学位論文要旨



No 122927
著者(漢字) 金,容善
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヨンソン
標題(和) 集合住宅の住環境向上におけるレベル概念の適用手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122927
報告番号 甲22927
学位授与日 2007.09.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6581号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
 東京大学 准教授 藤田,香織
内容要旨 要旨を表示する

戦後の住宅不足問題を解決するために旺盛な住宅建設を展開してきた日本は供給者中心の集合住宅供給が進められてきた。供給者の建設便衣のため、画一的な住棟・住戸計画による団地型集合住宅の大量生産期を超え、高度経済成長期以降には「量から質へ」の転換を提唱しながらも、供給中心の一方的な建設は続けられたと思われる。

世界的にも日本と同様の現象が起こり、供給者中心の大量住宅供給の時代を経験した。その無計画な住宅供給を批判しながら提唱されたのが、「レベル概念」を導入し、各主体間の意思決定に着目した「オープンビルディング」の考え方である。建築環境を意思決定と物理的な耐用年数の観点から幾つかのレベルに区分し、各レベル間の自由な計画が可能な、居住者の要求に応えられる持続可能な建築を目指している。このような観点から分けられたレベルは居住者により調節され、物理的な寿命の短いレベルを「インフィル」、建築家により調節され、物理的寿命の長いレベルを「サポート」、都市計画家により調節される「アーバンティッシュ」に分けられる。即ち、居住環境をインフィルとは居住内部の内装や設備機器を、サポートとは構造躯体やインフラを、アーバンティッシュとは街区を意味することになる。このそれぞれのレベルを、誰が、どのようなプロセスを経て意思決定するかを明確にするのがオープンビルディングの重要な鍵であり住環境向上のためにも有効性があると思われる。

一方、日本にもオープンビルディング理論が1970年代から本格的に導入され、幾つかの実験住宅や試みが行われてきたが、その数は限られており、普及しているとは言い難い。また、オープンビルディング理論が日本に導入され定着した「SI住宅」は元々オープンビルディング理論が重要視していることとはやや距離があると感じられる。「SI住宅」の展開に伴い、技術的側面には目を見張るような発展があったことは認めざるを得ないが、現実的には「SI住宅」の考え方とは無関係に集合住宅が建てられており、その住宅ストックはますます増加している様子である。

以上の背景から、本研究は「インフィルレベル」と「サポートレベル」に着目し、一般集合住宅における「レベル概念の適用手法」を考察することから、その可能性について明らかにすることを目的としている。

具体的には(1)日本に定着した「SI住宅」における「レベル概念」の適用手法の特徴を明らかにし、(2)新築集合住宅における購入者の意思決定プロセスについて考察し、(3)既存集合住宅を対象に居住者のライフステージの変化により起こりうる改造ニーズに着目し、改造実験を通じたインフィル改造上の課題について考察する。

以上の背景と目的から本研究は、まず、オープンビルディング理論について述べた後、日本におけるサポート・インフィル分離型集合住宅の現状を把握した上で、インフィルレベルでの各主体間の意思決定プロセスを考察するため、分譲集合住宅での購入後入居前設計変更についてそのプロセスと各主体の役割を明らかにする。また、ライフスタイルの変化によりインフィルの改造が行われる際のインフィルレベルでの物理的要件用件を把握するため、既存集合住宅において改造実験を行った。

本研究の成果をまとめると以下の通りである。

2章:日本におけるサポート・インフィル分離型集合住宅の現況の把握

(1)「オープン・ビルディング」の考え方の基本は、居住環境に関わる意思決定に関して異なるいくつかのレベルを設定し、レベル毎に異なる環境形成と合意形成の方法を準備することにある。物としてみれば、サポートが住棟に共通な構造躯体や設備、サービス空間に該当し、インフィルが各住戸内の内外装、設備等に該当し、ティッシュは複数の住棟からなる住宅の外部空間や各種インフラに該当する。つまり、「SI住宅」と呼ぶのは、「オープン・ビルディング」の考え方のハウジング像全体から見れば、その一部であることがわかる。

(2)今日、日本で用いられているSI住宅の「S」「I」は、元々「サポート」「インフィル」だったものを、「スケルトン」「インフィル」と読み替えたもので、「スケルトン」は日本独自の呼び方である。骨組みを表す「スケルトン」は、公共部分を意味する「サポート」と完全に一致するものではないが、こちらの方が一般化している。

(3)実際に「SI住宅」と呼ばれている10事例の「S」と「I」の捉え方を分析すると「S」は躯体の強度を強化し長持ちさせる耐久性に、「I」は躯体から物理的に分離し、入れ替えられるような内装部品の可変・更新性に関心が集まっていることがわかる。

