学位論文要旨



No 122855
著者(漢字) 近藤,佳代子
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,カヨコ
標題(和) アトピー性皮膚炎患児の主たる養育者に特異的なQOL尺度の開発
標題(洋)
報告番号 122855
報告番号 甲22855
学位授与日 2007.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2955号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 講師 佐伯,秀久
 東京大学 講師 小宮根,真弓
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

アトピー性皮膚炎は、激しい掻痒、苔癬化、著しい皮膚乾燥、皮膚感染への虚弱性、及び遺伝的素因によって特徴づけられる慢性の炎症性皮膚疾患である。日本におけるアトピー性皮膚炎患児の有病率は6.6-24%であり、近年増加傾向にある。

健康関連の生活の質(Health-Related Quality of Life; HRQoL)とは、健康に関連したその人のライフに関わる因子を含んだ多次元の概念である。HRQoLは、身体、精神、社会的な側面に関する質問によって主観的に評価される。HRQoLは、日常診療、研究、公共政策において特に重要な尺度となっている。

アトピー性皮膚炎患児の主たる養育者のHRQoLを測定する尺度は、日常診療や臨床試験のアウトカム指標として有用であると考えられる。その理由は第1に、医療が疾病中心の医療から患者中心の医療へと転換しており、医療のアウトカムを評価する項目の一つにHRQoLが含まれるようになってきたからである。第2に、乳幼児はセルフケアができないため、主たる養育者は患児のために治療上の意思決定や日々のスキンケアといった疾患のコントロールを委ねられているからである。養育者の高いHRQoLは、患児の良い治療につながると期待できる。第3に、対象が乳幼児の場合は、患児自身にHRQoLを尋ねることが難しい。そのため治療効果の判定などでHRQoLを測定したい場合には、養育者に代理で患児の評定をしてもらうか、養育者自身のHRQoLを測定するかの2つの方法が考えられる。しかし、代理評定は本人の評定と一致しないことがあり、養育者自身のHRQoLを測定する方が適切とされる。

アトピー性皮膚炎患児の養育者のHRQoLを測定する尺度は、日本国内には存在しない。海外には、Dermatitis Family Impact (DFI)とParents' index of quality of life in atopic dermatitis (PIQoL-AD)の2つがある。しかし、DFIの方法論的問題には、単項目のドメインのみから構成されているためサブスケールとして利用しにくい点、統計的な信頼性と妥当性が検証されていない点、医師が測定した客観的なアトピー性皮膚炎の重症度との相関がない点、心理的well-beingの負の側面のみを測定している点が挙げられる。また、PIQoL-ADの方法論的問題には、回答形式が2件法であるため尺度の分散が小さい点、医師が測定した客観的なアトピー性皮膚炎の重症度との相関がない点、心理的well-beingの負の側面のみを測定している点が挙げられ、尺度として不十分さを残す。

そこで本研究は、アトピー性皮膚炎患児の主たる養育者に特異的なHRQoL尺度(QPCAD: Quality of life in Primary Caregivers of children with Atopic Dermatitis)を開発し、その信頼性、妥当性、反応性の検証を行うことを目的とした。

2.方法

対象は、未就学のアトピー性皮膚炎患児の主たる養育者とした。

QPCAD尺度は、面接調査、パイロット調査、本調査の3段階で作成された。参加施設は、対象者の偏りを避けるために都内の2病院、関東近辺の2医院および上越地方の1病院の計5施設とした。各段階でデータを収集する前に、当該施設の倫理審査で承認を受けた。対象者には、研究目的や方法、倫理面の配慮について十分な説明を行い、書面による同意を得た。また各調査段階の終了時に生物統計学者、皮膚科専門医、小児科専門医、看護師、臨床心理士によるパネルと対象者3人に、作成した項目の内容を検討してもらった。

面接調査では、33人に半構造化面接を実施し、7領域85項目のパイロット調査用QPCADを作成した。教示は過去1週間について尋ね、回答形式は5件法とした。

パイロット調査では、33人に上記質問紙に回答してもらった。項目分析にてfloor/ceiling効果のみられる項目、概念的に冗長な項目を削除し、尺度の実施可能性を高めた。結果、7領域67項目の大規模調査用QPCADを作成した。

本調査では、連続する受診患児の主たる養育者に調査への協力を依頼した。治療介入により重症度が大きく改善すると期待される対象施設での初診患児の養育者70人は「反応性を検討するための群」に割り当て、初診時 (T1) と次の再診時 (T2) にデータを収集した。患児の重症度の変化が大きくないと考えられる再診患児の養育者180人は「再テスト信頼性を検討するための群」に割り当てた。受診時に1回目のデータを収集し(R1)、その際2回目の調査票を手渡して1週間後に自宅で回答して(R2)投函してもらうよう依頼した。残りの166人は初診・再診にかかわらず横断群に割り当てた。

用いた変数は、作成中の67項目のQPCAD尺度案、包括的QOL尺度であるSF-8、STAIとCES-D、および主たる養育者と患児の特性、患児のアトピー性皮膚炎の重症度とした。アトピー性皮膚炎の重症度はADSIC (Atopic Dermatitis Severity Inventory for Child)、IGA (Investigators' Global Assessment)、PGA (Primary caregivers' Global Assessment)、主治医と主たる養育者が評定した患児の重症度の変化、主たる養育者が評定したケア負担の変化で評価した。

QPCAD尺度は、まず項目分析を再度行った。次にSASのPROC VARCLUSと因子分析で完成させた。PROC VARCLUS では、own cluster 値0.5未満の項目を削除した。次に最尤法プロマックス回転を用いて因子構造を調べ、因子負荷量の小さい項目、因子負荷量が複数因子に亘る項目、共通性の低い項目を優先的に削除した。

最後に完成した尺度の計量心理学的特性を検討した。信頼性は、内的整合性、再テスト信頼性を検討した。内的整合性は、全体得点および領域ごとにCronbachのα係数を計算した。再テスト信頼性は、一致性の指標である級内相関係数、κ係数、重み付きκ係数で評価した。

妥当性は、内容妥当性、収束妥当性、因子妥当性を検討した。内容妥当性は、面接調査とパイロット調査、および尺度完成時にパネルと対象者が尺度の項目が必要十分か検討することで保った。収束妥当性は、SF-8、STAI、CES-Dおよびアトピー性皮膚炎の重症度の各変数との相関の大きさと符号を検討した。

反応性は、「反応性を検討するための群」での1回目と2回目のQPCADのスコアの変化量と、患児の重症度評価変数の変化量との相関を計算した。

3.結果

項目分析でfloor効果となった13項目を削除した。PROC VARCLUSで28項目10 cluster構造を得た。因子分析で、重複した因子負荷量を持つ9項目を尺度から外し、最終的に4因子19項目(分散説明率50.9%)のQPCADが完成した。因子は、「疲労症状」、「アトピー性皮膚炎に関する心配」、「家族の協力」、「達成」の4つであった。

完成したQPCADの全体得点と各因子の内的整合性、因子妥当性の結果を表1に示した。内的整合性は、Cronbachのα係数が0.66-0.87であった。再テスト信頼性は、全体得点、および各因子の級内相関係数が0.80-0.87、各項目のκ係数が0.33-0.54、重み付きκ係数が0.43-0.72であった。反応性は、「家族の協力」、「達成」を除けば、QPCADがSF-8、STAI、CES-Dのどれよりも良好な結果であった。特に、「アトピー性皮膚炎に関する心配」は、患児のアトピー性皮膚炎の重症度の変化と有意な相関をもって変動することが示された(表2) 。

4.考察

QPCADは既存の尺度よりも質問項目数が少なく、回答者への負担が少なく、かつ簡便に臨床で使用できると考える。

QPCADの信頼性は、内的整合性、再テスト信頼性ともに良好な値を示した。内的整合性および再テスト信頼性は高いと考えられる。因子分析およびの他の既存尺度との相関の結果から、因子妥当性と収束妥当性も良好と考える。反応性については、「家族の協力」と「達成」の領域を除けば、既存の尺度のどれと比較してもQPCADが最良であり、特に「アトピー性皮膚炎に関する心配」の領域で高い反応性があった。QPCADは、既存の尺度にはない対象の肯定的な側面を測る「家族の協力」と「達成」のサブスケールを得た。しかしこの2つのサブスケールは、患児の重症度の変化量変数と有意な相関が微弱であった。これは「家族の協力」や「達成」が、2-4週間という短期間では変化しにくい、あるいは重症度に対応して変化しない領域であるためであったと考える。本研究の反応性検討のためのデータ収集デザインは、初診時と2-4週間後の2時点だけであったため、1-2年という長期間で測定時点を増やして上記考察を追試する必要があると考える。

以上より、本研究で作成したQPCADは、4因子19項目の5件法HRQoL尺度である。QPCADは、アトピー性皮膚炎患児の主たる養育者に特異的なHRQoLを測定する信頼性、妥当性、反応性を兼ね備えた尺度であると示された。日常診療および臨床試験での幅広い使用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アトピー性皮膚炎患児の主たる養育者に特異的な健康関連QoL (HRQoL: Health-Related Quality of Life) 評価尺度であるQPCAD (Quality of life in Primary Caregivers of children with Atopic Dermatitis) の開発を目的とし、下記の結果を得た。

1.QPCADは「疲労症状」、「アトピー性皮膚炎に関する心配」、「家族の協力」、「達成」の4領域19項目で構成される尺度となった。既存の尺度よりも質問項目数が少なくA4 1枚に納まる尺度であるため、回答者への負担が少なく、かつ簡便に臨床で使用できる尺度であると考えられた。

2.下位尺度は、ライフの肯定的側面と否定的側面の両方を兼ね備えている。これにより、多面的なHRQoLの測定が可能であること、および調査票による対象者への心理的侵襲を緩和できる利点がある。

3.Cronbachのα係数は、0.66-0.87と良好な内的整合性があった。また、再テスト信頼性も重み付きκ係数が0.43以上、級内相関係数が0.80以上と良好な値を示した。よって、QPCADの信頼性は高いと考えられた。

4.因子分析の結果、因子負荷量は0.5以上、分散説明率は50.9%、各因子負荷量とも1因子に帰属しており、因子妥当性は良好であった。また、Multitrait scaling Analysisの結果、1項目の項目-ドメイン間相関が0.38と微弱であったものの、それ以外の項目は0.4以上と高い収束妥当性の結果を得た。QPCADの合計得点とSF-8、STAI、CES-Dとの相関係数は、概ね予測される程度の値を示した。以上より、QPCADの妥当性は高いと考えられた。

5.QPCADの特記すべき特徴は、反応性が示されたことである。特に、「アトピー性皮膚炎に関する心配」の領域は高い反応性を示した。

以上、これまでアトピー性皮膚炎患児の主たる養育者に特異的なHRQoL尺度は日本には無く海外においても反応性を示した尺度が無かったなか、本研究は精度の高い疾患特異的HRQoL尺度を開発した。本論文は、主に皮膚科・小児科領域に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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