学位論文要旨



No 123216
著者(漢字) 辻,晶弘
著者(英字)
著者(カナ) ツジ,アキヒ
標題(和) R電荷が大きい極限における二点関数のホログラフィー
標題(洋) Holography of Two-point Correlators in the Large R-charge Limit
報告番号 123216
報告番号 甲23216
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第815号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 准教授 加藤,光裕
 東京大学 准教授 菊川,芳夫
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

重力を含む自然界の相互作用を統一的に記述する理論として最も有力視されているのが超弦理論である。現在、超弦理論はその非摂動的な性質を調べる段階にあり、さまざまな観点からの研究が進められている。その一つに、'97年にMaldacenaによって提唱されたAdS/CFT対応と呼ばれるものがある。これは、反ド・ジッター時空と呼ばれる時空の曲率が負の時空の中に存在する超弦理論と、その時空の境界に存在しているある共形場理論が同じ現象を記述しているというものである。具体的な例として、10次元のうち5次元が反ド・ジッター時空で残りの5次元がコンパクト化した球面であるような時空上の弦と超対称性が4つあるような4次元のSU(N)超ヤンミルズ理論が対応していると考えられている。この対応関係は、従来の弦理論、ゲージ理論の摂動的な描像では理解できなった非摂動的な性質を、対応したもう一方の理論の摂動論によって議論できる可能性を示唆しているという点で非常に興味深いものである。

この対応の特徴的な点は、相関関数の対応関係が、ホログラフィーと呼ばれる性質によって理解されるところにある。ホログラフィーとは、時空上の物理が、その境界上の情報で記述できることを指す。GKP-Witten関係式は、適当な境界条件を課した時空上の弦の多点関数が、その境界上の対応したオペレータの多点関数と等価であることを示唆し、BPS状態に関してはその関係は確認されている。しかしながら、二つの理論で有効なパラメータ領域が異なるため、非BPSな場合にAdS/CFT対応を定量的に確認することは簡単ではなかった。

しかし、そのような問題に対してBerenstein、Maldacena、Nastaseらは重心が5次元球面を角運動量$J$で回転している反ド・ジッター時空上の弦と、対応した量子数をもった超ヤンミルズ理論のオペレーターを考えることによって、量子補正が入った弦理論のエネルギースペクトルとヤンミルズ理論の異常次元を直接比較する事に成功した。その際、重要となったのは't Hooft couplingを$J^2$で割った量を定義し、この量を一定に保ったまま$J$を大きくすることで、両理論ともに$ ilde{lambda} equiv rac{lambda}{J^2}$の正冪で摂動展開することが出来るようになったところである。さらに、このような対応関係は$J$以外の複数の量子数が大きい場合においても成り立つことが示された。この対応をspinning string/spin chain対応と呼ぶ。

しかしながら、この対応関係は従来のホログラフィー的な解釈とは異なり、弦の古典軌道は、時空の境界には到達しないことが知られている。その原因は、境界付近に高いポテンシャル障壁が存在するからである。この問題に対して、土橋氏、島田氏、米谷氏らは量子力学におけるトンネル効果の考え方に従い理論を展開することによって、境界に端をもつ弦の軌道を得た。さらにその軌道周辺の揺らぎを考慮することでBMN対応に対するホログラフィックな解釈を得た。

これをトンネリング描像と呼ぶ。

本論文では、まずこのような背景を簡単に説明する。その後トンネリング描像を次の二つの場合に適応し、そのホログラフィックな解釈を考えたい。

egin{enumerate}

item spinning stgring/spin chain対応

item 有限温度系

end{enumerate}

1.に関しては、AdS方向の古典軌道はBMN対応のトンネリング描像と同様の議論ができるため、問題は5次元球面上の非自明な振舞との関係のみである。本論文では、境界条件に応じた適切な正則化をすることによって、次のように定義されるホログラフィックな二点関数

[langlemathcal{O}_{b}(l;J_{i})mathcal{O}_{b}(0;J_{i}) angle=exp{(-ar{S}_{ extrm{reg}})}]

がちょうど対応した境界上の場の理論の二点関数と一致することを示した。この関係式はちょうどウィルソンループの二点関数のホログラフィックな計算と類似していることに言及しておく。

2.では温度$T$におけるホログラフィックな二点関数の振舞について議論する。AdS/CFT対応においては、境界がS$^1 imes$R$^3$であるような場合は、常に境界上の場の理論は非閉じ込め相であることが知られている。そのため、ホログラフィックな二点関数を議論することは、非閉じ込め相の場の理論に対する示唆を与えるという点で非常に重要であると考える。

結果として、我々はR$^3$方向に対して次のような振舞を示す二点関数を得た。

[langlemathcal{O}(l;J_{i})mathcal{O}(0;J_{i}) angle_{h,hol} = left{ egin{array}{ll}left( rac{z_{0}}{l} ight)^{2sqrt{lambda}J} & (l ll h)exp{(- rac{sqrt{lambda}J}{h}l)} & (l ightarrow infty).end{array} ight.label{colle}]

ここで、$h= rac{2 pi}{T}$である。また、低温展開によって、十分近距離における温度補正が

[langlemathcal{O}(l;J)mathcal{O}(0;J) angle_{T} simeq left( rac{z_{0}}{l} ight)^{2eta}left(1- rac{2pi^{4}}{15} J l^{4}T^{4} ight).]

と書けることを示し、この補正項とユニタリー行列近似による非閉じ込め相のゲージ理論の解析との関係性について議論した。

以上で示したように、本論文はspinning string/spin chain対応の二点関数による理解を初めて与え、さらに有限温度系に応用することで、従来のゲージ理論の枠組みではまだ知られていないような非閉じ込め相における二点関数の振舞を予言することに成功した。

審査要旨 要旨を表示する

辻晶弘氏の学位論文のタイトルは"Holography of Two-point Correlators in the Large R-charge Limit" (邦題:R電荷が大きい極限における2点関数のホログラフィー)であり、超弦理論に関連して発展したAnti-De Sitter空間中における重力とゲージ理論の双対性について行われた研究をまとめたものである。本論文は7章よりなり第1章は一般的な導入、第2章は双対性についての一般的な解説、第3章は本論文の基礎となるBMN対応におけるトンネル描像の解説である。この結果に基づき、第4章でまず最初の研究成果である、大きな角運動量Jで回転する弦の2点関数の計算を通じた双対性の検証について述べられている。次に第5章では2番目の研究成果の解説のために必要となる、有限温度におけるゲージ/重力双対の主要な点がまとめられている。それに続く第6章で、第4章と同じく大きな角運動量で回転する弦の相関関数の計算が有限温度の場合に拡張されている。最後の第7章はまとめと展望が述べられている。

重力理論とゲージ理論の双対性は近年の弦理論の発展における主要なテーマであり、各方面からの検証がなされている。この論文で考えられている大きな角運動量で回転する古典的な弦の運動は、双対なゲージ理論では大きなR電荷を持つ演算子の強結合での振る舞いに対応している。大きな電荷を持つ演算子は多数のスカラー粒子の複合系と見なすことができ、一般的には解析は大変難しいと考えられてきた。ところが近年の研究で、可解系の手法を応用することにより複合系に対する異常次元の計算が摂動展開の全てのオーダーで可能となった。この発見は大変顕著なものであり、現在の弦理論の研究の大きなテーマの一つに発展している。

この論文では、このようなゲージ理論の演算子の2点相関関数を重力理論の立場から導く試みがなされている。元々ゲージ理論の相関関数は重力理論の古典解を用いて作用を評価することにより求めることができるというのが重力/ゲージ理論対応の主要な主張であったが、これまでその手法は局所的な演算子にのみ適用されてきた。この論文で考察されている大きなR電荷を持つ演算子は、重力側では広がりを持つ解に対応しており、これまで通常行われてきた解析の範疇に収まらないものである。この様な解析を行う上では重力側の運動で時間変数や空間変数の一部を純虚数として計算する必要がある。これは米谷教授らにより以前行われた研究に基づいており、本論文では第3章にその基本的なアイディアがまとめられている。この論文ではpp波と呼ばれるAnti-De Sitter空間の極限で得られる空間中において高速で回転する弦の古典解を求め、さらにそれを作用に代入することにより重力側での2点関数の計算を行っている。このようにして得られた相関関数から得られる異常次元は、ゲージ理論側で可解性の手法を用いて得られたものに一致しており、ゲージ/重力双対に対する新たなサポートを与えている。

次に、以上の解析を有限温度の場合に拡張した計算が本論文の2番目のテーマである。有限温度系を扱うためにはアンティ ド・ジッター空間にブラックホール解を持ち込む必要がある。本論文ではまず第5章でブラックホール計量の具体型、およびそれに関連する相転移(Hawking-Page転移とよばれるもの)を定義・準備する。第6章でブラックホール解の中で回転する弦の古典解を求め、それを作用に代入することによりゲージ理論の2点相関関数の有限温度の下での具体型を求めている。今のところゲージ理論の方では有限温度の場合の異常次元の計算はなされておらず、重力側でなされた計算が正当であるかどうかは確認できない。この意味ではこの論文における計算は双対性の確認と言うよりは、有限温度のゲージ理論の性質の一部の予言といった意義を持たせることが可能である。

以上のようにこの論文では重力/ゲージ理論双対性の予想に対するこれまでなされてこなかった検証を行っており、十分な学術的な意義をもつものと考えられる。また論文や審査会における発表を通じて本人が学位を得るのに十分な学識を持つことを認定できた。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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