「レベル概念の適用手法」というのは、「レベル概念」が目指していることを実現させる手法だから、本論文では「SI住宅」と「オープン・ビルディング」を同様のものとして捉えるよりは、むしろ、「レベル概念の適用手法」として捉えることができよう。つまり、「SI住宅」は「レベル概念」が目指していたことを実現させる一つの手法となり、レベルを分ける方法を考えると建物自体の物理的な側面に傾いていることが読み取れる。

3章:購入者の意思決定参加による購入後設計変更プロセスについての考察

入居者のニーズに応えられる集合住宅の意思決定プロセスに着目し、「レベル概念の適用手法」の一つである一般分譲集合住宅における「購入後入居前の設計変更」を取り上げ、事例調査を行った。

(1)入居する前に行われる設計変更行為に設計変更の専門会社が参加は事業主との業務委託契約の締結により成立する。この契約による設計変更専門会社の業務は、設計変更指示書(打合せ記録、仕上表、平面図、展開図)の作成、設計変更の折衝に関する事業主の代行、設計変更に関する事業主と顧客との申込書、契約書の作成、取り交わし、インテリアコンサルタント、事業主に対する必要添付書類の提出、設計変更に関する積算業務、設計変更に基づく工事中及び現場完了時の現場確認、施工図確認、内覧会時の住戸内での立会いなどが挙げられる。

(2)設計変更業務は購入者との業務委託契約により開始し、購入者は担当コーディネーターと話し合いながら自分の希望に沿った居住空間を作り上げる。その場合のコーディネーターは購入者と話し合いし、ニーズに応えられる方法の提案、購入者と事業主、または施工者との意見の調整、設計変更専門会社との意見伝達の役割を果たす。購入者と話し合いでニーズに応えられる方法を提案し、漠然とした購入の想像力を発揮させる役割も果たす。

(3)設計変更のプロセスは数回にわたる打ち合わせを通じて進められ、設計変更専門会社の作成した設計変更指示書(仕上表、平面図、展開図)と見積書を承認することで設計変更契約が締結される。

(4)購入後入居前に設計変更が行われた16事例、186戸の設計変更内容分析した結果、最も頻繁に変えられたのは仕上げ材の変更(93%)で、間仕切り壁の変更(位置移動、建具の変更、収納家具の変更)に伴い、自然に部屋の壁面積の大きさが変わることで、仕上げ材の使用量が変わる場合も含まれている。自分の意思で行われた変更事項は設備系統の移設で、スイッチ・コンセント等の変更(91.4%)やダウンライト・シーリング・感知器等の移設(72%)である。また、造作家具・収納の変更(75.8%)や新設(55.9%)も大きい割合を占めた一方、間取変更は12.4%で低かったのは新築集合住宅の購入後入居前の設計変更ニーズ冠する傾向を表す結果だと思われる。

(5)設計変更の範囲や単価は事業主との契約時に決定することで、工事金額は変更の内容による単価の差額で決められるから、購入者側からも分かりやすい。1戸当りの工事金額は平均70万円位で、その割合は、10万~50万未満が47%で最も多く見られ、比較的安価で購入者のニーズが実現できることがわかる。

4章:改造実験を通じたインフィル改造上の課題

(1)改造実験はと改造実験A、Bと改造実験Cに分けられそれぞれ11部品、9部品を開発が行われ、特に改造実験Cに関しましては部品の評価をしてもらった。1から5の点数で評価してもらい、平均的に高齢者への配慮については3.7、部分改造の容易性については3.4、リユースの可能性については3.3の高い評価を得た。

(2)施工上の問題として、開口部サッシは、区分所有法上、共用部分である既存のサッシ枠を残す必要があり、そのため、既存のサッシ枠に更に新たにサッシ枠を被せる必要があった。また、開口部サッシ枠を取り付ける際、生じた段差の問題は設備ブースの防水パンを既存サッシ下部の枠上段のレベルまで上げることにより解決したが、インフィルレベルでの改造をするためには、サポートレベルに影響が及ばないように事前に検討する必要がある。

(3)施工体制に関しては、改造実験A、Bでは複数の業者が狭い現場において工事を行ったため、短期間で工事を行うにあたり様々な施工管理の問題が生じた。その問題を解決するため、改造実験Cでは材料の搬入、施工手順などの工程管理を担う工事管理者を設けることにより、前回と比べてスムーズに工事が行われた。

(4)既存集合住宅の改造におけるインフィルレベルでの課題として、改造対象の多様さへの対応、インフィルのレベル分け、職種の多様さの問題と産業体制、内装・設備のインターフェイス問題、法的障害などが挙げられる。

以上、元々「SI」の分離が計画時から導入されていない既存集合住宅を後で変わるものと変わらないものに分離するには技術的な障害はほとんど見られないことが分かった。但し、施工上の問題、インタフェースの問題、法律上の問題は改良の余地があると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「集合住宅の住環境向上におけるレベル概念の適用手法に関する研究」は、オープン・ビルディング理論におけるレベル概念が目指すところを実現するために、これまでに採られて来た手法の限界を明らかにし、より効果的に住環境を向上する手法を提案し、その効果を明らかにした論文であり、全5章からなっている。

第1章では、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果等を明らかにしている。具体的には、先ず日本に定着した「SI住宅」における「レベル概念」の適用手法の特徴を明らかにした上で、オープヒ・ビルディング理論が目指す2つの事柄、即ち住戸計画に関わる意思決定への居住者の参加と、居住後のライフステージの変化等に対する住戸内内装・設備の容易な変更とについて、建設当初からSIを物理的に分離しておくことを前提としない方法で達成することの可能性を提示することを研究の主要な目的としている。

第2章「日本におけるサポート・インフィル分離型集合住宅の現況の把握」では、先ず、オープン・ビルディングの考え方の基本は、居住環境に関わる意思決定に関して異なるいくつかのレベルを設定し、レベル毎に異なる環境形成と合意形成の方法を準備することにあるとした上で、スケルトンとインフィルの物理的に明確な分離を志向するSI住宅が、オープン・ビルディングによるハウジング像全体から見れば、その一部であることを述べている。次に、日本における10種類のSI住宅設計事例のスケルトンとインフィルの捉え方を分析し、スケルトンについては、共通して躯体の強度を強化し耐久性を高めることに、インフィルについては、躯体から物理的に分離しやすい内装・設備部品の可変・更新性に、設計上の関心が集中していることを明らかにしている。最終的には、オープン・ビルディングにおけるレベル概念を適用する手法として見れば、SI住宅はレベル概念が目指していたことを実現する手法の一つに過ぎず、建物構成要素の物理的な分離に重点を置いた手法であると位置付けている。

第3章「購入者の意思決定参加による購入後設計変更プロセスについての考察」では、入居者のニーズに応えられる集合住宅の意思決定プロセスに着目し、レベル概念の適用手法の一つとして、一般分譲集合住宅における購入後入居前の設計変更を取り上げ、その可能性を評価している。具体的には、既に実施されている購入後入居前の設計変更の事例を調査し、契約を含む主体間関係、設計変更専門企業の業務内容、入居者を含む設計変更のプロセス等を明らかにした上で、購入後入居前に設計変更が行われた16事例、186戸の設計変更内容を分析し、具体的な設計変更内容とその傾向及びそれに伴う工事費の増減額を明らかにしている。この中で、多様な設計変更内容が比較的安価に実現されていることが明らかになり、物理的なSIの明確な分離を行うことなく、レベル概念も目指すところが実現されているとの評価に至っている。

第4章「改造実験を通じたインフィル改造上の課題」では、建設当初にSI分離を意識していない既存集合住宅において、その効果的な改造を可能にする手法を提案し、複数の部品開発と実装実験を通じてその効果を明らかにしている。具体的には、居住者の高齢化に伴う身体能力の低下に対応する改造手法とそれを可能にする複数の住宅部品の開発を行い、実装した空間に対する一般人による評価、施工性の評価を行っている。その中で、今回開発した改造手法が、高齢者への配慮、部分改造の容易性、リユースの可能性といった点で高く評価できること、施工上の問題は多くないが、区分所有法上共用部分にあたる部品の変更に伴う工事の煩雑さや短期間工事における工事管理の煩雑さ等の問題を改善すべき事柄として確認している。そして、最終的には、元々SIの分離が意図されていない既存集合住宅を、居住後に変わるものと変わらないものに分離する上での技術的な障害はほとんど見られないとの評価に至っている。

第5章「結論」では、前4章で新たに得られた知見を整理した上で、オープン・ビルディングにおけるレベル概念適用の手法として、SI住宅以外の手法が十分に機能することを確認し、本論文の結論としている。

以上、本論文は、関係者への詳細な聞取り調査、複数の改造手法の開発と実装実験、検証実験等を通じて、集合住宅の住環境向上におけるレベル概念の適用手法を具体的に提示した論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク