学位論文要旨



No 122884
著者(漢字) 佐々木,真聡
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,マサト
標題(和) 単純化ポリ環状エーテルの設計と合成およびそのタンパク質、ペプチドとの相互作用の評価
標題(洋) Design and Synthesis of Simplified Polycyclic Ethers and Evaluation of their Interaction with Proteins and a Peptide
報告番号 122884
報告番号 甲22884
学位授与日 2007.06.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5077号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 准教授 小林,修
 東京大学 教授 井上,将行
内容要旨 要旨を表示する

Brevetoxin B(Figure 1)の構造決定に端を発した縮環型ポリ環状エーテル天然物は、近年になり培養渦鞭毛藻やこれらを食餌とすると思われる魚介類より数多く報告されている。この中でbrevetoxin類、ciguatoxin類は電位感受性ナトリウムチャネル(VSSC)に作用して毒性を示すことが知られているが、それ以外の化合物はその構造の類似性にもかかわらず異なる生物活性を示すものもある。それらの標的分子はVSSCへの作用からの類推により膜タンパク質であると考えられるが、いまだ決定されていない。その原因としてこれらの化合物は天然からの供給がわずかであり、加えてその構造の複雑さから大量合成が困難であることがあげられる。

筆者はこれまでの研究から膜タンパク質に対するポリ環状エーテルに共通する認識機構を想定し、このことを示すためにbrevetoxin Bを用いてVSSC以外の膜タンパク質との特異的結合を確認すべく競争阻害実験を行った。またこれら相互の一般的分子認識を検証すべく、量的調達が可能な単純化ポリ環状エーテルを合成し、その評価を行った。

1.ポリ環状エーテルによる一般的分子認識の検証

本研究で想定したポリ環状エーテルに共通する分子認識が存在するならば、VSSCに結合するbrevetxoinBがそれ以外の膜タンパク質に対しても結合すると考えられる。そこでVSSCの発現はないとされる赤血球に対し、トリチウム標識および非標識brevetoxin Bを用いた競争阻害実験を行ったところ、特異的結合を検出した(Figure2)。この結合は細胞質成分を除いた赤血球ゴーストでも見いだされたことから膜タンパク質に対するものである。また、マウス白血病細胞P388においても同様の結果を得た。この細胞もVSSCの発現はないとされるため、この結果からbreVetoxin BのVSSC以外の膜タンパク質への結合が示唆され、想定した分子認識機構を支持する結果を得た。

2.単純化ポリ環状エーテルの合成

次に膜タンパク質との分子複合体構造研究に必要な量的供給が可能であり骨格構造を変えることができる単純化ポリ環状エーテルの合成について検討した。合成は本研究室で開発した鈴木宮浦クロスカップリング反応による収束的合成法を用いることとした。まずD-glucoseから合成可能な七員環エーテル1を共通の中間体としてカップリングのフラグメントとなるエノールリン酸エステル2(6/7)、3(7/7)、およびエキソエノールエーテル4(6/7)をそれぞれ合成した(Scheme 1)。

次いでこれらのフラグメントからの多環性化合物の合成を行った。エノールリン酸エステル2とォレフイン4を鈴木宮浦クロスカップリング反応によって連結し5を高収率で得た。さらに数段階を経ることで六員環エーテルを閉環し、五環性の単純化ポリ環状エーテル6(6(7/6(6/7)を合成した。同様の方法によつて3と4をカップリングさせることで骨格の異なる五環性化合物7(6(7(6/7/7)も合成した。(Scheme2)

3.合成単純化ポリ環状エーテルの評価

まず前述したトリチウム標識brevetoxinBによる特異的結合に対する合成単純化ポリ環状エーテルの結合活性の評価を行つた。二つの五環性化合物6(6/7/6/6/7)と7(6/7(6/7/7)について競争阻害実験を行ったがいずれにおいても阻害は見られなかった(Figure3)。これはbrevetoxinBに比べて分子長が短いこと、または官能基や骨格の違いからbrevetoxin Bが結合している膜タンパク質に対して十分な親和性が得られなかったためであると考えられる。

ところでポリ環状エーテルの酸素原子間距離はタンパク質のα-ヘリックスのピッチに近似しており、また膜タンパク質の膜貫通部位は一般的にα-ヘリックス構造をとっていることからこれがポリ環状エーテルの分子認識に重要であると考えられる。そこで著者はメタノール中でα-ヘリックス構造を取ることが知られている26残基のペプチドmelittinと合成単純化ポリ環状エーテルの相互作用について検証した。ペプチドの二次構造の情報を得るためにCD測定を行つたところ、二種類の合成ポリ環状エーテルで異なる結果を得た(Figure 3)。すなわち7(6/7/6/7/7)ではα-ヘリックス含有量の増加を示すのに対し6(6/7/6/6/7)ではこの働きは見られなかった。これはα-ヘリックスとポリ環状エーテルとの相互作用を非天然型ポリ環状エーテルによつて示した初めての例であり、またその相互作用はポリ環状エーテルの骨格構造によつて異なることを示唆している。この相互作用の濃度依存性について検討を行つた(Figure5)。7(6/7/6/7/7)では濃度依存的にα-ヘリックス含有量が増加したのに対し、6(6/7/6/6(7)ではいずれの濃度においてもα-ヘリックス含有量が増加は見られなかった。6と7は全く同じ官能基を有し、構造上の違いは連続する七員環構造部分のみであることからこの部分が相互作用において重要であると考えられる。連続する七員環の配座変換は分子にフレキシビリティを与えるという報告があることからフレキシビリティが分子認識において重要な要素であることが示唆された。

以上、著者はbrevetoxin Bを用いた競争阻害実験によってbrevetoxin BがVSSC以外の膜タンパク質に対して特異的に結合していることを示す結果を得た。またポリ環状エーテルの一般的分子認識機構の存在を示すべく単純化ポリ環状エーテルの合成を行い効率的な合成ルートを確立した。さらにこれらの化合物を用いてα-ヘリックスに対するポリ環状エーテルの相互作用についての検証を行い、相互作用を確認するとともに、その分子認識に対して骨格構造が影響を及ぼすことを示す結果を得た

Figure 1. (a) Structure of brevetoxin B and (b) common structural feature of aolvcvclic ethers.

Figure 2. Specific binding ofbrevetoxin B to erythrocytes and the irmembranes. (TB:total binding, NB :nonspecific binding)

Scheme 1

Scheme 2

Figure 3. Competitive displacement assay ofbrevetoxin B and synthetic polycyclic ethersto P388.

Figure 4. CD spectra of melittin in McOH and effect of synthetic polycyclic ethers.

Figure 5. ellipticity change at 208 nM for melittin in thpresence of varions amount of 6 and 7.

審査要旨 要旨を表示する

植物プランクトンである渦鞭毛藻により生産され、魚類の大量艶死や魚貝類への蓄積を経由した人間の食中毒をもたらすポリ環状エーテル天然海産毒は、これらに共通する疎水性化学構造とその分子長よりタンパク質膜貫通部位への親和性を有し、これが毒性発現に関与することが提唱されているが、その実験的根拠はまだない。本論文はこの作業仮説を、十数個の環状エーテル構造が梯子状に縮合した海産毒分子化学構造の最大公約部分を抽出することで単純化したモデル分子複数種を設計、化学合成し、これらと膜貫通部位モデルとしてのα-螺旋ペプチドとの複合体形成を分光学的に観測される後者の構造変化により裏付けたものであり、本論1~4章と実験の部により構成されている。実験の部ではそこでの詳細な記述により、読者による追試と化合物の同定がすべて可能となっている。

本論文第1章は序論であり、部分的に類似した化学構造を有するも細胞生理学的には異なる作用を示すポリ環状エーテル分子相互で細胞膜への結合にて競合することなど、冒頭の作業仮説に至つた状況証拠が紹介されている。加えて本研究で用いた有機合成での方法論が述べられ、これを適用することによる本研究の今後の発展可能性が示されている。さらに同様の目的で特定の天然物分子の類縁体に関してなされた従来の研究が紹介され、より一般的な抽出構造を用いた本研究の独創性とその位置付けが明確になっている。

第2章では、天然物分子である赤潮毒プレベトキシンとその放射性トリチウム標識体を用いて行った実験において、この分子の作用標的とされる神経および筋細胞の電位依存性ナトリウムチャネルが発現されていないとされる複数の細胞系に対する部分的な競合結合阻害を示すという上述の作業仮説を強化する知見が述べられている。'ここで構築した試験系は、今後合成されるべき一連のモデルを含めたポリ環状エーテル分子の膜タンパク質への非特異的親和性を簡便に検証する手段を供するものである。

第3章では多くのポリ環状エーテル天然物にみられる部分構造のうち2種の5環性ポリ'エーテル(下図)の分子設計および合成に関して述べられている。これらの分子は共通する前駆体からの発散的調製とそれらの収束的結合による効率的な合成が可能であり、脱保護と官能基変換により天然物に匹敵する分子長を有する今後のモデル化合物合成での有用な部品となるべく設計されている。続く第4章では前章で自ら設計、合成した2種の5環性モデル分子に関して、タンパク質膜貫通部位を構成するα-螺旋構造を有するモデルペプチドとして多用されるミツバチ毒メリチンとのメタノール溶液での相互分子認識を、円二色性スペクトルで観測されるこのペプチドの二次構造変化を指標に調べた経緯が述べられている。この結果、より可動性の高い分子全体の立体配座を有する6/7/6/7/7のみがその濃度に依存してメリチンのα―螺旋構造を安定化するという新事実を見出しており、これはプロトン供与性ペプチド残基と合成分子のエーテル酸素との多点水素結合が、後者の可動性により有利になるためであると考察している。さらにこれら2種の5環性モデル分子を第2章で述べられているブレベトキシンとの競合結合試験系に適用した結果、前者による特異的結合の阻害は見られなかったことを追記しており、これは細胞膜中での分子認識におけるポリ環状エーテル分子長の重要性を示唆するものと考察している。

以上本論文の研究内容は、複数の研究グループにより提唱されている海産ポリ環状エーテル分子の毒性発現における分子機構を分光学的手段により検証したものであり、ここで築かれた手法による研究を推進することで、こうしたポリ環状エーテル海産毒分子とその標的とされる膜タンパク質との分子認識および機能介入の一般的機構解明に繋がる可能性を示している。なお本研究課題立案の一部は橘和夫との協同によるが、具体的な実験計画の立案、モデル化合物の設計、合成経路設定と実施、および分子認識に関する一連の実験と得られた結果に対する考察はすべて論文提出者自らによって行なわれたものであり、その寄与に関して疑いの余地はない。

したがって、本論文提出者である佐々木真聡は、博士(理学)の学位を授与されるに値するものと認める。

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