用度の高い機器への発展が予想される。

 本論文の結論として、開発した外套管マニピュレータの体内進入性能と柔剛可変の性能から、体内深部へ低侵襲な手段での通路確保を実現でき、体内深部組織の低侵襲治療のための有効な機器としての可能性を述べている。

 以上のように本論文ではスライダ、リンク、空気圧を組み合わせた独創的な方法によって柔剛可変の機能を実現させることにより、低侵襲に体内深部への手術器具通路を確保する方法を開発した。開発したマニピュレータは体内深部組織に対する低侵襲手術を支援する新たな機器として発展することが期待される。

 なお、本論文は、東京大学の土肥健純 教授、正宗賢 助教授、松宮潔 先生、廖洪恩 先生との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク